72・体育祭③
スタートのピストルがグラウンドに鳴り響き、十何名の運動部員が走り出しました。流石、運動部。
「「速っ!」」
そのスピードに思わず、あやのちゃんと一緒に叫んでしまいました。中でも一番、目立つのはサッカー部と陸上部ですね。今のところ委員長は3位を走っています。
「委員長!頑張れー!」
学年のリレーとは違い、やっぱり上位3位に入ったら部費アップというご褒美があると皆さん力が入るのでしょうか?『部費、アップするぜ!』という意気込みがこちらまでひしひしと伝わってきます。しかも、女子陸上部は男子に負けず2位を走っているのが凄い。
「バトン代わりにバスケットボールを持ちながら走るのも意外と大変らしい」
ほのかちゃんが教えてくれました。確かに、バトンなら持ちやすいけど、サッカー部やバスケ部はボールです。脇に抱えるか片手で持ちながら走るか。それに比べ、陸上部はタスキですから、持ちやすいですよね。
「次はバスケ部の部長さんだね」
「小声で部費、部費って言ってるよ」
「あー、目がドルマークだ」
「もえかちゃんも、そう見えるのね!」
バトン代わりのバスケットボールは委員長から部長さんへと渡されました。各部活のリレーは代表5名で行われるリレーです。残りは副部長さんと水戸部さんと2年生の先輩。
バスケットボールを受け継いだ部長さんは先頭を走っていたサッカー部の2年生を追い抜かし、先頭との距離をかなり引き離してぶっちぎりの1位で次の2年生にバスケットボールを渡しました。3位からの逆転にリレーに出ていないバスケ部は賞賛の声、他の運動部の男子からブーイングの嵐。そして、女子からは黄色い声。
「バスケ部ー!」
これが、最後の競技なので親御さんによる応援団の紅花の応援もヒートアップ。それにつられて私達の応援の声も大きくなり、いつしか、グラウンドは最高潮の野外フェスみたいな感じになっています。これは、絶対に近所迷惑だと思う。
でも今日は体育祭だから、仕方が無いよね〜。
「2年生の次は副部長さんだね。と言う事は」
「アンカーが水戸部君か…」
「あやのちゃん、どうしたの?」
隣に座っているあやのちゃんの眉間にシワが寄っています。あぁ、綺麗な肌にシワを作るのは良くないよ。
「プレッシャーに耐えれるかな?」
「見たところ平気そうな顔してるよ」
「見た目はね。でも、目が遠くの方を見てるの」
「あっ、本当だ。アンカーって、緊張するのは仕方が無いよ。今日の学年リレーでも委員長、顔青かったもん」
そう言っている間にもリレーはバスケ部の副部長さんへと変わりました。現在、バスケ部は2位を走る陸上部男子と大差を付けて余裕で1位を走っています。これは、もう優勝間違いなしと思った瞬間、なんと副部長さんが、何かに躓いて転んでしまいました。
「あれは!」
「もえちゃん、どうしたの⁉︎」
あやのちゃんには副部長さんが石か何かで転んだようにしか視えないけど、実際、副部長さんが躓いた原因は。
「すねこすりだ」
「すね…?すね何?」
副部長さんの足下にいるすねこすりの外見はエサの食べ過ぎで太った三毛猫みたいです。一般的にすねこすりは人間の歩行を邪魔する妖怪。でも、特に人を襲うとかの危険性はないので安心ですが、まさかリレーに出てくるとは思わなかった。
「ううん、何でもないよ」
躓いた副部長さんはすぐ様、立ち上がり走り出したのですが、まだ副部長さんの足下には、すねこすりが纏わり付いて、走りにくそうです。
そのため、後ろから来た陸上部やサッカー部にどんどん追い抜かされ順位は一気に下がりました。そんな、苦しい中でバトン代わりのバスケットボールを渡された水戸部さん。
「今から追い抜かす事って難しいよね」
「良いとこ、9位から6位に上がるくらいかな?」
1年生のリレーの時、最下位から2位まで引き上げた委員長のようには、ならないのでしょうか?
「だぁぁぁああ!」
バスケットボールを受け取った瞬間、水戸部さんは叫びながら人間業ではないような速さで次々と目の前の人を抜かして行き、なんと1位で走っていた陸上部をゴールテープ直前で抜かし逆転の1位!
「水戸部さん、凄いよ!」
走り終え、放心状態の水戸部さんは委員長に揺さぶられています。そして、各部活のリレーが終わると選手達が各自のテントへと戻って来ました。テントに戻って来た水戸部さんはあやのちゃんに愚痴ってます。
「ボール渡された瞬間、部長の口が『1位、取らなかったら…お前、筋トレの量増やすぞ』って言ってた」
筋トレの量を増やすことは自分のためになるから良いことだと思ったけど、委員長が言うには、部長さんの言う筋トレの増量は鬼畜だそうです。かく言う委員長もその鬼畜な筋トレをする羽目になったことがあるとか。
「練習量はその日の部長の機嫌で変わるから、大変なんだ」
「委員長、苦労していますね」
2人で話していると突然、委員長が驚きの声を出しました。何事かと思って、話の続きを待っていると、その話題は副部長について。
「話変わるけど、副部長が転んだのってやっぱり、あの猫みたいな奴のせい⁉︎」
「うん、すねこすりって言うの」
「まだ副部長の足にいるけど。あれは祓った方が良いのか」
「祓わなくても、そのうち消えるから大丈夫。それにすねこすりはただ単に人の通行を邪魔するだけの妖怪だから、人を襲ったりはしないの」
成る程と委員長は納得しました。
『これより、閉会式を始めます』
閉会式が始まったのは大体午後4時頃。生徒会長が親御さん達による応援団の紅花に感謝の気持ちを述べた後、校長のスピーチがありました。また長々としたスピーチをするのかと思いきや、生徒が疲れていることを配慮してか、スピーチは短めに終わりましたよ。
そして、閉会式の最後はどの団が勝ったのかという結果発表になります。校舎の3階、中央クラスのベランダに3名の体育委員がいます。
『それでは結果発表です』
放送委員さんがそう言うと体育委員の3名が大きく3桁の数字が書かれた得点板をベランダに出します。
その結果はとても僅差でした。赤団と青団の差が10点で青団の勝ち、青団と黄団の差は20点で黄団の勝ち。つまり、1位は黄団、2位は青団、3位は赤団という結果になりました。
「「「おぉー!」」
うわっ!黄団から体育祭が始まる時と同じく、もの凄い雄叫びが聞こえてきます。そりゃ嬉しいよね。あっ、青団の3年生の女子生徒が悔しくて泣いちゃってるよ。確かに、今年が最後だから勝ちたい気持ちは分かる。私だって、表情には出していないけど心の中は悔しいもん。
でも、悔しさよりも今は楽しかったっていう気持ちが大きいかな?
『これにて今年度、紅坂高校体育祭を終わります』
生徒会長の優しげな声と共に、今年度の体育祭は幕を閉じました。
* * *
体育祭が終わると応援に来てくれたメリーさんと飛頭蛮さんとキィさんは私に別れを告げて帰って行きました。また、来年も来るねと言ってくれたのが嬉しかったです。
さてさて、体育祭が終わったら後はテントや使った道具の後片付けです。本当は体育委員だけで後片付けをするはずだったのですが、流石に大量のテントを数少ない体育委員だけでやるのは難しいものがあるので、全学年と応援団の紅花と親御さん達で片付けています。
「もえかちゃん、この玉を体育館の裏倉庫に戻してくれないかな」
「うん、良いよ」
あやのちゃんに3年生の競技、玉入れで使った玉がたくさん詰まった袋を渡され、体育館の裏倉庫へと向かいます。
片付けもそろそろ終盤で、グラウンドには今から帰る生徒が徐々に増え始めました。そのためか体育館の裏倉庫には誰一人として人はいません。夕方というせいもあるのか、鬱蒼とした杉の木が生える中にある倉庫は少し不気味に思えます。いつ何が出てもおかしくない状況。
って、身構えてるけど今のところ私の目には何も視えないし気配も何も感じないから、問題なし!まぁ、少し気配があるとすれば、バスケ部の副部長さんが転けてしまった原因のすねこすりが近くにいるかなと言う程度。
でも、私も早く帰って休みたいから、さっさと玉入れの玉を倉庫の中に入れ、グラウンドに戻りました。でも、その途中、自分の手が泥だらけで汚れていたので、体育館にある水道で手を洗うことに決定。遠くの方では応援団が反省会をしている声が聞こえます。
「終わるの早かったなぁ」
種目に出て応援して一緒にがんばって、楽しくて、そうしていたらいつの間にか時間はあっという間に過ぎて、もうお終い。今日はとても短く感じた一日でした。きっと、前いた桃ケ丘高校では、こんな楽しい思い出は作れなかったと思う。転校して正解だったよ!
「あっ、委員長」
手を洗い終え、少し水道から離れた場所を歩いていると目の前の曲がり角から委員長がやって来ました。
「宮川さん」
「どうしたの?」
あれまっ⁉︎名前を呼ばれた時はもう既に私の背中は体育館の壁に当たって、目の前には眼鏡を外した麗しい委員長のお顔がありまして、私の顔の両サイドは委員長の長い腕によって遮られていました。
これは…俗に『壁ドン』と言うものではないのでしょうか?
「い、委員長⁉︎」
まてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまてまままっ!
ええっ、どうしたの⁉︎ちょっと!何かに取り憑かれた⁉︎あっ、もしかして、体育祭の熱に浮かれて過ちを犯してしまう未成年だとか。って、パニクりすぎで脳内がぐちゃぐちゃ。しかも、声が裏返った〜。
「宮川さん」
「はっはい」
委員長、なぜ私を壁ドンしているのですか⁉︎そう言うのは好きな人にやってあ…
「えっ」
まさか、キィさんの言っていた委員長の好き人って私⁉︎でも、私じゃない可能性もあるよね?えっ、えっ、本当にこれはどっちですか⁉︎何これ⁉︎誰かに見られてないよね?って今はそんな事を考えている暇じゃないでしょ!
「聞いてくれる?」
委員長の綺麗な赤と黒が混じった瞳に真っ直ぐ見つめられました。その時、秋の爽やかな風に乗って独特な甘い香りが漂ってきます。これは、金木犀でしょうか?
「あ、あの、その」
真剣な目、どうしよう多分この感じ、いやきっと告白だよ。緊張とか色々なものが重なって心臓が痛いし自分の顔が熱い、それに涙が出てきそう。あっ、視界がぼやけてきたよぉ。
「好きだ」
両手で口元を隠し思わず息を飲んでしまいました。
「宮川さんが好きだ」
そして、私が返した返事は…
「ごめんなさい」
私は委員長にそうやって言うと、空いている両手で力いっぱい委員長を突き放しました。いえ、正確には委員長じゃないかな?それに、さっきまで暴れていた心臓が徐々に落ち着きを取り戻し視界も晴れてきました。
私に突き放された委員長は数メートル後ろによろめき尻餅をついてしまいました。。そんな委員長に私はゆっくりと歩きながら近づき、いつもより低めの声で話しかけます。
「言いたいことが2つあります」
委員長の目の前で止まって、見下ろしました。
「1つ目、委員長の目は混じりっ気のない綺麗な黒目で、赤と黒が混じった色ではありません。2つ目、委員長は壁ドンなんかしません」
だって、私と一緒に知り合いのお坊さんのお寺に泊まった時、蔵の中で起きた事を思い出してみると、委員長は自分からそんな事はしないはず。
「それに、この独特な甘い香り、最初は金木犀かなって思いましたけど、よーく、考えてみれば学校には金木犀なんて植えられてない。植えられているのは杉の木だけです」
私は委員長から目を離し体育館の裏倉庫の方を見て話します。確か、学校には杉の木とイチョウの木がメインで後はパンジーや小さな花々が少しだけ、近所にも金木犀は植えられていない。
「それに、この嫌じゃないけど独特な甘い匂いは、私の知る限り、土地神様と火ノ江先輩からしか匂いません」
少しの間を開けて、私はもう一度、委員長を見据えます。
「土地神様、なぜ、委員長に化けて私の目の前に現れたのですか?」
突然、強烈な風と桜の花びらが吹き荒れ、私の視界を遮ると次の瞬間、目の前には委員長の姿ではない土地神様が立っていました。
「やはり、化けるのは苦手じゃ」
「うっ」
話を始めたかと思えば、なんと私に飛びかかってきました。当然、押し倒されたので頭が地面に当たって痛い。それに、この状況は非常に危険な香りしかしません。
「何がしたいのですか⁉︎」
痛みに耐えつつ声を振り絞り話しかけました。今、私は地面に仰向けの状態で倒れ、お腹の上には土地神様が馬乗りで乗っかっています。
「いや、本当はゆっくりとお前を追い詰めようとしたんだか、どうもそれは性に合わなくてな」
「だから、何をするつもりですか!」
「単刀直入に言う。お前の寿命ワシにくれ」
「はっ?」
何て言った。思考がフリーズしている間に、土地神様の鋭い爪で体操服の襟から胸辺りまでを縦に引き裂かれました。これでは中が見えるではありませんか!
すかさず、土地神様は鋭い爪を私の心臓目掛けて突き立てようとしましたが、その前に私は両手でしっかりと土地神様の腕を掴み鋭い爪を止めました。
「ちょっと!」
「大した胸もないくせに恥じらうな」
「大した胸って!これは個人差があるんだ!それに、神様だからって言って良いことと悪いことがあるでしょ!」
おいおい、命をくれって。あっ、そう言えば、知り合いのお坊さんのお寺に行った時、文車妖妃が何か言ってたよね。『ついでに妖力が少ない妖が霊力の強い者から寿命を奪い、己の力とすると、その妖力は格段に上がると文献に書いてあります』とか。まさか、土地神様も私の寿命を狙っていたのか!
「最初からこの姿だとお前、逃げるだろ?」
「だから、委員長に化けて私に近づいた。でも、なぜ委員長をチョイスしたのですか。他にも火ノ江先輩とかあやのちゃんとかゆいちゃんとかいたのに」
「はんっ」
うわ、鼻で笑われた。
「あの日からお前を観察してな」
「あの日って、火ノ江神社に拉致された時から」
「そうだ。お前とその委員長という奴は恋仲じゃろ?だから、そいつの姿なら警戒されず事を早く終わらせばいいだけの話だろう」
つまり、委員長の姿なら私が警戒しないから、油断した隙に寿命を奪っちゃおう!という事ですか。へぇ、でも一つ訂正。
「私と委員長は恋仲ではありませんよ。友達です」
「そうは見えんぞ。まさか…はぁ、成る程な。あの男、先が苦労するぞ」
こうして話している間も、土地神様は私の心臓に爪を突き立てようと力いっぱい押してきます。それを私が防御。でも、このまま力押しが長く続くと、先に私の方が手に込める力がなくなっしまうので、何とかしなければならないのですが、今のところ解決策は見当たりません。まだ、考えるのに時間が必要です。
「土地神様は私の寿命を奪って何をするのですか⁉︎妖力を上げたいのか、それとも」
「お前、そんな質問で時間稼ぎが出来ると思っておるのか?」
私が質問をして、時間を延ばしている間に解決策を考えようとしていることはお見通しですか。その時、土地神様が、何やら呪文みたいなのを唱え始めました。呪文が唱え終わると、私の心臓辺りに握りこぶしが3つ程のブラックホールのような黒い穴が開いたのです。
「うわっ」
これは、どこぞのB級ホラー映画ですか?それとも、ファンタジー?いやいや、現実逃避なんかしているんじゃなくて。
「誰かー!」
「人除けはしてあるから無駄じゃ」
悪役みたいなセリフを吐き捨て、ドヤ顔。本当は今すぐにでもこのドヤ顔を殴り飛ばした。でも、今は手が塞がってるので殴り飛ばすことが出来ないのが悔しい。
「では」
徐々に私の心臓に近づく土地神様の鋭い爪。力押しの結果、私の方が先にダメになったようで、土地神様の腕を掴んだまま、とうとう心臓に開いた黒い穴に土地神様の手が入ってしまいました。
「うっ」
痛みはありません痒くもありません。ですが、何が掴まれる感覚はあり気持ち悪いです。例えるなら、直に海鼠を掴んだ感じかな。土地神様の表情を見ると、どうやら何かを掴んだようです。そして一言。
「全部は取らん。少しは残しておく、ありがたく思えよ」
「思わないよ!その前に取るな!」
ドヤ顔で黒い穴を覗いた土地神様の表情が一変。眉間にシワが寄っています。
「私の寿命の玉、小さいでしょ」
私は不敵に微笑み土地神様に聞きました。人の寿命の形は青白く光る玉のようです。その大きさによって残りの寿命が分かるとか。玉が小さい人だと短命で大きい人だと長生きできる。
「なぜ、自分の寿命の玉の大きさを知っておる、普通自分の寿命なんて知らないはずだろ?もしかして、お前、病気か何かで短命か?」
「ハズレです」
「ならば」
暫く考えた後、土地神様が出した答えは。
「誰かに盗られたか」
「正解」
盗られたという表現ではないけど、うーん、でもまぁ、そんな感じかな?
「やはりな。それに玉が少々、傷ついておる」
「だって、あの時は乱暴だったからね」
秋の寒い風が吹く中、私はここに来る前、桃ケ丘高校にいた時の記憶を思い出していました。
委員長は壁ドンしたら自爆するタイプだと思います
次回、萌香の過去編!




