82・打ち明けるのはクラッカーで
なんで、鬼さんの事を視えないフリしていたのだろう?あっ、そうか。一昔前、『この体質がある以上、これからも西園寺先輩のような出来事が起こる可能性がある』と思ったからだ。
でもさ、今まで自分の目で鬼さんを見てきてどうだった?私の残り少ない寿命を奪おうとした?私が風邪で弱っている時、これはチャンスだと思って食べようとした?いやいや、そんな事はなかった。
むしろ逆だよね。風邪をひいた時は看病してくれたし、私がお母さん当ての手紙を書いている時は影ながらも私を応援してくれた。他にもまだまだ沢山あるけど。
「それならもう…ん?」
バイト先である我楽多屋に向かう途中、雨によってずぶ濡れになった一匹のタヌキが道端で倒れているのを見つけた。近づいてみるとお腹辺りが上下に動いていたから、どうやら息はあるみたい。それに、顔には左目に縦に切られたような傷跡がある。
「いぬがみさん⁉︎」
夏休みに和菓子屋二階堂で出会った以来、久しぶりの再会です。
* * *
とある平日の夕方5時。今日は我楽多屋の店主である小鳥遊 蓮さんと座敷童のククリちゃんが海外旅行から返って来る日でもあり、久しぶりに私が我楽多屋でバイトをする日でもあります。
「おねぇちゃん!ククリにも、もふもふさせて!」
「あっ!ちょっと待ってあと少し、あと少しだけ私にもふもふさせて、お願い!」
「嫌だー!」
雨に濡れた体に荒い呼吸音、見た目から命の危機に瀕していたいぬがみさんを拾った私は大至急、蓮さんに渡して応急処置をしてもらいました。応急処置と言っても、ただ単に人肌のお湯で体を温めた後、ドライヤーで乾かして栄養ドリンクを飲ませたくらい。
「ドライヤーで乾かすと綿あめみたいになるね。はい、ククリちゃん」
「ありがとうー!ふかふか、暖かい。いぬがみね、この前は全然っ私に触らせてくれなかったんだよ」
「この前?」
ククリちゃんはいぬがみさんをもふもふすることに集中しているらしく、全く私の話が耳に入っていない。もふもふする姿は可愛いんだけどスルーしないで!お姉さん悲しいよう。
「いぬがみ君は8月の頭くらいに妖力切れでこの店に来たことがあるんだ」
「と言うか、妖力切れると蓮の栄養ドリンクを買いに来るの」
成る程、いぬがみさんもこの店を愛用していたということですか。いや、そもそも妖力が切れるまで何をしていたの?あっ、そうか確かいぬがみさんって人間にも化けれたよね。化けるためには妖力が必要、なんとなくいぬがみさんが倒れた理由が分かってきた。
「でも、萌香ちゃんがいぬがみ君を知っているとは驚いたよ」
「ちょいちょい出会ったりしましたからね」
「ふかふか〜」
「ククリちゃん、もう一回もふもふさせて」
「ダメ、おねぇちゃんはさっき、たくさんもふもふしたでしょ?」
うわー!ククリちゃんがいぬがみさんを貸してくれないよ。
「ここまで、もふもふされて起きないって事は余程、疲れていたんだと思う」
「ククリちゃんもふもふプリーズッ!」
「ダメ!」
「うーん、聞いてないね」
いぬがみさんをもふもふする事に目が眩んで蓮さんを放置したらいじけてしまった。意外と蓮さんはわんこ系なのか?
「まぁ、いぬがみ君が起きたら教えてね。僕はちょっと電話してくるから」
「オッケー!」
「誰に電話をするのですか?」
「いぬがみ君を迎えに来てくれる子」
「何だかいぬがみさんが迷子センターに来たみたいですね」
「確かに」
蓮さんが店の奥で電話をしている間、私とククリちゃんはいぬがみさんをテーブルの上に乗せて一緒にもふもふしている。
大雨のせいか今、我楽多屋にお客様は誰一人といない。だから、私達はいぬがみさんをテーブルの上に置いてもふもふする事が出来るのだ!
私達がいぬがみさんで癒されていると我楽多屋のドアが物凄い勢いで開かれ、見たことのあるスーツ姿の女の方が2人現れました。
「いぬがみ様をお迎えに上がりました飛頭蛮です!」
「飛頭蛮ちゃん、ドアが壊れるよ」
「メリーさん、飛頭蛮さん。お久しぶりです」
「あら、萌香ちゃん」
すると、店の奥にいた蓮さんが戻ってきて驚きの声をあげました。
「早かったね、それにしても君達も萌香ちゃんと知り合いだったなんて、これも何かの縁かな」
辺りは静まり返ります。なぜなら蓮さん目が開かれているからです、蓮さんって驚くと目がぱっちりと開くんだ。あっ、また目が細くなた、なんだか貴重な体験が出来たみたい。
* * *
いぬがみさんがまだ起きない事を良いことに私達4人は女子トークをしながらいぬがみさんを順番にもふもふしています。メリーさんと飛頭蛮さんが来てから40分が経った頃、ククリちゃんの腕の中でようやくいぬがみさんが目覚めました。
「きっといぬがみの前世は綿あめだったんだよ」
「はぁ?」
「いぬがみ様、もふもふさせて下さい」
「飛頭蛮、やめろ」
「まぁ、そんなに怒らなくてもね」
「メリーさん、俺はそう言うのが嫌なんだ」
「この美女達に囲まれていぬがみさんは幸せ者なのに、なんでそれを受け入れないのでしょうかね?」
「美女達って……お前っ、宮川 萌香か!」
驚きの声と共にフルネームで呼ばれました。そして、いぬがみの目線が私の胸ポケット辺りに動きます。つられて私も見ると胸ポケットには携帯が入ってるだけ。
「そのストラップ、どこで手に入れた?」
どうやら、胸ポケットからちょっと出ているカッパさんから貰ったメリーさんストラップを見たようです。私は可愛い姿とは似つかない地を這うような低い声を出したいぬがみさんをククリちゃんから抱き上げて強く荒くもふもふしました。
「こんな低い声は認めません」
「おい、やめろ!」
「あー!独り占め良くない。おねぇちゃん返して」
「ごめんね」
ククリちゃんにいぬがみさんを返した後、私はさっきの質問に答えました。
「とあるカッパさんから頂きました」
「やっぱりあいつからか」
「メリーさん、いぬがみさんが眉間にシワを寄せています。これはこれで可愛いですね」
「写真撮りましょうか?」
「それじゃぁ、みんなで」
「ちょっと待て、ククリとメリーさんと飛頭蛮も視えるんだな」
「当たり前ですよ」
更にいぬがみさんの眉間にシワが寄り始めています。
「萌香ちゃんとメル友です」
「私は電話友かな。でも、リアでも友人ですよね」
「もちろんです」
「お前、この2人とも繋がっていたのか⁉︎」
いぬがみさんがわなわなと震え始めています。まだ寒いのかな?私は近場にあった小さなタオルをいぬがみさんに掛けてあげました。
「そうか、そう言うことか。裏で全部お前が繋がっていたのか」
「その言い方まるで私が犯人みたいじゃないですか」
いぬがみさんの頬を突くと指を食べられた。甘噛み程度の痛さだから、泣き叫ぶほどの痛さじゃない。
「じゃぁ、お前の部屋にいる鬼も視えるよな?」
「視えますよ」
「いつからだ?」
「5月にあの部屋に来てからです」
「初めからかよ!なんで、その事をあいつに言わなかったんだ」
「人には暗い過去があります」
それだけで、何かが伝わったのかいぬがみさんは黙り込んでしまいました。
「でも近いうちに、鬼さん、いえソウキにはちゃんと打ち明けますよ」
「名前も知っていたのかよ⁉︎」
「始めていぬがみさんが私の家に来た時に言っていましたからね」
「始めて…あの時か」
いつの間にかいぬがみさんは子ダヌキの姿からあの可愛くない人間の姿に戻っていました。あぁ、これでもう、もふもふ出来ないや。
「近いうちじゃなくて今からでも良いから言ってやってくれないか?あいつ、かなり気にしているぞ」
「ダメです」
「は?」
「まだ、どうやって打ち明けるか悩み中ですから」
「普通に話せば」
「それではダメです」
我楽多屋に来るまで私は鬼さんにどうやって打ち明けるかを考えていました。打ち明けるにしても、サプライズ的なものはいると思う。
「まず考えたのは。朝起きで普通に『おはよう』って言ってから鬼さんに打ち明ける。でもこれは普通過ぎるからボツね」
「ほう」
「その次に考えたのは、背後から忍び寄ってクラッカーで脅かしながら打ち明ける」
「クラッカー?」
「その次は激辛料理を食べさせて、『ドッキリ大成功』のプラカードを持って打ち明ける」
「おい、それはもう嫌がらせの域に入ってねぇか?」
入っていませんよ?と、ここで、飛頭蛮さんが手を挙げていました。何事かと思って聞くと、どうやら、メリーさんと飛頭蛮さんが話についていけないと言うことです。ククリちゃんと蓮さんは前に私と鬼さんについて話したことがあるから大丈夫。
「実はですね、かくかくしかじかで」
「ほぉ〜」
「そうなのね」
こんな時、便利なのはかくかくしかじか。最後まで話を聞いた飛頭蛮さんが目を輝かせて教えてくれました。
「ふふふ、サプライズなら私に良い案がありますよ」
「なんですか?」
「まず、ソウキさんでしたっけ?」
「はい」
「ソウキさんの背後から忍び寄って抱きつきます。そして耳元でいつもより可愛く甘ったるい声で名前を呼んであげるのです!」
「それは」
「さぁ、練習として私を使って下さい!」
「飛頭蛮、それはお前がやって欲しいだけだろ?」
飛頭蛮さんのてへぺろは可愛かった。うーん、どうしよう飛頭蛮さんの案も良いかもしれないね。
「ポイントは夜、ベッドの中っ、メリー先輩痛いですよ」
「飛頭蛮ちゃん、萌香ちゃんに変なこと教えないの」
メリーさんにチョップを食らった飛頭蛮さんは涙目にならなが、頭をさすっています。やっぱり、打ち明けるサプライズは自分で考えようかな。飛頭蛮さんの案も良いんだけど、何やら危ない香りが漂って来たのでちょっと遠慮します。
「私から鬼さんに打ち明けるので、いぬがみから鬼さんに言わないでくださいね」
「分かった。まぁ、あいつにとってのサプライズはお前が打ち明かす事だから、何も考えず普通に言えば良いと思うぞ」
なぜか『普通』と言う単語を強調して言われました。




