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3日目



....




 昨日の侑葉の衝撃から抜け出せず、ボーっと歩いていたら琉歌とぶつかった。朝からやってもーた! 殴られる、運が悪ければ殺られる……!

 直角に迫る勢いで頭を下げ、ひたすらごめんと繰り返す。なんか昨日から謝ってばっかやな。

 そんな俺を見下ろして、琉歌はふんっと鼻を鳴らした。


「何やってるんだ?」

「ぶつかってもーたから、謝らな思いまして!」


 顔を上げると、呆れ顔の琉歌。左手だけを腰に当てて、俺を睨み付けている。怖い。

 おまえに謝られても不快だからやめろ的なことを言いながら、琉歌は腰まで伸びた綺麗な黒髪を後ろへ払う。それから一瞬躊躇うように視線を横にずらすと、小さく深呼吸をした。

 また俺を睨む。


 なんだろう、俺、なんかしたんやろか。


 俺の心配をよそに、琉歌が「それから……」と言葉を漏らす。

 次の瞬間、


「おっはよう!」


 という琉歌のセリフが通学路に響いた。他に誰もいないからか、やけに響き渡った。

 目の前に立つ、琉歌を見る。顔の横にピースを作り、いつも無表情な顔には微かな笑顔。普段より高めの声に、語尾に星でも付きそうなあのセリフ。

 おうふ。無口無表情無関心ないつもの琉歌はどこですか。あまりの衝撃に、反応できなくなる。琉歌に表情がついた代わりに、俺の表情が無くなった気がする。

 俺が反応しないことにか、琉歌が舌打ちをした。直後いつもの無表情に戻り、俺の肩に一発いれると、そのまま去っていった。

 殴られた痛みで、我にかえる。


 なんだかすごい理不尽を感じた。なんやったんやあいつ……。



* * *



 トイレに行きたい。のに、今俺は電波1号こと神宮紗依に足止めされていた。

 両手で大きなオレンジのリボンを持って、昨日授業中に折り紙を作ったとかそんな話を延々と聞かされている。うん、どうでもええわ。

 一つの話が終わると、「あ、それとね」と更に会話を繋げる。これは多分終わらないフラグ。今が放課後じゃなかったら、チャイムが鳴れば終わったかも知れないけど。

 意を決して、トイレに行きたいと電波1号に告げる。


「そうなの? それじゃー、もう一つだけ聞いてね!」


 なんで此処で切り上げへんの。

 まぁあと一つや。あと一つ聞いたらトイレに行ける。ええよーと返事をすると、電波1号はやったー! とおさげをぴょこんと揺らしながら両手を上げた。リボンは持ったままで。


「あのねあのね、一条光にちょっとだけしゃがんで欲しいの!」

「はいはいー」


 聞いて欲しいって、お願いを聞けっちゅーことかいな。

 その場にしゃがみ込むと、目の前に立つ電波1号を見上げる形になった。


「で、しゃがんでどーすんねん」

「うん、あのね! このリボン、一条光にあげるの! 今日は絶対外さないでねっ!」


 俺の頭に、ずっと手に持っていた無駄にでかいリボンを付ける。カチッと音がして、頭に微妙な重さが加わった。

 リボンを付けたら満足してくれたのか、電波1号は何かを言うでもなく、そのままターンしながら去っていった。


 良かった、やっとトイレに行ける。……にしてもこのリボンどないしよう。今日は生徒会の集まりもないし、あとは帰るだけだから、付けとくか。外すなって言われたしなー。

 頭に付いたリボンを人差し指で突いて、嘆息する。それからいざトイレに行こうと歩きだしたところで、前方にある掃除用具入れがガタンと揺れた。

 えっなに!? ポルスターガイストとかやないよな……? 風やんな。風吹いてないけど、風で揺れたんやきっと!

 ぶんぶんと頭を横に振り、自分に風だと言い聞かせる。そして何事もなかったように掃除用具入れの横を通り過ぎようとした。

 途端バンッと大きな音がして、掃除用具入れの中から人が飛び出してきた。綺麗な銀髪を揺らし、その人は飛び出した勢いのまま走り去っていく。


 「十哉先輩?」


 あれだけ小柄なのは、っていうかあんな銀髪は、学園内に十哉先輩しかいない。

 どうしたんやろ、閉じ込められてたん……?


 しかし、どうして十哉先輩が掃除用具入れ中にいたのかよりも、俺はトイレの方が大事や。

 少し早足になりながら、俺はさっさとトイレに向かった。



* * *



 俺は目を丸くしていた。目の前で右手を上げてニコニコしている少女を見つめる。

 俺がトイレに入ってすぐ、つまり用を足す直前に、俺を追うように誰かがトイレに入ってきた。次いで、「お邪魔します!」という女の子の声。

 その声に驚いて振り返ると、右手を上げている少女――つまり澪ちゃんが居た。


「……澪ちゃん?」

「はいっ、お邪魔してます」

「……ここ、男子トイレやで?」

「はいっ」


 いやいやいや、はいっじゃないて! なんで入ってきたん!?

 変わらずニコニコしている澪ちゃんの肩を掴んで、強制的に回れ右させる。それから背中を押し、トイレを出るように促した。

 澪ちゃん、真面目で良い子やと思っとったのに……。素直にトイレから出ていく澪ちゃんを見送り、大きくため息を吐く。

 気を取り直して、用を足すために体の向きを変えようとしたところで、バンっ! と扉を叩くような音がした。今の、個室からしたような……。

 四つある個室を見つめる。見つめて数分、手前から二つ目に個室の扉が、ガタガタを揺れ始めた。え、なに、怖い怖い怖い。

 てかっ、今度は、誰やねん! これで今度こそポルスターガイストやったら、俺は泣く!

 しばらくして揺れが止む。かと思ったら、絶叫しながら誰かが飛び出してきた。俺には目もくれず、そのままトイレからも飛び出して行く。

 えええええ、なに? 飛び出すの流行っとるんか。ていうか今のは奏くん? 走り去っていったから目付きの悪さとか全然わからへんかったけど、奏くんだった気がする。

 澪ちゃんといい奏くんといい、トイレをなんやと思ってんねん。



* * *



 トイレから出ると、少し離れた所に朔弥会長を見つけた。キョロキョロと忙しなく辺りを見回している。誰か探してるんかな。

 名前、というか愛称を呼ぶと、ハッとしたように黒い瞳を俺に向けた。そしてぱあっと顔を輝かせる。


「一条! こんな所にいたんですね、ずっと探していたんですよ」


 俺が反応する間もなく、会長は俺の手を掴んで「ちょっとこっちに来てください」と歩き出した。どこ行くんですか、と訊ねてみても無視。返事ぐらいしたってください。会長の深緑の後ろ頭を見つめながら、黙ってついていく。

 問答無用で会長に連れてこられたのは、保健室の前。もう、出来るだけ保健室には来ないように、って思っとったのに。

 会長は、俺の手を離して保健室の入り口を睨み付けた。そして懐から何かを取り出す仕草をする。


「いいですか、一条」

「はぁ」

「この保健室には悪霊が棲んでいます。悪霊が暴れだす前に、僕達が封印しなければいけません」


 はぁ? 会長がなにやらとんちんかんなことを言い出した。確かに中には、悪霊みたいに悪質な保健医がいますけど。

 会長が手を掲げる。その手にはお札のような物が何枚も握られていた。さっき懐から取り出したのはこれか!

 そのお札を、保健室の扉にベタベタと貼りつける会長。あぁ、そんな貼り方したらもう扉開きまへんやん! そのうちに、会長が「悪霊退散!」と言い出した。

 扉と壁をくっ付けるように、一周ぐるりとお札を貼りつけ、会長は満足したように眼鏡の縁を持ち上げた。そして俺を振り返る。


「これで悪霊は封印出来ました。それでは僕はこれで」


 そう言って、会長はさっさと立ち去ってしまった。

 なんで俺呼ばれたん?

 酷い有様になった保健室の扉を見つめる。……これ、剥がして帰らな氷汰先生困るよなー。



* * *



 なんとか全部剥がしたお札をゴミ箱に捨てる。めっちゃ時間かかった……。どんだけしっかり貼りつけとるんですか会長。

 右手を左肩に置き、腕を回す。肩こったー。

 これでやっと帰れる。トイレに行くの邪魔されるし、会長がわけわかんないことするし、今日は散々やったなぁ。ちゅーか、わりと昨日から散々やなぁ。

 鞄を取りに教室に戻ると、文字通り俺の机に翔太が座っていた。隣のクラスの翔太がいるというのに、周りの奴らは誰もそれに対して疑問を抱いていないようだった。


「なにやっとるん?」

「ん、あぁ、……やっと戻ってきたか一条」


 どうやら俺に用があったらしく、声をかけると翔太はゆるゆると立ち上がった。俺の正面に立ち、翔太が優しく微笑む。しっかり施されたヴィジュアル系メイクが映えて、やけに妖艶だ。

 それから大きく息を吸い込んでから、話し始めた。


「今日の朝は十哉先輩がコーヒーカップを落として割った音で目が覚めたんだ。カップが一つ無くなったから、あとで申請しようと思う。でもまた十哉先輩が割るだろうから、割れない素材にした方が良いような気もするな。あぁ、それからいつも通りの時間に登校した。今日のお弁当は十哉先輩の担当で、何故かミートボールがやけに多かったんだ」


 喋る喋る、やけに喋る。何故かそんな調子で、翔太は俺の机に座るまでの経緯を話してくれた。

 おまえ、そんな喋るキャラやったっけ……? いや、確かいつも必要最低限のことしか喋らなかったような……。

 喋り終わると、ふうっと深く息を吐き出して最後の一言。


「おあとがよろしいようで」


 つまりどういうことやねん。




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