第01話 出会いは突然に
歴史を感じさせつつ、それでいて未だその機能に陰りの見えない高い市壁。
その奥の奥には城の一部らしき尖塔が見え、国の中枢であることを知らしめている。
かつてディスプレイ越しに同じ場所へ立った時は唯のオブジェクトとしか思わなかったが、実際に自分の目で見ると感慨深いものがある。
央維の持つ情報が正しければ、ここ”ティンタージュ”は東西南北に十字の形で伸びた道を基準に作られた碁盤の目のように整備されている円形の街の筈。
目指す場所は城を北と設定した場合の南東部。消耗品関連を扱う店が近く街の入り口も目の前という立地から、多くのプレイヤーが溜り場にしていた一角だ。
門を抜ける際には衛兵らしき人物に呼び止められやしないかと不安に駆られたが、平時の昼間ということもあってか特に何事もなく通過。
これは思いの外計算通りと少しばかり余裕が生まれるも、それは街の中に入って間違いだったと気づく。
「……よく分からん」
プレイヤーだった頃は鳥目線というか、上から俯瞰するような視点だった。
しかし今は違う。
一番大きい変化は、建物の向こうがどうなっているか全く見えない事だ。
通り沿いに並ぶ多くの店舗の間は野良猫でもなければ通り抜けられるはずもなく、往来を行き来する人の流れははちょっとした大波。
荷を満載した台車を引く者、店先で見たこともない果物や野菜を売り捌く露天商。人口密度の一点ならば現実の大都市の足元にも及ばないが、ここの賑わいは生気が違う。何というか活気に満ち溢れているように感じられる。
土地勘があるようで無い街を苦心しながら進んでいくと、ようやく目当ての場所へ辿り着く。
しかしそこは、かつて憩いの場としていた風景から大きく変貌を遂げていた。
各々が縄張り的な住み分けをしていたあの頃と違い、異国情緒溢れる旅人や、商談に来たのであろう一団、垢抜けない格好のお上りさん。そして、彼らを呼び込もうと奮闘する客引きでごった返しになっている。
「すいません、この辺りっていつからこんな感じに?」
「昔からここいらは宿屋街ですよ。ひょっとしてお兄さん、王都は始めてかい? まだ今晩の宿が決まっていないならウチは如何? 安くしとくよ?」
道すがら聞こえてきたのが日本語であり、これなら行けるだろうと踏んでいた央維。意を決して店側らしき男性に声をかけてみれば、予想に違わずコミュニケーションが成立する。
以前はカドの建物の横的なアバウトさで利用していた一角なので、今更ながらそんな設定だったのかと感心してしまう。
しかし、言われてみれば例え一夜の夢だろうと野宿は嫌だ。
そこではたと気づく。今更ながら使える金を持っているのか分からない事に。
確かにポケットの中には謎の金貨が詰まった袋はある。
が、それが流通している通貨なのか確証が無かった。
十中八九使えるとは思う。しかし万が一敵対する国の貨幣でした、では目も当てられない。
故に何に優先しても倉庫へ向かう必要がある。
若干というかかなり機能しているか怪しいが、僅かなりとも預けた荷物が残っていれば当座の路銀となってくれるに違いないのだから。
「OK、仕事が済んだらまた来るよ。その時は一番いい部屋を頼む」
「あいよ、期待してるぜ兄さん」
「なら気は早いが、お客として一つサービスして貰いたい」
「内容次第だな」
「”アリアンヌの預かり所”って店の場所を知らないだろうか」
「ああ、その程度ならお安い御用さ。どうせ冒険者御用達のアレだろ?」
「それそれ」
「先ず中央の一番太い道を十字路になるまで進み、正面にお城が見えるように立つ」
「ふむふむ」
「んで、右手に向かって少し歩くと観光名所にもなっているデカイ噴水があるわけだ」
「それなら分かる気が」
「知っているなら後は簡単だ。そこに行きゃ子供だって一目で分かると思うぜ」
「さんきゅ」
男は話半分に受け止めたのか本気にしていないようだが、こちらとしてはキッチリ義理を果たすつもりである。
まあ、それもこれも残された資産次第。
央維は期待半分に歩き出すのだった。
「これはこれはアルカレート様、本日はお預けですか?引き出しですか?」
「やっぱりそういう認識か……」
「アルカレート様?」
「何でもない、何でもないから気にしないで結構」
「は、はぁ」
”アリアンヌの預かり所”はRPGにおけるアイテム倉庫と同一の存在だ。
ドラゴンファンタジアにおけるキャラクター死亡時のペナルティは、経験地減少の他にも一部例外を除いたランダム判定によるアイテムドロップに加え、所持金の減少と言う大きいものである。
故にプレイヤーは必要最低限の所持品を除いて資産を預けることが常識となっており、常に人の絶えない人口密度の高い場所だった。
そんな重要施設もゲームでは受付しかなかったのだが、今では立派な大店だ。
本当に自分の知っている施設なのかとビクビクしながら入店を果たした央維は、いきなりのコンシェルジュっぽい男の登場に面を食らっていた。
どうやら向こうはこちらを知っていて、VIP待遇が必然と思っているらしい。
アルカレートは央維のメインキャラクターであり、今の央維が扮する魔法使いの名だ。
やはりと言うべきか、この世界の移し身は想像通りの存在だったと確信した瞬間だった。
「取りあえず荷を引き取りたい」
「かしこまりました」
「ど、どうすればいいんだっけ?」
「……」
マズイ、ひょっとして別人だと気づかれてしまっただろうか?
中の人は本人ですけど、と嫌な汗を流すも男の言葉は好意的なもので。
「思えば最後にご利用になられたのも100年以上前で御座いましたね。さすがのアルカレート様もお忘れになられて然るべき。配慮が足りず申し訳ありません」
「歳は取りたくないねえ。どうにも最近物忘れが激しくてなぁ」
意味深な誤解をしてくれたので、これ幸いとそこに乗っかる事にする。
どうやら自分も目の前の男も、外見に見合わず相当の年寄りであるらしい。
まぁ、β版から稼動している事を考えれば妥当かもしれないが。
「では改めてご説明を……どちらからに致します?」
「なら最初から。せっかくだから、この場所についても頼む」
「御意。この”アリアンヌの預かり所”はアルカレート様と同じく神の祝福を受けた”超越者”の錬金術師様により生み出された絶対不可侵の砦で御座います。私を初めとする自動人形に運営され、如何なる力にも屈せず中立を守ること千年。今では意味合いの変化した冒険者の方々に対しても門戸を開き、あらゆる荷をお預かりする業務を行っております」
「”超越者”というのは?」
「今でこそ傭兵や便利屋の総称ですが、かつて冒険者とは神の使徒として研鑽し、魔を払う方々の呼び名でした。その中でもほんの一握り。神の眷属として迎え入れられ、人を超えた存在へ生まれ変わった英雄を”超越者”と呼びます」
「……確かにコレは転生後の最終クラスチェンジを終えてるけども」
「ご自分のことを思い出されて何よりです。何せ生存が確認されている”超越者”は皆無。皆様姿を消されましたので、私どもとしても創造主と同格のアルカレート様は最上級のお客様でございます」
「これからはちょくちょく寄るさ。百聞は一見に如かず、さっそく利用させて貰おう」
「ではこちらへ。アルカレート様方専用の倉庫へお送り致しましょう」
促された先は窓一つない密室。しかし決して真っ暗では無い。壁それ自体が光を発し、必要な明度を維持している不思議な部屋だった。
「テレポーターの起動コードは”ght78pth”で御座います」
何というか、キーボードがあれば無意識に打てる単語である。
まさかのログインパスワード登場に泣きたくなる央維を誰も攻められないだろう。
「もしも内部で何らかの事故が発生した場合は?」
「一定時間を越えてもお戻りにならない場合、私どもが確認に参ります」
「至れり尽くせりだなぁ」
「それが人形の本分かと。道具は人の役に立つ事が存在意義です」
「どこから見ても人にしか見えないけど、思考パターンが機械だったか……よし、ご苦労。戻ってよし」
「行ってらっしゃいませ、ご主人様」
どこの執事喫茶だよとツッコミたくなる見送りに溜息を吐きつつ、央維は教えられた呪文を唱える事にする。
「テレポーター起動。認証コードは”ght78pth”!」
それっぽく修飾して声を上げると、床一面に光で描かれた魔法陣が描かれる。
おそらく転移魔法もこんな塩梅なんだろうなぁと思いつつ、少年は光に包まれるのだった。
「装備は現状でOK。下手に特化するより、汎用型のが役に立つに違いない。後はアレだな、剣とか使えるのかねぇ」
ドラゴンファンタジアにおける魔法使いは、ご他聞に漏れず所謂戦士系武装の一切合切を装備することの出来ないもやし職だった。
しかし、それはゲーム的な制限でしかない。普通に考えれば甲冑を纏って剣を振るう事だって可能な筈だ。
そう思い壁に掛けられていた長剣を掴み取ると、ソレっぽい動きを試してみる。
結論から言えば可能。少なくとも何らかのペナルティを感じない。
「孤立無援で別世界か。中々ハードな設定じゃないか」
既に夢説を諦めつつある少年は、現実と向き合い始めていた。
未だ自身最大のスキルと想定される魔法の取り扱いが判明していない為、身の安全は別のアプローチで守らなければならない。
いっそ防具も頑丈そうな鎧一式に変更すべきか。常識的に考えて布より金属のが硬いだろ等と思案するが、それはすぐに中断することになる。
「私の資産に手をつけるとは、大胆不敵なコソ泥だね」
首筋に触れる冷たい鋼の感触と、底冷えのするような女の声。
あっさり他人が入って来てますよ先生。千年守られてきた信用とは何だったのでしょう。
そんなクレームが脳裏を過ぎるが、今はそんな事を考える暇は無い。
不審者扱いされた央維は内心で舌打ちを一つ。
無駄な抵抗を諦め、両手を挙げて無抵抗をアピールする。
なにせファンタジー世界の命は軽いと言うのが相場。
アメリカ宜しく、怪しいからとりあえず殺す的発想がまかり通っている可能性が高い。
「そのままこちらに向かって振り向くんだ。おっと、余計な真似……例えばよろけたフリからの奇襲とか考えないほうがいい。私は寛大だが慈悲深くは無いよ」
「思考を覗き見る能力者、もしくは新手のスタンド使いか!」
「どちらだろうね。とにかく君の思考は完全にトレース出来る。悪いようにはしないから、クールに話し合おう」
「OK、こちらとしても情報が欲しい。無駄な抵抗はしないと約束する。だからひとまず剣を納めよう。武力をちらつかせて交渉のテーブルに着くのはクールじゃないぜ?」
「宜しい、要求を受け入れようとも」
「ずいぶんと素直な事で。俺が約束を破るとは考えないのか?」
「”私”なら、そんな真似はしないからね」
「その考え方はおかしい。俺と君を同一視する理由が分からない」
「”俺”君は少々頭の回転が悪いようだ。”わたし”は秒で察したぞ?」
「シンキングタイムを要求する!」
「私を失望させるなよ?」
「う、せめてヒントプリーズ」
「私をよーく見ろ。これが答えに近い最大限のヒントさ」
言われて央維は少女を凝視する。
艶やかな緑がかった黒髪を腰まで伸ばし、肌の色は健康的な小麦色。整った目鼻立ちからはどこか冷たい印象を受けるが、こちらの双眸を真っ直ぐ貫く瞳に込められた意志力は炎を思わせる。
装いは赤のミニスカートに黒のニーソックス。飾り気の無いシャツの上からスカートと色を揃えられたジャケットを羽織っており、腰には長剣が揺れていた。
かなりの美少女だ。もしも微笑みかけられれば、一目で恋に落ちるレベルの。
しかし不思議と央維の胸は高鳴らない。何というか、テレビの中でスポットライトを浴びるアイドルを見る肉親の気分とでも言うべきか。
個々のパーツを比べても何一つ似てないのに、全体として醸し出す空気が自分と近しい。
むしろ近しいどころか等しいとさえ思えるほどに。
「確証を得るために、幾つか質問に答えて欲しい」
「何かな」
「今この瞬間”腹減ったなぁ、とっとと帰りたい”的な事を考えてないだろうか」
「正解、今晩はお肉が食べたいね」
「小細工も嫌いじゃないが、どちらかと言えばゴリ押しの直球勝負派だろ」
「大正解。どうやら私が何者か理解したようだね。が、様式美として聞こう。私は誰?」
右手の人差し指を揺らす少女は、きっと不正解を許さない。
もしも央維なら一発殴る、不甲斐ない自分を認めたくないので。
「俺がキャラスロット1をベースにしたように、同様の手順で構築された”俺”のアナザーバージョン。グラフィックが可愛いって理由だけで、わざわざ女にした騎士子だろ」
「その通り。これは憶測を裏付ける為の確認だけど、君のキャラクターネームはアルカレートだね?」
「その通りだ、ティシアさんよぅ……」
ああ、やっぱり。そんな思いを共感した瞬間だった。
突拍子も無く状況証拠しか揃っていないが、そこに疑いの余地は存在しない。
理屈を越えた部分で分かる。この女と自分は魂が同じ事を。
外見の違いは重要ではない。例えるなら同じ液体を違う形のコップに注いだようなものだ。
味も色も両者に差異は無く、器の形が違うだけ。
果たしてソレは本質的に同一の存在ではなかろうか?
「私達はドラゴンファンタジアにおけるキャラクターを別の自分で再現した、近くて遠い鏡越しの自分。一例では確証を持てなかったけど、二度も同じ事例が発生したからには認めざるを得ないよ」
「その言い草から察するに、プリースト枠も既に居るのか……」
「居るとも。まぁ、君で打ち止めだろう。この意味、分かるだろう?」
ゲームシステムとして用意されたキャラクタースロットは三枠。
それぞれ性別を自由に設定可能で、央維は魔法使い、騎士、僧侶で埋めていた。
単独行動を重視した汎用型の魔法使い”アルカレート”。
攻撃力特化ながら、壁にもなれる防御力を備えた物理の鬼”ティシア”。
PTプレイを主軸に置いた、支援特化型僧侶”セフィーナ”。
後者二つは外見が可愛いからとの理由で女を選び、唯一魔法使いのみが男である。
因果応報と頷く央維は、もはや笑うしかない。
「さて、こんな素っ気無い場所での長話も面白くない。適当にアイテムを回収したら一緒に来るんだ。暖かい料理でもてなすよ”俺”君」
「”わたし”とやらにも紹介頼む。まぁ、俺と違って物分りがいいようだし、大した手間にはならんと見た」
「むしろ、以心伝心を地で行く事に君は驚くと思う。下手をするとアイコンタクトで終わるかもね」
「そかー、所で話は変わるが、何かこれだけは持っていけってアイテムは?」
「汎用狩場装備と、ソロ活動用サポート系さえあれば十分かな」
「あいよ、それなら一式最初から持ってな……と、金は何処で下ろすんだ?」
「それは後だ。質問に一々答えていたらキリが無い」
面倒そうな声を上げたティシアの気持ちが手に取るように分かる。
効率的に物事を運びたい、その一言に尽きると思っているに違いない。
「夢だと思っていたら、ファンタジー世界に一人ぼっちか……」
「確かに本質的には一人かもしれない。でも、一人きりではないさ」
「自分に慰められる日が来るとはなぁ。ま、頼りにするよ”私”さん」
「そうそう、それでこそ私。頑張ろうか、”俺”君」
こうして本来出会う筈も無かった二人は邂逅を果たしたのだった。