70・体育祭①
さてさて、今日は体育祭本番です。
紅坂高校は各学年1組と2組が青団。3組と4組が黄団、5組と6組が赤団。そして、私のクラスは1年2組なので青団ですよ。その証拠として、全学年は団の色と同じハチマキを頭や手首に巻いて何団か示します
まずはグラウンドに生徒全員がクラスごとに並びラジオ体操をして、次に校長先と理事長の長いお話が終わった後は、体育会系のがっちりとした体つきの男子生徒会長による開始の合図。
「それでは、これより紅坂高校の体育祭を開始します!」
その瞬間、グラウンドに全生徒の意気込んだ雄叫びが響きました。声の大きさにグラウンドに植えられている木や校舎の窓ガラスが揺れます。特に声が大きかったのは3年生。やっぱり今年が最後の体育祭だからかな。
『それでは、最初の種目、3年生による玉入れです。生徒の方々はグラウンドに集まって下さい』
放送部の女子生徒がグラウンドに作られた簡易放送室で次の種目を使えます。簡易放送室はただ単に、白い長方形のテントの下にイスとテーブルと放送器具があるだけ。その隣には簡易保健室もあります。
『3年生による玉入れの開始です』
「熱気がすごい」
1年生と2年生はグラウンドを挟んで簡易放送室の反対側にある生徒用のテントで見学です。現在、私は、いつもいるメンバーでテントの下に置かれた生徒用の椅子に座って3年生の種目を見ていました。ちょうど、一番前の席が5席空いていたから、ほのかちゃん、めいちゃん、ゆいちゃん、あやのちゃん、私と言う順番で座っています。
「萌香、見て見てあの先輩かっこよくない⁉︎」
ほのかちゃんが指を指した先には、この前、火ノ江先輩にフられた先輩でした。後から委員長に聞いたんだけど、やっぱりあの先輩はバスケ部の先輩だそうです。名前を言わなかったけど、火ノ江先輩にフられた先輩って言ったら通じたよ。
「ただの玉入れが、戦場化してるよ」
「そうだね。玉ってあんなに凶器になったかな?」
あやのちゃんの、質問に私が答えました。今、目の前の光景は玉入れではなく玉の投げ合い。ここは戦場か!
おいっ!人に投げるな!籠に入れなさい!君たちは目の前にある籠が見えないのか!
「阿鼻叫喚…」
「ゆいちゃん、恐ろしいこと言わないで」
「でも、実際そうだよね」
青団の人が赤団の人に玉を投げつけ、黄団が青団に玉を投げつける。なんだこのスパイラル。しかも、審判の2年生と思われる生徒はこの戦場を止めないし、応援に来た紅坂高校のOBや生徒の家族は、もっとやれー!って煽ってるし、これじゃぁ、止めるにも止められないよね。なんだか、審判の気持ちが分かってきたかも。
「高校の体育祭に親さんって結構、来るんだね」
「あれ?もえかちゃん知らない?」
「何を?」
「紅坂高校名物。『熱意の応援』あっ、そうか、もえかちゃんって転校生だった。忘れてたよ」
「熱意の応援?もしかして、親御さんの応援の事を言ってるの?」
あやのちゃんが言うには毎年、紅坂高校では親御さんたちが集まって出来た応援団が熱い応援をするらしい。ちなみに、構成人数は男女合わせて27人。チーム名は『紅坂に咲く大輪の花~その声を世界に響かせよう!~』とても長いので生徒達は略して紅花と呼んでいるそうです。
辺りを見ると、グラウンドの形に沿って親御さん専用のテントが張られています。割合的には生徒3対OBと親御さん7。あっ、簡易放送室の隣で紅花による熱い応援が繰り広げられてる。その応援に対抗するかのように、各団の応援団が声が枯れそうな勢いで張り上げています。
『これにて、3年生による玉入れを終わります。生徒のみなさんは玉を投げ合うのはやめて、大人しく座って下さい』
放送委員さんの話し方が警察官みたいだ。係りの生徒が放送委員の声に合わせながら各団の籠に入っている玉を投げます。最初に籠の中に入っていた玉がなくなったのは青団。私達の団のでした。次になくなったのは黄団。最後まで残ったのは赤団。
そういば、火ノ江先輩にフられた先輩は赤団で、生徒同士が玉を投げ合っている中。涙を流しながら赤い玉を籠に入れていたな。あれはフられたショックを玉にぶつけていたのか。
『赤団に50点、黄団に30点、青団に10点、入りました。次の種目は2年生によるリレーです』
2年生がグラウンドに半分ずつ分かれ、最初のランナーが開始のピストルの音で走り出しました。今のところ、先頭を走るのは赤団の6、5組。その後ろに青団の1組と黄団の4組がいます。
「頑張れー!」
やがて、リレーは後半になり、やっとここで火ノ江先輩がコースに立ちました。なんと、火ノ江先輩のポニーテールの紐の上には青いハチマキが巻かれているではありませんか!
「あやのちゃん!火ノ江先輩だよ!」
「同じ青団なんだ。そう言えば、もえかちゃんの口から、よく火ノ江先輩の事でるよね。気になるの?」
「気になると言うか、火ノ江先輩って、凛としててかっこいいし、憧れかな?」
それに、組み体操で怪我した子を助ける優しい人だからね。と付け加えて、グラウンドを見ると、火ノ江先輩がバトンをもらって走り出しました。
「「速っ!」」
先頭を走る赤団の男子とはかなりの差があったのにも関わらず、火ノ江先輩はトレードマークである白い髪を揺らしながら、どんどん差を縮めて独走状態。これで、青団が逆転。しかも、火ノ江先輩の額には汗一つなく、息切れもしていません。余裕綽々でバトンを渡すとか、かっこいいな。
あっ、火ノ江先輩の周りにはたくさんの生徒が集まって賞賛の声を響かせています。それも、同じ団の人ではなく他の団の人までも。
「確かに、かっこいいね」
「でしょ!」
結果、リレーで1番を取ったのは青団の1組。やっぱり、火ノ江先輩の独走がレースに大きく響いたらしく、1組が優勝した時は火ノ江先輩にたくさんの拍手が送られていました。
「火ノ江先輩、照れてる。可愛い、それに1組だったんだ」
「えっ!私にはいつもの顔に見えるけど」
「そうかな?ゆいちゃんもっとよく見てみ!」
「うーん、いつもの凛とした表情にしか見えない」
困り顔のゆいちゃん。ここで、放送委員さんが各団に何点入ったのかをお知らせして、いよいよ次の種目は1年生のリレーとなりました。私の順番は最後から3番目。
「委員長!」
「わっ!」
持ち場に移動して、最初のランナーがスタート位置に着くまでの間、同じ列の最後尾にいたちょっとブルーになっている委員長に声をかけます。
「委員長、アンカーだね」
「まさか、僕がアンカーになるとは思ってなかったよ」
「そうかな?私はリレー決めの時にアンカーは委員長かなーって思ったよ」
「なんで⁉︎」
「だって、委員長はいつも、大事なところでちゃんと決めてくれるからさ。みんな、それを分かってるから、アンカーを委員長にしたんだよ」
バスケ部で活躍していることはクラスのみんな把握済み。試合でピンチな時、3Pを決めたり、ブザービートで決めたり。とにかく、凄いと評判。
「だからアンカー、頑張って!私、委員長のこと応援してるね」
青ざめた委員長を勇気付けるように目を真っ直ぐ見つめて笑顔で応援しました。すると、委員長は片手で頭を押さえて項垂れるではありませんか!えぇ、気を悪くさせたかな?
「ごっごめ」
「いや、ありがとう。おかげでなんとかなりそうだよ」
顔を上げた委員長の頬は少し赤みを帯びていました。
「宮川さんも頑張って」
「う…うん」
おぉ、今の委員長は眼鏡を掛けていない美形バージョンで、しかもスポーツドリンク並みの爽やかな笑顔と来ましたよ!うわっ、一瞬くらっとして言い淀んじゃった。不意打ちでやめてほいな。
「ん⁉︎」
「なんだ⁉︎」
おや、赤団の観客席の方からドス黒いオーラを纏った人がいるのは気のせいかな?私と委員長は恐る恐る、その方向を見ると、3年生の赤団の観客席から、バスケ部の部長さんと、火ノ江先輩にフられた先輩が、こちらをガン見していました。黒いオーラが増殖中だと⁉︎一体何があった!
「黒いオーラが、怖いよ」
「宮川さん、あの2人はいつもあんな感じだから気にしないでね」
「うん」
そう言っている間にも、リレーの順番はどんどん進み、私の出番がやって来ました。今のリレー状況は、黄団の3組が1番。その後に6組、4組、2組と現在4位と微妙な位置ですね。
「はい!」
助走をつけながらバトンをもらって、走り出します。腕を大きく振って、転ばないように気をつけ、全力疾走。よし、1人抜かした、次は前にいる6組の男子を抜かします。距離は10mくらい離れてるけど、行けそう!
大勢の人の応援が聞こえる中、特に委員長の声が聞こえました。そのおかげか、私は6組の男子を抜かして、次の人へバトンを渡し走り終えた人が並ぶ列の最後尾に座りました。
「宮川さん、おつかれ。2人、抜くなんてやるね」
「あっ、水戸部さん。ありがとう」
しかし、私がバトンを渡した人がリレー中に転んでしまい、順位が2位から最下位へと落ちてしまったのです!
「あぁ!」
「大丈夫か⁉︎」
なんとか、アンカーの委員長にバトンを渡し、怪我をしたクラスメイトは簡易保健室へ直行しました。
「委員長がんばれー!!」
「ここは、見せ場だな」
「水戸部も応援しなさい!」
「えっ、呼び捨て」
「あっ2人抜かした!ほら、応援って意外と聞こえるもんなんだよ」
「お…おう」
つい、力が入っちゃって水戸部さんのことを呼び捨てで呼んじゃった。でも、今は委員長を応援しないと!私は大きな声で叫ぶように応援しました。
その結果、委員長は3人抜かしたけど、惜しくも2位でした。それでも、最下位からの逆転に私たちのクラスだけではなく、他のクラスから賞賛の声が鳴り止みません。
「委員長!おつかれ、かっこよかったです!」
「宮川さんの応援聞こえたよ、ありがとう。」
「でしょ!応援って意外と聞こえるんだよね。私の時も委員長の応援聞こえたよ!」
走り終えた委員長に駆け寄って、声をかけました。やっぱり、やる時はやる男だね!流石、委員長。運動部と言うこともあってか、走り終えた直後は息切れしていたけど、すぐに元通り。私の時は走り終えてからもゼーゼー言ったな。
『続きまして、2年生の女子による組み体操です』
私達は、2年生と入れ替わるようにテントに戻りました。そして、すぐに始まる組み体操。うーん、火ノ江先輩の体、柔らかいな。羨ましいよ。
組み体操中も親さんたちによる応援団の紅花が、太鼓や大声を出して応援中。別に組み体操に応援はいらないと思うけど、まぁ良いか。
私が組み体操を見ていると視界の端に、ゆいちゃんが、忙しなく辺りを見回しているのが映りました。まるで、誰かを捜すような感じです。
「ねぇねぇ、もえちゃん!」
「なに?」
「もえちゃんの家族って今日来てる?」
「来てないよ」
「えー、どんな人か見たかった」
現在、イタリアで療養中のお父さんと刑務所のお母さんは体育祭に来れません。当たり前だよね。そう言う、ゆいちゃんはどうなのか?と聞くと、家族総出で体育祭に来ているようです。ほのかちゃんやめいちゃんにも聞いてみると、同じ答えが返って来ました。ただ1人違うのは、あやのちゃん。
「なんでか知らないけど、従業員さんも来てるみたいなの」
「家族総出じゃなくて、和菓子屋二階堂の総出ですか」
「ほら、そこ」
あやのちゃんが見た視線の先には、保護者用のテントの下に、あやのちゃんのおばあちゃんである、千代さんとバイト仲間がわらわらといました。しかも、かなりの人数です。
「私としては恥ずかしいんだけど」
手で顔を覆うあやのちゃん。家族に応援されるとか、ちょっと羨ましいなって思ったり。でも、それは無理だね。だって、お父さんの怪我が治るのは12月頃だから体育祭はもう終わっている。それに、この前来た手紙には怪我が治ったら直ぐに日本に帰ってくると書いてありました。
「お母さんは、来れるとかの問題じゃないな」
「ん?なんか言った?」
「ううん、なんでもないよ」
もう少し、保護者用のテントを見ると簡易保健室の近くにあるテントの下には委員長のお姉さんがなぜかオペラグラスを持って組み体操を見ていました。
「あっ!」
とある木の下、ちょうど日陰になっているところに私の顔見知りの人達?いや、人じゃないな。
「あやのちゃん。ちょっと行ってくるね」
「うん、次の競技までには戻ってきてね」
「了解」
私はテントから走り出して、木の下へと向かいます。近づいてくる私に気付いたメリーさんは、笑いながら手を振ってくれました。
「お久しぶりです!メリーさん、飛頭蛮さん、キィさん」
なんと、木の下に広げられたブルーシートには、ギターガールとして活躍するメリーさんと、メールで中国語を教えてくれるアニメ好きの飛頭蛮さんと、メイドのキィさんがいたのです。
「でも、なんでこんなところにいるのですか⁉︎」
「私はご主人様のご活躍をこのビデオカメラに納めるために参りました」
「体育祭があることは知ってたからサプライズで来てみたの。驚いた?」
「メリーさん、ものすっごく驚きましたよ。でも、まさか飛頭蛮さんもいるとは思わなかったです」
それに、メリーさんと飛頭蛮さんとキィさんはスーツ姿で胸元に金色に輝く同じバッジを付けています。なんだか、スーツ姿に違和感がある。私の視線に気付いたメリーさんがくすくす笑いながら説明してくれました。
「ちなみに、私達、同じいぬがみさんの会社で働く仕事仲間なの。部署も同じよ」
「メリー先輩に誘われて来ました」
まさか、メリーさんと飛頭蛮さんとキィさんが同じ仕事仲間だとは思いませんでした。そう言うば、飛頭蛮さんと初めて会った時、仕事がどうのこうのって言ってたな。
「キィさん、仕事が見つかったんだ」
「はい」
仕事が見つかって良かったね。と言うか、今日は平日だけど、仕事は良いのかな?
「あの、みなさん仕事の方は大丈夫ですか?それに、メリーさんは最近、芸能活動が忙しいって電話でお聞きしたのですが」
「これくらいの休みはあるわ」
「有給使いました」
「ご主人様のためならいくらでも休みます!」
「それに、私達がいなくても28部署は忙しくないから平気よ」
みなさん、キラキラしています。うーん、仕事を休んでまで来てもらったのにも関わらず、大したことをしてないから、困ったなぁ。
「それに、萌香ちゃんには前に応援してもらったし」
「歌手を目指すって言った時ですよね」
「だから、私も応援したいなぁって思ったのよ」
体育祭だけどね、と付け足して。
「でも、まさかメリー先輩とキィ後輩が萌香ちゃんとお知り合いだとは驚きです」
「私もよ」
「これも、何かの縁ですかねぇ?」
縁とはどこで繋がっているか分からないものですね。改めてそう思いましたよ。すると、グラウンドの方が騒がしくなって来ました。
『次は1年生による二人三脚です』
あっ、もうそんな時間だったんだ。あやのちゃんに遅れるなって言われてたのに、話していたら、つい時間のことなんて忘れてた。
「行って来ますね!」
「萌香ちゃん、応援してるからね」
「我支持你。努力吧。」
「萌香さん、ファイトです!」
オフィスガールトリオに温かい言葉を貰った私はやる気スイッチ全開で走りながらグラウンドに向かいました。
やっぱり、誰かに応援されるとやる気出るよね。よしっ、次の二人三脚はあやのちゃんと一緒に頑張るぞ!




