73・桃ケ丘高校は乙女ゲーム
今回は王道乙女ゲーム風のお話で新キャラがたくさん出て来ますが萌香以外は完全にモブですから、過去編が終わりましたら記憶の彼方へ吹っ飛ばして下さい
私が今年の5月の初めまで通っていた桃ケ丘高校は、初等部、中等部、高等部と言うエスカレーター式で尚且つ、お金持ちの子が通う学校でした。
そんな、お金持ちの子が通う学校に、なぜ私みたいな庶民が入学したかと言いますと、この桃ケ丘高校は全寮制で、4月から海外で働くお父さんにとって一人暮らしで学校に通うよりも安心出来るからです。それに、桃ケ丘高校はレベルの高い教育が受けられ、高校を卒業した後、就職や大学に入学しやすいという評判があったから。
そんな評判があっても、桃ケ丘高校には庶民の子はなかなか入らないそうです。なぜなら、思いの外、桃ケ丘高校は難関校でエスカレーター式と言うこともあってか高等部から入る庶民はいないと入学後、副担任から聞きました。
「あっ、お父さん合格通知来たよ!」
「受かったか!」
「うん」
「〜っ! (声にならない声)」
私よりもお父さんの方が喜んでいたのが印象的だったかな。こうして、私は難関校の桃ケ丘高校に入学することになりました。
入学1日目は入学式とクラスで簡単な自己紹介がメインで特にこれと言った出来事は無かったです。で、案の定、今年度の学生に庶民は私だけでした。他の子はどこかの会社のご令嬢様だったり、お坊ちゃんだったり、庶民には雲の上の人ばかり。
「ここは乙女ゲームの世界か」
マジで思いました。だって、学校は白を基調としたお城みたいな造りの建物。それに、寮も一流ホテル並みの建物で朝ご飯なんか、もう言葉に表せない豪華でカルチャーショックを受けましたよ。
2日目、この日はクラスにいる、東グループという有名な会社のご令嬢様、東 麗華さんに色々と教えてもらいました。ちなみに麗華さんは私のクラス、いや1学年の中で女子のボス的な存在です。
「ねぇ、あなた西園寺派に入らない?」
「西園寺って宗教団体の事ですか?」
「はっ?バカじゃないの⁉︎あなたそんな事も知らないの⁉︎これだから庶民は困るのよ」
「すいません私、外部生なのでこの学校の事詳しく知らなくて、あの東さんが宜しければこの学校について色々と教えて頂けないでしょうか」
手を胸の前で組んで少し俯き軽く涙を浮かべ上目遣い、声色もいつもより高く可愛く言ってみると、なぜか東さんは頬を赤く手持ちの豪華な扇子で口元を隠してしまいました。小声で『反則よ』と言っていたのは気のせいでしょうか?
「ふん、こ、これだから庶民は…しょうがないわね。特別に私が直々に教えてあげるわ」
「ありがとうございます」
東さんの言い方にイラっとしたけど、敵にすると面倒くさそうだし、今度の学校生活は普通に穏便で行きたいので、ここは下手に回ってやり過ごします。
「本当、悪役キャラみたい」
「何か言ったかしら?」
「いえ、では放課後、よろしくお願いします」
東さんの外見は170cmの身長に狐のようなつり目、長い金髪は縦ロール。まさに、乙女ゲームに出てくる悪役キャラにピッタリ!なんて本人の目の前で言った日には私の首が吹っ飛びますね。その前に乙女ゲームを知ってるのかな?
そして、そして、時間はあっという間に過ぎ、とうとう放課後がやって来ました。もちろん、東さんの後ろには2人の取り巻きさんがいます。名前は有栖川さんと栗花落さん、この名前を聞いた瞬間、窓から外に向かって大声で『乙女ゲーム!』と叫びたかったことか。あぁ、本当、乙女ゲームに出てくるような名字だよ。
「では、行きましょうか」
「どこにですか?」
「庶民は黙ってついて来なさい」
「はぁ」
庶民、庶民うるさいんだよ!なーんて言いたいけど言えないよねー。そんなことを思いつつ東さんと取り巻きさんに連れられてやって来たのは、大きな中庭。
「どうして、こんなにも女子生徒がいるのですか?」
中庭を見ると、とある男子生徒5人の360度を大勢の女子生徒達が囲っていると言う状況。
「女子生徒達の真ん中にいるのが、ここ桃ケ丘高校の神ファイブと呼ばれる方々なの!」
神ファイブって、安直なネーミングセンスですね。一体誰がそんな恥ずかしい名前を考えたのですか?でも、私の目の前にはたくさんの女子生徒達が立ちはだかり壁となっているので中心にいる神ファイブさんは見えません。辛うじて、背伸びをしたら頭のてっぺんが少し見えるくらい。うぅ、私の身長が高ければ!
「2階なら見えると思いますね」
有栖川さんのナイスな提案で私達は2階の廊下に移動して、神ファイブさんを上から見ることにしました。
「あれが、西園寺様よ」
東さんが扇子で指したのは女子生徒達の中心にいる5人の男子生徒の中でも、スポーツドリンクや清涼剤が似合いそうな爽やかな好青年。
「ほぉ〜」
思わず私も唸ってしまう程イケメンさんでした。なんとも、東さんによれば、この桃ケ丘高校にはお金持ちの中でもさらに上の存在がいるのです。それが、神ファイブと呼ばれる方々。
「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花よ!」
東さーん。その言葉、男性に使う言葉ではなく、美しい女性の容姿や立ち居振る舞いを花にたとえて形容する言葉ですよー。
東さんに代わって私が例えるなら、文武両道、眉目秀麗、知勇兼備、などなどの四字熟語が似合いそうですね。しかし、それにしても…
「王道乙女ゲームだ」
まだまだ、東さんは色々と教えてくれました。神ファイブは西園寺、結城、橘、如月、館山の5人。何でも高校時代に将来を共にする嫁さんを探しているらしく、そりゃぁ、女子生徒は躍起になるよね。だから、中庭にいる女子生徒はあぁやって猛アピールしているんだ。
「中でも西園寺様はかっこよくて女子生徒達から憧れの存在で、もう本当にかっこいいのよ!だから、学校の大半は西園寺様派なのよ」
「そうそう、西園寺様は優雅で」
「爽やか好青年で」
はいはい、分かりましたから。自分の好きな人の自慢大会はこれくらいにして下さい。私は隣でキャイキャイ騒ぐ3人の声をBGMに、中庭にいる女子生徒に囲まれた5人を見ました。
確かにイケメンさんでしたよ。でもねぇ、イケメンさんでお金持ちだからと言って簡単に惚れるのはどうかと思う。
やっぱり大切なのは性格かな。
「イケメンも大変だな」
その時、私たちの方に背を向けていた西園寺先輩が突然、後ろを振り返り2階にいる私たちを見たのです。
「きゃー!西園寺さまー!!!」
当然、西園寺様派の東さん、有栖川さん、栗花落さんは奇声をあげて狂喜乱舞。
「きゃー!今、目が合ったー!ねぇ、ねぇ今私と西園寺様の目が合ったのよ、これはもう私となら将来を共にしようって言う意味からしら!いやー!きゃー、うふふふふ、おーほほほほ」
「あ、東さん、痛い痛い、背中を叩かないで
あと怖いよ!」
女子って怖い。
東さんから目を離し中庭へと目を向けるとまだ西園寺先輩はこちらを見ていました。すると、西園寺先輩がSっ気を含んだ黒い笑みで私を見て、何事も無かったかのように、神ファイブを囲う女子生徒達へと戻りました。
うわー、背筋に嫌な汗が流れたよ、何これ爽やか系が実は腹黒系でしたって言う王道ですか?
「本当、王道乙女ゲームだよ」
この学校に来てから『乙女ゲーム』って言葉しか言ってないような気がする。ともあれ、あの含み笑いは何かの前触れのような感じがするので、今後は西園寺先輩との接触には気を付けましょう。ま、でもあの人は3年生だし今後、関わることはないかな。
3日目、どうしてこうなった。私はただ寮に帰ろうとしていただけなのに、どうして西園寺先輩に壁ドンされている?
「あのー。西園寺先輩?」
「可愛い子を見ると襲いたくなっちゃって」
ゴフッ!良い顔でその発言は無いでしょ。うわわわ、顔近いですよ。これなら、寮の近道として校舎の北側を通らなければよかった。それに、ここは人気がない場所なので、今は私と西園寺先輩だけ。
「君、名前は?」
「宮川です」
「下の名前だけど」
乙女ゲーーーム!叫びたい、今めちゃくちゃ叫びたい。
「萌香、宮川萌香です」
突然、イケメンさんに壁ドンされて固まりますよねぇ。これが普通の女子生徒や西園寺先輩を崇拝する方々だったら、失神していたのかも。でも、私は昨日の含み笑いを見てしまったので今は警戒しかしていません。
「萌香」
西園寺先輩の左手は私の顎に添えられ上を向かされました。
「君は他の子とは違う、だから、手に入れたくなるんだ」
そりゃぁ、私が西園寺先輩にメロメロにならなかったから、他の子とは違う風に見えるのは当たり前。
「俺の女になれよ」
「すいませんがお断りします」
確かに良いところのお坊ちゃんである西園寺先輩の彼女さんになったら玉の輿となり、私の家の借金だって返せますが、何せこのSっ気、どうせ飽きられて捨てられるのがオチでしょう。
それに、西園寺先輩の周りには女子生徒で構成された親衛隊と呼ばれる西園寺先輩の事をかなり陶酔している過激派グループがあると、東さんから教えてもらいました。ちなみに東さんもその親衛隊の仲間だそうです。
「私は穏やかに学校を卒業したいので、お断りします」
もし、庶民の私が西園寺先輩の彼女さんになるのなら、親衛隊が黙っていません、フルボッコにされてヒラメのように伸びるのが目に見えますよ。
女って怖いんですからねー。
「それでは!」
顎に添えられた手を振りはなって、その場から猛ダッシュで寮へと逃げました。
* * *
次の日からと言うもの毎日、西園寺先輩は授業と授業の間の休み時間になると教室に来て私を口説きます。その度に私は屋上や桃ケ丘高校の校舎を走り回り逃げたのですが、なぜか私の行く先々に西園寺先輩はいて、結局捕まってしまいます。
そんなとある日の放課後、ついに私の恐れていたことが起きてしまいました。
「あなた庶民のくせに西園寺様に近づいてんじゃないわよ!」
寮に帰ろうとして教室から出ると2年生の先輩に拉致され連れられたのは屋上。えー、私の周りには西園寺先輩の親衛隊がたくさん。もう、ライオンの中にチワワがいる感じかな。
「なんか言ったらどうなの⁉︎」
先程から私に檄を飛ばしているのは親衛隊のリーダー的な存在だと思われる3年生の一条先輩です。
「私が自分から近づくことなんてありません。それに、庶民の私なんかよりも、先輩の方が西園寺先輩と凄くお似合いだと思います」
ここは、東さんと同様、下手に出てなんとかやり過ごそうとしました。すると、反応は予想通り、鼻の下を伸ばして不敵な笑み。
「そぉかしら」
ふふ、こんな簡単な煽てにのるなんて、一条先輩は案外単純でちょろいですね。と私の心の中に住まうデビルが言っています。そーれもういっちょ。
「他のみなさんも私に構わず西園寺先輩にアタックして下さい」
そして、当たって粉々に砕けて廃人となって下さい。おっといけない、いけない、また私の中に住まうデビルが出て来てしまいました。
「あっ、西園寺先輩が体育館にいます」
「えっ、どこどこ!」
「いたわいたわ」
親衛隊の皆さんがフェンスにしがみ付きながら体育館の方を見ている間に私は屋上から撤退しました。
そして、次の日。昨日は先輩達を煽てたので、もう暫くは西園寺先輩とのかけっこ以外に何事もない日常が待っているのだと安心して下駄箱の蓋を開けると、私の上履きの中には尖っている方を上にした画鋲があったのです。
「あっれー?」
教室に来ると私の机の上には赤や黒や青の油性ペンで、独創的で素晴らしいアートのような文字が書かれています。クラスの女子を見ると私から目を逸らす子や、くすくす笑う子がいました。その笑う子の中に東さんもいたのです。ついでにクラスの男子は私を見ない振り。
「マジか…」
入学して1週間も立たないうちに、私の学校生活に暗雲が立ち込めてしまいました。しかも、その日に限って西園寺先輩は休み時間、私のクラスには来ない。
「くすくす、あら、宮川さんどうしたのその机。かなり独創的なアートね。これが庶民の感覚なのかしら」
「王道だろ」
「はっ、何か言った?」
「いえいえ〜。なーんにもですよ」
笑って誤魔化しました。おい、明らかに犯人は東さんでしょ。しかも何、その『これが庶民の感覚なのかしら』って、王道乙女ゲームに出てくる悪役のセリフだよ。反対にそのセリフ、定番中の定番過ぎて笑えてくる。
「さて、消しますか」
私はカバンの中からみかんを出して、その皮で机の上に書かれた独創的な文字のアートを消し始めました。そして、ものの数分で独創的なアートは消え、机からは柑橘類のさっぱりとした香りがします。
「なんで、みかんなんかあるのよ!」
「昨日、お父さんから仕送りでみかんが届いたものですから。もう一つありますけど、いりますか?」
今は春だけど、なぜかお父さんからみかんが届いたんだよね。季節感ないよ、とか思いつつお昼ご飯のデザートに食べようと持って来たのがある意味、正解でした。
「ちっ」
その後も、過激派の西園寺派親衛隊からの嫌がらせは続きます。寮では廊下を歩いていると2年生の親衛隊からわざと肩をぶつけてられたり、毎日のように机の上には独創的な文字のアートが書かれてあったりなどなど。
それと授業中、難しい問題が出ると東さんや取り巻きさん達は、わざと『宮川さんに当てれば良いと思います』なーんて言っちゃったり。多分、私が答えを間違えて恥をかくところを見たかったみたいだけどその授業はタイミングが悪く、数学でした。
ふふ、世界史以外ならどーんと来いです。
「答えはy=3」
「正解」
「ちっ」
東さんに舌打ちされました。この前まで私に色々と教えてくれた東さんの豹変に少し心が痛みます。一方、担任はこの状況を知ってるも見て見ぬ振り。
「ふぅー」
過激派親衛隊からの嫌がらせが始まって2週間目、嫌がらせのパターンは王道乙女ゲームのように定番のものばかりです。
「流石に疲れるな」
直接、西園寺先輩にあなたのせいで嫌がらせを受けていますと言おうとすると親衛隊の人達に邪魔をされ言えず終い。そのため、親衛隊の人達からの嫌がらせは続き今では肉体的にも精神的にも参ってる状況。
「はぁ、本当にどうしよう」
誰か助けて下さい。
すいません
西園寺先輩だけは覚えてあげて下さい
萌香の笑って誤魔化す癖の原点は
この桃ケ丘高校から。




