69・もやもやしたり無気力だったり
今回は
火ノ江 由紀子。
通称、火ノ江先輩が出てきます
あの、髪が白い火ノ江神社の巫女さんです
50話と60話に少し出てきた以来かな
鬼さんがいなくなってから3日間が経ちました。まぁ、遅かれ早かれ、鬼さんがこの部屋から出られることに気づけて良かったと思う今日この頃。
だって、ずっとこの部屋に籠りっぱなしでは辛いでしょ?だから、自由の身になれて良かったかな。それに、これでもう私は鬼さんに対して視えないふりをしなくて済むのですから一石二鳥です!
「あっ…また」
もう、鬼さんはいないのだから2人分の料理を作らなくてもいいのに、気が付いたら夕飯のおかずを2人分、作ってしまいました。はぁ、またか。昨日も一昨日も、夕飯のおかずを2人分作ってしまい、次の日のお昼ご飯のお弁当に余ったおかずを詰めたんだっけ。
「はぁ」
私のため息は夕暮れの静かな部屋に響きました。
* * *
次の日
時間の流れはあっという間に過ぎ、4限目が終わり、私はゆいちゃんとあやのちゃんと一緒に教室でお弁当を食べていました。現在、教室には私達とクラスメイトがちらほらといます。実はこの後の5限目は体育の授業なのです。最近の体育の授業は体育祭の種目、二人三脚とリレーの練習ばかり。
だからここで、お昼をがっつり食べてしまうと、5限目の授業で横っ腹が痛くなり苦しくなるのは目に見えているのでお昼のお弁当は少なめに持ってきました。なので、家には昨日の作り過ぎたおかずが有り余っています。
「私、卵焼きね」
「じゃぁ、ウインナーで」
「私のおかずがどんどん減っていくー」
9月に入ってから毎日、この2人は私のお弁当からおかずを持っていくのが当たり前になっています。あやのちゃんは私のお弁当から卵焼きを持っていき、ゆいちゃんはウインナーを持っていきました。一方、私は昨日、余る程作ったおかずの唐揚げをもぐもぐと。そして、あやのちゃんが私の作った卵焼きを。
パクリ、ジャリッ!
「「じゃり?」」
食べた瞬間、あやのちゃんの口から聞こえるはずのない砂を噛んだような音が聞こえました。あれ?普通、卵焼きはそんな音はしないはずだけど。
「〜っ!」
慌ててペットボトルのお茶を一気飲み。しかも、よーくあやのちゃんを見て見ると、あやのちゃんのトレードマークであるメガネに大きなヒビが入ってるではありせんか!
「もえかちゃん!」
「はいっ!」
「どうしたの⁉︎悩みでもあるなら聞くよ!」
「うわわわ、そんなに揺すらないで」
「ちょっと、二人とも落ち着こう」
私はあやのちゃんに激しく肩を揺さぶられ軽く脳震盪中です。うわー、目の前が揺れているよー。
「もえかちゃん、味見した⁉︎これ、塩が溶けきれてなくて塩っ辛い卵焼きだよ!もう、これは塩の塊を食べてるみたい!いつもなら、砂糖と塩が絶妙に混ざった美味しい卵焼きなのに!一体、どうしたの⁉︎」
「えっ、砂糖も入れたよ?」
「どこが!」
すると、ゆいちゃんは自分の箸でまだ、お弁当の中にある卵焼きを食べると、砂を噛んだような音がした後さっきの、あやのちゃんと同じく慌ててお茶を一気飲みしました。
「三途の川が見えたよう」
そう言えば、今日はどうやって自分がお弁当を作ったのかも思い出せないや。辛うじて、砂糖を入れた記憶はあるけど、いや、砂糖じゃなくて塩なのかな?とにかく、自分の中でも曖昧なので、確認として卵焼きを一口 齧ってみると。
「辛っ!」
これは、食べれる物じゃない!塩辛いを通り越して、もう何なのこれは⁉︎自分で作っておきながらこれは本当に食べられない。朝、味見すればよかったよ。
「二人とも、ごめんね」
本当にどうしたんだ私、いつもならこんな失敗はしないのに。ましてや、大得意の料理で失敗するなんて、小学2年生の浮遊霊から料理を教わり始めた頃以来です。
「と言いますか、味付けがおかしいなって思ったのは、一昨日からなんだよね」
「えっ」
あやのちゃん。そうなら、早く言ってよ!一昨日って、知り合いのお坊さんのお寺から帰ってきた次の日、月曜日からか!ついでに、鬼さんがいなくなってから1日目の日でもあります。
「最初はいつもより少し塩気が強かったかな。でもまぁ、そんな日もあるかって思って食べたんだ」
「私はいつもウインナーばかり食べているから、卵焼きについては知らないけど、そうだったんだ」
そうだね。ゆいちゃんは毎日、私のお弁当からウインナーばかり持っていくよね。反対にあやのちゃんは卵焼きばかりです。
「で、昨日はいつもより甘かったの」
「塩気じゃなくて?あれ、そう言えば私、味見したかな?したような、してないような」
「砂糖を食べてるみたいに甘かったの」
「その時点て教えてほしかった!」
毎日、卵焼きを作っても結局あやのちゃんに全部、食べられてしまうので自分で食べる機会がありません。それに朝、自分が卵焼きの味見をしたのかも曖昧です。でも、味見をしていたら絶対に気付くはずだよね。気付かないって事は味見していないのかな?
「それに最近、授業中でもぼんやりして、もしかして土日に委員長と何かあった?」
「えっ、もえちゃん委員長と何かあったの?」
ぼんやりか。確かに言われてみれば授業中、窓の外を見ていたり、気が付いたらあっという間に授業が終わっていたり、自分でも原因がよく分からないけど全部が上の空って感じかも。そう言えば、あやのちゃんは私と委員長が一緒に出かけたこと知ってるんだった。でも、これと言って特に何かあった訳では…あっ、蔵の中で色々あったけど原因として、あれは違うな。
「何もないよ。一緒に遊びに行っただけ」
「あやつめ…」
ゆいちゃんの目、怖いよ。私、大したことは言ってないはずだけど。普通のことだよね、そうだよね⁉︎ちょいちょい、ゆいちゃんの背後から負のオーラが見えてきた。
「とにかく、悩みあったら聞くからね」
「あやのちゃんありがとう」
「私もだよ!」
これこそ、ザ・友情って感じだよね。こうしている間にも時間はどんどん過ぎていきお昼休みの時間は後、数分になっていました。まだ、お弁当を完食していない私達は若干、急ぎ気味でお弁当を食べ、次の授業の体育のためジャージに着替えてグラウンドへ向かいました。
体育の授業は男女別で行われます。現在、クラスの男子は体育館でバスケの授業を受けているはず、そして、私達はグラウンドの西側で体育祭の種目である二人三脚を練習中です。
一方、グラウンドの東側では他のクラスの女子生徒達が私達と同じく体育祭の種目を練習していました。見た所、今、グラウンドには私達のクラスの他に2つのクラスの女子生徒達がいますね。
「もえかちゃん、行くよ」
「よし、せーの」
いち、に、いち、に。と声を合わせ二人三脚のペアであるあやのちゃんと一緒に実際のコース距離である50mを走ります。練習を始めた頃は、すぐに躓いたり、なかなか上手く走れなかったけど、今はその真逆でスムーズに走っております。
「これなら、本番も心配ないね」
走り終えて、あやのちゃんと会話をしているとグラウンドの東側で女子の甲高い声が響きました。何事かと思い、声のする方を向くと火ノ江神社の巫女さんで、髪が白いことが特徴な火ノ江先輩が同じ女子生徒をお姫様抱っこしていました。そして、ダッシュで保健室へと向かうではありませんか。
「あー、組み体操で怪我した子を保健室に運んだんだ」
「あの人って神社の巫女やってるんでしょ?」
私の周りにいた女子達もざわつき始めました。次第にそのざわつきは広がり、みんな練習そっちのけで火ノ江先輩について語り合っています。
「あやのちゃん、火ノ江先輩って有名人?」
「どうなんだろう、私もよく知らなくて」
「あっ、火ノ江先輩と私、同じ委員会だよ」
突然、会話に入ってきたのはゆいちゃんです。と言うことは、火ノ江先輩も図書委員なんだ。だから、火ノ江先輩と初めて会った時、図書室だったんだね。
「火ノ江先輩はね火ノ江神社の巫女さんなんだ!」
「うん、それは知ってるよ」
「あとは、よく告白されるの…女子から」
「「女子から⁉︎」」
「男子もいるけど、全員玉砕されたんだって」
確かに、火ノ江先輩は綺麗でかっこよくて、そりゃ、誰からも告白されるけど、まさかその中に女子がいたとは驚きです。えーと、こう言うのを漫画の中では百合って言うのかな?実際するとは思わなかったけど。
「火ノ江先輩って友達いるのかな?」
「友達はいるけど、あまり一緒にいる所はみないかな」
あやのちゃんの質問にゆいちゃんが答えます。とりあえず、ぼっちではないことに安心しました。
「練習しないと、優勝できねぇぞ!」
遠くの方で体育の先生が叫んでいます。もうそろそろ、練習に戻らないと先生の怒りがマックスになり後が怖いので、ここで会話は終了です。
* * *
体育祭の練習で疲れ、ふらふらになりながらも私は帰り道を歩きます。秋だからかな、それに山が近いって事もあってか、最近は日が落ちるのが早いです。その証拠に今は5時だと言うのに辺りは暗く、時折、吹く秋風が寒い。ちょっと前までは5時でも明るく暑かったのにな。
「あれは」
7月の上旬頃にカッパさんと出会った黒沼池近くにある黒沼公園の真横を通り過ぎていると、その公園の中にあるブランコ近くに火ノ江先輩と3年生の男子生徒が立ちながら向かいあっていました。男子生徒の方はリュックにバスケットボールの絵が描かれているので、多分、バスケ部の人かな?
私は2人に気付かれないよう、黒沼公園に忍び込み、草むらの中に隠れて2人の様子を伺います。パッと見た所、どうやら、告白ですね。ちょうどここは2人から近くもなく遠くもなく音が聞こえやすい場所で、観察するのに適しています。
「俺、由紀子の事が」
「前にも言ったけど、好きですなんて言われても困るだけ。それに、私はあなたの事なんて興味もない。これ、前と変わらないから」
ぐっさぁぁー!うっ、傍観している私の心にも鋭い何かが刺さった感覚があります。火ノ江先輩、流石に興味もないはせっかく勇気を出して告白した先輩に可哀想です。もう少しオブラートに包んであげてください。しかも、前にも言ったけど、って言っているからこれは2度目の告白か!
「なら、俺のことを知って」
「どうして、知りたくもない人のことを知らないといけないの?」
ひ、火ノ江先輩⁉︎一体、この人と何があったの⁉︎ついに火ノ江先輩に告白した先輩が黒沼公園から逃げ出してしまいました。当たって砕けろ、いや粉砕しましたね。あっ、去り際、先輩の目から大粒の滴がキラリと光っています。
あの先輩、2回も告白するなんて、よっぽど火ノ江先輩の事が好きなんだ。でも、玉砕してるけど。
うーん、鬼さんもそうだったけど、男の人って同じ事を何度も繰り返すよね。鬼さんの場合は部屋に妖気を当てて毎回私がテレビのリモコンで鬼さんの角を叩く。今はもういないけど、懐かしい。
どうなんだろう、今頃、鬼さんは元気にしているかな?どこかで倒れてないかな?部屋のタンスには、5月に会った時に着ていた黒のVネックの長袖とダメージジーンズが残されてあったから未だに私があげた甚平を着ているのかな?もしそうだったら、風邪引くよ⁉︎秋の寒さをなめているな!
…って、なんで私はもういない鬼さんの心配なんてしているんだろう。いなくなったんだから、私には関係ないのに。
「はぁ」
鬼さんがいなくなってからと言うもの、なんだかため息の回数が多くなった気がします。どうしてだろう。それに、心臓辺りが曇ったようにもやもやとします。もしかして、季節の変わり目だから不整脈が起きてるとか、かな?
ふと、顔を上げて秋の夕暮れを見ていると、目の前に綺麗な火ノ江先輩の顔がどアップで写りました。
「覗きも良くないと思うけど?宮川さん?」
「うわっ!」
驚いて、立ち上がります。あれ?私、火ノ江先輩に名前を言った覚えはないけど。どうして知ってるのかな。
「教師のパシリでよく、教室に来るでしょ?その時に周りがあなたの名前を呼ぶから覚えたの」
「エスパーですか」
「口に出ていただけ」
なんと私としたことが、口に出ていたとは知らなかった。目の前にいる火ノ江先輩から嫌じゃないけど独特の甘い匂いがします。この匂いは土地神様と同じです。やっぱり、土地神様の血が少し入っているせいだからかな。それか、長年、土地神様の近くにいたから匂いが移ったとか。
そう言えば火ノ江先輩と出会った後、土地神様に会ったよね。はっ、と言うことは、近くに土地神様がいるのでは⁉︎私としては二度と会いたくない面倒な妖狐だから、警戒しています。
「何してるの?」
「大丈夫です」
キョロキョロと辺りを見ましたが現在、土地神様の気配はしないので安心です。でも、油断はできません。これは私の勘だけど、火ノ江先輩の近くにいると土地神様に出会う率が高くなると思う。まぁ所詮、勘だけどね。
「くしゅん!」
おおっ!火ノ江先輩が可愛く、くしゃみを。クールな人がたまに見せる可愛さとか萌えるよね。って私は何を考えてるんだ。親父か!
「火ノ江先輩、これどうぞ」
私はカバンの中から降ると温かくなるタイプのホッカイロを取り出して火ノ江先輩に渡しました。この頃寒くなってきたから、ちょうどカバンの中に入れてたんだよね。
「もうすぐ、体育祭ですからお互いに頑張りましょうね。あと、男の人を振る時はもう少しやんわりと」
「優しくしたら、次があると思うでしょ。だから、あぁ言う時はバッサリ言い切った方が良いの」
そうてすか。
「あと」
「はい?」
「これ、ありがとう」
キューン!
手に持ったホッカイロで口元を隠し目を逸らしながら少し照れた感じでありがとうと言われました。えぇ、それはそれはもう、可愛いですよ。なんだか、さっきまで鬼さんのことで悩んでいたのにスッキリとしそうです。
「いえいえ〜」
うーん、でもまだ、心臓辺りの曇りは晴れないかな?どうしたら治るんだ。
そんな、もやもやを抱えたまま黒沼公園で火ノ江先輩と別れ家に帰宅するなり、枕に顔を埋めました。
「はぁ」
制服のままベッドで寝るのは良くないけど、着替えるのも面倒くさいです。あっ、その前に夕飯作らないと…でも、どうせ一人だし。今日くらい食べなくても良いか。
なんだか、今はどうしようもなく、無気力です。
いつも、近くにいる人がいなくなると寂しかったり違和感があったりもやもやしたり何事も上の空だったり無気力だったりしますよね
それが大事な人だったら尚更だと思います
今回は
いつもいた鬼さんかいなくなった事でもやもやしたり、鬼さんを心配する自分にツッコミを入れたりする萌香を描写してみました




