18・夏休みのタヌキ ~委員長~
とある夏休みの夕方
僕は部活の練習が終わって、帰り道を歩いていた。最近はメガネ外しても幽霊や人ではない者が、メガネを掛けていた時よりも視えるようになってきたのが今の悩みだ。
おかしいな、宮川さんはメガネを外した方が視えにくいって言っていたのに、どうしてだろ。ここで、自分の携帯から着信音が聞こえた。画面に映し出されたのは姉さんという文字。
「もしもし」
『アイス』
「アイス?」
『バニラ味でよろしくー』
一方的に話して一方的に切られた。これは買っていかないと帰ってから面倒くさい事になるのは間違いない。毎度、姉さんのわがままには毎度困るな。
「はぁ、コンビニってここから遠いな」
コンビニでバニラ味のアイスを買った時には、もう夜の7時だった。それでも、夏だから空はまだ明るい。
家の近くにあるT時路を左に曲がろうとした時。
「うわっ」
「おっと」
誰かとぶつかってしまった。慌ててすぐ謝ったが、その男の人は何も言わずにフラフラとした足取りで僕が来た道を歩いて行ってしまった。
それにしてもさっきの人、怖かったな、左目に縦に切られたような傷が特徴的で、一瞬ヤクザかと思った。でも、サラリーマンみたいに古びたカバンとスーツ姿だったから違うか。
「うっ」
男の人が行った道から呻き声が聞こえた。何事かと思って行ってみると、そこには、さっきの男の人が片膝をついてうずくまっていた。
「大丈夫ですかっ!」
慌てて近寄ろうと足を一歩踏み出した時、突然、目の前の男の人がボンッという音と共に煙に包まれた。一体何が起こったんだ、その前に男の人は大丈夫なのか⁉︎どうすれば良いのか分からない。
「キュー」
キュー?煙が晴れたかと思えば、さっきまで男の人がいた場所には、絵に描いたような可愛いタヌキがいた。これは、マジック?とりあえず、タヌキのそばに寄ると、さっきの男の人と同じように左目に縦に切られたような傷が見えた。それに、かなり衰弱している。
「これって」
タヌキのそばには古びたカバン、これもさっきの男の人が持っていた物。もしかして、このタヌキって、さっきの男の人なのかな。となると、このタヌキは化けタヌキ?
……というか妖怪⁉︎幽霊は何度も視たことがあるけど、流石に化けタヌキは初めてだ。とりあえず、弱っているようだし、家に連れて帰ろう
* * *
昨日から僕の両親は北海道に旅行中だから今、家には居ない。
「ただいま」
リビングのドアを開けて部屋の中に入ると、ソファに寝そべりながらテレビを見ている姉さんがいた。
「おかえ…それ何?」
「タヌキ」
「いや、猫拾ってきたよ感覚で言わないでよ。うわー、本当にタヌキだ、何このタヌキ、超かわいいんだけど!ねぇ、どこで拾ってきたの?」
拾ってきたと言いますか保護したと言いますか。でも、衰弱しているようだから動物病院に連れて行こうかと考えたけど、このタヌキって化けタヌキだよね。動物病院に連れて行っても良いものなのか。こうして悩んだ挙句、家で看病する事に決めた。
「うっ」
タヌキから人の声が聞こえる。
「あっ、今、キュッて鳴いたよ」
そうか、姉さんは僕と違って霊感とかないから、違う風に聞こえたのか。どうやらタヌキは意識を取り戻したみたいで、僕の腕の中で辺りを見回している。
「ここ、どこだ?」
僕には『ここ、どこだ?』って聞こえたけど多分、姉さんには鳴き声にしか聞こえないと思う。
「あっ、また鳴いた。タヌキの鳴き声って可愛いね。委員長、このままうちで飼おうよ」
「まだ、そのネタ引きずる?それと、このタヌキはうちで飼えないよ」
宮川さんとショッピングモールで出会って以来、姉さんは僕のことを委員長と呼ぶようになった。
「委員長、いいでしょ!野良タヌキなんだから、もしかして未来から来たロボットタヌキかもよ」
「いや、違うから。それにこのタヌキにも家があるの、タヌキはタヌキなりに忙しいんだから」
なぜか、道徳的な事を言ってしまった。
「委員長のケチ、だから萌香ちゃんに告れないんだよ?分かってるの?」
「姉さん、宮川さんは友達だから」
「えー、本当かなー?友達とか言っちゃって、本心はどうなのかなー?」
「はいはい」
どうやら姉さんは、宮川さんの事を大層気に入っているらしい。
「ねぇ、そのタヌキ汚れてるね」
「洗わないといけないかな」
「じゃぁ、私が入れる!ほら、貸しなさい」
僕の腕の中にいたタヌキを無理やり引き剥がして、姉さんは風呂場へと向かった。あーぁ、タヌキから悲鳴のような叫びが聞こえてきたけど、あの状態の姉さんには誰にも止められない。それは、家族の僕が一番分かっていること。
「ほーら、暴れないの」
「キューキューキュー!!!」
(おい、どこに連れて行くっ!離せっ!くそっ、抜けられねぇ!)
姉さんには聞こえないけど、そのタヌキ口悪いな。僕が見た感じだとタヌキの方は元気の様に見えた、でもまだ力が戻っていないのか弱々しくも見える。
これからどうしよう、保護したのは良いけど、食べ物とかあげてもいいのかな?普通のタヌキならともかく、今、家にいるタヌキは化けタヌキだからな。こういうのに詳しそうな人って宮川さんだよね。
「相談してみるか」
姉さんとタヌキが風呂に入っている間に僕は宮川さんに相談としてメールを送った。その返信には
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【委員長へ】
委員長は優しいね。
化けタヌキなら、普通の動物と変わらずに
食べ物とかあげても大丈夫
人の姿からタヌキに戻ったところを見たんだよね。それなら多分、妖力切れで倒れた可能性があるかも
だったら、少し寝かせるか休ませるかで妖力を回復させれば問題ないよ
それじゃぁ、おやすみなさい
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との、返信が帰ってきた。それにしても宮川さんは詳しいな。今度、お礼を言わないと。そうか、食べ物は何でも良いんだね、僕は冷蔵庫の中を見たが、まともな食べ物は無かった。というか、冷蔵庫の中身は空っぽ。あっ、奥の方にまともな食べ物があった。
「魚肉ソーセージはありかな?」
* * *
「委員長!見てよ、このふさふさ感、凄くない」
風呂上がりの姉さんが僕に突き付けてきたのは、ドライヤーで乾かされた、毛が綿あめみたいに、ふわっふわになった、タヌキだった。当の本人は顔色が悪い、やっぱり宮川さんの言う通り妖力切れなのかな?
「委員長、はいカメラ」
「何するの?」
「何言ってんの?カメラと言えば写真でしょ。それ以外に何があるのよ」
「記念撮影とか」
「違ーう。タヌキと一緒に写真撮ってブログに載せるの」
姉さんは僕からタヌキを奪い、代わりに携帯のカメラを渡させた。仕方が無いので姉さんのわがままに付き合うか。パシャパシャ
「うわー!本当っ、もっふもふ。超可愛い!」
「キュー」
(もふもふするな。もう、やめてくれ)
「ほら、姉さん。タヌキが嫌がってるじゃないか。それにもうこんな時間、早く寝ないと肌が悪くなるよ」
「嫌だ、今日はこのタヌキと一緒に寝るもん」
「ギューギュー!」
(頼む!助けてくれ)
暴れるタヌキを姉さんは無理やり腕の中に閉じ込めて離そうとしない。タヌキの悲痛な声が聞こえてくる。流石に可哀想だから助け舟を出すか。
「姉さん、明日の仕事は早いだろ。ほら遅れないように今から寝る。それじゃぁ、おやすみ」
僕は姉さんの腕の中にいたタヌキを素早く抱え自分の部屋に籠った。
1階から姉さんの文句が聞こえるけど気にしない。
「助かった」
「ゴメンね、姉さんは可愛いものをみると、今みたいになるんだ」
「お前、俺の声が聞こえるのか?」
「そうだよ。ついでに、人間からタヌキに戻る瞬間も見たけど」
「お前もあれか、霊感があるとかそう言う奴か」
「うん」
それから、タヌキは自己紹介をした。タヌキの名前は『いぬがみ』と言うらしい。ついでに何であの時倒れた理由を聞いてみると、宮川さんが言ったように妖力切れだそうだ。人間の姿になるには、かなりの妖力が必要で、どうも昨日の夜からずっと人間の姿のままだったらしく、そのせいでタヌキに戻ってしまったとの事。
「一緒にあったカバンは、そこにあるし、一応スーツも洗っておいたから、多分、明日の朝には乾いていると思う」
「委員長、すまない」
「委員長?」
「さっき、お前の姉貴が、お前の事を委員長って言ってただろ?」
好きで委員長って呼ばれているわけじゃぁないけど、もういいや。この際だから委員長で通そう。
「呼び方は何でも良いよ」
「わかった」
「あっ、それとはい」
僕は冷蔵庫から持ってきた魚肉ソーセージと小さいパックに入った牛乳を差し出した。それを不思議そうに見つめるいぬがみ。
「これは?」
「魚肉ソーセージと牛乳、疲れているなら、まずは食べ物を食べないと力が出ないでしょ?」
「すまない」
なんだか、最近、母親みたいになってきたような気がする。いぬがみは短い手を器用に使って魚肉ソーセージを食べ始めた。声がハスキーボイスで口が悪かったから性別は男かな。それでも、食べている姿は可愛い。いや、これは決して変な意味じゃなくて、ただ小動物を見て可愛いと思う気持ちだから。
「あっ、牛乳もどうぞ」
「ありがとう」
またも、器用に前足を使ってストローを刺し牛乳を飲み始める。タヌキに紙パックの牛乳ってなかなか面白い絵だな。
「ぷはっ!」
「ははっ!」
「何笑ってんだ」
「あっ、ごめん。だって、タヌキがほっぺ膨らましながら牛乳飲むってさ、しかも可愛い顔なのにハスキーボイスって似合わなくない?」
「ちっ!だからこの姿は嫌なんだよ」
どうやら、いぬがみにとって、今のタヌキ姿はコンプレックスのようだ。それにしてもほっぺを膨らませながら牛乳を飲む姿は、いぬがみには悪いけど、吹き出すほど可愛かったな。
「だから、人間の姿になってたんだ」
「あぁ、その方が良いだろ」
「別に今の姿でも良いと思うよ、可愛いし」
「しばくぞ」
その姿で、しばくぞって言われても怖くはない。
「痛っ」
足を噛まれた。グルルルルと唸ってるけど、本当に絵に描いたような可愛いデフォルメのタヌキ姿だから、怖さは微塵にも思わない。
「はいはい、もう夜遅いから寝るよ」
時間は夜の10時を過ぎていたし、宮川さんも休ませた方が良いと教えてくれたから、僕はいぬがみを連れてベッドに入った。
「なんで、委員長と一緒に寝るんだよ!」
「ベッドは1つしかないし、もし、あれだったら姉さんの所で寝る?」
「断る!」
即答ですかい。あの人、風呂でいぬがみに何をしたんだろう。今、姉さんの名前を出したら凄く怯えたんだけど。
「それじゃぁ、おやすみ」
部屋の明かりを消して、いぬがみを抱えたまま僕は眠りについた。
* * *
朝、目を覚ますと、そこには、いぬがみはいなくて、机の上には日本語で書かれたメモが置いてあった。『昨日はすまなかった。この借りはいつか返す』短い文でしかも、綺麗な字。似合わねぇー。
リビングに行くと昨日干したスーツはなくなっていたり、長方形の古びたカバンも無くなっていたので、恐らく、いぬがみは居るべき場所に帰ったんだろう。
「さて、朝飯作るか」
そんなことを考えつつ、今日も一日が始まった。
いぬがみさんのタヌキ姿は誰にでも見られます。ただ声は、霊感ある人にしか届きません
普通の人には鳴き声にしか聞こえないです




