表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/9

第04話 クエスト受領

「恋さんや、俺の拾ってきた犬を見てどう思うよ?」

「牛乳を拭いて放置した雑巾の臭いはともかく、利発そうで毛並みも良さそうだ。これは掘り出し物だよ」


 根城に戻った央維を出迎えた恋は、挙動不審な少女を連れている理由を聞きもしない。

 

「い、犬じゃないもん! 臭くないもん!」


 足元から上がる反論を二人揃って無視。


「時にコレ、市場で売るとすれば幾らの値がつくさ」

「肉屋に卸せば、グラム千円程度?」

「どれいですらなく、たべられるっ!?」

「食うところが少ない割に高いな」

「ははは、スープの出汁は子牛や子羊の骨で取る物さ。適材適所、どんな素材にも使い道はあるよ」

「新鮮さも高値の理由か」

「うわぁぁん!?」


 リィルは、真顔で値踏みをする大人達が怖くて堪らない。

 口とは裏腹に態度は優しく、拘束もされていない事から冗談だとは分かる。

 連れて来られた場所も怪しさ皆無な普通のお屋敷だし、出迎えも身形の良い騎士の少女。

 最悪でも状況は好転した。子供の頭でもそれだけは理解している。

 だけど、自称正義の味方の眼が笑っていない。

 ひょっとするとまさか。そんな不安が払拭出来ないのだった。

 

「で、ぼちぼち真面目な話をしよう」

「うむ、そうしなければ怖いお姉さんに角が生える」

「もう生えてますよー?」

「げ」

「黙って聞いていれば、子共相手に何をしているのかしら? ちゃんと説明して下さいね?」

「可及的速やかに報告させて頂きます、マム」


 悪い人オーラ全開な二人と違い、扉の向こうから姿を現した少女はとても良い人っぽい。

 やっと庇護者を見つけたリィルは、一目散に円の胸に飛び込んで行く。

 そしてすぐさま家族会議が開催。満場一致で親御さんの元に送り届ける事が決定していた。

 残念ながら少女の故郷は田舎だそうで、立ち寄っても有益な情報は得られないだろう。

 が、人生に寄り道はつきもの。

 どうせ世界を放浪する予定だったし、一期一会の出会いにはきっと意味が在る。

 なにより―――


「クエスト報酬は何だろうね」

「難易度低いし、微妙な金銭じゃないか?」

「そこはほら、あっと驚くレアアイテムが支給される可能性も」

「……現実的に考えれば、この子の笑顔」

「……分かっていても、口に出すのは止めたまえ」

「……央維君は、夢を見ることすら許してくれないのですか」


 何だかんだとゲーム脳な三人は、そもそもこの出会いをクエストとしか捕らえていないのだが。

 

「まぁ、目的を得られただけでも有り難いと思うべきじゃね? 当ても無く彷徨うより、余程有意義だ」

「だね」

「です」

「って事で、暫くは俺達が面倒を見るんだが」

「先ずはアレだね。悪いが、懐かれている姉さんがやってくれるかい?」

「任せられました。だから、下準備をお願いします」

「あ、あのっ、皆さんリィルをどうする……つもりですか?」

「「「汚いから風呂に入れ・なさい・だよ」」」

「はじめてふつうのことを言われたっ」


 異臭を放つ少女を許せない現代人達は、一糸乱れぬ連携で風呂の準備を開始する。

 特注で作らせたドラム缶風呂構造の湯船に恋が井戸から水を汲み上げ、央維が魔法で急速沸騰を担当。

 二人が出て行くのと入れ替わりに、薄着へ着替えた円が裸に剥いたリィルを抱えてお風呂場直行である。

 なにやら騒がしい様子だが、担当作業を終えた央維と恋はリビングでそ知らぬ顔だ。

 

「で、試験の結果は?」

「自己採点で70点」

「存外に低いじゃないか」

「最大配点だった殺人枠は取ったんだが、この通り情に流されて生存者を残してるだろ?」

「マイナス要素がソレと言う事は、他の目撃者は全員消したんだね?」

「うむ。最後に駄目押しとしてアジト周辺をクレーターに変えてきた。アレで威力不足なら本望だな」

「……心配して損をしたじゃないか」

「やっぱ恋的に”私”が庇護を求める子供を見捨てるようでは困るか?」

「困る以前に絶対に許さない。君が私の思う通りの人間で心底ほっとしている」

「俺も同意見だ。”俺”が何故助けた、と叱責する人間なら縁を切っていたと思う」


 央維の引っ掛けに恋は適切に応じ、コンセンサスが取れている事を再確認。

 やはり同じ事を考えていた、と胸を撫で下ろす二人である。


「合格、だな」

「合格、だよ」


 どちらともなく右手を差し出し、がっちり握手。

 また一つ絆が深まった瞬間だった。

 そして、そうこうしている間に別の自分も大仕事を終えたのだろう。

 だだだだ、と何かの走る音が近づいて来るのが分かる。

 音の主は央維の前で立ち止まり、両手を腰に当てて言った。


「お兄さんお兄さん、これならもう大丈夫ですよね?」

「超匂う」

「なんでっ!?」


 助け出した時は控えめに言って生ごみの妖精だった少女も、今や円の手により元の輝きを取り戻し済み。艶を取り戻した桃色の髪は両サイドをリボンで一房ずつ括り、垢で薄汚れていた肌も驚きの白さ。大きな瞳には絶望の色を浮かばせているものの、成長の暁には大輪の花として咲き誇る事を予感させる美少女へと変貌を遂げている。

 ほのかに香る石鹸の匂いは清潔感があり、サイズが合わずぶかぶかのシャツはワンピースの代用品か。

 今や元の姿は記憶の彼方。これなら抱き枕に出来るクオリティーである。

 しかし現実は非常だ。

 自信を持って宣言しただけに、まさかの否定を受けてマジ泣き寸前である。

 リィルには、何が問題なのかさっぱり分からなかった。


「ええと、確か恋さんでしたよね?」

「一応、名乗っておこうか。私の名はティシア。気軽に恋と呼んで欲しい」

「また脈絡の無い略称の人だった!」

「ちなみに君と入浴したのが私達の姉。セフィーナって名前だけど、円さんって呼ばないと反応しない時があるから気をつけて」

「言われた通りにしま―――じゃなくて!」

「ん?」

「恋さんは、恋さんはお兄さんが間違ってるって言ってくれますよね!?」

「彼の言い分は正しい」

「え」

「客観的に言って匂う」

「うううううううっ!」


 被虐心をそそる少女の表情は、魂の双子にとってご褒美だ。

 何せ四六時中一緒に居るのは本質的に変わらない同一人物。何を言ってもブーメラン。面白くもなんとも無い。

 そんな中、飢えた狼の群れに無防備なウサギが迷い込んできたようなもの。

 これ幸いと弄ぶのも仕方が無いことだろう。

 しかし泣かせてしまうのも不本意。ギリギリを狙う職人でありたい。


「これは香水かな? 薄っすらと花の匂いが素敵だね。さすが姉さん、良い仕事だ」

「まったくだ。これなら外に連れ出せる」

「え? え?」

「いつから臭いと言われていると錯覚していた?」

「君は何処のヨン様だ。まぁ、言わなければ私が言ったけども」

「俺達は子供相手に嘘はつかない。が、誤解させる表現をしないとも言い切れない訳で」

「おっとそこまでだ。怖いお姉さんが睨んでいる」

「早く言えよ。お遊びはこの辺でお開きな」


 いつの間にか現れた円が放つ無言の圧力に央維と恋はあっさり屈する。

 濡れた髪と上気した肌は色っぽいのに、何故だか恐怖しか感じないから不思議だ。


「これ以上リィルで遊ぶようなら、ちょーっとだけ怒る所でした。本当ならわたしとお出かけ予定でしたけど、罰として二人に任せちゃいます。異論はありませんね?」

「構わんけども」

「何より央維君はこの子の騎士なのでしょう? お姫様のエスコートはお仕事の一環ですよ?」

「ぐ、そう来るか」


 冗談で言った事が、まさか伝わっているとは思わなかった。

 おのれ姫様。この借りは必ず返してくれる。


「ついでにお買い物を通じて、お金のお勉強をするのが良いと思います。引率には恋ちゃんを任命しましょう。ただし、くれぐれも問題を起こさないように。いいですね?」

「私達が問題を起こす様な言い方は心外だ」

「わたしを含めて全員問題児ですよ?」

「あ、はい」

「もしも厄介に巻き込まれるなら、対応パターンはわたしも同じ。この世界は強ければ大抵のことは揉み消せますし、好きにやっちゃって下さい。わたしが言いたいのは、積極的に絡まないでね? ってだけですから」


 一番の常識人に見えて、円も大概だった。

 もみ消せ=証拠を隠滅しろ、そう脳内変換される位にヤバイ思想家だと恋は思う。


「あ、あのぅ、リィルはお金持ってません。だからお留守番でいいです」

「それは大丈夫。お姉ちゃんたちが面倒を見る間は不自由なんてさせません。そうですね、心苦しいと言うのであれば、出世払いにしておきますか」

「しゅっせばらい?」

「リィルが大人になって、お金を稼ぐようになったら返してくださいって事です」

「大きくなるまで、たくさんかかりますよ?」

「構いません。それにリィルの様な可愛らしい女の子は、笑ってくれるだけでお仕事をしていると同じなの。必ずおうちまで連れて行ってあげるから、それまでは私たちを兄と姉と思って頼って下さい」

「は、はい……おねえちゃん」

「よく出来ました。ではでは、行ってらっしゃい。わたしも旅の準備でお出かけしますから、各自夕食は済ませるように。いいですね?」

「ういさ」

「了解」


 この世界に来てからの日々を振り返ると、家と人気の無いフィールドの往復だけで終わる訓練漬けの毎日だった。

 果たして街にはどんな娯楽が待ち受けているのだろう。

 活気のある市場、町の名物らしい噴水、見たい物で満たされた王都は、さながら宝箱。

 新生活初となるオフを迎え、テンションの上がる央維だった。






「大変よくお似合いですお嬢様」

「そ、そうですか?」

「はい、私も長らくこの家業を続けていますが、久方ぶりに遣り甲斐のある仕事でした。商売抜きで頑張らせて頂きますので、今後ともご贔屓になさってくださいませ」


 頭を下げる店主相手に負けじとぺこぺこするリィルを見やる央維は、金貨の感触を確かめるように弾きながら呟いた。


「これ一枚で10万だよな?」

「そうだね。ついでに復習がてら、他の通貨も説明して貰おうか」

「ええとだな、10万の金貨、1万の小金貨、五千の銀貨に千円の小銀貨。ここまでが日本の札相当だろ?」

「続けたまえ」

「こっからが小銭で、500円玉の銅貨に100円の小銅貨。ラストが10円の鉄銭と1円玉の小鉄銭。どうよ、これで完全網羅」

「より正確に言うなら、大きな取引でのみ使われる100万相当の大金貨なる物もある。金額が金額なだけに、余程の大店でもないと受け取りを拒否される代物だがね」

「そりゃそうだろ。コンビニで100万円札出されても釣りがない」

「でもね、世の中にはお金の価値が分からない馬鹿娘も居るんだよ。宿屋に泊まろうと大金貨を何枚か渡したら、真顔で土下座されてしまった私とか」

「一歩間違えば俺も同じ境遇だったから何も言えん。学校の勉強って無駄だ無駄だと思っていたけど、一般教養って大切だなぁって心底実感する今日この頃」


 そう、央維も危なかった。

 何せ央維や恋が手持ちで持っていた現金は、全て大金貨か金貨という罠。

 ダンジョンアタック以外では雑費としてそれなりの額を持ち歩いていたのだから当然と言えば当然なのだが、金持ちを通り越して不審者レベルの怪しさ。思慮深く行動して正解だった、と胸を撫で下ろす央維だった。


「君が思うならそういうことさ。さて、さくっと買い物を終わらせて次に向かおう。この世界の昼は短く、有効に使わなければ勿体無い」


 電気の通った現世に比べ、魔法の恩恵があるといっても原則として明かりは貴重だ。

 伊藤家にもある魔力で発光するランプは高級品の癖に消耗品だし、普通の火とて油と言う名の代償が必要である。

 故に人は朝早くに起き、夜の訪れと共に眠る。24時間営業が当たり前の世界に生きてきた央維だが、この生き方こそが生き物として本来正しい姿なのではないかとつい考えてしまう。


「暗くなっちまうと、花街と飲み屋しか開いてないのは何処の世界も同じと」

「さすがに子供を酒場に連れて行くわけにもいくまい。見たまえあの可憐な姿。貴族の娘と聞いたが、どこぞのお姫様がお忍びで抜け出したっぽさが尋常じゃない。私が悪党なら、もれなく拉致って変態の金持ちに売却コース間違い無しだ」

「いやそれ、もう通った道だから」

「これは失敬。今は我々の玩具だったね」


 容姿に比べて女子力の低い恋と、これまたファッションに興味の無い央維は、着の身着のままのリィルをどうにかするべくフィーリングで選んだ高級っぽい服屋に飛び込んでいた。

 適当に見繕ってくれと告げた時点では”なんだ貧乏人か”と不審者を見る目つきの店員だったが、みっしり詰まった金貨袋をちらつかせると態度が豹変した。

 接客が店長に代わり、直ぐに選ばれたのはノースリーブのワンピースにロングスカートをくっつけた様な一着。白をベースに赤系のラインが色合いを加えたそれは、どこか向日葵を連想する溌剌とした少女にはよく似合い、元々の美少女っぷりを加算すれば圧倒的な存在感を醸し出している。日本人的に言うなら、これで麦藁帽子でも被らせれば完璧な感じだ。


「お兄さんお兄さん、こんなお高い服は似合いませんよね? 可愛くないですよね?」

「40点って所か」

「いやいや、45が妥当だよ」

「田舎娘には不釣合って、リィルだって分かってました」

「リィル君、君は大きな勘違いをしている。いつから100点満点と錯覚していた?」

「お前もそれ言いたかったのか!」

「はっはっは」

「あ、あれ? つまり?」

「歩み寄ってくる時点で”何この天使”って見惚れていた私達さ。とても良く似合っているし、可愛らしいよ。特にしゅんと落ち込んだ表情に胸が熱くなるね」

「いじわるさんばっかだぁ!?」


 両手を天に突き上げ不満を露にするお姫様だが、保護者二人には届かない。

 むしろ、そのささやかな抵抗がご褒美になってしまう有様だ。


「つか、お前は何か買わんの?」

「今着ているコレがお気に入りだからね。似合っているだろう?」

「微妙にファンタジーなのか怪しいがな」


 恋は最初に出会ったときと同じく、ミニスカニーソに半袖のジャケットと言うラフな格好である。腰には剣を一本ぶら下げていなければ、日本でもギリ通用しそうな装いだろう。


「ちなみに素材に拘ったオーダーメイドだからお高い。身に付けるものには妥協しない私だよ」

「……女は大変だな。俺は狩場装備で満足さ」

「ついでにお人形遊びも女の子の特権。ああ店主、値段は無視して他にも数着見繕ってくれ」

「畏まりました」

「おっと、小物類にも手を抜くなよ?」

「では、こちらのポシェットは如何で御座いますか?」

「包んでくれ」

「後はこんなのも―――」


 央維もまた、初期装備から変わっていなかった。

 マントと杖を手放し、紺のパンツに上は刻印入りのシャツ一枚だ。

 しかし、平和ボケしたわけでもない。普段着として不要な装飾を取り除いてはいるが、シャツはレア防具の一部。薄い生地に見えて頑丈であり、皮鎧よりも強固である。


「色々と買ってくれるのは嬉しいけど、いたいけな女の子をいじめるのはどうかと思うリィルです……」

「そろそろご機嫌取りをせんとマズイか」

「ならば甘い物だ。古今東西、子供は糖分に弱いと相場が決まっている。砂糖は貴重品なのでアイスクリームとは行かないが、果物の蜂蜜漬なら簡単に手に入るとも」

「たしかに甘いものは大好きですけど、餌で釣ろうって話を本人の目の前でされても」

「細かい事を気にしていては大きな大人になれない、と私は思う」

「こまかくないです」

「恋さんや、この子はお菓子が不要らしいですな」

「そうですな央維さん。欲しくないと言うのに押し付けるのも狭量。人の好意を踏みにじる小娘には、体罰が必要ではないかな?」

「えええええっ、悪いのリィルですか!? リィルが悪いんですかっ!?」

「結論的にはギルティ」

「ぎるてぃーって、なにっ!?」


 意味もなくシャドーボクシングで威嚇し、固まった少女を持ち上げる。

 恋の手を借りて最終的に落ち着いたのは俗に言う肩車。リィルの脛を掴み軽く上半身を揺らして安定を確かめ、問題が無いことを確認した央維は相棒に歩調を合わせて歩き出す。


「くくく、はぐれても面倒なので晒し者の刑よ」

「えっと?」

「怒らせた侘びに、暫くお馬さんをになろうじゃないか。嫌か?」

「高くて普段と違う世界が楽しいです!」

「なら良し」

「やれやれ、荷物は私持ちか」


 こうして一行は服屋を後にするのだった。

 




 露店を冷やかし、リンゴの甘味やら串焼きを食べ、観光客気分で王都を満喫する。

 疲れ知らずの二人はともかく、リィルに疲れが見えたので現在休憩中だ。

 オープンテラスのカフェで出されたコーヒーは現実と遜色なく、この手の嗜好品が当然のように実装されている世界観に少年は感謝の念が堪えない。

 本来は回復アイテムの名残か、疲れが取れる飲料として広く知られているのも面白い。

 細かな差異はあっても、日本の文化が確かに根を下ろしている物証だろう。


「ふふ、久しぶりに満足出来る物が買えた。末永く愛用しよう」

「そのカップ、絵付けがいいよな。同じ物があれば俺も欲しいわ」

「……譲らないよ?」

「そこが男と女の違いか。俺は小物に心血を注いでねえし、うっかり割っても新しいの買うかーって流す程度の執着心しかない。何だかんだと乙女だよな、お前」

「そりゃ年頃の女の子だからね。リィルはどう思う?」

「ねこさんがとっても可愛いと思います」

「これが女の世界さ。女は総じて大なり小なりコレクターな―――」


 満ち足りた表情で眺めていた白磁のコーヒーカップをテーブルの上に置いた瞬間だった。

 突然現れた少年がテーブルに飛び乗り、その足でカップを粉砕。そのまま全力ダッシュで立ち去ろうとするも、神速で伸びた恋の手が首根っこを掴み取っていた。


「ちょ、何!?」

「少年、私に言うべきことはないのかな?」

「よく分かりませんが、それどころじゃないから離して下さい!」

「断る」

「!?」

「君は私が露天で見つけた掘り出し物を踏み潰した。同じ物を見つけて来るか、死んだ方が幸せな苦痛を味わうのか選べ」


 喜びの深さは怒りの深さ。忍耐ゲージを一瞬で振り切った恋が放つ暴力的なオーラは、それだけで人を殺せるんじゃないかと央維に錯覚させる危険なレベルだった。

 しかしそれは序章に過ぎない。本当に怖いのは虫けらを見るような絶対零度の瞳だ。

 未だ剣には手を掛けていないが、少年の対応次第で即抜刀だろう。


「た、大切な物だったようですね」

「君の命よりは大事だよ」

「必ず、絶対にお姉さんが納得する代替品を用意します。だから今は行かせて下さい!」

「口約束を信じるほど私は甘くない。というか、君は何を焦っている。盗みでも働いたかい?」

「話せばお姉さんに迷惑がかかってしまう……」

「?」


 どうもこの少年からは悪意を感じない。

 真っ直ぐ一本気の通った信念を持ち、悪事とは無縁の環境で育った風でさえある。

 恋とて子供だが、相手はそれこそリィルと大差が無さそうな正真正銘の子供。

 年上として余裕を見せるのも悪くない。


「こう見えても私は強い。話してごらん、事と次第によっては力を貸すよ」


 恋としては相当譲歩した。

 これでも頑なに黙り続けるのなら、力に頼るのも辞さない。

 何せあのカップは工業製品と違って一個一個が手作りされている。同じ物が手に入らない以上、代価として相応のものを頂かなければ満足できそうもないのだから。


「……実は」


 少年が葛藤の末に重い口を開くとほぼ同時、人込みを掻き分けて乱入する一団が在る。

 紋章付の甲冑に身を包んだ彼らは、事情が分からず唖然とする恋に向けて告げた。


「貴様も反逆者の一味か?」

「はて、初対面だよ?」

「白々しい……大人しく投降せよ、無駄な悪あがきは死期を近づけると知れ!」


 言葉が通じない、そう判断した少女はまだコミュニケーション可能な少年に耳打ちする。


「彼らは?」

「ごめんなさい、巻き込んでしまいました」

「少年、ここまで来れば一蓮托生。簡潔に話して欲しい」

「僕はとある高貴な方の命で、大臣の汚職の証拠を運んでいます。彼らは僕を消して証拠を奪い取るつもりの悪い人です」

「またベタな……時に君の勝利条件はどうなっている」

「お城に辿り着いて、直属の上司に会えればどうにでも」


 狙い撃ちされたかのような緊急クエストである。

 ここで引き受けなければゲーマーでは無い。

 恋は空気を読んで人込みに紛れている相棒に視線を送ると、向こうも心得たもの。

 親指を立ててGOサインが帰ってくる。

 これで後顧の憂いはない。

 リィルは央維が責任を持って守るだろうし、ここからは好きにやらせてもらうとしよう。


「少年、興味も無いから名は問わないよ。が、売られた喧嘩は借金してでも買い取るのが伊藤流。一つ英雄ごっこに興じて見ようと思うが、君はどうする?」

「すみません、何をいいたいのか僕にはさっぱり……」

「城まで私が連れて行こうと言っているのさ。ついでに王様の顔とやらも拝見するのも面白い……玉座までエスコートしよう」


 ついには愉快そうに笑い出した少女に騎士の一人がついにキレた。

 元より生かして捕らえるつもりのない事もあり、手加減抜きの銀閃が二人に向かう。

 しかしそれは届かない。鞘に納められたまま振りぬかれた一撃は、光よりも早く騎士を襲っていたのだから。


「邪魔する者は等しく潰す。ハンデとして剣は抜かないが、私は加減が苦手だ。相応の覚悟を持って挑むことをお勧めする」


 後に他人事として見守っていた央維は言う。これが騎士姫無双のゴングだったと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ