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第03話 正義の味方

「次は耳だ。跪け、命乞いをしろ!」

「ひ、人がのた打ち回っているのを見て、その台詞が出るのかっ!」

「今言わず、何時使えばいいんだね」

「気持ちは痛いほど分かるが、当事者的に許せんのも事実。特務の青二才めぇ!」

「おや、まだ余裕があるらしい。そーい!」

「うばー!?」


 誇張抜きの皮一枚で繋がる腕の断面に突き刺される刃。

 痛みで七転八倒する央維のそれを成したのは、ノリノリで剣を振るう恋である。


「そーれ、”ヒール”」


 続く声の主は円だ。

 血溜りの中でのた打ち回る少年を、太陽のような笑顔で見守る姿は恐ろしいの一言。

 苦悶する央維に伸ばされた手から癒しの奇跡が飛ばされるが、そこに慈悲は無い。


「怪我は治っても、痛みは脳に残るなっ!」

「はいはい、次行くよ」

「ギャーッ!?」


 この世界の魔法の使い方は、一般的に呪文を唱えるものらしい。

 しかし、そんな常識を面倒と一刀両断に切り捨てた長姉が作り上げたのは殆どゲームの手法である。

 第一に脳内でキーボードを思い浮かべて、慣れ親しんだ配置のショートカットキーを押す。

 第二に、この行為でスキルが発動すると一片の疑いも無く心底信じきる。

 この二つをクリアすれば、あら不思議。

 謎の魔法陣が発生し、必要に応じたディレイを経て選択した魔法が見事に発動する。

 これは剣士系のスキルも概ね同じらしく、恋も同じ手法を用いているとの事。


「ボチボチ慣れたようで何より。これだけ生き地獄を味わえば、モブに手足を食われようと冷静に対応出来るだろう。いよいよ次のステップに進めると言うものだよ」

「そりゃ、ぶっ続けで来る日も来る日も生死を彷徨う責め苦味わえば慣れるわ。むしろ折れなかった俺の心は健全だったのか、と自問自答したい。腕が飛ばされてはくっつけられて、目玉を潰され治されて……ガチで何故に狂わないんだ俺」

「その辺はゲーム補正と推測される。しかしだね、君はまだ温いほうだぞ? 同じ道を通った私なんて、姉さんが来るまでは基本的に自傷だよ自傷。ポーションをラッパ飲みしながら、何が悲しくて切腹やら何やらをせねばならないと自問自答の日々だったさ」

「マジごめん。でもお陰で今の俺なら殺人鬼を前にしてすら平静を保てるに違いない。怪我は怖いが、わりかし順応したと思う」

「ちなみに姉さんのメンタルは私達より強かったりする。あの人は内臓をぶちまけるダメージを負っても、冷静に己を保って適切な処置を行える超人だよ」

「ありえん」

「私達に出来ないことを平然とやってのける強靭な精神、そこに痺れる憧れるだろ?」

「恋ちゃん、何時から私は吸血鬼になったのかしら? 聖職者ですよー?」

「……しかしながら、時折垣間見える暴力性はDIO様に通じるような」

「お望みとあらば、お家に帰った後でよーく研いだナイフをたくさん投げてあげましょう。何処に刺さるか楽しみですねー」

「も、申し訳ありません姉様。ウィットなジョークです、さしずめアメリカンな」


 外面的には微笑を崩さず処刑宣言をさらりと言った円に対し、恋の顔色は悪い。

 少女たちと出会ってかれこれ半月、最も怖いのは一見大人しそうなお姉様であると央維も思い知らされている。

 基本的には穏やかで優しい娘さんなのだが、何気に最も手加減が無い。

 例えば央維がここの所続けているのは、如何なるダメージを負っても痛みに支配されず平静を保つ訓練である。

 どこぞの坊ちゃん宜しく、苦痛による戦闘不能を避けようと企画された物だ。

 今日が刃傷沙汰ならば、昨日は殴る蹴るの私刑。

 前者は恋担当で後者は円が受け持ったのだが、情け無用と言う意味では円に軍配が上がる。

 支援特化と言いつつ筋力にもパラメータを割り振っていた、低級ダンジョンなら前衛も兼ねられる半殴りプリーストな円さん。

 防具の恩恵が無ければ、貧弱なもやしっ子の撲殺は容易だったのだ。

 間接を極めてギブアップ宣言を聞いてから折る、視界を奪ってから一定のリズムで淡々と殴る等、控えめに言って拷問を穏やかな表情で行う姿に戦慄するしかない。

 恋も同じ目にあったらしく、もはや伊藤の性を持つ少年少女の権力ピラミッドは二度と覆らない確固たる物となってしまっていた。


「そういう事にしておきましょう。さて、予定通り実地試験に移りませんか?」

「私も問題ないと思う。獲物も先日から動いて居ないし、頑張って貰いましょう」

「え、何かあんの? 傷は直して貰ったけど、SAN値はゴリゴリ削られてぐんにょりなんだが」

「疲労しているならなお好都合。君には卒業試験として実戦を乗り越えて貰いたい。何、相手は小規模の盗賊か山賊的な悪い奴らさ。鎧袖一触、スレイヤー複数形のノリで行こう」

「例えが古いぞ」

「でも、分かりやすい例えですよね。男の子なら正義の味方に憧れませんか?」

「確かに憧れるシチェーションだ。ちなみに恋、お前ならどの程度の手間よ?」

「そうだね、蟻を踏み潰す感覚かな。円姉さんでも範囲魔法で一発ドカンだろう。と言うか、試される点はそこじゃない」


 恋の目に浮かぶのは不安の色。

 同一の精神を持っていると理解していても、果たしてソレに耐えうるのかと言う懸念が消えない。


「この間も言ったが、お前に出来て俺に出来ないことは無い。安心しろ、血塗られた道に”私”が足を踏み入れたなら、自然と俺も同じ道を進む」

「君でなければ惚れてしまいそうだ、と思いつつも恋心は湧き上らないのだがね」

「同感。それよりも、さっくり試験会場へ案内して貰おうか。こんな朝っぱらに恒例行事を終わらせたって事は、このままレッツゴーなんだろ?」

「察しが良くて助かります。わたしがお連れしましょう、悪い人たちの巣窟へと」


 かくして央維は最大の禁忌に挑むべく、円に誘われるまま歩き出すのだった。

 





「一つ聞きたい」

「何でしょう?」

「何故に盗賊的な連中の根城を恒常的に把握してるんですかね」

「知りたいですか?」

「是非とも」

「実は偶然です。恋ちゃんが遠乗りで、たまたま見つけちゃったのでした」

「ああ、遊びでフラフラしている訳ではないよ。騎乗スキルの恩恵で自由自在に竜を乗りこなせると言っても、何事にも慣れが必要なのさ。我々のパッシブスキルは肉体に染み付いた技能だが、感覚として馴染ませる為には反復練習が必要と君も身に染みただろ?」

「ま、その辺含めて練習の成果を見せろって理解してる。作戦名はサーチアンドデストロイ、見敵必殺ってとこか」

「言うまでもなかったようだね。姉さん、やはり細かい指示は不要。彼の好きにやらせてみよう」

「ですね。では、勝利条件だけ伝えましょう。央維君の想像通り、後々の面倒を断つためにも皆殺し。最終的には大魔法で根城ごと、どかーんと処分して下さい」

「ラジャ」

「わたし達は近くへ案内した後は先に帰ります。五体満足で、おうちに帰るまでが試験ですからね?」

「遠足か!」


 やはりこの人は怖い。

 央維がオブラートに包んだ表現を剥ぎ取るその心、本当に強い人だと思う。


「ああ、もし捕まっても助けには行かないよ。この程度の相手に梃子摺るんじゃ、この先生きていけると到底思えない。ここで死なせてあげるのが優しさと、私達は結論付けているからね」

「期待が重い」

「私も”わたし”も出来たこと。”俺”だけが躓くはずが無いさ」

「違いない。ちょいと行ってくる」

 

 案内されたのは、街から半日ほど北上した山間。

 遠くに見える、景色に溶け込むようにしてひっそり佇む一軒の小屋が目的の場所だった。

 そこが盗賊の根城らしい。

 ここに至るまで大型の昆虫と幾度か遭遇したが、目ぼしいモンスターには遭遇していない。

 央維の知るフィールド情報では、オーク系が配置されていた気がする。

 疑問を問いかけててみると、軍隊が頑張ったとの事。

 成るほど、外的の脅威も排除されているなら適度な立地と言えよう。


「小細工無用、プロレスの精神で正面突破せんと納得せんよなぁ」


 姉妹が引き返していくのを見届けた央維はそう呟くと、木々の間を通された鳴子らしきロープを勢いよく引く。

 外見上の変化は無いが、これで何者かが近づいてきたことを察してくれるに違いない。

 五月蝿いほど高鳴る鼓動に唾を飲み込み青草を掻き分け、足元に注意しながら進む。

 幸いにして落とし穴系の罠は仕掛けられていないようだ、と一安心した時である。


「何だガキか……」


 盗賊と呼ぶには身なりの良い、凹み一つ無い甲冑に身を包んだ男が小屋から飛び出してくる。

 しかし央維は止まらない。視認さえ出来れば、そこは既に射程内だ。

 現れたのが少年一人と侮ったのか、露骨に安堵の表情を浮かべた男に放たれるのは炎。

 殆どのメイジが最初に習得する基礎魔法”ファイア・アロー”だ。

 それは反応の遅れた男へ着弾。

 生み出された炎の矢は、名の通り狙い違わず男の頭を消し去ったのだった。


「……直接手に掛けないってのもあるが、極論すれば人も獣も変わらんな。思いの外冷静で、何の罪悪感も抱かない俺は果たして正しいのだろうか?」


 日々の訓練には、生き物の命を奪う事も含まれていた。

 最初は生命を感じさせないスライム、次に犬系の大型獣。ステップアップを繰り返し、最終的には人を連想させる亜人系モンスターを殺めてきた央維である。

 最初のうちは肉が食べられなくなり悪夢にうなされ、精神的に追い詰められる日々が続いたが、それもすぐに慣れた。

 何せ千年以上も昔から戦争と言う名の殺し合いを続けてきた人の業。順応出来ないはずが無い。

 しかし、それも机上の空論。同属を実際に手に掛けて、どうなるか不安だった。

 果たして杞憂で済んだことを喜ぶべきか、悲しむべきか悩ましい。


「まぁ、俺は俺さ」


 我思う故に我あり。己さえ見失わなければ何も問題にはならないと結論。

 そもそも殺人が罪なのは、法律でそう決められているだけである。

 ならば法の埒外の世界で何をしても咎められるはずが無い。


「しっかし、姉さんを疑ってた訳じゃないが脆すぎる。こいつらのMDEFはどうなってるやら……」


 模擬戦で同じ魔法を受けた恋は髪が焦げたと文句を言うダメージで、魔法耐性の強い円に至っては無傷。やはり最下級じゃこんなもんだよなー、と笑ったアレは何だったのだろう。

 これでは中位以降の威力倍倍ゲームを始められないではないか。

 派手に行こうと決めていただけに、がっかり感が半端なかった。

 それでも気を取り直してモチベーションを上げるべく、央維無双を開始する。

 手始めに全属性制覇を目指そうと氷を選択。

 ”アイス・アロー”こと氷の矢を、同時発動最大数の10連打で小屋にぶちかました。

 人の身の丈ほどもある氷柱が高速で飛翔する様は正に圧巻。

 次々と壁を穿ち突き刺さり、夏の暑さを吹き飛ばす冷気を撒き散らす成果を産んでいる。


「いきなり無茶苦茶な。貴様は何者だ!?」


 小さな小屋の割りに今度は三人沸いてくる。

 よくもまあリアル黒ひげ危機一髪を生き延びたものだと少年は驚嘆。


「通りすがりの正義の味方さ」


 ディディディケーイドと、脳内で鳴るBGMに合わせて本能の赴くままに変身ポーズ。

 割といい感じの爽快感に身を浸しながらも、油断だけはしない。


「意味が分からん! ええい、この場を見られては生かしておけぬわ、殺れ!」

「「応!」」


 それぞれが抜刀し、剣を振り上げ―――


「その意気や良し。だが、俺は勝ちたい! ってことでグォレンダァ!」

「は?」


 宣言と同時に”サンダー・アロー”の名に相応しい雷光が男たちの生命を刈り取る。

 五斉射中一発は彼方へと消え去る無駄っぷりだが、MPは有り余っているので問題ない。

 血液を沸騰させ絶命した死体を放置し、ついに建物内部への侵入に成功。

 中は殺風景で、床も汚い誰もが思い描く廃屋だ。

 人影も無くまさかのクリアかと思えば、床板の中央にほこりの上に線が描かれている。

 よくよく見ればその部分だけ足跡も多く、ゲーム脳にはピンと来た。

 手探りで床板を持ち上げれば、そこには地下へと続く階段。

 これは嬉しい誤算だ。わくわくが止まらない。

 好奇心に胸をときめかせ降りていけば、辿りついたのは広い横穴。壁には一定の間隔で謎の光源が配されてあり、人の匂いを感じさせる物となっていた。


「しかし、何人殺そうが罪悪感を感じない。アルカレートのお陰なのかねぇ」


 ここまで片手に余る人間を殺めたが、当初の忌避感は何処へやら。

 割と雑草を刈り取る気軽さだ。

 移し身となったキャラクターは海千山千の猛者だったはず。

 その辺りの慣れがプレイヤーの心にフィールドバックされているのではないか、と言うのが恋の予測である。

 閑話休題、とにかく心に余裕があることは良い事だと少年はガンガン進む。

 よくもまあ掘削機械も無いのに、ここまで綺麗に掘り進めたと本当に思う。壁面は綺麗なものだし、空気も淀まないのは何らかの魔法の力なのだろうか。

 しかし、規模そのものは決して大きくは無い。


「呼ばれてないけど、俺参上!」


 突き当たりの扉を蹴り開け最奥へと到達した央維を出迎えたのは、十人ほどの男たちだ。

 先ほどの騎士のご同輩と思われる男一人の他は眼光鋭い傭兵風味。水と油が混ざり合えない的な緊張感から想像するに、騎士と山賊が何らかの取引中だったらしい。


「……上の連中は何をやっている」

「天に召されたんじゃね?」


 直球で答えれば、反応したのは頭目と思しき男だ。


「何が邪魔者は我等の手で排除するだ。おたくらも当てにならないな、これだから騎士様はいけねぇ」

「盗賊風情が我らを舐めるなよ? 上の指示が無ければ貴様らなぞとっくに剣の錆。身の程を弁えろ愚民」

「へいへい、んでその優れた騎士様はこの不始末をどうつけるんで」

「貴様らのミスでこの場を嗅ぎ付けられたのではないか。そもそも後始末を含めて請け負ったと聞いている」

「……おい坊主、お前何処のもんよ?」

「無所属だから何とも。腕試しに悪党を殲滅しに来た次第」

「要約すると国の暗部でもなければ、どこぞの貴族様の犬でもねぇのか」

「おうよ、個人の都合でここに立っている」


 正しく悪代官と越後屋の密会だったようだ。

 何やら陰謀の片鱗が見え隠れするが、どの道やることに変わりは無い。

 むしろ今は、ドラマの中に入り込んだこのシチェーションを楽しむべきである。


「……そう言えば、そっちの騎士様の鎧の紋章は王国のか。いけないなぁ、国を守る立場の人間が悪巧みはダメさ。つぅか、隠密行動なら隠す努力しようぜ?」


 気分は少年探偵の超適当指摘。意匠なんか知らないので難癖も良いところなのだが、この場では正解を引き当てしまった事は青くなった騎士の顔を見れば誰でも分かること。

 本来ならば生け捕りにして、官憲に身柄を引き渡すべきなのだろう。

 が、異邦人にはどこの国が汚職にまみれようが、滅びようが知ったことではない。


「ええい、殺せっ! 奴の口を二度と開かせるな!」

「それしかないか。嘘か真か知らんが騎士級を倒した相手だ、全員でかかれっ!」

「うわぁい、露骨に暴れん坊将軍のノリだな! 余の顔見忘れたか!」

「待て、迂闊に近づくんじゃねぇ、嫌な予感が―――」

「本当は厨二全開で行きたい所だが、じわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。もう限界だから忌まわしき過去となって消えろ! 一応手加減”サンダーストーム”!」


 やられる前にやれがコンセプトのアルカレートは、魔法威力の上がる知力と、詠唱速度が短縮される器用度の二極ステ配分。

 上級ダンジョンでデカイのが掠めるだけで落ちる紙装甲を代償に、最上位魔法でも数秒、それ以下ならばタイムラグ無しで魔法を行使できる攻撃性が強みである。

 今回央維が選んだ魔法は中級雷魔法”サンダーストーム”。

 ぶっちゃけ上位の魔法を習得する条件として、仕方が無く習得した死にスキルだ。

 他のスキルが軒並み最高ランクまで育てているのに対し、コレは形だけ覚えたに過ぎない。

 威力もお察しのお寒い限りであり、被害も最小限に抑えられると踏んだ央維である。

 なにせ密閉空間の地下だ。

 自分の不用意さで生き埋めとか、後で何を言われるのか分からない。


「ぬう、我が奥義をよくぞ耐えて……ねぇ! 何でそんなに弱いんだ!? 奥義とかいったけど小手先だよ! 撃ったら語尾に(笑)って馬鹿にされる系なんだぞ!?」


 一瞬だけの雷嵐が通り過ぎれば、残るのは返事を返さないウエルダンな死体だけ。

 特に騎士様は金属鎧が祟ったのか、未だ放電が続く有様だ。

 ゲームではタゲ取り程度にしか使えなかったネタスキルが、今では立派な殺戮兵器。

 諸行無常のバランス崩壊に央維は心中で泣いた。

 これだけ威力がインフレするなら、隕石を落す系は恐竜の絶滅級災害を引き起こすに違いない。自重しなければ洒落抜きで世界が滅ぶ力ってどうなんだろうか。


「さ、さて、気を取り直してぶわーっと行ってみよう。姉さんじゃないが、何とかインバースばりのスーパー略奪ターイム!」


 と言いつつも、今の連中で全員とは限らない事を忘れない。

 命ぁとったらぁ! とナイフで突いても謎の防御フィールドで弾いた恋と違い、装備で上げ底をしてもこちとら柔らか戦車。装備品の効果で駆け出しヒーラー程度の回復魔法は使えるが、重症を負えばゲームセット。油断は禁物なのだ。

 そこで考える。

 生活臭の希薄さから察するに、ここは時折使われる中継地点。

 ならば部屋の左右に見える何れかの扉は、物資の中間貯蔵庫なのだろう。

 セオリーに従えば一つは脱出路で、もう一つが宝箱部屋に違いない。

 金銀財宝ざっくざっくは無理にしても、何らかの取引の最中だった筈なので空って事はあるまい。


「確立高いほうから行くかね」


 央維は罠やら奇襲が怖いので、何だかんだと使い勝手のよい”アイス・アロー”を向かって右手の扉にぶちかます。

 こちらを選んだ理由は簡単。反対側は木製に対し、鍵付の鋼作りだからである。

 頑丈そうに見えた鉄扉だが、氷の槍は圧力を持って打ち破る。

 思ったよりも強度があったのか、貫けずひしゃげて内部にすっ飛んでいってしまった。果たしてお宝は大丈夫だろうか。

 そんな心配をしつつ進入してみれば、他と同じく光源は確保されている。

 見た感じ特に危険が無いようで一安心だった。


「つっても足がつくような盗品はヤバイ。現代と違ってナンバリングとか無いんだし、現金がいいなぁ、現金」


 しかしながら中は閑散としていて、特に金目のものは見当たらない。

 変わりに見つかったのが鉄檻。ライオンが暴れても大丈夫そうなしっかりとした作りで、中々お目にかかれない一品だった。

 中身はと言えば、これまた貴重。むしろポリスに見られるとギルティな生き物が中に居る。


「ウチにお金はありません。リィルみたいな貧乏貴族の子供を攫っても、あなたの目的は果たせないと思います」

「金は市場経済にインフレの風を巻き起こせる程度には持ってる。ぶっちゃけ、いらん」

「リィルは強い子なので、今みたいな脅かしもこ、怖くなんてないんですよっ!」

「君、涙目だよね?」

「泣いてませんっ!」

「ほほう」

「ちょっと心細くなった所に扉と氷が目の前をびゅーんって横切っていって、不安になっただけだもん」

「よく分からんが、ちょい危ないから下がろうか。そうそう、柵を掴んで目を閉じて」

「は、はい」


 素直で聞き分けのよい中身は小さな少女だった。

 とりあえず出してから考えようと”ファイア・アロー”を発動。

 ただし放つのではなく、掌の上で維持。

 魔法のコントロールは発動条件からも分かる通り、イメージが全てだ。

 その事を訓練で理解した央維は、想像を具象化するコツを掴んでいる。

 収束収束と念じ、脳裏に描いた絵で現実を上書きにかかる。

 一手間加えるだけで、あっという間に炎の矢もガスバーナーに早代わり。

 少女の檻を守る錠前を丁寧に焼ききれば、ミッションクリアだった。


「ぼうりょくはんたいです」

「はっはっは、子供相手にストレス発散する程落ちぶれちゃいないぞぅ」

「でもリィルをさらった人の仲間ですよね?」

「んにゃ、俺は通りすがりの正義の味方」


 初めは爽快感のあったこのやり取りも、台詞こそ違えど三度も続けば飽きる。

 何事も程々が大切らしい。

 さて、今は目の前の少女のことを考えよう。

 身なりは薄汚れているが、素材はさほど悪くない。

 地球で生きていては二次元でしかお目にかかれない桃色の髪に印象的な紫の瞳。言動からどこぞのお嬢様っぽく、中々可愛らしい容姿をしている。

 惜しむべきは、何日着たのか分からない汚れの染み付くボロの装いが放つ異臭。

 本人は慣れてしまったのかもしれないが、現代基準で生きる央維にはかなりつらい。


「……助けてくれますか?」

「だが断る」

「ええっ!? ひ、酷いです。正義の味方を名乗りながらそれは無いと思います!」

「話は最後まで聞きなさい。とりあえず事情を説明して欲しい。実は合法的な奴隷で、俺が強盗でしたってオチは簡便でなぁ」

「それは大丈夫です。あの人たちは商人さんとぜんぜん違う、悪い人たちですから。事情ですよね? ええと、お外で遊んでいたらお父様の友達が大変なことになったから着いてきなさいと。そうしたら怖い男の人たちがたくさん出てきて、騙されたことに気づいたらもうどうしようもなく……」

「何このちょろい生き物。で、どれくらい前の話さ」

「ここに運ばれるのも合わせると、たくさん前です」

「大変だったなぁ」

「これでお兄さんが、リィルをさらに騙そうとする人だと立ち直れません……」

「よーし、ご期待に応えるべく、飽きるまで虐待した後に人買いにうっぱらっちゃうぞー」

「こたえちゃやーっ!?」

「ぐへへ、どんな声で啼くのか楽しみだぜ」

「やなの、やーなの!」


 一通り反応を試し、実は最後の最後で刺してくるハニートラップ(?)とか言うオチではないと央維は確信。

 少女が疑心暗鬼なら、こっちだって押し入り強盗の真似事は初チャレンジなのだ。

 どんなどんでん返しが起きるとも分からないので、石橋は叩くに限る。

 そう、決してリィルと名乗る少女が面白いから弄っていたわけではない。多分きっと。


「なら、俺の言うことをちゃんと聞ける?」

「ききますききます、だからぼうりょくはんたい!」


 半泣きで頷く姿は小動物のようで何とも愛らしい。

 久方ぶりにほっこりした央維は、少女の手を繋ぎ頭をわしゃわしゃと撫でた。

 するとその意味をリィルも察したのだろう。

 ぎゅっと外套の裾を掴んだ手は信頼の証。央維を庇護者と認めた何よりの証拠。


「しゃあない、漂泊の騎士に囚われのお姫様を救出する許しを頂けますかな?」

「ゆるしますっ!」

「そういや名乗ってなかったけど、俺はアルカレート。気軽に央維と読んでくれ」

「どうしてそんな略し方に!? 本名が一文字も入ってません!」

「細かいことは気にするな。お姫様はリィルでいいのかな?」

「はい、リィル・エディアールです。ちゃんは恥ずかしいのでリィルとお呼び下さい」

「了解だリィル。もしかすると悪い人が残ってるかもだから、俺から離れず先に行かない事。本当に危ないからな?」

「わっかりました!」

「まぁ、俺も悪い人なんですけどねー」

「にゃーっ!?」


 幸いと言うか、閉じ込められていた割にリィルは元気いっぱい。

 自分の足で歩いてくれたので両手が塞がることも無く、安全面に影響も無い。

 想定とは毛色こそ違うが、黄金にも負けない財宝を手に入れた央維は機嫌よく地上を目指すのだった。

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