17・メリーコールで女子トーク
今日は金曜日、只今夜の11時です。当然鬼さんは飲みに行ってますよ。それと、いつも思うのですが、普段は部屋からでられないくせに何で金曜日の夜だけは外に出られるのか本当に不思議です。
それも、この玄関に飾ってある変な絵のせいなのかと思う。この玄関の絵は前の住人さんが買ってきた物だと大家さんから教えてもらいました。実は、鬼さんが出て行った後に、この変な絵を取り外してみたところ、裏にボロボロになったお札が1枚貼ってありました。
「これは……」
昔、知り合いのお坊さんのところで何度もお札は見たことがあります。確かこのお札は、その場所にいる幽霊や人外を閉じ込めるためのお札のはず。
ですが、なんですかこの出来の悪いお札はっ!
一応、私もお坊さんからお札の良し悪しを教えてもらった身、お札に関しては少し自信があるのです。まぁ、何ともお粗末な作りのお札ですね。
前の住人さんが住んでいたのは20前、この情報も大家さんからです。20前だから、ボロくなるのも無理はないのですが、それにしてもボロ過ぎ、もっとちゃんとしたお札なら軽く50年は新品のように綺麗なままのはず、どうしてこんな物を前の住人さんは買ったのかな?
と、考えるのはそこまでにしておいて、今日はレンタルしてきたホラー映画を見なくてはいけません。返す期限が明日までなんだよね。この前は鬼さんに妖気を当てられて邪魔されたから見れなかったけど、今は怖がりの鬼さんはいません!ですから鬼の居ぬ間になんとやら、ということで見てしまおう
DVDセット、再生ボタンポチッとな。その時、私の携帯から着信音が鳴りました。今は夜の11時だよ、こんな時間にかけてくる人っていたかな?しかも、画面に映っているのは私の知らない番号、とりあえずここは映画が見たいからスルーしましょ。
映画が始まってから5分、まだ着信音は鳴り響いています。いつになったら切れるのかな?いや、この感じだと私が出るまで鳴ってるパターンだよね。仕方が無い、出ますか。
「もしもし?」
『もしもし』
聞こえてきたのは、か細くてクリアボイスな女の人の声でした。でも、私はこの声を持つ人物に覚えがありません。じゃぁ、一体この声の人は誰?
「あの、どなた様ですか?」
『わたしメリー、今、あなたの学校にいるの』
電話はそこで切れてしまいました。というか、今電話越しにメリーって言わなかった?あっ、また着信音。
「はい」
『今、あなたの家に向かってる』
これはメリーさんの電話?確かメリーさんって、遠くからだんだん近づいて来て背後から驚かすあれですよね。あっ、また電話。
『今、八幡荘の入り口前』
「いや、来なくていいです。というか来ないで下さい、遠慮します」
『待ってて、今行くから』
昔から幽霊や妖怪と関わって来た私ですが、メリーさんは初めてです。うーん、これは確実に来るよね。当の本人は来る気満々だし。逃げるにも対策を考えなきゃいけないけど、思い付かないな。
「はい、もしもし」
『今、あなたの部屋の前』
「そうですか」
要は、背後から来るんですよね。だった、背後に空間をなくせばいいんだよ。私はベッドに座り背中を壁にくっ付けた。これなら大丈夫。
『もしもし、今、あなたの部屋の前』
「いつでも、どうぞ」
さて、今、私は背中を壁にくっ付けていますよ。ここから、メリーさんはどう動くかな?
『もしもし、今、あなたの』
「あなたの?」
『って!なんで壁に持たれているのよ!これじゃぁ、背後から襲えないじゃない!」
背後から襲うとか言っちゃってますよ。
「私、思うんですよね。背後から襲うって、とても卑怯ではないのですか?来るなら正面から来なさい」
電話はそこで切れて、代わりにドアがゆっくりと開く音が聞こえてきました。入って来たのは幼い顔立ちに白い肌の細い手足、胸あたりまである髪が毛先でゆるーくカールした、金髪碧眼の大人の女性が現れました。身長は、そうですね、170cmはありそうです。
「なんで、壁に持たれているのよ」
「だって、メリーさんは背後から来るんでしょ?だったら、最初から来れないようにすれば良いかなって」
「良いかなって、あなた、私のストレス発散の邪魔しないでよ」
ストレス?妖怪の類なのにストレスとかあるの。
「ストレス発散って、メリーさんにもストレスとかあるのですか?」
「当たり前よ、こうして毎晩電話をかけて人を驚かしてストレスを発散してるのに、あなたはそれの邪魔をした!」
「人を驚かしてまでストレスを発散するのはどうかと思いますけど」
「メリーさんの本分は背後から襲って驚かすことでしょ!私はその本分に乗っ取ってストレスを発散しているわけなの!」
つまり、メリーさんにはストレスがあって、
その解消方法はメリーさんの電話で人を驚かすこと、らしい。全く迷惑な話だ。
「他にストレスを発散する方法とかなかったのですか?例えば、他の仲間に相談するとか」
「無理だよ。友達の紫ババアは婚活で忙しいし、職場には話せる女の妖怪はいないし、相談出来る相手なんていないのっ!」
あわわわわ、ついに床に伏せて泣き出してしまいました。あー、もう本当はすぐに家を出て行って欲しいけど仕方が無い話を聞いてやりますか。
「愚痴なら聞いてあげますよ」
「えっ、本当」
「はい」
メリーさんを見ていたら昔の自分と少し被るところがありました。私も昔、幽霊や妖怪が見せることを誰にも話せなくて悩んでいた時期がありました。でもその時は知り合いのお坊さんがいたので話せましたが。今のメリーさんには誰も相談出来る相手がいない、それは辛いですよね。
「とりあえず、そこに座って下さい、今、お茶を用意します」
「うん」
・
・
・
・
話している内にメリーさんの素性が分かってきました。メリーさんは、妖怪界で最先端を誇る『いぬがみコーポレーション』という電子機器を扱う会社の一員らしいです。
そう言えば、むかしの知り合いのお坊さんか
ら、人間界と妖怪界があるって聞いたことあったな。
「先輩の小豆洗いがね、私は何もしていないのに話しかけただけで小豆を投げつけて来るのよ!本当っ信じらんない。あれ、地味に痛いんだから」
「うわぁ、それは、痛そうですね」
だの。
「職場には女は私一人しかいなくて、残業とか雑用が全部、私のところに回ってくるの」
とか。
「友達の紫ババアは濃い化粧して婚活だよ。その歳でその化粧気持ち悪いのって言いたいけど、でもそんな事言えないじゃない。それに、婚活に忙しいから私の話なんて聞いてくれないし、いざ話してみると私が聞き手になってるし」
とにかく話す話す。滝のように話されました。一方、私は適当に相槌を打つことはなく、ちゃんと聞いていましたよ。適当に返すのはメリーさんに失礼かと思ったし何気に愚痴を聞くのも悪くはないかもって思ったから。
「あの、話は変わりますが、なんで今日は私の部屋に来ようと思ったのです?別に他の人でストレスを発散してもいいのでは」
「電気が着いていたからよ。電気が着いている=誰かが起きている=電話に出てくれる、でしょ」
「寝てても電話に出ると思いますが」
「違うの、寝てたら絶対に電話しても起きてくれないの、これ実験済み」
DVDを見ようと部屋の明かりを付けていたのが仇となりましたか。
「それでね、聞いてよ」
「はいはい」
・
・
・
・
「ありがとう、おかげで少しはスッキリしたわ」
「それは何よりです」
「ねぇ、明日から毎日ここに来て話してもいい?」
「それはダメッ!」
突然、大声で話したのでメリーさんは驚いて目を丸くしていました。
別にメリーさんと話すのが嫌じゃなくて、メリーさんと話している姿を鬼さんに見られると、私が幽霊や妖怪が視える事がバレてしまいます。それが嫌なだけなんです。
「じゃぁ、せめて電話なら良い?通話料も使用料も掛からないし、ただ充電が減るだけなの!だからお願い、電話させて」
「電話なら良いです。でも、毎日はやめてください、出来れば金曜日、夜10時からなら、電話に出られます」
「分かったわ、毎週金曜日夜10時から電話掛けるわね」
そう言って、お互いに電話番号を携帯に登録しました。メリーさんが言うには、メリーさんが使っている携帯もいぬがみコーポレーションが作っているそうです。
いぬがみコーポレーション、いぬがみ?もしかして、鬼さんの飲み仲間のいぬがみさんと何か関係があるのかな?
「本当にありがとう」
「いえいえー」
「それじゃぁ、バイバーイ」
綺麗なクリアボイスを響かせて、メリーさんは明け方の外へと出て行きました。部屋に戻って時計を見ると朝の5時30分、眠いとにかく眠い。なんだが、ベッド入るのも面倒くさいな。もういっそのこと床で寝ちゃおう。あーぁ、結局DVD見れなかった。もったいない。
そんなことを思いつつ私は睡魔に負けて目を閉じましたが、その直後、部屋のドアが開いて、酔っ払った鬼さんが帰ってきました。
「萌香が倒れてるっ!」
大きな声、朝からうるさいな。
「萌香ー!死ぬなぁー!起きろー!」
どうやら、私が死にかけで倒れていると勘違いしているみたいで今、体を思いっきり揺さぶられています。脳震盪起こしそう、あーもう起きれば良いんでしょ、起きれば。
そうして、起き上がれば鬼さんは安堵した様子で一瞬にして床で寝てしまいました。
「タオルでも掛けておくか」
鬼さんにタオルを掛けた後、私はベッドに入って、夜をオールした分の睡眠時間を取り戻すかのように眠りにつきました。
【メリーさん】
・幼い顔立ち
・でも、萌香よりも年上
・身長170cm
・金髪碧眼
・胸まである髪は毛先でゆるーくカール
・いぬがみコーポレーションで働く
・ストレスが溜まると、メリーさんの電話で人を驚かしてストレス発散する
・昼でも夜でも人の目に見えます




