5・放課後 ~委員長~
バスケ部の休憩時間、僕は体育館の隣にある自販機で飲み物を買っていた。
「委員長」
「宮川さん⁉︎」
後ろから声をかけられて驚いた。宮川さんは僕と同じ幽霊や妖怪が視える体質のクラスメイトであり僕の友人。あれ、確か宮川さんは部活やってなかったはずだよね。
それに今は6時前だし普通の子ならもうとっくに帰ってるはずだけどな。
「今帰るの?」
「うん、今日はゆいちゃん数学を手伝ってたの」
「ゆいちゃん?あぁ、村瀬さんか」
「ゆいちゃんね、この前あった数学の補習のテストで合格できなかったらしくて。今度、合格しないと成績下げられちゃうみたいなの」
「そう言えば宮川さんって数学、得意だったよね。この前の小テストでも成績良かったし」
「それを言うなら委員長はクラストップでしたよね?」
「敬語」
「あっ!」
最近は敬語を使わずに話してくれるけど、たまに敬語になるんだよね。
「つい、ね?」
首を傾げて照れくさそうに宮川さんは笑った。うわー、かわいいな。
「いいよ、いいよ。はいこれ」
「えっ、このジュースいいの」
夕方でも暑いから僕はついでとは言わないけど宮川さんの分のジュースも買った。えっ、すごい戸惑ってるけど、悪いことしたかな?それとも、そのジュース苦手だったとか?
「もらうだなんて悪いよ」
「えっ、いや僕は恩義せがましくやったわけじゃないからって、財布は出さないでいいから!しまって、しまって!」
鞄から財布を取り出して小銭を抜く前になんとか止めた。いや、別にそんなつもりはなかっんだけど。
「委員長、ありがとうございます」
「そんな深々と頭下げないで!ねっ?とりあえず、ここは日差しが当たるから向こう行こうか」
屋根がある所まで行って、僕と宮川さんは地面に座った。ジュースを飲んでほっと一息、なんか風呂上がりの気分。
「お風呂上がりの気分だね」
「んんっ!」
「大丈夫⁉︎どうしたの?」
一緒のこと考えてただなんて言えないな。
「ちょっと噎せただけだよ」
本当のことが言えなくて嘘付いた。嘘は良くないんだけどね。宮川さんはそんな僕の背中をぽんぽんと軽く叩いてくれた。
こうして見ると宮川さんって小さいな、座ってても身長差はかなりあるし、肩幅も小さいし、手も小さいし、って僕はどこ見てるんだよ。
「委員長、今、私のこと小さいなって考えていましたよね?」
「えっ、いや、それは」
「目線で分かりますよ?私、153センチはありますからねっ!小さくないでしょ」
「うんっ、小さくないよ。平均の身長だよ」
目線で分かったのか。それと宮川さん身長、気にしてるんだ。僕は大体170はあるから宮川とは17センチの差だな。平均の身長だって言ったのが良かったのか、宮川さんは安心したように息をついた。
「委員長、最近メガネ掛けてないね」
「あぁ、宮川さんに教えてもらったからさ」
「やっぱり、それでも視える?」
「そうだね。まだ視えるけど、前よりかは視えなくなったかな?それに例え、視えたとしても宮川さんみたいに視えなかったことにしているからね」
「そっか、前よりかは良くなったんだ」
「でも、たまに気絶しそうな時もあるけど」
「それは慣れかな?」
「慣れかぁ」
口調も敬語じゃなくなったし、もう怒ってないみたいだ。でも、宮川さんに教えてもらった『メガネは外した方がいい』っていうのは本当だった。感謝しないとな。
「あっ、そうだ今日の昼休みに話してた続きって最後どうなったの?」
「あぁ!私もそれ話したかったの。それで、昼休みの続きは、家に住んでる鬼さんとは別の足音が聞こえてね。ドアの方を見たらなんと」
「なんと」
「左目に傷がある強面の妖怪さんが酔っ払った鬼さんを抱えてたの」
「その妖怪って鬼の飲み仲間?」
「うん、いぬがみさんって言うみたい。で、ここからがね……」
「部活中なのにゴメンね!」
「いいよ。いいよ、僕も話せて良かったし、それじゃぁ、また明日」
「委員長、部活頑張ってね」
そう言って宮川さんは足早に行ってしまった。保健室の時もそうだってけど宮川さんと話しているとつい楽しくて時間を忘れるんだよね。もう少し話を聞きたかったけど、また明日も会えるんだし、いいか。そう思うと明日が楽しみになって来た。
* * *
どうやら休憩時間の30分は超えていたらしい。そして、部活に戻った僕は只今、1年から3年、いや、バスケ部の全員が集まった真ん中で漫画に出てくるように正座をさせられている。
まぁ、正座は小さい頃からやってきたし、足が痺れるって事はないんだけど、その前に1ついいかな?
周りにいるメンバーがものすごく怖い、特に部長が。
「随分と楽しそうだったな」
「部長、練習に遅れてすいませんでした」
笑顔で言ってるけど、絶対に裏があるよな。
「いや、遅れたことはどうでもいい」
「えっ!」
時間に厳しい部長がそんなことを言うなんて珍しい。明日は台風でも来るのか?
「委員長、お前は宮川とどういう関係なんだ?」
「宮川さんは僕の友達です」
「「「友達⁉︎」」」
部長以外のメンバーがハモった。というか部長が宮川さんを知っていたなんて始めて知ったな。
「お前、宮川の噂は知っているか?」
「ええと、5月の半ばから転校してきた生徒で、女子にはフレンドリーに話して男子にはなぜか敬語で話す、ちょっと変わった生徒で」
「ちっがぁーう!」
部長の声が体育館に響いた。幸い体育館にはバスケ部以外いなくて、何事かとこちらを向く輩はいない。
「委員長は知らないの?1年の宮川の噂!」
口を挟んできたのは副部長、いつもは糸目なのに今はビームが出そうな勢いで目が開かれている。
「いいかい、1年の宮川は全学年で有名人だぞ、5月と言う中途半端な時期に転校してきたこともあるし、なにより小動物みたいでかわいいだろ!」
周りにいたメンバーが頷いた。確かに宮川さんは小さくて小動物っていう言葉が似合う子だけどね。
「まさかそんな噂があったなんて知りませんでした」
「しかも、大抵、男子とは話す時は敬語なのに、なんで委員長と話す時だけはフレンドリーなんだよ!委員長のくせに」
委員長のくせにって、それはただの部長の八つ当たりじゃぁないか。
「僕と話している時でも敬語は出ますよ。最近、他の男子と話す時は敬語を使わないようにしているみたいですけど。あっ、でも怒った時は敬語になるかな」
えっ、何この視線。すごく痛いんだけど。僕は何か話しちゃいけないことを話したのか?
「やけに詳しいな」
「えっ、友達ですから」
「俺も話したけど、敬語だったぞ!」
突然話に入ってきたのは同じクラスで部活仲間の水戸部だった。というか、いつの間に宮川さんと話してたんだろう。
「つまりだな。なんで委員長が学校一の有名人と楽しくイチャついてるんだよ!委員長のくせにっ!」
「は?イチャついていませんし、僕はただ」
「あっ、だから最近メガネからコンタクトにしたんだ。成る程ね」
水戸部の余計な一言に部長のスイッチが入ってしまった。えーと、こういう時は『火に油を注ぐ』って言った方があってるかな。
「委員長のくせに、一年のくせに」
「だから、なんですか!宮川さんと話したいなら声を掛ければいいじゃないですか!それと、コンタクトにはちゃんとした訳がありますからね」
威圧感で押しつぶされそう、水戸部に視線で助けを求めても目を逸らされるし、もう一体なんなんだっ!
「朝とか挨拶に声を掛ければいいじゃないですか。宮川さんは優しいから、おはようって言えばちゃんと返してくれますよ」
「委員長にはフランクで俺たちには敬語でか?」
「だから、宮川さんは今、敬語を直そうとして痛っ!部長、これは暴力ですよ」
「うるさい、委員長のくせに自惚れるな」
自惚れ?今の今までそんなことは一切思ったことないよ。なんか今日の部長はおかしい、もしかして幽霊らしきものが取り憑いているのか?目を凝らしても、そんな気配は感じないし。
「部長、男の嫉妬は見苦しいですよ」
ここで、仲裁に入ったのは2年の先輩。
うわぁ、ありがとうございます。
「どうせ、委員長の事だから友達止まりの関係にしかならないはずですよ?」
「おぉ、それもそうか」
先輩、今さらりと酷いこと言いませんでしたか?危うくスルーするところだった。それに部長も納得するなよ。でも、これで部長の機嫌が直るならそれはそれでいいか。
「へー、恋バナかぁ。女子みたいだね?」
声のした方を向くとそこには体育館のドアに寄りかかった顧問の姿が見えた。口調は優しいけど、一応、男性。
「で、今は部活動の時間だよね。それに後少しで県大会だったけど、いいの?練習しなくてさ、別に君たちが練習しようかしないかは自由だけどさ試合に出て負けても後悔するのは君たちなんだよ?その時にもっと練習しとけば良かっただなんて言い訳は言わないでね。それを踏まえて君たちは一体いつまで長話を続ける気かい?」
息継ぎなしでよく言えたな。それに顧問の言葉で全員が凍りついたように固まった。これはマズイ。
「全員、練習に戻るぞっ!」
「「「はいっ!」」」
部長の頭が誰よりも早く動いて指示を出した。
「委員長、後でその話、俺にも聞かせてね?」
顧問から笑顔で言われた。まさか顧問まで食いついてくるとは思わなかった。
あー、今日の帰りは遅くなりそうだな。