30・お泊まり会②
萌香の料理スキルが活躍するお話です
結局、ゆいちゃんがお風呂から出てくるまで、鬼さんは覗きを働かそうとはしませんでした。いやーよかった、よかった。
「あっ、カレー出来たよ」
「本当だ」
部屋の中はカレーの匂いでいっぱいです。ゆいちゃんがお風呂から上がったことだし、次は私が入ってくる番か、鬼さんは私が突いたみぞおちがまだ痛むようで、唸りながらベッドの上で寝ています。
「じゃぁ、入ってくるね」
「了解ー」
* * *
私がお風呂から上がり、ご飯にカレーをよそって食べています。味はいつも私が食べているカレーと同じですが、ゆいちゃんから美味しいと絶賛してくれました。その証拠に、ゆいちゃんがたくさんお代わりをして、多めに作ったカレーが底をついたではありませんか。
「ご飯も無くなっちゃった」
「ゴメンっ!食べ過ぎたかも」
「そんな事はいいよ」
ピンポーン
あっ、部屋のチャイムが鳴った。こんな夜遅くに誰かな?遅いって言っても、まだ7時なんだけどね。
「はーい」
玄関を開けるとそこには、大きな袋を持った大家さんが立っていました。これは、いつぞやのスイカをもらった時と同じですね。
「知り合いからたくさん貰ってな」
「だから、ご近所さんに配っていたのですか」
「あぁ、かれこれ9件に配ってきたけど、なかなか減らなくて、困っていたんだ」
大きな袋の中を覗いてみると、そこには、たくさんのマンゴーや桃、それにパックに入ったブルーベリー、どれも夏が旬の果物が、これでもかと入っていました。9件にお配りして、これだけ余るなら最初はどれだけたくさんのフルーツがこの袋の中に入っていたのかな?
「あっ、今日はカレーだ」
「やっぱり、匂いで分かりますよね」
「んっ?」
大家さんの視線が私の後ろへと変わりました。気になって私も後ろを振り返ると、そこにはドアの隙間からゆいちゃんと鬼さんが私たちの事を覗いていました。なぜか、鬼さんの大家さんに対して見る目が冷たいのは気のせいでしょうか?
「萌香ちゃんの友達?」
「初めまして、村瀬 唯です」
「俺は、ここの大家の八幡 和宏だ」
何やら自己紹介が始まり、どうやら馬が合ったようで、2人は私を置いてどんどん先に話を進めていきます。やれ、私の料理がどうのこうの。はたまた、私の学校生活はなんちゃらと、いや、玄関先で仲良く話すのはいい事なんだけど、なんで共通の話題が私なのかな?
「夕飯、ご一緒にどうですか?」
「え、いいのかい?」
「はい、もえちゃん良いよね」
「えっ……うん良いよ」
途中から話を聞いていなかったから、よく分からずに良いよって答えちゃった。どうやら空気的に私の家で大家さんも夕飯を食べるらしい。んっ、ちょっと待てよ、カレーって、ゆいちゃんが食べちゃって、もう無かったはずだよね。どうしよう、ここまで来てカレーが無いので帰って下さいとは絶対に言えない。
「あっ」
どうやら、ゆいちゃんもカレーが無いことに気付いたみたい。もう大家さんは部屋に入っちゃったし、とりあえず冷蔵庫チェックです。
「もえちゃん、どうしよう」
「うーん」
パッと冷蔵庫を見て、今すぐに作れそうな物を探します。一応あるにはあったけど、ご飯がないな。というか主食がない。商店街のパン屋さんから貰ったパンならあるけど夕飯にパン物を出すのはおかしいかな?
「あっ」
スパゲッティならあったはず、冷蔵庫を閉めて、冷蔵庫の隣にある3段カラーボックスの一番上にある箱からスパゲッティを探しました。
「あった」
「それってスパゲッティ?」
「うん、ご飯が無いから麺物にするね」
「私何か手伝うよ!」
「じゃぁ、作るのに、少し時間が掛かっちゃうから、ゆいちゃんは大家さんの事を任せていいかな?」
「了解です!」
「大家さん、少し時間が掛かりますけど、良いですか?」
「時間のことは気にしないでくれ。それに、俺にも何か手伝うことはないか?」
「あぁ、大家さんはそのまま、座っていて下さい」
ゆいちゃんには大家さんを座布団に座らせて、私が料理を作るまでの時間、大家さんの話し相手になってもらう事にしました。ここからは時間との勝負です。少し時間が掛かりますと言えども、大家さんを待たせてはいけないので、素早くかつ量を多く作らなくてはなりません。大家さんはゆいちゃん並に食べますからね。
さて、エプロンを着たら料理開始です!
今から作るのは『タラコスパゲッティ』と『インゲンとエリンギのペペロンチーノ』の2種類。
まずは、スパゲッティを2人前茹でます。茹でている時間が勿体無いので、その間にインゲンとエリンギのペペロンチーノを作りますよ。最初にインゲンとエリンギを食べやすい大きさに切り、オリーブオイル、ニンニク (みじん切り)、鷹の爪をフライパンに入れて弱火で炒めます。
「あっ、良い匂い」
「パスタと…野菜炒め?」
「鷹の爪とニンニク?」
台所の反対側からゆいちゃんと大家さんと鬼さんが私の手元を覗いています。良い匂いがしてきたらインゲンを加えて中火で1〜2分程炒めます。全体に油が行き渡ったら、エリンギと塩を加えてざっと混ぜ、蓋をして5分、蒸し焼きすれば完成。
「よしっ!」
「もえちゃんが、お母さんに見える」
「おふくろだ」
「萌母さん」
鬼さん、私の名前とお母さんを略すな。
インゲンとエリンギのペペロンチーノが出来たところで、もうそろそろスパゲッティが茹で上がります。と、その前にスパゲッティのソース作りをしないといけません。私は冷蔵庫から、チューブに入ったタラコソースと、ケーキ屋のお姉さんから貰った生クリームとバターを取り出しました。
そして、大きめのボールに生クリーム1パックと電子レンジで溶かしたバターとタラコソースを入れ混ぜます。ちなみにタラコソースは目分量。
ピピピピ、ピピピピ
スパゲッティが茹で上がったと、タイマーが教えてくれました。お湯を切って、ソースが入ったボールに入れたら、菜箸で絡めます。最後にお皿に持って刻み海苔を上にちょこんと乗せれば完成。
「タラコスパゲッティとインゲンとエリンギのペペロンチーノ、出来ました!」
完成した品を大家さんの前に置いたら、試合終了。すぐに大家さんは私の作った料理を食べ始めました。しかも無言です。えーと、不味かったかな?感想を聞くにも聞けなくて、困ってゆいちゃんの方を見ると、大家さんの大食いっぷりに驚いている様子。
「大家さん、すごい」
食べ始めてから、数分でたくさん作った品はマジックのように消えてしまいました。でも、味の感想を聞いていない!
「あの、お味の方は」
「はっ、美味過ぎて無言だった」
美味しかったそうです、良かった。あ、そうそう忘れるところだった。タラコスパゲッティを作った後に、大家さんから貰った、マンゴーと桃を切っておいたんだ。それ出さないと締めがないよね。
「大家さんから貰った、マンゴーと桃を切ったから、食べよう」
「やったぁ!あっ、もえちゃん、ちょっと良いかな?」
「どうしたの」
「私もこのスパゲッティ食べたいの」
「えっ、生クリームならあるけど、タラコソースが無くなってもう作れないよ!」
「うぅ、そんな」
頭からキノコが生える勢いで、テンションが落ちていきました。
「生クリーム…」
そういえば、商店街のパン屋さんから貰ったパンがあるよね。それに、大家さんから貰った果物、これならフルーツサンドが出来るではないですか!ゆいちゃんは甘い物が好きだから、良いよね。
「ゆいちゃんが 、マンゴーと桃でフルーツサンド作るから、それで良いかな?」
「お母さん!」
「んっ!」
ゆいちゃんに思いっきり抱きつかれました、抱きつかれるのは嫌じゃないけど力が強くて苦しいです。
「美味そー」
鬼さんもフルーツサンドに賛成しています。これなら、大量にある生クリームが消費されて冷蔵庫の中が整理出来ますね。
「萌香ちゃん、俺も欲しい」
「は?」
今の『は?』は私ではなくて鬼さんが言ったものですよ。というか、もしかして、鬼さんって大家さんの事が嫌いなのかな?大家さんがここに来た時も冷たい目だったし、うーん、よく分からないや。
「フルーツ切るのは私がやるね」
「フルーツはゆいちゃんに任せて、私は生クリームをなんとかするよ」
「何だか、娘を持ったみたいだ」
「独身40代が」
ちょっ!鬼さん、何言ってるの。ここまで、大家さんの事が嫌いだったのか⁉︎驚き過ぎて、うっかりと封が空いた生クリームを落としそうになりましたよ。
「なんだか、寒気がするな。エアコンはまだ修理してないし、何だ?」
大家さん、その寒気は鬼さんの妖気のせいです。
「もえちゃん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
鬼さんがそこまで大家さんの事を嫌う理由は見当たりませんが、今はスルーしておきましょう。さて、今やるべきことはフルーツサンド作りだからね。
こうして、お泊り会の夜はゆっくりと時間が過ぎていきました。
お泊り会のお話はこれにて終了です。




