93・嫌いの反対は?
ゆいちゃんの指摘で私は首筋にキスマークがあることを知った。とっさの行動で虫刺されだと言ったけど内心は違う、これは絶対にキスマークだ!
「あの日か」
思い当たる節はハロウィンの日しかない。うわー、本当にキスマークがあることなんて初めて知ったよ。この2、3日、お風呂に入っても全然気付かなかった自分が悪いのか。いや、違う。キスマークを付けた鬼さんか悪い。
「帰ってきたら言わないと」
そう言っていた5時間後、ようやく鬼さんかのほほんと帰ってきた。私は制服エプロン片手には包丁という危険な格好で鬼さんを笑顔で迎えます。玄関に入った瞬間、私を見た鬼さんは案の定、固まる。
「ソウキさん、ちょっとお話があります」
「萌香、その笑顔怖い」
リビングでしばらくお説教したのですが『じゃぁ、目立たないところにキスマークなら良いんだ』と言われた。はぁ、全く人の話を聞いていない、本当にこの鬼さんの頭の中はどうなっているのでしょうか?頭のネジがおかしいから、病院で入院をするか、刑務所で更正したらいいと思う。
「ん?刑務所」
そういえば、妖怪界にも居酒屋とかいぬがみさんが言っていたレジャー施設があるんだから刑務所の一つや二つあるのかな?そこら辺のこと、後でいぬがみさんに聞いてみよう。近くに鬼さんがいるけど今は話したくもないから、あえて鬼さんには聞かない。
* * *
疑問に思っていた矢先、なんとタイミング良くいぬがみさんから電話が掛かってきました。これは以心伝心と言うやつか。
「あっ、もしもし宮川です」
『俺だ。今って話す時間あるか?』
「もちろんですよ。私もちょうどいぬがみさんに話したい事があったんです」
現在、鬼さんは入浴中。一方、私は濡れた髪にタオルを乗せながらベッドの上でゴロゴロとリラックス中。鬼さんがいる時に誰かと電話すると後からしつこく、誰と電話をしていたのかを聞かれる、これがまた面倒さいので出来れば鬼さんがお風呂から出て来る前に終わって欲しいなぁとか思いつつ、私はいぬがみさんのお話を聞きました。
『なぁ、お前、河童を見てないか?』
「カッパって、いぬがみさんと鬼さんの知り合いの語尾に〜ッスが付くあのカッパさんの事でしょうか」
『あぁ、お前にお揃いのストラップをあげた河童だ。実はあいつに用があってな。電話をしても出なくて困ってるんだ』
確か、私が最後にカッパさんを見たのは文化祭の時だよね。火ノ江先輩と一緒に女子生徒の着替えを覗き見していたカッパさんをゴミ袋に詰めて、文化祭が終わったら外へ逃がしてあげようっていう話だったけ。
それで、文化祭が終わって。あっ、私そのままクラッカーを買いに行ったんだ!だから、カッパさんを逃がしていない。すっかり忘れてたよ。でも、火ノ江先輩が逃がしてくれたって言う考えもあるかも。うーん、あやふやだから聞いてみようかな。
「心当たりがあります」
『本当か!それなら河童がどこにいるのか教えてくれねぇか?』
「でも、ちょっと待ってて下さい。一旦、電話を切ります」
私はいぬがみさんの電話を切って火ノ江先輩に電話を掛けました。実は、火ノ江先輩に文化祭の時、連絡先を教えてもらったのです。
「もしもし、夜分遅くにすいません宮川です」
『ふぁぃ……』
寝ぼけたレア声だぁ!かわいいぃ!ってそうじゃなくて、火ノ江先輩の睡眠時間を邪魔してしまった。そのことを謝って私はカッパさんの事について聞いてみると、どうやら火ノ江先輩もカッパさんの事を逃がしていないそうです。と言うことは、私もあの日以来ゴミ置き場に行っていないので文化祭から今日までカッパさんはあの状態のまま。
「もしもし、いぬがみさん、宮川です。あのカッパさんは今、紅坂高校のゴミ置き場にいます」
『やけに詳しいな』
「えぇ、実はですね」
文化祭の時にカッパさんと何があったのかを言うと、いぬがみさんはいつもより疲れた声でため息をつきました。
『それなら、そのまま放置しても良いと思うぞ』
「でも、いぬがみさんのご用事は?」
『あー、俺の用事はただ単に一緒に飲みに行く奴を探していただけだ』
「飛頭蛮さんとか、なんだったら鬼さんがいますよ」
『ソウキは絶対に来ないな』
そういえば前まで鬼さんは毎週金曜日、必ず飲みに行っていたのに、最近の金曜日は飲みに行かず私と過ごす時間が多い。
「行けば良いのに」
『大好きなお前と少しでも一緒に過ごしたいんだろ』
鬼さんの私へのラブコールは毎日です。はぁ、本当になんで私のことが好きなんだろう?私よりも、もっと他に良い子がいるはずなのに。
『口に出てるぞ』
「聞こえていましたか」
『で、お前の要件はなんだったんだ?』
「はい。あの、妖怪界にも刑務所とかあるんですか?」
『基本、妖怪界と人間界は同じ創りになっている。ただ違うのは住んでいる奴らが人間か妖かだけだ』
その後もいぬがみさんから色々と教わりました。なんでも人間界も妖怪界を繋ぐケーブルみたいな物は全世界にあり、たまにだけど、人間が迷い込んでしまい妖怪界に来ることがあるそうです。そんな時は警察隊である烏天狗が活躍し人間を人間界に連れ戻すとか言っていました。
『にしてもまた物騒なことを聞くな。どうした、何かあったのか?』
「ありましたよ、ありましたよ」
私は鬼さんに付けられたキスマークや毎日嫌がらせのようなラブコールなど徹底的に話します。全部、話したところでいぬがみさんが一言。
『それは、惚気か?』
「違います!」
『そもそもお前らの関係はなんだよ⁉︎同棲してるんだろ、恋人か?夫婦か?その前にお前はソウキの事が好きなのか⁉︎』
「嫌いです!だって、耳攻め好きの変態ロリコン鬼畜ですよ!」
『嫌いなら何が何でも家から出て行くはずだが?』
「あっ、それは」
痛いところを突かれた。そうなんだよ、本気で嫌いなら私は鬼さんに引きとめられようが、何がなんでも家から出て行っているはず。でも、出て行っていないと言うことは。
「それは、その」
本気で鬼さんの事を嫌っているわけじゃない。隙あらば耳攻めしてくるけど、根は優しくて、毎日、真っ直ぐなラブコールを聞くと、どうしても嫌いにはなれない。私の弱いところって耳と首筋以外に真っ直ぐな言葉なんだよね。委員長の時もお世辞でもない真っ直ぐな『かわいい』と言われて顔を赤くしたり。
「あの…」
「いぬがみ、萌香を困らすなら、その毛皮を剥いて売り飛ばすよ?」
『ソウッ』
いつの間にかベッドの隣に立っていた鬼さんに携帯を取り上げられ、いぬがみさんに一言いうとそのまま切ってしまいました。
「ソウキ、いつの間にいたの⁉︎」
「萌香が、もしもし宮川です。って言ったところから。ちなみにスピーカーから音が漏れてたからいぬがみとの会話も聞こえたよ」
「それじゃぁ、さっきのあれも」
「今は良いから、とりあえず髪乾かさない?また、風邪引くよ」
ベッドに寝転んでいた姿勢から正座に座り直し、自分で髪を拭こうとすると私の手の上から鬼さんの大きな手が重なり一緒に拭いるこの状況。頭を拭きながら鬼さんは、私と同じ目線に腰を合わせ、しっかりと私を見ながら言いました。
「萌香より良い子なんていない。オレにとっての一番は萌香だけだ」
ほら、胸が熱い。こうやって真っ直ぐ見つめられて真っ直ぐな言葉を言われるとなんと返したら良いのか分からなくなる。
「そんなこと、わかってるよ」
そう、私が家を出て行かない理由は……




