41・中国からの使者
萌香×飛頭蛮のお話
飛頭蛮と言う妖怪については後書きに簡単な説明を載せてあります
夏休み最後の夕方
我楽多屋のバイト帰りの私は、薄暗くなった坂道を下っていました。明日からは9月に入ると同時に学校が始まる。楽しかった夏休みも、もうお終い。
で、9月からのバイトの件について言うと、和菓子屋二階堂は土曜日と日曜日の朝9時から午後4時まで、我楽多屋は月曜日から金曜日の学校が終わってから我楽多屋に直行して夜7時まで。と、土曜日と日曜日の午後5時から夜の7時まで、本当は土曜日と日曜日はやらないつもりだったけど、ククリちゃんの力が入った説得に負けて、土曜日と日曜日もやることにしました。
「お給料アップするから!5分だけでもいいから、お願い、毎日来て〜!」
「ククリ、萌香ちゃんも忙しいの」
「やだやだやだ!」
こんな感じかな。ククリちゃんを宥める蓮さんは、本当にお父さんみたいだった。それと、ついでに言うなら現在、私のお父さんはイタリアで順調に療養中で、たまに、荷物が送られてきます。中身はイタリアのお土産的なものだったり、なぜか、フラダンスをしている小さな人形の置物もありました。これは、ハワイじゃねぇ?と思ったけど、そこはスルーしておこう。
「明日からかぁ」
どうしても、休み明けは学校に行くのが憂鬱になるよね。そんな事をを思いつつ坂道を下っていると、坂の上からゴロゴロ何かが落ちて来る音が聞こえました。それと、女の人の声も。
「誰かー!止めてー!」
薄暗い夜道だからよく見えない。でも、丸い物だから、ボールかな?とにかく、拾わないといけないね。ゴロゴロ、ゴロゴロと転がる音はとても重たそうです。
「よっと」
転がるボールみたいなのをキャッチしました。拾い上げると、それはボールじゃなくて、マネキンの頭。しかも、頭の両サイドにお団子の様に髪の毛がまとまっているからチャイナっぽいな。でも、なんでマネキンの頭が転がって来たのかな?もしかして、落としたのは美容師の人とか。マネキンを裏返して見ると、整った綺麗な顔とご対面。そして開かれた紫色のたれ目と私の目が合いました。
「ふぅ、助けて下さってありがとうございます」
「喋った!」
「あっ…人間」
この頭はマネキンじゃなくて生首だったのか‼︎
一応、生首さんと命名して。生首さんは白い肌から冷や汗がダラダラと流れている。これは、『人間に見つかった、大変だどうしよう、うわー!』って思っているに違いない。というか、どうしようって小声で言った言葉が聞こえたよ。
「あなたは何者?」
とりあえず、話し掛けてみたけど、無反応です。瞬き一つもしていません。まるでマネキンのようですね。反応がないので、私は生首さんの頭を逆さにして、つむじに右手の人差し指を置き、左手で勢い良く回しました。バスケの選手がやる様な、人差し指でボールをグルグルするやつですよ。初めてやったけど、上手く出来た。
えーい、それ!もういっちょ。グルグルグルグル、生首さんは面白いくらいに回り続けます。
「やめてー!キャー!目が回るぅぅううっ!」
丸い物があると、やってみたくなるよね。でも、これ以上やると、生首さんが可哀想なので、ここでストップ。
「こ、好奇心……は…猫をなんちゃら、これ、日本の…ことわざ」
目をグルグルと回しながらポツリポツリと話す生首さん。言いたいことは分かったよ。でも、それは日本のことわざじゃなくて、イギリスのことわざだけどね。
その時、坂の上から誰かが走ってくるのが見えました。目を凝らして見ると、その誰かはというと、両手にたくさんの袋を持って、チャイナドレスを着た首から上がない女性でした。もしかして、あの体は、生首さんの体⁉︎
「め、目がぁ〜」
「キャー!」
「えっ、うわぁ」
坂の上から向かってくる体が私目掛けて猛ダッシュ。当たり前だけど、首が無い体に追い掛けられて、逃げない人なんで絶対にいないからね。本当に怖いよ、しかも、走るスピードが速い。なんですかこれは、首が無い体に追い掛けられながら生首を抱えて走るこの状況は。ありえない。
しばらく全速力で走ったけど、結局は後ろから首が無い体にタックルされ、転んだ拍子に生首さんが遠くに飛んで行き、その生首さんを追いかけるように首が無い体は走って行きました。
1人、痛い思いをしながら、生首さんと首が無い体が合体するところを見た私は、驚きのあまり口が塞がりませんでした。だって、首と首をギューと押しあっただけで、ピッタリとくっ付いてしまったからです。
「生首さんは何者ですか?」
私の質問に生首さんは驚いた表情でしばらく考え込み、ポンっと手を叩きました。
「私はマジシャンなのです!」
「マジシャン?」
それは、今思い付いた事を話しただけだよね。しかも、目は泳いでいるし冷や汗は滝のように流れてるし、これは嘘八百だ。嘘だと分かっているのに、生首さんは聞かれてもいないことをマシンガンの様に話し続ける。
「日本のマジックに憧れて日本に上京。そして、師匠に出会い、新しいマジックを練習していたのですが、失敗してしまいました」
「えーと、それはさっきのことを話しているのかな?」
「はい!ですのでさっきのことは新しいマジックの練習だったのですよ!」
「えっ、本当に?」
「本当の本当の本当にですよ!だから信じて下さい。お願いします」
どうやら、先程の首が転がって来たことはマジックのせいにするらしい。それにしても、力の入った頼み方だね、ここは、生首さんの嘘に乗ってあげましょう。
「分かりました。さっきの頭が転がって来たのは、新しいマジックの練習だったのですね。それにしても、頭と胴体が離れるマジックは初めて見ました。すごかったですよ」
「ありがとう」
「あっ、名前を教えてもらっても良いでしょうか?」
「私は飛頭蛮、あなたは?」
「宮川萌香です」
飛頭蛮って言う名前なんだ。じゃぁ、これからは生首さんじゃなくて飛頭蛮さんだね。
「それと、さっき私の頭を回したのはダメですからね!」
「すいません、どうしても丸い物があると回したくなってしまい、回してしまいました」
深々と頭を下げると飛頭蛮さんは、オロオロし始めて、最終的には許してくれました。それと、飛頭蛮さんがたくさん持っている袋はアニメイトの袋だった。
「それでは、私はこれから仕事があっ!それは!」
「えっ」
飛頭蛮さんの視線は私のバイト用のカバンに向けられていました。そして、素早く私のカバンに付いている、缶バッジとキーホルダーをキラキラとした目で眺め始めました。確かこれは、ゆいちゃんが家に泊まりに来た日、一緒にアニメイトでアニくじを引いた景品だったよね。
「京様だ〜いいなぁ〜」
京様とは、私が付けているキーホルダーのキャラ。いつも、冷静で肝が座っているから好きなんだよね。
「私、いつもアニくじを引いたら、クリアファイルかポストカードのどちらかで、本命の缶バッジとキーホルダーは未だに出てこないんですよね」
しょんぼりと、俯く飛頭蛮さん。アニメが好きなのかな。それにしても、いつもアニくじを引いてクリアファイルかポストカードのどちらかってある意味すごいよね。
「ほら、見て下さいよ!こんな大量にクリアファイルとポストカードがあるんですよ!」
「すごっ!」
アニメイトでの袋ではなくて、仕事用だと思われるカバンから出て来たのは、何枚もの、いや何十枚ものクリアファイルとポストカード。これは凄いな、それにこんなにやって、欲しい物が出てこないだなんて。ちょっと可哀想かな。
「あの、もしよかったら、交換しません?」
「えっ」
「そのクリアファイルとポストカードと私の缶バッジとキーホルダーですよ」
「良いの?本当に良いの」
「はい」
「ありがとうー!」
ギューと力強く抱きしめられました。痛い、痛いです。でも、なんとか解放してもらい早速、交換です。ついでにアニ友になろうとか言って、その場のノリで連絡先を交換したりしました。まぁ、本人は気づいていないから言わなかったけど、嬉しさのあまり首と胴体が少しだけ離れていたんだよね。
「萌香ちゃん、ありがとう」
そう言って、飛頭蛮さんは足軽に去って行きました。いやー、なんとも不思議な出会いだよね。それに、まさか妖怪の中にもアニメ好きの奴がいたなんて、初めて知った。確かに、鬼さんも私が録画したアニメを見ていたな。ホラーアニメは除くとして。
「まぁ、結果オーライって事で良し」
さぁさぁ、私も早く家に帰って夕飯の支度をしなくちゃ。
夏休みの最後の日、それはいつも通りの日常で幕を閉じたのだった。
お話に出て来た、アニメのキャラ
京様は架空の人物です。
【飛頭蛮】について
中国の妖怪
通常は人間と変わらないが夜になると
頭部だけが胴体から離れて空中を飛び回る
それと、日本のろくろっ首のモチーフ
となった妖怪だそうです
 




