34・悪魔の依頼
我楽多屋の蓮さん×悪魔、ベリトのお話
夜の11時を少し回った頃、大勢の人ではない者で賑わった我楽多屋にとある赤い衣服と王冠を身につけ赤い馬に乗った兵士が来店した。
「いらっしゃい」
「こんばんはー!」
赤い馬に乗った兵士は馬に乗ったまま、我楽多屋に入ってくる。
「一応、動物はお断りしていて、馬は外に」
「人間のくせに高貴なる我輩に生意気な口を聞くか、この下等生物が!」
その瞬間、赤い馬に乗った兵士は勢瞬く間に縮み、大きさ10cmくらいの小人と変わる。そして、蓮の隣にいたククリが目にも留まらぬ速さで小人となった兵士を片足で踏み潰そうと足を上げた。
「ククリ、お客様だよ」
「次、蓮をバカにするような事言ったら消すから」
ククリは兵士にありったけの妖気を当て、冷たい目で見下しながら言った。だがククリの足は兵士の真上で止まったままだったので、蓮はククリを手招きで呼び戻し、元の姿に戻すよう指示する。
「ククリが無礼をしましたね。すいません」
「全くだ、こんな野蛮な娘をどうしてここに置いているのか分からん」
「ハハ」
蓮は、いつも閉じているのか開いているのか分からない糸目を薄く開けて軽く笑った。その様子を見た常連客は静まり返り、連鎖的に常連客ではない他の客も黙る。
「蓮さんの目が」
「開いたな」
「やべぇ、あれはキレてる」
「あの客もバカだな」
「おい、声がでかいぞ!」
「新参者には、蓮さんが怒ることはないけど」
「マナーは大事ですよね」
静まり返った我楽多屋にヒソヒソ声が響く。そんな中で蓮は空気の流れを変えるようにパァンと音を立てて手を打った。
「そういえば、まだ名前を伺っていませんね。教えて頂いてもよろしいでしょうか?」
「我輩を知らんとは、なんという愚かな」
「ねぇ…」
「ククリ、やめなさい」
再び、妖気を当てようとしたククリを蓮が止める。そして、我楽多屋の中はいつもと同じく騒がしい店へと戻った。
「我輩はイギリスの古城に住む26の軍団を率いる序列28番、地獄の公爵ベリトだ」
「分かりました、ベリトさんですね。それでは、ベリトさん、今回のご用件はなんでしょうか?」
序列28番ということに驚きもせず、淡々と営業スマイルで用件を聞いてくる蓮をつまらないと思いながら、ベリトは答える。
「求人を頼みたい」
「求人ですか?」
「あぁ。今、我輩の屋敷にいるメイド達が使い物にならなくてな、全員クビにしてやったのだ」
「ほぉ」
「それで、新しく我輩の屋敷で働く者を探していたのだ」
「求人なら、ベリトさんのお国で求人をしてみたらどうですか?わざわざ日本に来てまで探さなくても」
「友人から聞いたのだが、優秀な人材を頼むならば、日本にある、この店が良いと言ってな」
中国や割と日本に近い国には我楽多屋の存在が知れていると知っていたが、まさか遠くの国にまで知れているとは思ってもみなかったらしく、少し驚いているようだ。と言っても片眉が微妙に上がっただけなのだが。
「そうですかー」
蓮は、着ている甚平の胸元の裏ポケットから小さいノートを取り出してパラパラと捲る。
「今の所、メイド希望をしている妖怪はいませんね、もし見つかったらお知らせしますので、ここに連絡先を書いて下さい」
またも、胸元の裏ポケットから1枚の新しい紙とペンを取り出す。それをベリトに渡して書いてもらった。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています (超高速棒読み)」
ベリトが蓮に連絡先を書いた紙を渡すと、ククリが素早くベリトが乗っている馬の手綱を引いて、店から追い出した。店の外からはベリトが何かを言っているが、次第に声は聞こえなくなった。気になった常連が窓の外を見ると、そこにはベリトの姿は見えなかった。
「ククリ、お客様に対して失礼だよ」
「失礼なのはあのジジィの方。はぁ、足で潰すんじゃなくて、あの長ったらしい鼻をへし折ってあげればよかったかな」
その言葉に店にいた客の全員は震え上がり、静まった。どうやら、ククリの本気が伝わったらしい。
「それにしても、最近はよく外国からのお客様が多いね。何かあったのかな?」
「それはだな」
蓮の言葉に店にいた、いぬがみコーポレーションで働く小泣じじいが1枚の旅行関係のパンフレットを差し出して説明し始めた。パンフレットには『夏だよ!サマーだよ!さぁ、君も日本に遊びに行こうよ』とデカデカと日本語で書かれている。
「今な。いぬがみコーポレーションで観光業を始めたんだ」
「観光業?でも、いぬがみ君は電化製品だけじゃぁ」
「あぁ、電化製品を扱いつつ観光業も始めた。いや、それが思いの他に好評でな。ついでに言うと、うちの部署は観光の窓口でな。宿泊先とか旅行のプランを組んだりで大忙しだ」
「成る程。だから、日本に悪魔とかアンフィスバエナが来ているんだ」
「へぇー、いぬがみ凄いね」
気が付くと、パンフレットの周りには常連の客や、観光に来た海外からのお客で埋め尽くされていた。
「私も、これ見て来たんだよね」
「まじか。俺、九州プランだけど君は?」
「私は北海道プラン」
「自分は京都プランです」
「あっ、僕も同じで京都プランだよ」
「それなら、一緒に行きません?」
「良いね、行こうよ」
パンフレットを見た海外からの客は思い思いに語り合い、意気投合したりと新しい関係を作っていった。
「な、大盛況だろ?」
「本当だ、大盛況だね。僕は観光業を思い付いたいぬがみ君が凄いと思うよ」
「蓮、ククリ達もどこかお出かけしようよ」
「おっ、ククリ嬢。今なら料金は安いぞ」
こうして、夜の我楽多屋は朝を迎えるまで賑やかだった。




