66・プチ旅行②
今回も多くの妖怪が出ますが
モブですので、覚えなくても良いです
浜さんのお昼ご飯ができるまで、私と委員長は寺の中を歩き回ることにしました。今は昼間なので、お寺に住んでいる妖怪達は山にいるか、自分のお気に入りの場所にいるかの2つ。それに、普段あいつらは。
「今は昼間だから、基本的には少ないけど、夕方になると多くなるからね」
多い少ないの相手は妖怪達のことを指しています。それに、お坊さんは私達が来ることをみんなに伝えてないから、余計に今は少ないのかもしれない。
「あっ!」
長い廊下を歩いていると、前方にある曲がり角から出てきたのは絢爛豪華な女の人達と目が合いました。
「宮川さん、あの人達も」
「うん、右から毛羽毛現、女郎蜘蛛、毛女郎、合わせて花魁トリオって呼んでるの」
毛羽毛現は胸辺りまである黒髪に幼さを残した顔立ちでミニスカ着物ドレスを着た紫色のたれ目が特徴。言葉使いもやんわりしていて、見た目から癒しオーラがばんばんに出ていますよ。
女郎蜘蛛は、よく昔の映画に出て来るような花魁の髪型で、紫色の豪華な着物に真紅の瞳のつり目が特徴。あとは、毛羽毛現と違って大人びた顔立ちかな。実は、見た目は普通の人間みたいだけど、着物を脱ぐと背中から太い蜘蛛の脚が6本でるんだよね。まさに、美しいものにはトゲがあるって感じ。
毛女郎は、明るめの長い茶髪を頭の上でお団子にしていて、目の色も茶色なんだ。顔立ちは毛羽毛現と女郎蜘蛛の間くらいかな。
そして、この3人に共通することは、その昔、私を襲ったことがある事。ある時は学校の帰りに山奥に連れ去られたり、蜘蛛の糸に捕まって食べられそうになったりとね。後は、全員の性格が肉食な事かな。毛羽毛現なんかは、見た目はほんわかしているのに、良い男がいると目がキッラーンって光って、まるで良い獲物を見つけた猛獣みたいになるの。あれは、泣くも黙るよ。
「あら〜。君も視えるのぉ」
毛羽毛現の目が光った!委員長がロックオンされたぞ。しかも、花魁トリオが委員長を取り囲んで質問攻め。ここは、助け舟を出した方が良いのかな?
「僕も、宮川さんと同じです」
うん、ちゃんと受け答えしているから助け舟はいはないね。
「萌香の彼氏?」
「あら、いやだぁ。萌香ちゃんもそんな年頃なのねぇ、お姉さん嬉しいわぁ」
「酒盛りするか」
「ん?委員長は友達だよ」
「うっ……」
あれ、委員長、胸を押さえてどうしたのかな?何だか苦しそう。それに毛女郎は懐から焼酎の瓶を出しているし、本当に酒盛りするつもりだったんだ。
「あちゃー。そう言うことか」
「このままだとぉ、報われない感じがするわねぇ」
報われない?一体、毛女郎と毛羽毛現は、何の話をしているのでしょうか。
「じゃぁ報われないなら私、委員長君を食べちゃおうかなー」
「なっ!女郎蜘蛛、食べちゃ!」
「僕、食べられる側じゃなくて、食べる側ですから」
「おおっ!」
「い…委員長?」
食べる食べられる、弱肉強食!それに、なんだか委員長の雰囲気がガラリと変わったような気がするのは気のせいかな?その、上手く表せないけど、よくドラマに出てくるような怪しげで危ない色男って感じ。こんなの、いつもの委員長じゃないよ!まさか、委員長は悪い何かに取り憑かれているとか⁉︎
「悪霊退散〜!」
顔の前で手を合わして強く願います。後は清め塩だ。えーと、あれはどこにあったかな、灰坊主がいる部屋にあったような、無かったような。私が腕を組んで唸っていると委員長に名前を呼ばれました。
「僕たち、これから行くとこあるので」
笑顔の委員長に背中を押されてぐいぐいと廊下を進みました。後ろを振り返ると花魁トリオはいなくなっていて、廊下には私と委員長しかいません。右斜め後ろを見るとそこには委員長の顔があってバッチリ目が合いました。
「どうしたの?」
「ううん、何でもないよ」
うん、いつもの委員長だ。じゃぁ、さっきのは気のせいだったのかな。委員長は私の背中を押すのをやめて、廊下から見える大きな蔵を指しながら聞いてきます。
「もしかして、あの蔵の中にもいたりする?」
「いるよー。それにしてもよく分かったね」
「勘かな。それに、蔵とかって出やすい感じがしてさ」
「物がいっぱいで薄暗くて、いかにも出ますよーって感じだよね」
蔵に繋がる渡り廊下を歩いて扉の前に立ちます。広さは大体、奥行きが25mくらい。確か、この中には誰かがいるはずだけど、誰がいたっけ?思い出しそうで思い出せないや。
「よっ…と」
「委員長、ありがとう」
私が扉を開ける前に委員長が開けてくれました。この扉は押して開けるタイプの扉で、かなり重い。そして、扉を開けてまず目に入って来たのは、山積みにされた本の数々。あまりにも多すぎて奥が見えない。あっ、思い出した!
「ここにいるのは、文車妖妃と経凛々の2人なんだ」
「名前はどこかで聞いたことあるな」
「その2人は無類の本好きで、人里に降りては捨てられている本を拾ってここで毎日、読んでるんだよ」
「でも、薄暗くない⁉︎」
「確かに、薄暗いけど、この蔵はちょうど日が入って暖かいし通気性も良いから過ごしやすいの」
新しい本を取りに行くため人里に降りる時と浜さんのご飯を食べる時以外は基本この蔵から出ません。インドア派を通り越してもはや自宅警備員状態に近いかな。
「おっとと」
私の身長よりも高く積み上げられている本。床には漫画や文庫本、スポーツ雑誌から辞書まで幅広くあり、どれも日焼けした跡や黄ばんでいて年季が感じられます。うーん、昔と比べるとかなり増えたな。山積みにされた本に当たると上から落ちてくるので、それに気を付けつつ、床に散らばっている本を避けながら中にいるであろう2人の元に行きます。
床には無造作に置かれた本。両脇には高く積まれた本で囲まれて、まるで蔵の中は本で作られた迷路みたい。蔵の中は薄暗いけど実際、蔵の上にある窓からこぼれる日の光が当たる所以外は真っ暗も同然だった。
「先に行くよ」
「でも真っ暗で先に何かあるか分からないよ」
「大丈夫、はい」
手を差し出されたので、夏祭りの時みたいに握り返しました。
「委員長の手、温かいね。カイロみたいだよ」
「そうかな」
苦笑いで答えられました。委員長に手を引かれてぐねぐねとした本の迷路を進みます。それにしても、本当に日が当たる場所以外は暗いな。目の前の物がぼんやりと見えるくらい、よく委員長は歩けるよね。
「ここ、段差があるから」
「了解です」
本当だ。本が小さな山になって段差が出来てるよ。しかも、危ない箇所は教えてくれるし、何気に私が歩き易いように本を除けてくれたり、なんだか申し訳ないです。
今、ふと思い出したんだけど。この前、学校で会ったキィさんが委員長の恋路がどうのこうのって言ってたよね。あの時は誰だ?って深追いはしなかったけど、ちょっと気になるな。これは女の性なのか。
きっと委員長の事だから、髪の毛を金髪にして夜な夜な爆音がするバイクで走り回る元気な子ではないと思うんだよね。
優しくて気配りが出来る委員長は人の携帯を勝手に弄ろうとする鬼さんと違うね。でも、鬼さんにも良いところはあるんだけど。かなり前の話だけど私が夏風邪を引いた時にお粥らしき食べ物を作ってくれたり、お母さんに手紙を書いた時なんか応援してくれたり。そう言えば鬼さんは今頃どうしているのかな?
「宮川さん、足元、危ないよ」
「えっ、きゃっ!」
他ごとを考えていたので、委員長の注意に気付くことが遅れてしまい、私は足元にあった低く積み上げられた文庫本につまづいて前のめりに倒れてしまいました。
ガンッ
「う……」
委員長が前のめりになった私を受け止めてくれたのですが、どうも、勢いが良過ぎて私と委員長は一緒に倒れてしまいました。しかも、俯きに倒れた私の下には仰向けに寝転がっている委員長。これでは私が委員長の事を押し倒しているようにしか見えません!
「ご、ごめんなさい!」
慌てて、委員長から退こうとしたけど、委員長の両腕が私の背中にしっかりと回っていて動けないです。それに、委員長は動かないし、このまま動かなかったらどうしよう。
「委員長!お願い動いて!死なないで下さい!」
「宮川さん、大袈裟だよ」
困ったような笑ったようなそんな声。委員長が生きてて良かった。背中にしっかりと回されていた手が緩くなったので私は委員長から素早く退きました。
「宮川さん、怪我なかった?」
「私は大丈夫です。委員長こそ、さっきすごい音がしたけど頭とか大丈夫⁉︎」
「漫画がクッションになったみたいで、怪我とかはないよ」
まさか、漫画がクッションになるとは。私達が倒れたのはちょうど窓から日の光が当たる場所。そして、委員長がクッションとなった漫画を見るため首を捻ると、委員長の肩がピクッと動いて固まってしまいました。私も気になって委員長の後ろを見ると。
「これは…」
絶対にモザイクを掛けないといけないレベルの本が無造作にあって、委員長が固まった理由が分かりましたよ。というか、あの2人はなんと言う本を持ち込んで読んでいるんだっ!
暫しの沈黙、気まずいです。
「委員長」
「宮川さん」
お互いに見つめあって無言のテレパシー。
『見なかったことにしよう』
委員長、しっかりと伝わりましたよ。
* * *
あの本の事は無理やり記憶の彼方にすっ飛ばして、やっと蔵の真ん中である場所に着きました。その場所は、周りが漫画や小説で囲まれているけど、四方にある窓から日の光が集まって明るく本を読むのには適した場所です。
「文車さーん。経さーん」
愛称で読んでも2人は本に夢中なので気づきません。
「なんだか、イメージと違う」
「そうかな?」
「着物を着ているイメージがあったけど、2人ともジャージに眼鏡だとは思わなかった」
そうです。文車さんも経さんも同じ赤ジャージに丸眼鏡で髪を縛っているんです。幼顔も似ていて唯一、違うのは髪の色と縛り方かな?文車さんは髪が黒くて三つ編み、経さんは髪が白くてポニーテール。
「新しい漫画、持ってきましたよー」
「まじか!」
ごめんね、嘘です。だってこうでもしないと気付かないんだもん。それと、文車さんが読んでいる本も絶対にピンク色でモザイクを掛けないといけない本でした。
「萌香じゃないか!」
「文車さん、経さん、お久しぶりです」
私が挨拶をすると、経さんはお辞儀をしました。文車さんは、よく喋るお姉さん肌だけど、経さんはその反対で、全く喋らない妹的な感じの妖怪。一応話せるらしいけど、私は今だに経さんの声を聞いたことはありません。
「こちらは、委員長」
「こんにちは」
「私は文車妖妃、こっちの白いのが経凛々、呼び方は萌香と同じでよろしく。それにしても委員長、見た目から委員長オーラが出ているね。しかも漫画に出て来そうな感じの爽やか君と来た。もしかして、腹黒設定とかある?あったら、キャラ的に美味しいよね。」
「ないですよ」
「委員長、ここはスルーしても良いんだよ」
「まぁ、この蔵には本しかないけど、ゆっくりして行きなよ。私もちょうど本が読み終わった頃だし、新しいのを取りに行ってくるわ。経もついて来て、この本の続きどこにあるか分からなくてさ」
文車さんが経さんの座っていた明るい場所に私達を座らせると、本を持ち、経さんを連れて足早に私達が来た道を行ってしまいました。
「宮川さん、あの本って」
「読みたいの?」
「読んでみるか」
「えっ!…でも、あれはさっきの…本当に読むのですか⁉︎」
「冗談だけど?」
「やめて、心臓に悪いです」
「ごめん、ごめん」
「笑ながら言われても困ります」
冗談を言ったら、委員長からまさかの不意打ちで反撃です。しかも、普段と変わらない表情でさらりと言われたから冗談だとは思えなかったよ。てっきり私は、委員長が慌てふためきながら『違うよ』って言うと思ってたから、その時。
ギィー、バタンッ。ガチャ!
私達が入ってきた扉が閉まるような音が聞こえてきました。しかも鍵を掛けたような音も。
「えっ」
私の身長だと高く積み上げられた本が邪魔で扉がどうなっているのか分からないのですが、委員長が少し背伸びをすると、扉の状態が分かったらしく眉間にしわが寄っています。
「閉められた」
「あの2人は一体、何がしたいんだ!」
とにかく、扉に行って開けてもらうように頼まないと!私は扉に向かうためもう一度、あの本で作られた迷路に入ろうと一歩踏み出したら。
「おっと!」
またも、床に置いてあった文庫本に気付かず、躓き、前のめりに倒れたけど、今回は手を私の身長よりも高く積み上げられた本に手をついたので、転ぶことはありませんでした。
ですが、私が手をついた瞬間、積み上げられた本がバランスを崩してしまい、頭の上から分厚い本や雑誌が雨のように降ってきます。
思わず目を瞑ると、体が後ろに倒れたような感覚がして次の瞬間、後頭部と腰に鈍い痛みが走りました。でも、それ程痛みはなくて、本が落ちてきたと言うのにも関わらず体には本が当たった感触がありませんでした。
「んぅ」
目を開けると、そこには目を瞑ってる、眼鏡が外れた状態の委員長の顔が間近にありました。しかも、鼻先が触れる程近くて。
いや、近いって言うよりも…これは。
委員長と私の上唇が当たってる⁉︎




