19・夏休みのタヌキ ~萌香~
8月上旬
只今、私は和菓子屋二階堂でアルバイト中です。それと、今日は朝から土砂降りの雨だからか、お客様がなかなか来ません。
「雨の日は客足が悪いんだ」
「やっぱり」
ショーケースに出来たての和菓子を並べながら、ここの二階堂の孫娘であり、私の友達の、あやのちゃんが困ったように言いました。
「台風が来たみたいな雨だね」
ここに来る時も、土砂降りで服が濡れてしまったり、近くの川は増水していたりと、本当に台風並みの雨ですが、天気予報ではまだ台風は来ていないとお天気お姉さんが言ってました。
「でも、和菓子の配達はあるんだよね」
そうです。ここ和菓子屋二階堂では和菓子の出張サービスがあるんです。ラーメンの出前みたいにね。
「今日は、私が行くよ」
「でも、こんな雨だよ、私が行くよ」
「だって、前はもえかちゃんが行ってくれたから、今回は私の番だよ」
あやのちゃんの笑顔には有無を言わせない何かがあると思う。でも、外は土砂降り、いくらなんでもここは止めないと。
「それじゃぁ、もう時間だから行ってくるね」
「あっ!」
言うが早い、あやのちゃんは配達袋に頼まれた和菓子を手早く詰めると、颯爽と店の裏口から出て行ってしまいました。速かった、目にも止まらない速さだった。あれがベテランというのか。
* * *
「もえかちゃん!」
息を切らして、お店の入り口から入って来たのは、ずぶ濡れになったあやのちゃん。あれっ、何かがおかしい、配達袋が行く前よりも膨らんでいるよ。
「どうしたの?」
「見て、これ」
あやのちゃんは配達袋の中から茶色い生き物を出した。犬?でも、違う。
「タヌキ!」
タヌキだそうです。そのタヌキはあやのちゃんと同じくずぶ濡れで左目に縦に切られたような傷があるのが特徴でした。ん?この傷があるタヌキ、どこかで見たことあるぞ、確か鬼さんを家に送ってくれた、あの可愛いタヌキっ!そういぬがみさんだ!
「川で溺れている所を助けたの。ねぇ、どうしよう、まずは体を温めた方が良いのかな?タヌキちゃん、意識が無いの。あっ、その前に動物病院か⁉︎」
「あやのちゃん、とりあえず落ち着こう」
どうして良いのか分からなくて、プチパニックになっているあやのちゃんを一旦落ち着かせて、私は要る物を考えました。
「まずは、体を温める事が先だよね」
「分かった、お風呂に入れてくる!」
和菓子屋二階堂の裏はあやのちゃんの家になってるから、直ぐに連れて行けるよね。
「それから、食べ物とか」
「タヌキってなに食べるのかな。ネズミとか?」
「あやのちゃん、それは梟が食べる物だよ」
「あっ、梟か」
「タヌキだし、なんでも食べるかも」
「じゃぁ、私はお風呂に入れてくるから、もえかちゃんは食べ物お願い」
「了解」
こうして、お風呂係と食べ物係に分かれて、いぬがみさんを看病することになりました。あやのちゃんの許可を経て、和菓子屋二階堂の裏、つまり、あやのちゃんの家にお邪魔して、冷蔵庫から何か食べ物を探しています。
「ハンバーグや、シチューもあるけど、これは勝手に食べちゃダメだよね」
冷蔵庫の中に食べ物は、たくさんありましたが、勝手に食べてはいけないような豪華な品物ばかりで、手をつけられません。あっ、こんな所に良い物発見。
「魚肉ソーセージで良いよね」
* * *
あやのちゃんと一緒にお風呂から出てきたいぬがみさんは、ドライヤーで乾かされたのか、毛並みが綿あめのように、ふわっふわ。
「綿あめみたいでしょー」
「本当だ。ふわっふわだね」
いぬがみさんは意識を取り戻したらしく、辺りをゆっくりと観察していました。ですが、私の方を見た瞬間、その動きは止まりました。
「もえかちゃんも抱いてみる?」
「キューキュー!」
「鳴いて暴れてるけど、渡しても良いかな」
あやのちゃんには、いぬがみさんが鳴いてるように聞こえたんだね。でも私には『誰がこんな奴の所に渡させるか!』って聞こえたんだけど、もしかして警戒されてる?
「あやのちゃん、私はいいや。とりあえず、そのタヌキ。雨が止んだら外に離そうか」
「そうだね」
本当はもふもふしたいけど、あの状態じゃぁ、無理だよね。それになんだか嫌われているようだし、ショックです。
雨が止んだのはいぬがみさんと出会ってから2時間後のことでした。その間、いぬがみさんは、看板犬ならぬ看板タヌキとして和菓子屋二階堂の入り口で、私が渡した魚肉ソーセージを食べながら、お利口に雨が止むのを待っていました。
「タヌキちゃん、行っちゃったね」
「タヌキにも色々な事情があるんだよ」
いぬがみさんを外へ逃がした後は、いつも通り、和菓子屋二階堂でのバイトが始まるのでした。




