23・住めば都
8月中旬
「っはぁー」
バイトが終わって、家に帰ってくるなり私はベッドにダイブです。今は、頭が痛いし、食欲はなくて、何より集中力がありません。
もうすぐお盆だからかな、最近は割合的に妖怪よりも幽霊の方を多く視るかな。道を歩けば、どこもかしこも黒い影、大きい物から小さい物まで様々です。私、お得意のスルースキルを使っても、やっぱり目に入る物は入ります。視たくなくても視えてしまうのですよ。
「はぁ」
それに、体も重い。これは多分、夏バテだと思う。あー、明後日はゆいちゃんや、あやのちゃん達と一緒に夏祭りに行く予定なのに、このままじゃぁ、ダメだね。気力でなんとかせねば!病は気からだって言うよね。病じゃないけど。
「はぁ」
何度目かのため息、まくらに押しつけた顔をテレビの方に向けると、目の前には鬼さんの顔がありました。その距離わずか15cmくらい、近いですね。確か前にもこんなことがあったように気がする。あの時は唇を触られたんだよね。思い出すだけで恥ずかしくなってくるから思い出すのはやめておこう。
まぁ、それは置いといて、鬼さんの表情が曇ってます。何かを心配するような顔、一体どうしたんだろう。すると、鬼さんの目と私の目が合いました。
じー
じー
本当、鬼さんって角がなければ普通の人に見えるよね。あっ、そうだ。この前、鬼さんの観察日記に書いたことなんだけど、鬼さんの味覚ってお子様なんですよね。ピーマン、ニンジン、しいたけは嫌いで、唐揚げ、ハンバーグといった子供が好きそうな食べ物が好きみたい。
この部屋に住み始めて6月、7月、8月。早3ヶ月、鬼さんについて色々と分かってきたな。あっ、今発見したこと、鬼さんの目って黒色だけど少し赤色が混じってる。
じー
じー
今度は角を見ました。このまま、角が伸びて鬼さんに羽が生えたら、ユニコーンになるね。その前に、体を馬にしないといけないか。なんとなく鬼さんの目を見ました。
じー
じー
すると、鬼さんの曇った表情から一変、みるみると顔が赤くなって、くるりと反対方向に向いてしまいました。熱でもあるのかな。
「はぁ」
いつまでも、ベッドに寝ているわけにもいけません。まだ、夕飯も食べてないし、お風呂にも入らなくては。
冷蔵庫に豆腐があったし、麻婆豆腐の元もあるから今日は麻婆豆腐にするか。
「よいしょ」
私も年老いたかな。
* * *
麻婆豆腐が完成しました。我ながら美味しそうです。食欲はないけど、少しでも食べないと夏バテがさらに悪化しそうだよね。
ピンポーン
部屋のチャイムが鳴りました。時刻は8時過ぎ、こんな時間に誰だろう。メリーさん?いや、メリーさんだったら電話か。
「はい」
玄関を開けるとそこには大家さんがいました。手には何やら大きな袋を持っています。
「こんな時間にすまんな」
「いえいえ」
「実は、同僚から貰ったスイカが余ってさ。今、配っていたところなんだよ。萌香ちゃんも貰ってくれないかな?」
スイカ!夏の風物詩スイカです。わーいやったぁ。頂きますよ。
「はっ、この匂い、麻婆豆腐か!」
部屋から漏れる麻婆豆腐の良い匂いに、大家の目がキラーンと光りました。この感じだと、まだ夕飯を食べていないのかな。スイカを頂いたんだしお礼も含めて、夕飯を誘おう。
「夕飯、まだですか?」
「あぁ、今、帰ってきたばかりでな」
「良かったら、食べていきません?スイカのお礼と思って」
「えっ!良いのかい⁉︎」
「はい、あっどうぞお上がり下さい」
「じゃぁ、お言葉に甘えてお邪魔します」
と言うことで、大家さんと一緒に麻婆豆腐を食べることになりました。麻婆豆腐だけでは寂しいので、冷蔵庫にあった野菜を使って野菜炒めと、油赤子のあーちゃんから貰った美味しい油がまだ残っていたので、それで春巻きを作りました。もちろん、スイカも。
お皿はお客さんように少しはあるので問題なしです。
席は、簡易テーブルを囲んで、私の前に大家さんが座っていて、私と大家さんの間に鬼さんが座っています。
「美味そう」
「大家さん、お腹空いていたんですね」
大家さんの目の前にある大盛りご飯がその証拠です。それを横目に鬼さんはスイカをもくもくと食べています。
実は、知り合いのお坊さんのお寺にいた灰坊主と女の幽霊さんに教えて貰ったことなのですが、幽霊や妖怪が視えない人は幽霊や妖怪が触っている物も視えないのだそうです。
だから、大家さんの目の前でスイカを食べても、大家さんから見れば、スイカが宙を浮いている!とは驚かないのです。
「うまっ!」
「空腹の時はなんでも美味しく思えるみたいですよ?」
「いや、空腹なんて関係ないよ」
と言うよりも、大家さんの食欲には驚かされます。まるでお茶漬けを食べるかのように、麻婆豆腐や野菜炒めや春巻きが無くなっていくではありませんか。私も自分の分を取っておかないと食べそびれそう。
「すご」
鬼さんも大家さんの食欲に驚いているようです。細身なのによく入るよね。
「普段は何を食べているのですか?」
「毎日、仕事詰めだからコンビニ弁当とか、食べない日もあるかな、でも、自分で料理はするよ」
「独り身ですからね」
「うっ、さらりと毒を吐かないでくれ」
確か、大家さんは40代で独身のはず。
「ごめんなさい、うっかり口が滑ってしまいました」
「確信犯だろ!」
笑いながら手で口元を抑えたからバレたのかな。と言うよりも、鬼さん以外、誰かと一緒にこの部屋で夕飯を食べたのは初めてかも。
スゥッ
あれ、気のせいかな急に部屋が涼しくなった気がする。窓が開いているからかな、でも、風は吹いてないし。まぁ良いか。
「萌香ちゃん、親さんから連絡はあったかい?」
「突然ですね」
「いや、ここに住む契約書を書いてもらった時以来、会ったことがないからな」
「お父さんには、ちょいちょい電話を掛けていますけど、出てくれませんね」
「お母さんは?」
「あれ、お父さんから聞いていませんか?」
「えーと、あっ!」
「お母さんは刑務所ですよ」
「えっ!」
今の、『えっ!』は鬼さんが言ったものです。
「すまん、不謹慎なことを言った」
「いえいえ、相手のことを考えず不謹慎なことを言うのは大家さんの良いところですよ」
「それ、良いところじゃないよねっ!むしろ悪い方だよ!」
「はははー」
ここは笑って誤魔化しましょう。あれ、何ですかこの沈黙は、重いんですけど。はぁ、だから嫌なんだよね。この話は、後から絶対白けるからさ。
「白けた責任として、大家さんの春巻きは私が頂きますよ?」
「うん、良いよ」
「そんなに落ち込まないで下さい、これまでに大家さんはたくさんの不謹慎なことを言ってきたはずでしょう?それに比べれば、こんなの可愛いもんですよ」
「萌香ちゃん、フォローしてるつもりがフォローしてないよ」
「まぁ、私のことについては気にするなって話です」
そう言って、私は本当に大家さんのお皿にあった春巻きを食べました。うん、あーちゃんから貰った油で作った春巻きは美味しいです。もぐもぐ。
「それにしても、大家さん、よくこの部屋に入る気になりましたね」
「えっ」
「だってこの部屋には幽霊(鬼さん)が出るんでしょ?そんな部屋に来るだなんてね」
「空腹には勝てなかった」
そうですか、やっぱりどんな時も空腹には負けてしまいますよね。
「そういう、萌香ちゃんも、この部屋に住んでから3ヶ月は経ってるだろ」
「そうですね。前の住人さんは1週間で出て行ったとか。だったら今、私が最長記録ですね」
麻婆豆腐を食べながら話す私を鬼さんが難しそうな顔で見ていました。何を考えているんだろう。
「それは、20年前の話だけどな」
「20年前だと、大家さんは22歳ですね」
「何で、俺の歳を知っているの⁉︎」
大家さんの守護霊さんが言っていましたから、それを聞いただけですよ。でも、そんな事は言えないので。
「女の勘です」
* * *
現在、夜の10時近く。それまで、私と大家さんは色々お話をしていました。学校の話だとか、会社の同僚の話だとか。まるでメリーさんの愚痴を聞いている感じ。
でも、なぜか私と大家さんが仲良く話していると、部屋が寒くなったり、鬼さんの機嫌があからさまに悪くなっていましたね。まぁ、部屋が涼しくなることはクーラーが無い部屋では良いことですけど。
「いやぁ、萌香ちゃんの料理は美味いな上手くて美味いって凄いことだよ」
「うまいが、沢山あって分かりにくいです」
スッ
おっと、足元が寒くなって来ました。おかしいな今は冬じゃないのに、ここまで寒くなるのは変だな。
「俺なんか食べたり食べなかったりする生活だよ」
「ちゃんと食べないと体に良くないです」
「萌香ちゃん、歳上はいける?」
「はい?」
窓ガラスから変な音が聞こえてきましたよ。
「いや、萌香ちゃんが俺の嫁さんになってくれたら良いのになって思ってさ」
「はは、何を冗」
何を冗談を、って言うつもりが言えませんでした。正確には、部屋の温度がガラッと下がって、突然、部屋の電気が付いたり消えたり、テレビは電源をつけていないのに付いたり、しかも砂画像で。
そんな事が大家さんの前で起こった訳ですよ。当然、大家さんは腰を浮かせました。この感じ、また鬼さんが部屋に妖気を当てたでしょ?
「萌香ちゃん!」
「あっ、こんなところに虫が」
「ぐっ!!」
手近にあったテレビのリモコンを鬼さんの頭じゃなくて、角を目掛けて上から振り落としました。まるで、薪割りのようです。すると、部屋は戻に戻りました。
「くぅ〜」
余程、痛かったのか鬼さんは角を抑えてゴロゴロと床を転げ回っています。ちょっとやり過ぎたかな。少し反省です。でも、なにがきっかけで妖気を当てたのか、さっぱりわかりません。今回はホラー映画を見ていないし、本当に思いつかない。
「萌香ちゃん。これは」
「203号室の幽霊さんの悪戯かな?」
「よく、この現象が起こるの?」
「はい」
「萌香ちゃん、ちょっといいかな」
浮いた腰を元に戻して、大家さんが真剣な声で話し始めました。何事かと思って私も真剣に聞きます。
「萌香ちゃんに1つ、提案なんだけど」
「はい」
「違う部屋に移動しない?」
「そんなっ!」
『そんなっ!』は鬼さんが言いました。痛そうな表情から驚きと不安に満ちた表情へと変わります。
「家賃は、今のままで、部屋だけを変えるんだ」
「でも、それはダメなんじゃぁ」
「大家の俺が許す。今更だけど、今の現象を体験して、こんな危ない部屋に1人で住ませるわけにはいないって思ったんだ」
「萌香……」
鬼さんの熱い眼差しをスルーして、大家さんの言ったことを頭の中で整理してみました。
「どうかな?」
鬼さんがいる部屋から出て行く発想はなかったな。しかも家賃はそのままだし、別の部屋に行っても、作りは変わらないから引っ越しても問題なしで良い提案ですね。
そして、色々と考えた私は答えました。
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「まぁ、住めば都と言いますし、引っ越すのも面倒なので、このままこの部屋に住ませて頂きますね」
鬼さんの表情から不安と焦りの表情が消えて、安心したような笑顔がこぼれました。何が嬉しかったのかな。
「でも、こんなところに住ませるのは」
「大丈夫ですよ」
「そうか、無理強いをして悪かった」
「いえいえ」
「おれに何か出来ることがあれば言ってくれ」
「何でもっ!」
「おお」
「それなら1つ、お願いがあります」
「何だ?」
「実は」
* * *
数分後
大家さんが部屋から出て行った後、私はルンルンで食器を洗っていました。何せ私のお願いを聞いて貰ったからですよ。
あの時私は、無料でクーラーを直して下さいと頼みました。それを快く受け入れてくれた大家さんに感謝です。
「クーラーがやっと直る」
嬉しくて有頂天です。夏バテも、どこかに消えてしまいました。
「良かった」
安心した鬼さんの声が聞こえてきました。そうだよね。クーラーが直って良かったよね!
最後の鬼さんのセリフ『良かった』の意味を間違えて受け止める萌香とちょっとした嫉妬で部屋を妖気で寒くしたりポルターガイスト的なことを起こしてしまう鬼さんでした




