1日目
泉崎学園には、生徒会役員よりずっと学園内のことに詳しい図書委員がいる。彼女はほとんどの生徒に慕われ、教師に信頼され、そして多大な影響力を得た。
影響力に加えて、彼女には他人の隠している弱点までをも知っているという情報量がある。
その二つを利用し、彼女はとある後輩にとあるいたずらを仕掛けることに決めた。
様々なデータを纏めたノートを口元に寄せ、彼女は微笑む。誰を使おうかしら、という静かな呟きは、誰に聞かれることもなく図書室の中に溶けていった。
かくして、学園全体を巻き込んだ彼女の作戦は開始のチャイムを鳴らすのだった。
....
『一条光、頼みがあるからすぐ職員室に来るようにー』
いつも寝ている教師のそんな放送に、学園中が騒めいた。あの先生が自らを放送を……! と若干の感動めいた囁きも聞こえる。
そんな中俺は、何故指名されたのかと思案を巡らせた。そりゃ、俺は生徒会役員やから頼まれ事はされる。けど、自分より優秀な副会長なんかが指名されることが基本で、全校放送かけてまで指名されたのはこれが初めてだ。
まぁでも、あの先生がわざわざ自分で放送を入れてまで俺を指名したのには何か理由があるはずだ。とりあえず職員室に行こう。すぐ、って言われたのにまだ行ってないなんて怒られるかもわからんしな。
とかって思いながら早足で職員室に向かった俺を出迎えたのは、机に突っ伏して眠る居眠り教師だった。紺色の髪には寝癖と草がついてて、また今日も中庭辺りで寝たんだろうなと安易に予想できる。
寝るのは勝手やけど、自分で生徒呼び出した時ぐらい起きとってください!
「宵斗先生、起きてください! 俺に頼み事あるんやろ?」
肩を掴んで、思い切り揺らしてみる。……反応はない。さらに揺らしてみる。……それでも反応はない。今度は肩を掴む力を強めながら揺らしてみる。……これだけやっても起きないん!?
普段この居眠り教師を起こしてくる某教師に、尊敬を通り越して逆に畏怖を覚えた。どうやったらこの人起きるん……?
ほとんど諦めつつ、大きくため息を吐いたら、後ろから誰かにど突かれた。俺なんかした? ため息がそんなに気にくわなかったか。とか考え振り返ると、赤茶色の闇が見えた。違う、人の目やった。
ノートを左手に持ち、俺を睨みつけてくる、可愛くない後輩。右手はグーに握られたままで、どうやら俺をど突いたという事実を隠す気もないらしい。
「なにすんねん、涼くん……」
「目障りな人がいたので、つい」
ほんま可愛くないわー。ちゅーか、俺なんでこの子にこんな嫌われとるんやろ。
さよで、と適当に返事をし、宵斗先生を起こすために向き直る。ついでに職員室内を見回して、この先生を起こせそうな人がいないか探す。いなかったけどな!
仕方なく、また先生の肩を掴んだところで、涼くんに呼ばれた。振り返りもせず、適当に応える。
「なにしてるんですか」
「宵斗先生起こそうとしてんねん。……なんでこの先生こんなに起きへんのやろ」
「……殴れば起きるんじゃないですか」
「いやいやいや」
教師殴ったらあかんやろ。拳を構えて殴る気満々な涼くんを右手で制し、左手で眉間を押さえる。
逆に殴って起きなかったら、この人病気やない?
ちっ、と後ろでされた舌打ちを聞こえないふりして、じっと宵斗先生を見つめる。
そういえば某先生は怒鳴って起こしてたな。でもこないガヤガヤしとる職員室の中でも起きないなんて、どんな大声出したらええんやろ。……声量には自信があるし、な。
すーっと息を吸い込み、大声をあげる準備。多分めっちゃ注目浴びるけど、しゃーないわ。いざ!
「……あ、」
声を出そうと踏ん張ったところで、宵斗先生がバッと顔を上げた。せっかく気合いを入れてたのに、間抜けな声が漏れる。なんでこのタイミングで起き上がった!?
スーツの袖で目を擦り、宵斗先生は大きな欠伸をする。それからゆっくりと視線を俺に向けた。
「一条……」
「やっと起きましたね……。ほんで、俺に何の用ですか?」
「あー……」
なんだっけ、と呟きながら、宵斗先生が机の上に置いてある物を片っ端から捲りだす。忘れんな! あと机の上の整理整頓ぐらいしてください!
数ヶ月前の予定表なんかがあるのを視認し、目を細めた。
そのうち、宵斗先生が立てて置いてある教科書と教科書の間から何かを引っ張り出した。それを俺に手渡し、そのまままた机に突っ伏した。
「それ、コピーしといてって雪汰が言ってた……」
手渡された物にツッコミを入れようとすると、聞こえてくる規則的な呼吸音。この居眠り教師、ソッコー寝おった!
……にしても、これをコピーって。これ、どう見てもカレンダーなんやけど。しかもご丁寧に今月分なんやけど。右上に『宵斗用。今日の日にちぐらい確認するように。』って書いてあるんやけど。
これは確実に渡し間違っとるって。でもまた先生を起こすのは無理やろうし……、あとで雪汰先生に会った時にでも聞いておこう。
はぁ、と息を漏らしながら、渡されたカレンダーを見た。右上に書かれた文字以外にも、いろんなところに書き込みがある。……この書き込みはいったい。
今日の日にちの所には『一条光、矢吹涼に背中を殴られる。』の文字。確かにさっき殴られたけど……えっ? 明日の日にちには『七海海羽、吐血する。』、そしてその二日後には『天変地異、矢吹涼の態度。』と書かれていた。
なんやこれ……予言の書気取りか。殴られる云々は当たってるけど。そういえばその殴った張本人は何しとるんやろ、さっきからやけに静かやけど。
カレンダーを半分に折って左手に持ち、右足を軸にターンする。後ろにはもう誰もいなかった。動く気配なんてしなかったのに、いつの間にいなくなってん……。
ため息を吐く。そういえば最近あんまりため息吐かなかったな、平和で。いつもならちょっかい出してくる電波コンビはしばらく二人でいるのを見てないし、キツい侑葉も最近は優しかったし。
これは……嵐の前の静けさとかじゃないことを願わななぁ。
あ、はよ生徒会室行って仕事せな。