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第02話 俺と私とわたし

「”わたし”が男の子になるとこんな感じですか……」

「ず、随分”私”とキャラが違うなぁ……おい、本当にコレがお前であり俺の変化球なのかYO!?」


 央維は隣に座る少女を引き寄せて疑惑を伝える。

 すると密談相手もまた同じ道を通ったらしく、したり顔で口を開いた。


「私も最初は同じ思いだったよ。でも安心してくれたまえ、暫く付き合えば同じ生き物だと嫌でも分かる。と言うかだね、君と私が似すぎなんじゃないか? 道すがら話した感じでは2Pキャラ並みの完全一致だぞ?」

「うむ、ジャンケン100連続あいことか意味が分からん。趣味嗜好の男女差異はともかく、思考パターンが九分九厘まで同じとか死にたい。絶対に有り得ないが、俺たちが結婚すれば開幕で熟年夫婦コースかもしれん。何せ相談する必要無いからなぁ」

「阿吽の呼吸ってレベルじゃない怖さ」

「そんなお前を疑える筈も無いんだが……猫系のアクティブな俺たちと、おっとり犬系”わたし”さんは纏う空気が違いすぎる。どうしてこうなった」

「それは簡単だよワトソン君。彼女は私達よりも少しばかり年上だ。我々は所詮高校生。しかし円さんは大学生と年齢のアドバンテージがある。つまり私も歳を重ねれば、あんな感じになれるということだよ」

「……1%の可能性って言葉が便利すぎる」


 最初から内緒話というレベルではないが、ひそひそ話を続けるチーム若輩は少し困った顔で苦笑する”わたし”に改めて目を向ける。

 グラマラスな肢体から伸びる手足はすらりと長い。大きな瞳に形のいい鼻筋が絶妙のバランスで、”私”が美人なら”わたし”は可愛いと形容するのがしっくり来るお姉さんだ。

 目を引くのは混じりけのない蜂蜜色の真っ直な長い金髪。

 これでは央維達黒髪ズとは別の種族にしか見えず。央維が疑心暗鬼になるのも仕方が無い事だろう。


「も、もういいかしら?」

「あ、はい」

「自己紹介を続けますね。わたしは多分二人と同じ、伊藤さんちの円。歳は18歳で大学生をやっています。ベースキャラクターは種族が”ハーフエンジェル”の支援特化型”カーディナル”。名前は”セフィーナ”です」

「俺も伊藤さんちの央維。高校生で歳は16。ベースキャラクターは”ヒューマン”で”アークウイザード”の”アルカレート”。趣味はネトゲーって所かな」

「ついでに私も一応、苗字は省略の名は恋。職業は高校生の年齢16歳。”ヒューマン”の”ドラグナー”を選んだ”ティシア”がモデルとなっている。趣味はネトゲーだよ」


 ドラゴンファンタジアはどこまでも日本的思考で作られていて、種族やらクラスが読んで字の如く分かりやすい。

 お陰でジョブと種族のバリエーションが多い割に、直感的にどんな能力なのかが一目で分かる仕組みだ。

 例えば”ヒューマン”は説明不要の人間種族、何かに特化しない分何にでもなれるフラット型。

 ”ハーフエンジェル”は天使と人間の混血と言う設定であり、筋力等のフィジカルが低い代わりに聖属性ボーナスがある、と言ったお約束を破らない。

 ちなみに”カーディナル”は僧侶系最高職。”アークウイザード”と”ドラグナー”もそれぞれ魔法使いと戦士の最高ランクバリエーションの一つである。


「先生、質問です」

「はい、そこ」

「俺達って純日本人ですが、どうして先生は異人風味?」

「私のお母さんがフランス人だから、かな」

「え」


 恋と軽く情報交換をした際に、両親を含めて取り巻く環境がほぼ一致している事は確認済み。

 一人だけプロフィールが違うと知った央維が、違和感を感じるのも必然だった。


「恋ちゃんに確認したけど、お父さんは同一人物だからね?」

「ふむ」

「さしずめお父さんが、別のお嫁さんを貰ったパターンがわたし。これもまた在り得たかもしれない可能性って話ですね」

「にゃるほど、パラレルワールドを地で行く話だ」

「性別以外の差異を持たない二人に比べると、私だけ遠い存在と感じるかもしれません。ですが恋ちゃんと暮して分かった事は、血の濃さがどうであれ根幹を成す魂は同じと言うこと」


 円はそこで区切り、右手を央維へと伸ばして続ける。


「いきなりこんな事を言われて戸惑うかもですが、とりあえず兄妹が増えたと思って仲良くやりませんか?」

「……えーとですね、俺は一人っ子でした」

「はい」

「だから、綺麗で頼れる姉が出来るのは大歓迎です」

「甘やかしませんよ?」

「残念」

 

 がっちりと握手を交わし、信頼している事を態度で示す。


「頼りにしますよ、姉さん」

「こちらこそ」


 そもそも央維が自分のコピーと認識している恋が、もう一人の”わたし”と認めた相手を疑う筈が無い。

 外見の印象で違和感を感じていても、一緒に過ごす内に”ああ、やっぱり”と思う瞬間がきっと来る。

 なので、不安要素は皆無。逆に自分の持つ可能性の幅広さが誇らしいとさえ思う。

 

「そう言えば、姉さんは何時からこっちに?」

「恋ちゃんの後だから……ええと、一ヶ月前くらいですね」

「む、俺が最後発」

「私が三ヶ月前に先任し、大よそ一ヶ月感覚で君達が現れている感じだよ。余談ながら、この家も私が手に入れた。安心して使える拠点を整備した私に感謝するんだね」


 先輩だぞ、崇めるがいいと言わんばかりのドヤ顔を浮かべる恋を見て央維は思う。

 確かに立派な一軒家を押さえて、生活基盤を作り上げた功績は大きいだろうさ。

 しかし、クール系の容姿でその顔は止めろ。

 見せるのは身内だけだからと油断していると、うっかり大事な場面でやらかすぞ?


「だから君が来る事は半ば確信していた。どうせ恒例のパターンで倉庫を真っ先に目指すと踏んだ私は、預かり所に身内が現れたら連絡を寄越すよう伝えてあったのさ」

「思い返せばアルカレート”様方”の倉庫って言ってた気が。そりゃ、ドンピシャで身柄を押さえに来れる筈だ」

「と言っても君が逆の立場でも同じ事をしただろうから、あまり威張ることではないけどね」

「殊勝な事を言いつつその表情……皆まで言うな、察しは着く」

「うーん、わたしと二人はちょっと距離感があるかも。お姉ちゃん、輪に入れるように頑張る!」


 円のガッツポーズと宣言に笑いが巻き起こる。

 同じ性を持つ少年少女たちは、こうして揃い踏みを果たしたのだった。






「つまり物価の違いから資産はまるっと増えていて、働かなくても金に困ることは無いと」

「ああ、例えばゲームの一億やら二億は中級アイテム程度しか買えないはした金。しかしインフレに惑わされず、一般人感覚で考えれば大金だろう?」

「そりゃそうだ」

「預かり所で確認出来た資産は現金だけで三兆弱。消耗品も装備品も私が集めていなかった物がゴッソリさ。売っていればの話だが、国の一つや二つ買える金額だよ」

「アレか、例えば俺が魔法使い系装備を重視して集めていたように、他の”俺”も収集方向が違う。それぞれのメインキャラが集めた三人分の資産が何の因果か一つに纏まった事で、単純に三倍……こんな理解でいいだろうか」

「大正解。さて、せっかくだから、ここからは姉さんに交代。お願いします」


 卓を囲み、円が入れたお茶を楽しみながら説明を受ける央維。

 ここまでは何をどう伝えれば分かり易いか把握している恋が語り役だったが、話をしたそうな目でこちらを見ていた円に気づいてホストを譲ったらしい。


「ええと、お金については後で実際に使った方が分かりやすいかも」

「習うより慣れろ、か」

「ですね。では次に央維君も一番知りたいと思う、スキルとステータス関連に移りましょうか」

「いぇーす」

「先ず一言で纏めてしまうと、央維君なら”アルカレート”の保持スキルは全部使えます」

「なら俺は、大魔法使いってとこですか」

「はい、おそらく世界で五指に入る最強クラス間違い無しです」

「いやいや、アルカレートはレベル89でカンストまで11足りないし、諸々の装備なんて一世代前ですよ? 何処のギルドにも一人居る、それなりに優秀レベルのアークウイザード如きが最強クラス?」


 そう、央維は所詮高校生。

 所謂アイテム課金を初めとする盤外戦術を取る為の資金力が絶対的に無かった。

 使える資金力がそのまま力に直結するソーシャルゲーム程では無いが、MMOとて課金者への優遇措置は十分に存在する。

 課金勢と呼ばれるトッププレイヤーを100とするなら、央維の力は70。

 一応は無課金として限界の強さを得ていても、彼らの足元に及ばないのである。


「それが違うんです。それこそわたしなんて75の無課金ですけど、最低でもこの国で最も栄える王都最高の癒し手。この意味、分かります?」

「まさか」

「はい、そのまさかです。プレイヤーは私たちだけの可能性が高かったりします。そして、この世界の冒険者を初めとする戦闘職の皆さんってよわよわなのです」

「ど、どの程度に?」

「某漫画で例えるとですね、職業軍人のエリート騎士で通りすがりの小学生。対する恋ちゃんがオーガみたいな?」

「戦力差がもはや無理ゲーだ! ってか、何でグラップラー!?」

「え、分かり辛かった?」

「全巻読んでますがね! つーか、連載誌含めて女子供が読む雑誌じゃねぇよ!」

「その辺が同一人物たる所以さ。私も愛読していたよ、はっはっは」

「お前は当たり前すぎて驚かん。どうせ”私”は少女マンガなんて眼中に無い残念娘だろ」

「失礼な、私だって乙女だぞ」

「ほう、ならば何か実例を挙げてみろ」

「い、一部の後輩からお姉さまと慕われてみたり」

「だまらっしゃい」

「んなっ!?」


 どこぞの諸葛亮宜しくバッサリと切り捨てる央維に、少女は驚きを隠せない。

 いくら自分の写し身とは言え、異性の内面を見抜けるはずも無いと甘く見ていた。

 しかし、そこはやはり己と言うべきか。

 これは想像だが、と前置きをする割に言葉の迷いが無い。


「どうせ人の目を気にしてクールなお姉さまキャラを演じつつ、家に帰ればぐんにょりと自堕落な毎日。孤高を気取ってめんどい生徒会やら部活はスルー」

「うぐっ」

「異性への興味もさりとて薄く、甘ったるい少女マンガよりもバトル物が好み」

「み、見てきたようなことを」

「違うのか?」

「違わないが……」


 無駄な嘘をついても仕方が無い。恋は素直に頷く事にする。


「俺が美人に生まれたならさ、きっと守られるだけのお姫様にはなれないと思う」

「その心は?」

「容姿だけと笑われない為に勉強したり、いろんな技能を頑張って修得する筈だからな。そうして出来上がる人格は、ヒロインよりもヒーローだ。なら、求めるものは少年の心だろ?」

「全く君は……自分で自分を褒めて恥ずかしくないのかね」

「正解と認めたな」

「ああ、そうさ。寸分の狂いも無く適切な答えだとも。私は内面を覗き見られたキャラクターの心情を、今初めて理解した。恥ずかしいやら怒りたいやら複雑なものだ」

「悔しいなら、恋も俺のプロファイリングをやってみればいい。ほぼ一致する俺の人物像が浮かび上がるぞ」

「それはおいおい試そう。今は本題を片付けるのが先だ」

「そうですね、続けてもいいかしら?」

「あ、はい」


 まるでじゃれ合う子供を見るかのような笑顔で見守っていた円は、会話が途切れたことで口を挟む事にする。

 この二人の自由にさせていたら何時までも話が進まない、そんな確信があったので。


「とまあ、央維君は軽く人外の化け物。それこそ支援特化のわたしですら、素手でフル武装の騎士を撲殺できちゃいます。と言うか実際やっちゃいました。まして央維君は火力担当の広域殲滅型ですよ? この意味、分かりますよね?」

「例えば、俺の標準的なとりあえず撃っとけ”ファイア・アロー”で、何処まで倒せますかね」

「ええと、魔法防御とか細かい事を考えずに想像してください」

「あいさ」

「仮に央維君がナパーム弾の直撃を受けると?」

「死にます」

「よく出来ました」

「うーむ、俺は歩くリーサルウエポンだなぁ」


 聞けば、そもそも魔法使いの絶対数すらそんなに多くないとのこと。

 ちなみに各職には大きく分けて四段階のランクがあるのだが、二段階目に辿り着く者すら希少でその先は国に一人居れば良い方らしい。

 ちなみに魔法使いを例に挙げると

 

 ”メイジ”

 ”ウイザード”

 ”ハイウイザード”

 ”アークウイザード”


 と、実に日本的な感性でクラスチェンジを繰り返す事になる。

 ちなみにランクアップ条件はそれぞれのクラスで100レベル達成。

 二次職迄はさしたる苦労も無いのだが、そこからが地獄だ。

 必要とされる経験地10倍祭りが乗算で始まり、ちょっとやそっとでは成長しない。

 サービス開始からプレイしている央維ですら最高ランクに達成するまで二年を要している、と言えばその面倒さが分かるだろう。

 しかしながらこの世界にそんな区分は無く、三次職以降は実質存在しないので適当だ。

 聞けばどこぞのウイザード級宮廷魔術師が”炎龍”なら、なんとか帝国の姫は”雷皇女”。

 央維としては厨二病乙と、恥ずかしさに転がる痛い世界である。

 何とも実にアバウトであり、ファンタジー的なファジーさが伺える。


「では次にスキルの使い方に進みましょう、と言いたい所ですけど」

「ど?」

「日も暮れてきましたし、続きはまた明日。さすがにお家の中でドンパチは嫌ですから」

「火遊びはお外で、だな」

「よし、ならば別の火遊びと洒落込もう。姉さん、今日はお肉の気分なんだ。血の滴る分厚い肉塊をファイヤー所望する」

「待て」

「何だね央維君」

「その口ぶりじゃ、お前は食べる側なのか?」

「安心したまえ、君の懸念は誤っている。見栄っ張りの私は、料理技能もキッチリ備えてあるとも。だがね、私のスキルは”恥ずかしくない”レベル。対して円姉さんはプロ並だぞ? 狭いキッチンに足手まといが出張る道理はあるまい」

「そ、それほどまでに戦闘力に差があるのか?」

「笑えよベジータ、これ以上は言わせないでくれたまえ……」


 遠い目をする恋の姿に野菜の星の王子が重なって見えたのは気のせいだろうか。

 まさかの敗北宣言だが、よくよく考えてみると経験地が上の自分に負けただけでは。

 それでも女の子として譲れない一線があるらしく、男の身としてはよく分からない。


「わたしはほら、料理が趣味で家業だから。その分、恋ちゃんは何でもござれの完璧超人さん。能力値の割り振り方が違うだけだよ」

「え、俺の親は普通のサラリーマンですよ?」

「これも平行世界の醍醐味、かな。ウチはそこそこ年季の入った洋食屋さん。お父さんにしっかり仕込まれたから、きっと央維君も満足してくれる味を出せると思う」

「こりゃ一般家庭の”私”じゃ勝てんわな……」

「納得したかい? 餅は餅屋、ジョブに応じて役割分担をするのがMMOの醍醐味さ」

「正しい姿だな。俺も男子厨房に入るべからずの精神で、大人しく構えていよう」

「少しは頑張れ男の子、料理の出来ない男はモテないぞ」

「はっはっは、ピンと来る運命の娘に出会えていないだけで、それなりにモテるから安心しろ。と言うか、似たような顔に言われてもブーメランにしかならんがな」

「これは失言。時に君は姉さんを見てどう思う?」


 円が席を立ったのを見計らい、恋が体を寄せてくる。

 返答次第では聞かれてはまずいとの判断は実に正しい。


「家庭的で美人で、たゆんたゆんな凶器を標準装備。思わず結婚を前提にした交際を願い出たくなる麗しい女性だが……」

「妥当な評価だね」

「不思議と、これっぽっちも下心が沸かない。恋が双子の妹なら、円さんは正しく姉ちゃんってとこかな」

「私に限って無いと思うが、妙な考えを起こさないでくれよ?」

「身内を襲う特殊な性癖はねぇよ!」

「ちなみに元のステータスを考えると、私達の中で一番非力なのは君だ。特に姉さんは魔法防御力が種族特性も合わせて異様に高い。対峙した際の相性は最悪、組み伏せる相手じゃないとだけ言っておこう。ああ、万が一私に手を出そうとすれば文字通り首が飛ぶのであしからず」

「実は欠片も信用してないお前が怖い」

「冗談だとも、はっはっは」


 この女は有言実行を躊躇わない。そんな確信が央維にはある。

 厨房に姿を消した円が聞けば思わず苦笑いの展開だが、それを知る由も無かった。


「時に、これからの指針があれば教えて欲しい」

「確率は低くとも同じ境遇の仲間が見つかる可能性はゼロじゃない。とりあえず世界を巡ろうと考えている」

「この世がどんなもんか俺も見たいしな」

「同感だ。ちなみに本来なら遠からず出発と行きたい所だが、そうもいかなくなった」

「はて」

「君の訓練だよ。私と円姉さんは修羅の世界で生きていけるだけの覚悟と経験を積み終えているけど、君は生まれたての雛鳥も同然。ぬるま湯から慣らして、江戸っ子並みの熱いお湯に耐えうるタフな男に成長して欲しい」

「バイオレンスが吹き荒れる剣と魔法の世界に甘ちゃんは不要と」

「兎にも角にも魔法を自在に操れるようになって貰う。何、君ならあっという間さ。太鼓判を押そう」

「”私”に出来たことが俺に出来ないはずもない、か。ちなみに何をさせるつもりだ?」

「第一にスキル習熟、次に痛み耐性の取得。なぁに、辛いのは最初だけ。日本じゃ生涯感じる事の無い激痛をたっぷり味あわせてあげよう。内臓に達する傷の嘔吐感、背骨をへし折られる独特の感触……死んだ方がマシってフルコースをね」


 本能が警鐘を鳴らすヤバイ笑顔を浮かべる恋。

 彼女の言葉には体験してきた人間特有の凄みがあり、重みが違う。


「面倒ごとは明日聞こう。そう、全ては明日から頑張る!」

「……今日だけはライトなファンタジー世界の余韻に浸ると良いさ。姉さんの料理はとても美味しく、積もる話もある、現実を忘れて今宵だけは飲み明かそう」

「世界観的にワインか?」

「正解、末期の酒に秘蔵の一本を開けよう」

「不吉な単語は聞こえなーい、聞こえなーい」


 下された死刑宣告から目を背け、少年は今を謳歌する。


「死なない限り、どんな傷でもわたしが直してあげます。頑張れ央維君。さ、じゃんじゃん作りますから、たくさん食べて下さいな」


 大皿に乗せられた料理を幾つも運んで来るのは円だ。

 調理しながらも最後の話だけは聞いていたようで、無自覚なのか恐怖を煽る頼もしさ。


「ちと多いのでは?」

「今日食べておかないと、明日の訓練後は心因性で食欲ゼロもありますよ?」

「そ、そんなに辛いの」

「わたしは治す側なのでよく分かりませんが、恋ちゃんは何日かご飯が喉を通らなくなりました」

「それって俗に言う拷問って奴では……」

「ケアはお姉ちゃんにお任せなのです。ささ、冷えないうちに食べましょ。トカゲのお肉とか使ってますけど、食べられますよね?」

「……いただきます」


 ヤケクソ気味の央維は流し込むように箸を取る。

 結論から言うと大変美味しゅうございましたとさ。 

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