145・鬼とタヌキとカッパと人間の飲み会⑦
ここは、妖怪界にある人ならざる者が集うネオン街の片隅。つまり幽霊や妖怪たちがわんさかいる歓楽街、そこにある『遊楽亭』という居酒屋で、いぬがみコーポレーションと言う会社の創始者である今は厳つい人間に化けたいぬがみさんと話し方が体育会系のカッパさんと前髪で隠れるほど小さなツノを額に持った鬼さんと私は仲良くカウンターで飲み会をしていました。
「まさか、嫁さんにそんな事があったなんて驚きッス」
右から順にいぬがみさん、カッパさん、鬼さん、私と言う順番でカウンターに並び、それぞれ頼んだ飲み物を目の前にしながら談笑中。そして、この場でようやく私はいぬがみさんにお礼が言えたのです。
一方、私の話を聞いたいぬがみさんは唖然としていました。そりゃそうだよね。もし私が反対の立場だったら絶対に驚き過ぎて何も言えない、まさに今のいぬがみさん状態と同じ状況になっているよ。
「まぁ、間に合って良かったものの」
いぬがみさんはため息をついて杯に注いだ日本酒を一気に飲み干しました。私も口を潤すためジョッキに注がれたオレンジジュースを少しずつ飲みます。と、ここで私が頼んだミートソースのスパゲッティが目の前に出されました。
来る度に思うんだけどこの居酒屋って凄いよね。居酒屋って言うと焼き鳥とか枝豆はもちろんのこと酒のつまみになるような品しか出ない所だと思っていたけどこの居酒屋は他の所とは違って和洋中仏など様々なジャンルの品がある。と言うかメニューにない品でも頼めばあっと言う間に作ってくれる。もう、居酒屋じゃなくて何でも屋で良いんじゃないかな?
「ちょっと聞いて下さいッスよぉ〜」
「えっ、いつの間に!」
カッパさんに左隣から突然話しかけられた。でも、おかしいな。さっきまで私の右2つ隣の席に座っていたはずなんだけど。それが、いつの間にか空いていた私の左隣に座って腕や腰にカッパさんの短い腕が回ってきた。よく見るまでもないけれどカッパさんの顔色は飲み会が始まったばかりだと言うのに、もう既に朱色になっていて確実に酔っていることが分かる。
「嫁さんの腰細いッスね〜。ちゃんと食べてるんッスかぁ?あっ、逆にソウキさんに食べられているんッスねぇ」
「なっ、ちょっとカッパさんっ!」
「おいっカッパ!酔っているからって萌香に絡むな」
これが世に言う絡み酒と言うやつか。鬼さんがお酒を飲んでこうなる方じゃなくて良かった。正直、うっとおしいことこの上ない。それにカッパさんの座っていた場所には小さなグラスに入った梅の果実とお酒が半分しか減っていなかった。
「お前、酔うの早いな」
いぬがみさんの独り言を聞きながら、とりあえずここはカッパさんに手を出そうとしていた鬼さんを片手で制し、カッパさんの首根っこを無理矢理掴んでそこら辺の床にポイっとな。その時、語尾にハートマークが付くような甘ったるく気持ち悪い声で『っぁん♡』と、カッパさんから聞こえたのは気のせいだ。絶対に気のせいだよね⁉︎
「平常心、平常心、平常心」
そうだ、これはきっと空耳だ。嫌だなぁもう私ったら。疲れているからこんな変な声が聞こえちゃったんだよ。と目の前のことから目を背けているとカッパさんが話しかけてもいないのに勝手に話し出しました。
「嫁さん〜ワシまたフられたッス」
「そうですか」
カッパさんの口から出てきたのは妖怪の彼女が出来ないとかフられたとか女関係の愚痴。渋々、話を聞くとどうやらカッパさんは最近、彼女作りに勤しんでいるようです。
「出会ってすぐに告白とかないだろ?」
そう、カッパさんは気になった女の妖怪を見つけると見境なしにすぐ飛びつき、恋愛の段階も踏まず告白してフられると言うオチを何回も繰り返してきたらしい。いや、別に勢いがあるのは良いんだけどせめて段階は踏もうよ、段階は。
「この世は全て顔なんッスよ!そう、イケメンが勝つんッスよ!正義はイケメンなんッスか!なんなんッスか?差別ッスこれは妖差別ッスよ!」
「「「それはない」」」
まるでおもちゃを買ってもらえない子供のようにジタバタしながら駄々をこねるカッパさんを私たち3人はカッパさんを見ずに答えました。
「顔で全部決まるわけじゃねぇだろ」
「大事なのは歪んだ性格じゃなくて大きな器じゃないかな」
「カッパさん、他の方を妬まないで下さいね」
私たちの反応の薄さに気づいたカッパさんはよろよろとした足取りで元の自分の席へと戻りました。そして、机の中に突っ伏して唸っています。
「もし、それでも気になるなら妖力使って化けてみろよ。お前、出来るだろ?」
「そりゃ、妖力ある者全員出来るッスけど」
「それで、色々な奴に声をかければ良いんじゃねぇか」
化けて他の奴に声をかける。そうだ、それだよ!私はいぬがみさんが言った言葉でこの前から胸の奥で引っかかっていた事がようやく分かりました。
私の寿命を取った黒鬼こと西園寺先輩は妖なのにも関わらず霊感とか無い視えない人にも視えていた。それは鬼から人間に変化していたから。と言うことは変化すれば視えない人にも視えるようになると言うことだよね。
その事を鬼さんたちに分かりやすく説明するといぬがみさんはふと何かを思い出したように昔の出来事を口にします。
「そういや俺も昔、人に化けて町へ出たら客引きに声をかけられたな」
ほら、化ければ何とかなるんだよ。でも、妖力の使い方なら妖怪のいぬがみさんや鬼さんたちの方が詳しいのに何で今まで気づかなかったんだろう?もしかして、ここに来て昔の鬼さんの名残である大事な所で鈍感で妙なところで鋭い勘が再発したのかな。いや、流石にそれはないか。
「化ける!その方法があったのか!」
「知らなかったの?」
「あぁ。妖力は今まで物を動かしたりするくらいしか使ったことがなくて」
そうだよね。私がまだ鬼さんに視えていると打ち明ける前、よく鬼さんは部屋の電気をつけたり消したり、妖力を使って冷たい空気を流したりとどうでも良いことに使ってばかりだった。って、やっぱりここに来て昔の鬼さんの名残が出たよ。
「俺も当たり前過ぎて忘れてた」
「いぬがみさんまで」
さしずめ灯台下暗しと言うことか。
でも、これなら。鬼さんを見上げるとどうやら同じことを考えていたらしく先に言われてしまいました。
「萌香のお父さんにも挨拶出来る」
「そうだね」
「あっ、でも出身とか戸籍とかどうすれば良いんだ⁉︎結婚する時、戸籍っているだろ?」
結婚の話、まだ考えていたんだ。嬉しいけど確かに婚姻届するのにいるよね?私と鬼さんが悩んでいるとその悩みを蹴り飛ばすようにいぬがみさんがとある情報を教えてくれました。
「それなら問題ねぇよ。そう言うことならこっちがなんとかするから」
「「どう言うこと?」」
いぬがみさん曰く、どうやら最近また新しく事業を始めたらしい。うーん、事業と言うかなんと言うか。簡単にまとめると化けた妖怪が人間界で戸籍を取れるようにする事業の事。そんな事があり得るのかと聞いたらあり得るのだそうです。
「お前と同じ視える奴に協力してもらっているからな」
「いぬがみさん、コミュ能力高い」
何がともあれ、これでとりあえず一安心だよね。何がと言われればこれで私も普通にお父さんに鬼さんのことが紹介できる。
「鬼さん。じゃぁ早速、変化してみてよ」
「もうしたよ」
「えっ、したの?」
いつの間にしたんだろう。変化したと言う割には見た目は全然変わっていない、服も肌の色も瞳と髪の色も。あっ、でも唯一変わったのは額にあった小さなツノが無くなっていることだ!
「変化小さいね」
「本当だな」
2人でくすくす笑っていると今まで黙っていたカッパさんが急に立ち上がりワシもやるッスとか言い出して水掻きのある手を忍者が印を結ぶような形にすると大きな白い煙を出して変化しました。
「ごほっごほっ」
「うわっ煙だすなよ」
「鬼さんとは違う」
煙が晴れてようやく出てきたのは椅子に座る人間姿のカッパさん。その容姿は草原のような色の肩甲骨あたりまであるさらさらストレートの髪にこれまた爛々と輝く同じ色の瞳でタレ目。顔はどこか幼さを残した感じで身長は高く、華奢な体つき。しかも胸が大きく膨らんでいた。あれ、この容姿、誰かに似てるような気がする。
「お前、女だったのか!」
「知らなかった」
「そうなんだ」
「違うッスよ。これは嫁さんをイメージして変化してみたッスからワシの性別は男ッス」
つまり、男の娘と言うやつか。なるほど、誰かに似てると思ったら私をイメージしたからなんだ。それにしても、服も可愛いから本気で女の子と間違えちゃったよ。
「ほら、嫁さんと少し違うッスよね」
「どこがだ?」
「こことか」
妖艶に微笑み、指をさしたのはたわわに揺れる自分の胸と身長。つまり、このアホガッパ、私には胸が無いくて身長が低いと遠回しにおっしゃっているようですね!
「カッパさんなんて灼熱の太陽で干してやる!それで、水分飛んで干からびちゃえ!」
口からでまかせにカッパさんに暴言を吐きました。これくらい言わないと気が済まない、身長もつるぺたも気になっていたのに。すると、私の話を聞いたカッパさんから身の毛がよだつような答えが返ってきました。
「そんなの…ご褒美じゃなぃッスかぁ」
髪の毛を弄りながらもじもじ動く体、ほんのりと染まった赤い頬、期待に満ちた薄緑の瞳。そして、今のアウトな発言にあの肝が座っているいぬがみさんでさえ頬を引きつらせていた。
あの、まさかのカッパさん、本気でそちらの道に目が覚めてしまったのでしょうか?じゃぁさっきの床に投げ捨てた時のあの気持ち悪い声も幻聴じゃなくて本音。そう考えると思わず私は鬼さんの腕にしがみついていました。
「大丈夫、何があっても守るから」
「ありがとう」
「あっ、私の嫁さんといちゃこらするなッス」
「ひっ!」
「やめろこの、ドMガッパ!」
「違うッスよ!ワシは健全な普通のカッパッス!」
「どこがだよ」
「おいおい、お前ら落ち着けな?別に俺はお前がドMでも友人は続けるからさ」
いぬがみさん、そう言っているのにカッパさんから6つ離れた席に座っているのはなぜですか?それってやっぱり引いてるよね。
「いぬがみさん酷いッス〜」
「く、来るな」
あららら〜。
いぬがみさん、口で言っているけど体は正直ですね。かく言う私もまだ鬼さんの腕にしがみついているのですが。
でも、こんな楽しい雰囲気、良いよね。そう思いながら私は嫌がるいぬがみさんに迫るカッパさんを鬼さんと共に見つめていました。




