146・鬼の隠し子
1月下旬のとある金曜日の夜。
我楽多屋のバイトを終えて帰ってきた私はいつも通り鬼さんが帰って来るまで学校で習った授業の復習をした後、夕飯作りに取り掛かっていると玄関が開く音と鬼さんの声が聞こえてきました。
「ただいま」
「たーま」
ん?今、鬼さんの声ともう一人誰かの声が聞こえました。しかも、声が高いし子供の声みたい。不思議に思って部屋のドアを開けるとそこにはスーツ姿の鬼さんが玄関で小さな男の子を片手で抱え、もう片方の手で仕事用のカバンと大きな布の袋を持って靴を脱いでいたのです。
「鬼さんに隠し子がいたのね」
「ちょっ、違うから。ちゃんと理由があるからまずは話を聞いてくれ」
「ふふっ、冗談だよ」
まるで、浮気した旦那を問い詰める嫁みたい。でも、今はそうじゃなくてこの男の子について聞いてみました。もちろん、小さな男の子がいるので玄関で話し込むんじゃなく暖かい部屋で聞きますよ。
「この子はゆうき君」
部屋に入り猫型座布団の上に降ろされた男の子の名前はゆうき君。身長は私の太ももあたりくらいでふくらはぎから下が幽霊のように透けている。それに、黒い前髪が長く伸びていて目が見えない。それでも私は膝を曲げてゆうき君と目を合わしながら名前を言いました。
「私は萌香」
鬼さんから事情を聞くと、どうやらゆうき君は鬼さんが働いている部署ではなく他の部署にいる赤鬼さんの3歳児の息子さん。そんなの子がどうしてここにいるのかと言うと、実は今日の夕方、突然、赤鬼さんから今晩だけゆうき君を預かってて欲しいと頼まれたのです。
深く理由を聞くと、どうやらシングルファザーの赤鬼さんは仕事中に高熱を出して風邪をひいてしまい、このまま息子のゆうき君と一緒に暮らすと風邪が移る可能があると考え、同族で仲のいい鬼さんにゆうき君を預かってと頼んだとのこと。
「妖怪も熱を出すんだね」
「まぁな」
「えっ、赤鬼さん今晩で治るのかな?」
「妖だから治るのは早い。一晩さえあれば問題なしだよ」
私と鬼さんを交互に見ながら話を聞くゆうき君の姿は小動物みたいで可愛かった。それにしても、前髪がうっとおしくないのかな?疑問に思った私はポケットに入っていたゴムとヘアピンを使ってゆうき君の前髪をあげました。つまり、今のゆうき君はデコだし状態。
「あっ、ツノがある」
ゆうき君の目は夕焼け色の綺麗なオレンジで頭のてっぺん辺りに髪に隠れて2本のツノが生えていました。鬼さんの話を聞いていた時からゆうき君は鬼だと思っていたけどツノがなかなか見つからなかったから違うのかなって少し迷っていたんだよね。
「名前の由来は幽霊みたいに脚が透けている鬼だから、幽霊の鬼って言うことで幽鬼」
「なるほど!随分と仲良しだね。前から知り合いだったの?」
「いや今日、初めて顔を合わせたよな?」
「うん」
こくんっと首を縦に振るゆうき君。とってもかわいい、もうかわいいって言う言葉しか出てこない。他にこのかわいさを表す言葉があったら誰が教えて!
「よろしくね」
頭をなでなでしながら言うとゆうき君は花が咲いたように笑ってくれて、それはそれはもう癒されます。その笑顔に思わず私はゆうき君のほっぺをふにふにと突いてしまいました。はっ!これは他所からみれば私ショタコンに見えてしまうのか。いや、違う私はただ小さい子供が好きなだけなんだ。だから、ショタコンではないはずっ!
「もえか」
立ち上がった私にゆうき君は上目遣いで名前を呼んでくれた。綺麗なオレンジ色の瞳で上目遣い…くぅ、なんと言う破壊力!上目遣い恐るべし。
「ゆうき君!好きな食べ物は何?お姉ちゃん作っちゃうよ!」
「萌香、甘過ぎるよ」
私は鬼さんのツッコミは無視してゆうき君を抱き上げながら質問しました。大丈夫、甘過ぎではないよ。私は昔、知り合いのお坊さんの寺でたくさんの子供の妖怪たちと接してきたから、慣れてるって言う言葉はおかしいけど、小さい子と接するのは大好き!
そして、ゆうき君は少し悩んでから天使の笑顔で答えたのは。
「オムライス」
「了解っ!」
炊飯器にはご飯があるし卵もあるからオムライスの材料に困ることはない。よしっ!ゆうき君の天使スマイルが見れたことだしお姉ちゃんいつも以上にはりきってオムライスを作るぞ、おー!
「ぼくもやる」
「いやいやっ!ゆうき君は鬼さんと遊んでて良いんだよ?」
「だめ?」
料理をするため、ゆうき君を床におろしたら、また上目遣いが炸裂。当然、私の答えは決まっています。
「いいよ!お姉ちゃんと一緒に作ろうね。じゃぁまずは手を洗おっか」
「うん!」
確か洗面台に私が高いところにある物を取るようの子供用の踏み台があったはず。ゆうき君の身長でもそれを使えば料理が出来る。鬼さんと一緒に料理はしたことあるけどゆうき君みたいに小さな子と一緒に料理するのは初めてだ。怪我させないように気をつけなくちゃいけないね。
「えーと、オレはどうすれば?」
あっ、ゆうき君ばかりに目が行っていたから、つい鬼さんのことを放ったらかしにしてしまいました。そうだね、とりあえず今は。
「鬼さんはお風呂を沸かして。それから、あとはその大きな布の袋をなんとかして」
鬼さんに指示したあと、私は手を洗ったゆうき君と一緒にまずはオムライスのご飯作りから始めました。
* * *
鬼さんが持っていた大きな布の袋はゆうき君の着替えなどが入った袋でした。そして今、夕飯を作り終えた私とゆうき君は鬼さんと共に簡易テーブルにお皿やお箸を並べて食べる用意をしています。
もちろん、鬼さんも料理を手伝ってくれようとしたのですが卵を割った瞬間、ボールに殻がたくさん入ったのを見てしまった私は鬼さんのご好意をやんわりと断って料理以外の別の事をしてもらいました。
「それではいただきます」
ゆうき君はお父さんと一緒に料理をするらしく3歳児にして包丁の使い方が上手でした。それを見た鬼さんはショックで倒れたのは言うまでもない。
「美味いな」
「良かったね、鬼さん褒めてくれたよ」
「えへへへ」
ずっきゅーん!天使スマイルかわいいっ!今なら私、この世に未練なく逝けます。なんて、そんな冗談を考えているとゆうき君がスプーンで自分のオムライスを掬って私の口元へと近づけてきました。まさか、これは。
「はい、あーん」
「あーん」
パクリ、うぅ。涙が出るほど美味しいです。それに、天使スマイルだけじゃなくてこの優しい心。なんでゆうき君は鬼なんだろう?もう、天使で良いよね。いや、確実に天使だよ。
「ゆうき君、あーん」
私もゆうき君の真似をしてゆうき君に同じことをしました。その様子をじと目で見ていた鬼さんが口をもごもごとさせながら何かを言っています。
「ゆうきずるい。萌香、オレにもあーんして」
「鬼さんは子供じゃないでしょ?」
「でしょ?」
「ねー!」
「ねー!」
一緒に料理をしたためかもう既にゆうき君と私の息はピッタリです。それに鬼さん、何を子供相手に嫉妬して拗ねているのですか?
「萌香、冷たい」
「だって鬼さんならいつでもあーんが出来るし」
今のセリフ、少し言うのが恥ずかしかったけど後悔はしていない。あらら、自分で言っておいてだんだん顔が熱くなってきたよ。鬼さんから視線を外して口元を握った袖で押さえれば。
「萌香、もう一度言って!今の録音して着信音にしたいからっ!」
「アホかー!」
嫌だ、絶対に言いたくない。しかも着信ですって!やめて、そんな恥ずかしいことしないでよ!あーもう。さっきは後悔していないとか思ったけど今、すっごく後悔している。
「もえか、あつあつ」
「ゆ、ゆうき君!」
ゆうき君までニヤニヤしちゃってもう。かわいい顔をして意外とそう言うところがあるんだね。私、びっくりしたよ。
「もう、2人ともニヤニヤしないでっ!」
私の叫びは部屋中に響きました。




