第05話 偽りの最強
「あの、もうここで十分です。ホント勘弁して下さい……」
「正規軍の中に敵が混じっているなら、全員敵と判断するほうが後腐れがない。君はコップに入った水から混入した毒だけを選別できるとでも?」
「そんな無茶な」
「代替案が無いのなら素直に従うんだ。気分はすっかりフロートテンプルに乗り込む黒騎士な私。ふふふ、止められるものなら止めてみろ」
「で、でも、派手にやりすぎて門が閉まってますよ?」
「壊せばいいじゃないか」
「え」
襲撃者を撃退した最強の刺客は、その足で嫌がる少年を引きずりながら城へと直行。
しかし、アポも取っていない客を警備兵が通す訳も無い。当然の様に取り押さえられそうになるものの、ノリノリでこれを撃退したのがつい先ほどの出来事だった。
でも、時は法に縛られない世紀末。淀んだ街角で僕らは出会ったのだから、暴力で我を通して何が悪いと言うのか。
「さーて、地味に行くよ」
異変に気付いた兵士の手により閉ざされた門の前に立ち、ぐっと背伸びを一つ。
大きく深呼吸の後に脳内妄想でキーボードを呼び出せば準備完了。
指が覚えているショートカットキーをイメージの中で押せば、央維の魔法に匹敵する奇跡が産声を上げる。
剣を肩に担ぐ構えから繰り出されるのは、剣技”ブラストアタック”。概ね全ての剣士系が習得するスキルツリーの起点とも言えるスキルであり、効果も取得レベルに応じて威力補正が入るだけの通常攻撃だ。
しかしクールタイム無しの最大300%補正は侮れず、序盤は緊急時の火力として重宝される定番スキルである。
「おかしいなぁ、どうして僕が襲う側になってるのかなぁ」
「何でだろうね」
上級職になれば使うこともない”ブラストアタック”だが、基礎力の高い恋が放てばどうなるか。答えは大砲で撃たれたようにひしゃげた鋼の門が物語っている。
信じられない光景を見た少年は軽く躁鬱状態だし、外の騒ぎを納めようと大慌てだった城郭内も蜂の巣をつついたような混乱っぷり。それを一振りで成した少女は、襲い来る騎士やら兵士達を片っ端から戦闘不能に追い込みながら淡々と進んで行く。
ちなみに本人は”拙者、流浪人でござるよ”と幕末剣客のつもりなので、鞘で殴打するに留めているのが救いか。
「……なぁ、俺の頭がおかしくなったのか?」
「……安心しろ、矢は確かに当たっている、当たっているのに効いてないだけだ」
「お前が何を言っているのか分からない」
「俺もだ」
ある意味最終防衛ラインとなる二つ目の城壁の上では、弓兵がSAN値チェックに失敗して正気を失いつつある。
同僚たちも揃って同じ顔をしていて、誰一人として平静を保てて居ないのが現状だった。
それもそうだろう。降り注ぐ矢を防御もせずにガンガン弾く二人組みは、彼らを見向きもしていない。
せめて御伽噺に出てくるような伝説鎧の強度が原因なら諦めもついた。
が、在り得ない事に二人揃って普段着姿。頭に当たった矢が逆に折れるとか勘弁して欲しい。
これ以上続けても時間の無駄、もしくは矢の無駄遣い。
本音では手を止めたいが、そうも行かないのが仕事の辛さ。
奇跡が起きる事を信じ、兵士達は死んだ魚の目になりながら弓を引き続ける。
「どうして僕は生きているのでしょう」
「私と手を繋いでいることで、竜の加護が君にも与えられているから」
「ひょっとして、薄っすらと見える緑の光が?」
「これぞドラグナーのお家芸”オーラバリア”。一定以下のダメージ無効且つ、貫かれた場合にも20%の軽減が発生する防御スキルさ。経験上、モブの弓程度じゃ貫けないと思っていたよ」
「……つまり、少しでも離れたら死にます?」
「試してみようか?」
「いやいやいや、絶対にこの手は離しませんからね!」
ドラグナーは範囲攻撃も無ければ射程も皆無なジョブで、とにかく頑張って近づいて殴り倒せ。だって近づかないと何も出来ないし、がモットーな融通の利かないインファイターである。
ぶっちゃけタンク型にHP、防御力で一枚劣り、火力も上から数えて三番から四番程度。
攻撃寄りのバランス型であり、PT内の役割は微妙。趣味職と揶揄される所以はこの中途半端さにある。
しかし、その辺は運営も心得ているもの。バランス調整として、デメリットを補って余りある強スキルを与えられているのが救いだ。
例えば今使った”オーラバリア”。かつて”それって何て竜闘気?”と総ツッコミを受けたこのスキルの継続時間は五分。しかもダメージの判定は防具等で減算した後の最終計算時に行われる優遇っぷり。
攻撃面でも癖の強さに眼を瞑れば使えるスキルが完備されていたりと、立ち回り次第で輝ける職と言うのが妥当な評価か。
つまるところ、全てはプレイヤースキル次第。玉石混合がドラグナー道なのだ。
「それじゃあ、もう一枚ぶち抜こう」
「ぼくはわるくないぼくはわるくない」
「そーれ」
迷いも躊躇いも抱かず一枚目と同じ手順で防壁を突破すれば、ついに本丸が目の前。
勇敢にも恐怖を乗り越えて挑んで来る騎士を片っ端から潰す悪魔だが、その足がついに止まった。
「やっと上が出て来たようだね、さしずめ騎士団長って所かな」
「知らないんですか!? あのお方は騎士団長にして国内最強の剣士、ウィタード様。庶民上がりながら、王より絶対の信頼を受ける僕の憧れ! この人なら大丈夫、この辺で終りにしましょうよ!」
「だが断る」
「なんでっ!?」
待ち受けていたのはそこいらの有象無象と比べて、装備も、気配も、数段上の男。
興味本位にしても、わざわざ立ち止まってやったのだ。
面白いリアクションの一つでも返してくれなければ割に合わない。
「その少年は私の知己、解放して頂けると助かります。どうせ貴方には人質など必要ないでしょう?」
「わざわざ手間暇かけてここまで運んだ護衛に何という言い草。いいよ、面倒だからもう行きなさい。ちなみに約束を破れば、何処に隠れようと見つけ出して相応の報いを受けて貰うよ。いいね?」
「か、かならずやっ!」
脱兎の勢いで逃げ出す少年だが、事はこれで終わらない。
「話が見えませんが、貴方には聴きたいことが山ほどあります。ご同行願えませんか?」
「おや、デートのお誘いかな。残念、私はホイホイ着いて行くような安い女ではないよ」
「……手荒な真似はしたくありません、抵抗は止めて頂きたい」
「しつこい男は嫌われるものさ」
「交渉の余地は?」
「そもそも君が私の目的を理解していると思えない」
「ならば教えて下さい、目的とは何です?」
「私は騎士団の下っ端&逃げた少年に大変な迷惑を受けた。管理者責任と言うことで、王様とやらに一言文句を言ってやろうかと参上した次第」
本当の目的を隠し、しれっと無茶な理屈を提示する。
別に話しても構わない内容だが、央維と円以外に告げても意味が無い。と言うか通じない。
だから通すべきスタンスは暴漢。気紛れで暴れる道化師で十分。
「……は?」
「少年に聞けば分かると思うけど、私は他国の暗殺者でもなければ、どこぞの反乱分子に雇われた鉄砲玉でもない。偶然この国のドロドロとした部分に関わってしまっただけの善良な女の子なんだよ」
「いやいやいや、その理屈はおかしいかと」
「理解出来ないならそれはそれで構わない。何処の誰が出張ろうと、私は自分の流儀を貫くだけさ」
「正気の沙汰じゃない……」
「ははは、よく言われる」
恋の高笑いが合図となり、ウィタードは剣を抜く。未だ構えも取らない少女に斬りかかる事をプライドが邪魔をするが、恋の発する王者の気迫を受けて甘い考えも四散。慎重に行くべきと判断し、技量を測るべく小手調べの一撃を放った。
「それでは凡百と変わりませんよ団長殿、本気の一撃でなければ私の防御は抜けない」
「なるほど、そうらしいですね。ではこれなら?」
早さだけの剣と見切った恋はあえて何もせず、防御壁のみで弾いてみせる。
知りたいのだ。最強と言われる男の本気に、己の技量がどこまで通じるかを。
パラメーターとスキルに頼りきった対人戦の素人が、本物の武人を相手取れるのか是非とも確かめたい。
するとウィタードが挑発に応えた。
これぞ正しく変幻自在の多段攻撃。フェイントを織り交ぜ、時に死角から、時に間合いを変えながら舞うような流麗さで少女を追い詰めてゆく。
徹底的に余分な動作を削るボクサーに通じる合理性と、膨大な反復練習に支えられた基礎能力の高さ。年の頃は20を少し超えた程度にしか見えないのに、よくぞここまで練り上げた。
これこそ騎士の鏡。誰もが憧れる英雄の姿だと、偽者は自虐を込めて言う。
「素晴らしい、君に比べれば私など棒を振り回す猿。貴殿に心からの賛辞を送りたい」
「反撃もせず涼しい顔で凌ぐ貴方に言われても、嫌味にしか聞こえませんね」
「相手が悪いだけさ。人は竜に劣る事を恥とは思わないだろう?」
実際、見えていても人間の構造的に反応不可能な斬撃を幾つも貰っている恋である。
驚く事にこの男はスキルで無効に出来るダメージ量を超えた力を保持していて、嫁入り前の体を少しばかり傷物にされていた。
しかし惜しい。このまま百年続けても恋を倒せる可能性はゼロ。
何故なら
恋の自然回復>越えられない壁>ウィタードの与ダメ
な現実があまりにも重い。
もちろん現実は完全HP制のゲームとは違うが、残念な事にドラグナーはこの世界のスーパーマン。
防具無しでも基礎防御力は高く、どれだけ無抵抗でも常人の剣が負わせられるのは掠り傷程度でしかない。
渾身の一撃が産んだ傷跡が、一呼吸の間に再生する無間地獄をウィタードはどう思うのやら。
しかし、剣の理を学びたい恋からすれば最高のお手本である。どうせなら攻め疲れるまで勉強させて貰うのも一つの手だが、一方的に利益を得てしまうのは甚だ不本意。良い物を見せて貰った御代として、こちらも他所では拝めないものを見せるべきだろう。
「さては神魔の類ですか? それとも仰るとおり竜の化身ですか?」
「自信はないけど、おそらく人じゃないかと。私の強さは、ええと……そうだね、竜に何故貴方は強いのですか? と問うようなもの。鳥が当たり前に空を飛ぶのと同じく、そういう生き物だからとしか答えられない」
「そう、ですか」
「信じられないのなら、この場はあえて竜の化身を名乗ろう。鱗の硬さは分かって貰えたようだし、次は牙のお披露目だ」
「ほう、ついに抜きますか」
「抜かないよ?」
「えっ?」
「念の為と装備していたコレは、引退した友人が形見分けで残してくれた最強の剣。幾ら課金しても入手困難な、サーバーに二本しかない超絶レアなんだ」
「はぁ」
「攻撃力は全武装の中でもトップ3にランクインで、もうこれ一本で何処でもいけるんじゃないかみたいなインチキ能力付き。こっちに来てから実験と称して店売り武具を相手に試し切りした所、全てに対し熱したナイフでバターを切り分ける感覚だったよ」
「凄い剣と言う事だけは分かりました」
攻撃は最大の防御の言葉に従い、帯びる武器だけは妥協しないのが恋の信条だ。
各種ボスモンスターが低確率でランダムドロップする素材を大量に用い、その上で成功率0.01%とも噂される武器作成判定をクリアして産まれるエンドコンテンツ級武装”マルミアドワーズ”。
恋の親友の廃人が引退記念にと全資産を吐き出し、さらに偶然を重ねて産み出された奇跡の産物である。
形見分けとして託された事もあり、性能以上に思い入れの深い愛剣はお守り代わり。
加減の出来ない破壊力を秘めている為、殺すつもりの無い相手へ使う訳にはいかなかった。
「ちなみに全力全開でスキルも乗せれば、一発で城の屋台骨を粉砕する自信がある」
「何ですか、そのインチキ」
「そう、インチキ。人に向かって振るって良い剣じゃないんだ。と言うことで、コレを使うよ。レンタル料金は払わないのであしからず」
足元に転がっていた騎士の置き土産な鋼の剣を拾い上げ、ついに恋は構えを取る。
そして”ブラストアタック”と同じく、ルーキー御用達の”ツインブレイド”を選択。
ゲーム上は少しばかり威力が上昇した2HITと言う微妙さも、現実に再現すれば不思議と使い勝手が改善されている。
何せ振るった軌道に一瞬のラグを挟んで同じ剣閃が発生するのだ。
下手に油断していれば、これだけで首が飛ぶ不可視の一撃である。
しかし第六感でも働いたのか、ウィタードは神掛かった動きを見せた。
鍔迫り合いに持ち込もうとして突然の飛びのき。無から染み出してきた脅威に対応され、腕の一本も奪えなかったことに驚きを隠せない。
自分でも何を為したのか分かっていない様子だが、最強の称号は伊達ではないのだろう。
「今……何を!?」
「いやはや、君には本当に脱帽する。アレを対処できるなら、もう少し上位を使っても対処出来るんじゃないか? いっそ世界最強の聖剣と、魔王の命すら絶つ究極の剣技を味わってみるかい?」
何やらスイッチの入ってしまった恋を前に、ウィタードは嫌な汗が止まらない。
全身全霊を搾り出したやり取りが、少女にとってほんのお遊びに過ぎなかった。
そもそも王より騎士団長任命で授かった宝剣ですら、少女の柔肌を少しばかり傷つけるのが限界。その癖僅かな怪我も瞬時に回復しているらしく、目立つのは服の損傷のみ。命を賭しても勝てない事を雄弁に語られてしまった。
かと言ってプライドを捨てた数の暴力も無駄。被害が増えるだけとの確信がある。
いっそ全力で立ち向かっての死ぬか、と諦める騎士団長だった。
「ま、間に合った。団長、陛下がその方とお会いになるとの事です!」
「……罠に誘い込んでの謀殺狙いなら止めておけ。理性を保っている竜を怒らせては元も子もないぞ?」
「いえ、間違いなく王命です。正面から単身で乗り込む勇者に興味を持たれたとの事。この剣に誓い真実でございます」
そんな時に割って入ってきたのはウィタード配下の騎士だった。
普通に考えれば異常な判断だ。
しかしながら、この少女を相手に出来る猛者は一人も居ない。
何をどうしようと止められず、時間を稼いで王族を逃がすのが精一杯。
実質的に城を占拠されるのも時間の問題としか思えなかった。
もしも話し合いで片がつくのなら、それが唯一残された解決の糸口に違いないだろう。
「……君は従ってくれるのかい?」
「繰り返しになるけど、私も無駄な争いは望んでいない。王とやらに会わせるのなら一応要求は通ったことになるのだし、素直に話を聞くよ。無益な殺生が趣味じゃないのは、結果で示しているだろ?」
ウィタードは生まれてこのかた一番の安堵を覚えた。
少女は言葉の通り逃げる者を追わず、剣を抜かず、誰も殺していない。
その気になれば皆殺しも容易な上位者が、あえて加減を見せているのだから信じるに足りる発言である。
しかしそれもつかの間、騎士団長のストレスゲージを恋の発言が引き上げる。
「但し替え玉でお茶を濁したり上から目線でイラッとさせるような真似をすれば、今度こそ本気で大暴れだ。最低でも王様の首はお土産として貰って行く事をお忘れなく」
「だ、大丈夫。陛下は賢王で寛大なお心の持ち主であるからして!」
「私のような風来坊相手でも?」
「……多分」
怯える騎士達の後を付いていくと、色々と階段やらを歩かされてようやく目的地に到着する。そこは分かり易い謁見の間ではなく、所謂貴賓室。
基本的に他人を信じていない恋は時間制限のある各種スキルを掛けなおし、注意深く神経を尖らせる。
罠ならば食い破り、今度こそ手加減無用の大暴れだ。
相手の力量を性格に把握出来ないのなら、それ相応の代価を支払わせよう。
「君が我が騎士団を歯牙にもかけず攻め入ってきた少女か。思ったより若い、歳は幾つだね?」
「応える義理はないかと。そもそもこの若年寄は誰? 教えてくれないか、団長殿」
「……王の顔も知らずに会わせろと言っていたのか?」
「ほう、護衛も伴わず一人でのこのこ現れる王様が居るとは驚きだよ。馬鹿にするつもりなら相応の対応を取るよ?」
「はっはっは、強いて言えば、わしがごり押しで引っ張りあげたそこな騎士団長が護衛よ。そ奴で手が終えぬなら、それ以下の駒を揃えても無駄ではないかな?」
「それは確かに合理性に叶った意見だね。では、私に一矢報いた騎士の駒に免じて貴方を王と認めましょう。大事なことなのでもう一度言いますけど、替え玉なら超暴れます」
「何とも愉快な娘よの。ウィタード、外にて待て。わしはこの娘と一対一で話がしたい」
「しかしっ!」
「なぁに、危険は無いじゃろうて。わしの顔も知らぬ暗殺者は居らんし、どのみちお前が居ても生き残る時間が僅かに変わるだけではないか」
「……かしこまりました」
部下に対する辛辣さに恋の評価が僅かに上がった。
何より思い切りの良さに好感が持てる。こうも背中を預けられては、逆に害する方が難しいのだから。
先入観を捨てさえすれば、この初老の域に入りかけた男は確かに王様かもしれない。
歳のせいか白い物の混じった燃えるような赤い髪に、心を見透かすような深い紫の瞳。
品の良い服装も相まって、最悪でも越後のちりめん問屋クラスと信じられる。
「遅ればせながら私はティシア、16歳の少しばかり剣を嗜む旅人だよ」
「こちらもあえて名乗ろう。わしはテトレ・ル・レトロ。それなりに長いこと王様をやっとる爺よ。さて、先ずは謝罪か。ウチの不始末に巻き込んで済まんかった。おかげで次代の家臣団を担う若者の命を拾えて助かったが、大変申し訳なかったと思うとるよ。褒美は好きに取らせよう、何なりと望みを言うがよい」
「では事情の説明を。訳も分からず終えるのは気分が良くないんだ」
「良かろう。実は財務大臣が親玉となって騎士団の一部を抱き込むわ、不正会計で私服を肥やすわで大きな問題があったのだよ。それに対抗すべく不正の証拠集めを命じ、やっと尻尾を掴んだ……というのが大まかな真相となっておる。そして証拠書類を移送中の襲撃でひと悶着。最終的にティシアと遭遇した三文芝居が結末かの」
「で、処分できそうなのかい?」
「ぬしが居なければ闇に葬り去られていたであろう。複数のダミーの中から、目立たぬよう偽装した本命が狙われたのは想定外じゃわい。お陰で内通者が居ると分かったわ」
「それは何より」
「しかしこれは説明責任であり、褒美ではない。何か無いのかね?」
「特に欲しいものは無いね」
「そう言わずに、ほれ」
「なら、次回迄に考えておくよ。先延ばしは駄目?」
「わしが死ぬまでなら構わん。時に一つ訪ねても良いかね?」
「礼には礼で応えるのが私のポリシーだ。何なりと仰り下さいませ、陛下」
無礼には無礼で返しますが、と内心で呟くのを忘れない恋である。
「おぬしは何者じゃ?」
「何と応えてよいやら……まぁ、ドラグナーなんて称号を持っている小娘かな」
「あの伝説の?」
「どんな伝説か知らないけど、多分そうじゃないかと思う。とりあえず、仲間も呼べばこの城程度なら軽く壊滅できる程度には隔絶した力持ってるからね」
「信じたい気持ちと、信じたくない気持ちがわしの中で葛藤しとる」
「何なら私だけでもタイムアタックにチャレンジしようか? 出来るだけ人命を尊重するよ?」
「いや、結構。ぬしの化け物っぷりは既に報告で知っておるから!」
「これは残念。しかし、こんなに話せる王様とは知らなかった。汚職ともしっかり戦っているようだし、これからもそのスタンスで頑張って欲しい。王都は私のホームタウン、政局が安定するに越した事はない」
「う、うむ。ティシアもやんちゃせず、淑女として立派になるのだぞ? 決して結果オーライだからと今回のような立ち回りはするのではないよ?」
「前向きに善処します」
「城下に対処不可能な爆弾娘が潜む怖さ。頼むから静かに生きとくれ……」
「政治には関わらないから安心して欲しい。悪いが、人を待たせている。そろそろ失礼するよ」
「待て、そこは窓」
「再見」
態度を少しだけ改めたが、唯我独尊っぷりのぶれない恋に頭痛が痛いテトレだった。
しかも帰ると言い出したかと思えば、上層階にも関わらず散歩に出るような気軽さで飛び降り出すから堪らない。
慌てて窓の外に顔を出してみると、普通に着地して何事も無かったかのような少女の姿が写る。一国の頂点を極めたテトレだが、こんな規格外は見たことも聞いたことも無い。
物音に我慢出来なかったのか、必死の形相で戻ってきた腹心へ王は言った。
「なぁ、ウィタード。アレをどうするべきだと思うかね?」
「機嫌を損ねない範囲で調べるのが宜しいかと。次に同じ状況になっても同じ結果としか言えぬ我が身が不甲斐なく……」
「確かに騎士団を総動員した磐石の態勢をもってしても、負ける未来しか見えんわい……」
主従揃って溜息しか出てこない。
ぶっちゃけ恋がその気なら、テトレを筆頭に国の中枢を容赦無く破壊されていた。
本人の軽い気持ちはさておき、少女の与えたインパクトはそれだけ大きかったのである。
「彼奴は自らをドラグナーだと言った。それは伝説の英雄のみに許された超越者の称号であり、今の世には存在しない御伽噺の産物じゃよ。戯れなら良いが、本物ならば手のつけようが無い化け物ぞ。おまけに仲間も同格と匂わせとるし、万が一にも敵に回したくないわ」
タメ口=王への忠誠心ゼロ。
汚職が他人事=国への帰属意識もゼロ。
暴力で物事を解決=道徳感覚ゼロ。
なのに力だけは絶対無敵。
そんな歩く核弾頭の尾を、あえて踏みに行く勇気がテトレには無い。
「一団の長が言うべきことではありませんが、触らぬ神に祟り無し、敵対していない現状で満足するべきかと存じます」
「それがよかろう。此度の騒ぎは処分する豚共に背負って貰い、ティシアの事は闇に葬るとしよう。アレは放っておいても金や地位で釣られる養殖魚ではない。大海で船を一飲みする怪魚の類に鈴をつけようと思うほうがおこがましいのだ」
さんざんな言われ様だった。
もしも恋がこの場に居れば二人の首を飛ばしていたに違いない。
「兵の口を完全には塞げませんが、可能な限り情報統制に勤めます」
「わしの気紛れで事前通達なしの訓練を実施した。表向きの理由はこれで行くぞ」
「御意」
もしも御伽噺の英雄が現世に迷い出て来たなら、対となる化け物も復活を遂げたのではないか。
果たしてこの想像はいずれ訪れる未来なのか、それとも只の妄想なのか。
悩みが増えた王様だった。