32・ドラゴンライダー
萌香×ドラゴンのお話
とある8月下旬、平日の午後7時過ぎ
我楽多屋のバイトが終わり、裏口からではなく表口、つまりお客様が専用の入り口から出て行こうと外へ一歩足を踏み出しました。そして、空から爆発音。
「え?」
音のする空を見上げると、そこには3体の大きな何かが火を吹いて飛び回っているではないですか。まだ明るい8月の夕空、目を凝らすと、その3体の姿ははっきりと見えます。あれは、
「ドラゴンだね」
「ドラゴンだー!」
いつの間にか後ろにいた蓮さんとククリちゃんに言われてしまいました。そう、空を飛んでいるのはドラゴンなんですよ。
「ブラックドラゴンにホワイトドラゴン、それにアンフィスバエナか、珍しい組み合わせだね」
ちょっと待って、ここは日本だよね?
「ククリ、あの白いドラゴンに乗りたい」
「乗れるかどうかは、ドラゴンに聞かないとダメだよ」
ここは、ファンタジー⁉︎異世界かっ!それとも私は夢見ているのかな。両手で頬をつねっても目の前の景色は変わらないし、ただ単に痛かっただけ。まさか、生涯でドラゴンを見るとは思いもしなかったよ。私の霊感は、もはや伝説の生き物まで見れるように進化したのか。
「あれ」
さっきまでは、火を吹きながら飛び回っているだけに見えたドラゴンでしたが、よーく観察して見ると、喧嘩をしているようにも見えます。空中で、ブラックドラゴンが真っ赤な炎を吐き出すと、ホワイトドラコンは真っ青な炎を口から発射。その炎がお互いにぶつかり合うと、またも激しい爆発音。
「荒れてるね」
「ククリ、乗りたい」
ククリちゃんがドラゴンに乗ったら振り落とさせそうで心配です。止めてほしい。それと、ブラックドラゴンとホワイトドラコンはアニメや漫画で見たり聞いたことあるけど、蓮さんが言っていたアンフィスバエナっていうドラコンは初めて聞いた名前かも。
「蓮さん、アンフィスバエナって何ですか?」
「アンフィスバエナは、背中から蝙蝠みたいな翼が生えていて、身体の頭と尻尾に2つの顔を持つドラゴン。ちなみに、寒さに強くて口から猛毒を吐き出すんだよ」
詳しい、なぜそこまで詳しいのか気になります。もしかして実際に会ったとかかな。それにしても、まだドラゴン達の戦いは終わりません、一体いつになったら終わるのでしょうかね。
その時、3体のドラゴンが同時にぶつかり合います。ビリビリ、ぶつかり合った衝撃で空気の揺れが肌に突き刺さりました、ドラゴン達は遠くにいるというのに、ここまで、空気の揺れが届くだなんて、ドラゴン恐るべし。
「あっ、落ちてきた」
3体のドラゴンがぶつかり合った後、お決まりのように、ドラゴン達がそれぞれ3方向に落ちていきました。ブラックドラゴンは紅坂高校へと、ホワイトドラコンは西にあるネオン街の方へ。そして、アンフィスバエナは。
「こっちに来たぁ」
何と、我楽多屋を目掛けて落ちて来ました。このままでは、お店が潰れてしまいますよ。どうしよう、どうしよう。私があたふたしている間にもアンフィスバエナは、どんどん我楽多屋との距離を縮めていくではありませんか。
「蓮さんっ」
「ククリ、頼めるかい」
「りょーかい」
蓮さんに抱っこされたククリちゃんは両手をアンフィスバエナの方に伸ばしました。すると、アンフィスバエナの体、全体に薄紫色のオーラがまとい、勢い良く落ちて来るのではなく、ゆっくりと落ちてきました。
「大き過ぎるから、小さくできるかな?」
「もっちろーん」
シュルルル、音を立ててアンフィスバエナは柴犬くらいの大きさになりした。なにこれ、もしかして妖力の類?
「ククリ、ありがとう」
「えへへへへ」
ククリちゃんは蓮さんに頭をなでなでしてもらってご機嫌です。
「ククリちゃん、そんなこともできるの⁉︎」
「妖気で物を止めたり、小さくできるんだよ。これ、ククリの能力、すごいでしょ」
「ククリちゃん、凄いよ」
「萌香ちゃん、ククリと話しているところで悪いんだけど、このアンフィスバエナ、かなり深い怪我しているみたいで、店の奥にある薬棚から薬箱を持って来てくれるかな?」
「分かりました」
柴犬くらいの大きさになったアンフィスバエナを見ると、体のあちこちに火傷や切り傷がたくさんありました。これは急いで手当をしないといけない。私は蓮さんに言われた通りに店の奥にある薬棚から大きな薬箱を取ってきました。
「持ってきました」
「ありがとう」
そう言うや否や、蓮さんは手慣れた手つきで、アンフィスバエナの体の火傷や切り傷に塗り薬を塗っていきます。すると、薬を塗った途端に切り傷があったところは傷が塞いでいき、火傷の部分はみるみるとアンフィスバエナの体の色である黄緑色に治っていきました。流石、蓮さんが作った薬です。治りが早いですね。
「ギャッ、ギャーギャー、ギャー」
「ふむふむ、なになに」
傷が治ったアンフィスバエナがククリちゃんに話しかけているみたい。でも、私には鳴き声にしか聞こえないから、何を言っているかさっぱりです。蓮さんも私と同じで、ククリちゃんとアンフィスバエナとのやり取りを見ています。
「アン君はね、ブラックドラゴンとホワイトドラゴンと一緒に観光目的で日本に来たんだって」
「ほぉ」
ドラゴンも観光するの⁉︎まるで人間みたいだね。それに、ククリちゃんはアンフィスバエナをアン君って呼ぶことに決めたらしい。君付けだから、オスなのか。へぇ、ドラゴンにオスとメスがいたんだ。初めて知ったかも。
「で、まず最初に浅草から観光するか、京都から観光するか、北海道から観光するかで、意見が割れたみたい」
「成る程、それで喧嘩になったんだね」
そんな事で喧嘩するの、私にはドラゴンの考えていることが分かりません。
「ギャーギャー、ギャー」
「ふむふむ、成る程。アン君ね、傷を治してくれたお礼がしたいんだって」
「お礼と言われても、うーん」
「ククリ、アン君の背中に乗りたい」
「僕も特にして欲しいことはないから、ククリのお願いを聞いてもらおうかな」
またも、ククリちゃんとアンフィスバエナは話し合い中です。
「やったぁ。乗せてくれるって、おねぇちゃんも蓮も良いよって言ってる」
「私も⁉︎」
「僕は高いところは苦手だから遠慮しておくよ」
「うー、蓮の怖がり」
「ごめん、ごめん」
「じゃぁ、おねぇちゃん行こう。ほら、早く早く」
ククリちゃんに手を引かれて、私はアンフィスバエナの背中の位置に跨りました。すると、柴犬くらいの大きさだったアンフィスバエナは徐々に大きくなり、気が付くと空高く飛んでいました。
まるで、ジェットコースターに乗っている気分です。おぉ、町がミニチュアに見える。
「アン君、急上昇!」
「えっ」
ぐわんっ!
ククリちゃんの言葉と共に急上昇、私は落ちないように、アンフィスバエナの硬い黄緑色の鱗をしっかりと掴みました。この鱗は1枚1枚が大きくて、掴みやすいですね。って今はそんなことを考えている暇はなくて。
「キャー!」
「わーい、ジェットコースターだー」
今度は急降下、ククリちゃんは楽しんでいるようですが、ジェットコースターが苦手な私には地獄のようです。誰か止めて〜。
「キャー、イヤー」
「あははははは」
このジェットコースターのような体験は、数分続きました。初めてドラゴンに乗った感想は、もう2度と乗りたくないです。こんな怖い体験はしたくないよ。




