51・鬼とタヌキとカッパの飲み会 ③
現在、金曜日の夜10時を少し過ぎた頃
ここは、妖怪界にある、人ならざる者が集うネオン街の片隅。つまり幽霊や妖怪たちがわんさかいる歓楽街、そこにある『遊楽亭』という居酒屋で、最近は旅行業にも手を出し始めた、いぬがみコーポレーションという会社のお偉いさんであるタヌキのいぬがみと、203号室に住む、未だにいぬがみから貰ったスマートフォンの操作が分からない鬼のソウキと、話し方が体育会系のカッパの順にカウンターで飲んでいました。
「おっ、美味そうなもん持ってきたな」
いぬがみが箸で指し示したのはソウキが家からタッパーに詰めて持ってきた銀杏の素揚げ。
「今日の夕飯に、それがでたんッスか?」
「違うけど、部屋から出て行く前に台所の鍋に、これがあったからタッパーに詰めて持ってきた」
すると、厨房にいた遊楽亭の店主である手長の長い手がソウキの目の前にあるタッパーに詰めた銀杏の素揚げを8つ程取っていった。
「取り過ぎ!」
「ソウキさんが持ってくる度に店主が品を掻っ攫うのが当たり前になってきたッスね」
「しかも、毎度掻っ攫う量が増えてるな」
萌香が作ったつまみを多く取られ沈んでいるソウキの両隣でいぬがみとカッパは残り少ししかない銀杏の素揚げを食べながら、酒を煽る。
「美味いな」
「ごま油が効いているッスね」
「店主、ナスの煮浸し1つ」
いぬがみが店主に注文している間にも、銀杏の素揚げはどんどん消えて行く。そして、ついに銀杏の素揚げはタッパーからなくなった。
「毎回食い損ねるんだけど」
「ぼけっとするお前が悪い」
「2人共、見るッス」
カッパに呼ばれたいぬがみとソウキは振り向く。そこにはドヤ顔で自分の取り皿を指さすカッパがいた。カッパがドヤ顔になるのも無理はない、それは、取り皿に先程の銀杏の素揚げを使って今、妖怪界で流行りのギターガール、メリーさんの顔を高クオリティで表したからだ。いわゆる銀杏アート。
「ワシ、この子好きッス」
「この子がカッパを助けた女の子?」
「はっ?ソウキさん何言ってるんッスか」
「じゃぁ、この子は誰?」
「ソウキさん、メリーさんを知らないんッスか⁉︎」
カッパはソウキの事を驚きの目で見た。
「知らないけど」
「今、ネットでもテレビでも超有名なギターガールッス!しかも、普通に会社で働きながら芸能活動を頑張る健気で可愛いメリーさんを知らないとはソウキさん、遅れてるッスね」
カッパにバカにされたように言われたので、ソウキの眉間にシワがよる。
「普段ネットしないし、そもそもギターガールって何それ美味しいの?」
「そこからッスか⁉︎」
「この前、スマートフォン渡しただろ。それからネットが使えるぞ」
「カメラ機能以外、使い方が分からない」
いぬがみは片手で頭を支え、こりゃダメだと言わんばかりにため息をついた。そして、頼んだナスの煮浸しと共に焼酎を煽った。
「説明書、読んだッスか?」
「読んでも意味わからん」
カッパもいぬがみと同じで片手で頭を支え、唸る。ふと、そこで、いぬがみが前から気にしていたことをカッパに話した。
「お前、例の命の恩人だとかいう女の子は見つかったのか?」
すると、さっきまで好きなアーティストの話で興奮しハイテンションだったカッパのテンションはあからさまに下がり、カッパの辺りの空気だけ淀む。
「どこを探しても見つからないッス」
「その子。カッパの事が嫌いだから見つからないようにしてるんじゃないの?」
「それも一理あるか」
「ひどいッス!」
泣きながら柿酒をぐいっと飲み干し、店主に新しくカシス酒を頼むカッパ。
「そういや、この前渡したスマートフォンについて、新しいことが分かった」
「何ッスか?」
「スマホからビームが出るとか」
「アホか」
馬鹿げた発言にいぬがみから強烈な鉄拳を食らったソウキと話を続きを待っているカッパに対して、いぬがみは言った。
「実は、うちの社員の2人が人間と仲良くなったらしくてな」
「ほぉ」
「へぇ」
「この、スマートフォンで連絡先を交換して、ちょいちょい通話やメールをやっているらしい。いや、まさかこれが人間のスマートフォンに通話やメールが出来るだなんて、あいつらに教えて貰うまで知らなか」
ガタンッ!
いぬがみが話している最中、急に勢い良くソウキがイスから立ち上がった。
「いぬがみ、その話本当か⁉︎」
「……おっ、おお。本当だが」
いつになく真剣な表情と声色のソウキにいぬがみは気圧された。しかも、ソウキは自分のスマートフォンをポケットから取り出して、いぬがみに突きつける。
「メールと電話番号の登録の仕方、教えて」
「は?」
「覚えるから」
一体何があって、ソウキをここまで動かしたのかが分からないまま、いぬがみは懇切丁寧にメールと電話番号の登録の仕方をソウキに教えた。
「覚えたか?」
「あぁ、覚えた。ごめん、今日はもう帰る。いぬがみ、ありがとう。それじゃぁ」
言いたいことだけを言って、風のように帰ってしまったソウキを呆然と見つめるいぬがみとカッパ。
「ソウキさんに何があったんッスか…」
「さぁ?」
突然のソウキの行動を不思議に思いながらも、いぬがみとカッパの飲み会は夜が明けるまで続いた。




