96・和解
今回は鬼さんの出番は少な目です
涙が引いて少し落ち着いてから私は鬼さん話しました。流石に土地神様に襲われたと言うのは言っても良いのかと悩んだ挙句、私が選んだのは無難な友達と喧嘩したということに置き換えて話しました。
「それはお互いに謝った方が良いだろ」
「ですよねー」
「にしても、萌香が喧嘩?想像がつかないんだけど」
「そうかな、私だって喧嘩の1つや2つくらいはするよ」
あっ、その顔は信じてない顔だ。でも、喧嘩なんてこの数年やってないかも。最後にやったのは桃ケ丘高校の時を抜きにして小学5年生の夏、灰坊主とちょっとした喧嘩から大喧嘩になって。
「仕返しに灰坊主がいる囲炉裏に水をぶちまけたりとか」
「灰坊主?」
「知り合いのお坊さんのお寺にいる妖怪で。あっそうか、鬼さんにはまだ言ってなかったね」
別に知り合いのお坊さんについて話さなくても良いかと思っていたから話してなかったや。この際だから話そう。しばらく知り合いのお坊さんについて語った後、ふと思った疑問を鬼さんに聞いてみました。
「そう言えば、鬼さんってなんで私が視えないフリをしていたのかって聞かないよね」
「確かに気になるけど視えないフリをしていたのはオレにだけだろ?だから、何かしら理由があるのかと思ってさ。もし聞いて萌香の傷口を抉るようなって萌香どうしたんだ!」
『傷口を抉るような』と言う単語を聞き私は胸を押さえて倒れました。そうですよ、私は土地神様の傷口を抉った人だよ。だから、明日、土地神様に一言、謝りに行こうかと思っているんだ。
「鬼さんってそういうところは勘が鋭いんだね」
「あのさ、前までは聞かないと思っていたけど、やっぱり聞きたい」
鬼さんの真剣な声を聞いた私は倒れていた状態から正座に戻り少し考えました。視えないフリをする原因となった出来事を話すと必然的に私の残りの寿命の件についても話さないといけなくなる。私は普通の人よりも寿命が短い、だから私を好きだと言ってくれる鬼さんに言ったらどんな顔するのだろう。
私の脳裏に土地神様の悲しそうな顔が鮮明に映ります。嫌だな、鬼さんにあんな悲しい顔はしてほしくない。
「今はまだ待っててくれるかな?」
それに、もしかしたら延命できる方法があるかもしれない。近々でいいから、こういう話に詳しそうな蓮さんや文車妖妃め(ふぐるまようび)にでも聞こう。
「分かった。あと、さっきは泣かしてごめん」
「いや、あれは笑って誤魔化した私が悪いから。謝るのは私の方だね」
でも、なんでさっき、嫌いと言われただけであんなにも大号泣したんだろう。って、そんな理由は自問自答しても答えはもう決まっているんだけど。
* * *
次の日
突然、火ノ江神社に行って土地神様に謝りに行こうにも、まず火ノ江先輩に一言入れなければと思った。でも、肝心の火ノ江先輩はどこを探してもいないため、私はもやもやとした気分でいつも通り我楽多屋でバイトして帰る。
「いきなり神社に行って、土地神様と和解しようとする前にやっぱり火ノ江先輩に一言あった方が良いよね」
電気が要らないほど月明かりが綺麗な夜道を歩き、八幡荘の近くにある曲がり角を右に曲がった。すると、少し離れたところに子ダヌキバージョンのいぬがみさんのようなデフォルメのキツネが一匹いました。
「キツネなんて、珍しい」
まぁ、ここから山が近いからキツネの一匹や二匹がいてもおかしくはないよね。私が歩き出そうと一歩足を踏み出した時、そのキツネはゆっくりと私の足元に近づいてきました。なんと、驚くことにキツネの毛の色は黄色ではなく綺麗な白色。
「でも、かわいい!」
白色なんて珍しいけど、かわいい事には変わりはない。私はカバンを右肩に掛けたままそのキツネを抱き上げました。キツネの触り心地は、いぬがみとは違いふわふわではなくサラサラです。
「サラサラ〜ツヤツヤ〜」
私が頭や背中を撫で回してもキツネは暴れるどころか逃げもしません。もしかして、どこかの家で飼われていたのかな?それにしても、この触り心地は良いね。ずっと触っていたいよ。
「あー、なんだか甘い匂いがする」
キツネからは嫌じゃないけど独特な甘い匂いがします。ん、独特な甘い匂い?その瞬間、私はキツネを手に持ったまま前に突き出した。よーく見てみると目の色は少し赤っぽい、それにどことなーく土地神様に似ているような気がする。確か土地神様ってキツネの妖怪だよね。
「火ノ江先輩」
ビクッ!私が呟いた一言にキツネの体が飛び跳ねて硬直したしかも、額から汗がダラダラと滝のように流れ落ちている。やっぱり、このキツネは土地神様!なんてタイミングが良いのでしょうか。私もちょうど土地神様に話したいことがあったのですから!
「土地神様、なんでこの姿で登場したのかツッコむのは後にして、少し言わせて下さい」
私はキツネもとし土地神様の赤い目をしっかりと見て話しました。
「私には夫を失った土地神様の気持ちなんて知りません。ですが私にも大切な人達や人じゃない者達がたくさんいます。当たり前のようですが、大切な人達を失う事は考えたくない。だから、その、傷口を抉るようなことを言ってご痛っ!」
ごめんなさいと言う前に土地神様は器用に体をくの字に折り曲げ、それはもう肉食獣が獲物を食べているような勢いでがぶりと私の右手に噛み付いてきました。あまりの痛さに土地神様を投げ捨てる。
「何も投げることはないだろっ!」
土地神様は地面に投げ捨てられると受け身を取り見事に着地。すると、桜の花びらが土地神様を囲うように舞い上がり、次の瞬間、その場にいたのはキツネの姿をした土地神様ではなく、キツネ耳が付いた人間バージョンの土地神様がいたのです。
「言っとくけどな、ワシは由紀子に言われたから来たんだ」
「はい」
「早くお前に謝らないと札で痛めつけるとか言われてな」
「痛めつけるですか⁉︎」
「だから、すまん、許せ」
火ノ江先輩、過激ですよ!それに、土地神様の謝り方が軽すぎる。
「仕方が無いからわざわざこうしてワシがお前のために出向いてやったんだ。普通ならお前からワシの所に来いっ」
なんですかこのツンデレ発言は。えーと、こうして普通に話していると言うことは今のところ私を襲う気はないみたい。でも昨日、火ノ江先輩が『あいつを生き返らせるって固執する』って言っていたのが引っかかる。
「それなら由紀子に諭されて止めたわ。あと、誰がツンデレじゃ」
「あっ、口に出ていたんだ」
こうして話をしていると土地神様から黒い禍々しいオーラなどは視えず本当に安心しても良いと思うけど、こんなに簡単に和解が出来るとは思ってもみなかった。だから、逆に怪しいのが本音。
「なんだ、その疑い深い目は」
「いえ、なんでもありませんよ」
すると、ここで私の胸ポケットから携帯の着信音が鳴り響きました。取り出して見ると、掛けて来たのは鬼さんです。
「あの、これは和解と言うことでよろしいのでしょうか?」
「そうだ。それくらい聞かなくてもわかるだろ」
上から目線で言われた。私はうるさい着信音を消すため着信拒否のボタンを押す。
「電話は良いのか?」
「大丈夫です。あとでちゃんと話せば良いですから」
よし、帰ったら鬼さんに和解が出来たよって話さなきゃ!こんな軽すぎる和解だけど、どんな小さいことでも鬼さんに話したい。
灰坊主と文車妖妃は65と66話に出て来ています




