86・鬼と少女の関係は変わる ~ソウキ~
ソウキ視点のお話
萌香が『視える』と確信したのは金曜日の夕方ごろ。オレは床に散乱していたノートの山に躓き、萌香の勉強机に頭をぶつけた。
「痛っ!」
そう言えば昨日の夜、萌香が大きなゴミ袋に要らないものを詰めていた記憶がある。だから、こんなにも床に散乱しているのか!
「整理整頓がモットーの萌香にしてみれば、こんなに散らかすなんて珍しいな」
そう言いながら床に散乱しているノートの山を片付けていると、とあるノートの題名に目が釘付けになった、それは。
「『鬼さんの観察日記』?」
自分で書いた小説か何かか?とにかく気になってページをパラパラ捲ると、そこには驚きの事実が書いてあった!
【鬼さんの観察日記①】
203号室に暮らし始めて1ヶ月。
このノートに鬼さんについて分かったことを書き留めていきたいと思います。
今の所、鬼さんについて分かっていることは
・金曜日の夜はお仲間さんと飲みに行く
鬼さんのうわ言を聞くと、どうやら、いぬがみさんとカッパさんが必ず出てくるので、きっとその3人?3体?で飲んでいるのでしょう。
・悪戯
というか私にしてみれば、嫌がらせをやってきます。多分、自分に気づいて欲しくてやった行動かな。幽霊とか妖怪は自分に気づいて欲しくて、人を驚かしたりするからね。
・食べ物は食べる。
今のところ、好き嫌いはなさそうです
とりあえず、今日はここまで。
【鬼さんの観察日記②】
最近、私のベッドが鬼さんの私物化になってる気がする。だって、家に帰ってきたら、私のベッドで横になってテレビを見てるんだよ!
それに、私が寝てると入ってくるし、暑くて邪魔だから、ベッドから落とすんだけどね。
それと、今日、イワシと柊の葉でちょっとした実験をしてみたの。そしたら、鬼さんにも弱点があったのが分かったんだ。実は鬼さんは柊の葉に弱いみたい、だって、机の上に置いただけで、隠れるんだよ。ビビり過ぎでしょ?
後は、イワシも試したんだけど、こっちは苦手ということはないみたい。とりあえず、今の所は鬼さんには柊の葉が一番有効かな?
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そして、極めつけはこのページに書かれてある内容、これを見た瞬間オレは固まった。
【鬼さんの観察日記10】
鬼さんに私が視えるということを伝えることにしました。ですが、言うにしてもただ普通に言うのではなく、ドッキリ大成功!みたいにサプライズもあり〜ので伝えたい。
いぬがみさんは普通に言ったらどうだと言われたけど、やっぱり普通は嫌だな。
と言うことで、サプライズ案をまとめてみました!
パターン①
朝起きで普通に『おはよう』って言ってから鬼さんに打ち明ける。
でもこれは普通過ぎるからボツ
パターン②
背後から忍び寄ってクラッカーで脅かして、鬼さんが驚いたところで打ち明ける。
これがまともかな。
パターン③
激辛料理を食べさせて、『ドッキリ大成功』のプラカードを持って打ち明ける
これの場合、鬼さんが激辛料理を食べるかが問題。あのお方の味覚はお子様ですからね。そもそも、激辛だと見た目が赤くなるからすぐにバレるか…これもボツ
パターン④〜飛頭蛮さんの案〜
背後から忍び寄って抱きつく。そして耳元でいつもより可愛く甘ったるい声で名前を呼んであげる。
これ、やるなら背後から忍び寄って両手で目隠しをしてやった方が…やっぱりこれ却下!何ですか、付き合い始めて間もないカップルか!
パターン⑤
バラエティ番組みたいに顔面ケーキをして、打ち明ける。これはこれで楽しそうだけど、それなら普通にケーキが食べたいし、ケーキが勿体無い。だから、ボツ
今のところ、パターン②のクラッカーが一番まともかな。まだこれで決まったわけじゃないけど、クラッカー路線で考えていこう。
打ち明けるのは文化祭が終わった後にしようかな。ちょうど文化祭は金曜日だし、次の日は土曜日だから、もし質問攻めにあってもゆっくりと答えられる。多分、何で視えないフリしていたのかー!とか聞かれそう。
そして、土曜日にある和菓子屋二階堂と我楽多屋のバイトはお休みです。和菓子屋二階堂は臨時休業で我楽多屋は旅行明けの少し休み。
文化祭まで残り1週間とちょっと。
クラッカーだけじゃ物足りないから他にも何か考えようっと!
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これを読んだ瞬間、オレは家飛び出た。そして、萌香がいると思う学校と言うところに向かった。場所は大体、分かる。オレは民家の屋根と屋根を飛び越えてショートカットしながら走り、とあるビルとビルの間を飛び越えようとした時、見覚えのある女の子が横断歩道を歩いているのが見えた。
「萌香っ!」
それと同時に萌香に向かって真っ直ぐ突っ込んで来る大型トラックも見えた。反射的にオレはビルの壁を足場にして、勢いよく萌香の元に飛び込む。そして、目を瞑っている萌香を抱え、反対側のビルにある屋上のフェンスに左手で掴まる。
「怪我ない?」
萌香を轢こうとしたトラックは、これ以上、萌香みたいな子が出ないようにオレの妖力でタイヤをパンクさせ、数メートル先で止まらせた。暫くすると、萌香は首だけを後ろに回しオレをしっかりと見据えて話した。
「怪我は無いけど…私っ、高いところはダメなのっ!」
涙目で上目遣い、しかも『ダメなの』と言われると反対に怖がらせたくなるのは鬼の性か?
「落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる落ちる!」
「あっ、手が滑ったー」
「何が『手が滑ったー』よ!しかも棒読みでさ、絶対にわざとでしょ!」
「ちょっ、そんなに暴れると本当に落としそう」
落とす気なんてさらさら無い。むしろ、このまま片手で抱えるんじゃなくて、両腕で抱きしめたいという気持ちがある。
「蓋を開けたら性格が悪かったとかないわー」
「あっ、手が」
「ごめん!謝るから地面に下ろして。お願いっ!」
「それじゃぁ」
「鬼さん、ここから下ろすとか言わないでよね?」
「いやー、萌香の反応がおもしろかったからつい」
間違えた、おもしろかったじゃなくて反応がすごく可愛かったからだ。
「今日の夕飯は激辛にしてやる」
「ハハッ!」
萌香が作る料理が激辛でも美味く作れてそうだな。そんな事を思いながら、オレは萌香とこんな風に話せることが嬉しくて笑ってしまった。
これは夢じゃない、現実だ。
「よっと」
「うわっ!」
いつまでも、このままの抱えているわけにもいかないから、オレは萌香を抱えながら、隣のビルの屋上に飛び移り着地。そして、萌香を降ろすのではなく、お姫様抱っこに変えた。
「なぜ、この体勢?」
「もっと、萌香に近づきたいから」
「なっ!」
おまけに顔を近づけてみれば萌香の頬は赤く染まり目は固く閉じられた。肩にも力が入っている。男の前で目を閉じるのは何されても良いことなのかな?
本当は口にしたいけど、楽しみは後でとっておきたいから、まだ残そう。オレは萌香の唇の右端に自分の唇を落す。
「なっ、何して…」
「萌香とこんな風になれて嬉しかったから。ねぇ、やっぱり口にして良い?」
「や、もうダメ!」
更に耳まで赤くして胸の前で両手を組み合わせている姿も愛おしい。オレはこの屋上にいるよりも早く家に帰って、ゆっくりと2人だけの時間を過ごしたいと思った。
「続きは家に帰ってからやろうか」
「やりません!はぁ、鬼さんってこんな性格だったかなぁ」
「世の中は話してみないと分からない奴ばかりだよ」
「そうだね」
両手で赤くなった顔を隠す萌香をしっかりと抱きかかえ、オレは八幡荘の203号室へと足を動かせた。




