143・喧嘩しても本心は
今回は『21・泥の悲劇』
に出てきた泥田坊が出てきます。
どうやら、私が我楽多屋で倒れた後、蓮さんが病院に連れて行ってくれたのです。そして、私が目を覚ましてしばらく経った頃、主治医から自分がどうして倒れたのかと言う理由を聞いて無事何事もなく退院しました。
ちなみに私が倒れた原因は虚血性心疾、難しいから簡単に言うと心臓に十分、血が行き渡っていない状態で突然死の原因となりうる病の1つだとか。
それが、大体次の日の朝くらいの出来事で、蓮さんやククリちゃん、鬼さんに全部話したのはその日の学校が終わり、我楽多屋でバイトしている時。
えぇ、ちゃんと話しましたよ。今まで言わなかった理由も昔、黒鬼と何があったのかも全部。そして、謝りもした。それに蓮さんからの情報によると私が倒れたその日、タイミング良く、私を襲った黒鬼はどうやらいぬがみさんによって捕まったらしい。
そして、捕まえた後すぐに黒鬼から今まで人から奪って来た寿命を取り出す儀式が行われたお陰で私は今こうしてここにいると教えてもらった。だから、後日、日を改めていぬがみさんにも自分の事情を話してお礼をしようと決めた。
それから1週間経った今、1月の下旬。
全てを話した日から鬼さんは一切口を利いてくれません。
「はぁ、怒らせちゃった」
鬼さんが怒るのも分かる。だって命に関わる事を言わなかった私が悪いんだから。でもさ、怒るなら全てを話した時に蓮さんから言われた優しくて厳しい言葉の方が良かった。静かに怒っている鬼さん、本音を言ってめちゃくちゃ怖い。今までの何よりも怖い。なんと言うか背筋が凍るそんな感じ。やっぱり普段、怒らない事もあってか余計に怖いんだ。
「はぁ」
怒られることは覚悟していたけど、まさかこんな風だとは思わなくて。ご飯食べる時も無言だし、帰って来てもただいまも何もない。それが、現在進行形で1週間も続いているんだよ!正直、今胃が痛い。キリリリリっとあーもう私は今度、胃潰瘍か何かで寝込んじゃうのかな?
「あぁぁあ〜」
「萌香どうした?」
「大丈夫?」
現在、授業と授業の間の休み時間、私の席の周りにはいつものメンバーがいます。左からあやのちゃん、ゆいちゃん、めいちゃん、ほのかちゃん。心配してくれる4人に私は詳しくは言えないけれど鬼さんと今、仲がすこぶる悪いと伝えました。
「喧嘩?もえちゃんにそんなイメージが全くないから信じられない」
「一体なんで喧嘩したんだよ」
「いや、これは完全に私が悪い」
「浮気か?」
私は短く簡単に上手くまとめられたかどうか不安だったけど言います。すると、4人の表情は次第に曇って行き、最後には声が揃いに揃って同じことを言われました。
「「「「それは萌香 (ちゃん)が悪い」」」」
「重々、承知しております」
誠心誠意に謝った。許してとは言わない。でも、それでも。近くにいるのに遠いこの距離感、話せるのに話せない状態。すごく辛いです。きっとこれは、私が言わなかった罰なんだろうな。
* * *
事件があってからも我楽多屋のバイトはいつも通りにやります。鬼さんとは違い蓮さんとククリちゃんとは今までと同じように普通に話せる。そう、話せるのに。
「あっ、もうバイトが終わる時間かぁ」
ここ最近、家に帰る時間になると憂鬱です。家に帰っても鬼さんとは喋れない静かな時間があると考えるとどうしても帰る足が重くなり八幡荘の203号室への道のりが長く感じる。
「まだソウキ君とは仲が良くなってないのかい?」
「はい。でも悪いのは私です」
死んだ魚の目で蓮さんと会話をして重い足取りで我楽多屋を後にしました。ふと、月明かりが綺麗な夜空を見上げると私を励ましてくれているかよように星々が爛々と輝いていた。こう見えるのは私が病んでいるからかな。
「帰りたくない」
一人で夜道を歩いていると思わずそんな言葉が出てしまう。あぁ、本当に家に帰っても一切口を利いてくれなくて辛いんだよ。だからか、どうやら私は無意識のうちに家から遠い周りが田んぼと畑と泥田しかない場所に辿り着いていました。
「あれっ、でもここ前に」
私、確か去年の夏休みにここに来たことがある!辺りにある泥田をよく見ると微かに泥が自分で勝手に動いていました。そう、ここは私が住処を無くした泥田坊を連れてきた新しい住居です。
「お久しぶりです」
泥田に近づいて道の脇にしゃがむと泥田坊に話しかけました。すると、泥田はやがてむくむくと人型?まぁ、最初にであった頃の姿になり私の目の前に1人だけ現れた。前にであった時は大勢だったけど多分、今は夜だから他の泥田坊は寝ているんだと思う。
「…こ」
「うん、こんばんは」
笑顔で答えると泥田坊の特徴的な片目が大きく見開いて3本しかない指の手がゆっくりと私に差し出されました。これは、握手しようか、と誘っているご様子ですね。だから、私はその泥の手を握りました。
「げ……んき?」
「うーん、そうでもないかも」
突然、世間話が始まります。この自然な流れの会話に思わず私は色々、話してしまいました。それに、泥田坊が静かに聞いてくれることもあってか私の口はどんどん軽くなり最終的には愚痴を吐いていました。はぁ、私は酔った親父か。
「か……れ…し……けん…か」
「そうだね」
どれくらい時間が経ったのか分からないけれど、実はまだたくさん話したいことがあるしここにいたい。やっぱりまだここにいたいと思うのは家に帰りたくないと言う気持ちが強いからかな。
「だ…いじょう……ぶ。なかな…おり……できる」
眉を下げてため息をつくと泥田坊の手が私の頭を撫でて励ましてくれた。顔は夜のせいか暗くてよく見えないけれど口元が弧を描いているから泥田坊なりに笑ってくれているんだろうね。
「ありがとう」
今、私はあの時、泥田坊を助けていて良かったと思っています。そうじゃなければ今こうして出会うことができなかった。そんな風に思いながら泥田坊に対して微笑んでいると急に私の体が誰かによって後ろに引き上げられました。
「うわっ!」
背中が何かにぶつかる。それに私のお腹に回された腕。誰かと思い見上げると、噂をすれば影!なんとそこには今、絶賛喧嘩中の鬼さんがいたのです。しかも、眉間にシワを寄せて泥田坊を睨みつけていました。
「萌香に手を出すな!」
頭に疑問符を浮かべて困る泥田坊。ん?もしかして鬼さん、何か勘違いしていない?私は急いで鬼さんの腕の中から抜け出すと泥田坊の前に両手を大きく広げて立ちはだかります。
「鬼さん違う!泥田坊は悪い奴じゃない!さっきまで私の話を聞いてくれた良い子なんだよ!」
「えっ違うの⁉︎」
子供でも分かりやすいようにまとめた私と泥田坊の出会いを聞いた鬼さんは目を丸くさせて固まっています。と言うか、普通に話しているよね。あれっ?鬼さん口を利いてくれないはずじゃなかったけ?
「分かったから、もう帰るよ」
「えっ、ちょっとまだここにいたいんだけど!」
問答無用で私は泥田坊から離されずるずると引きずられるように帰り道を歩く。去り際、なぜか泥田坊の口がうっすらとつり上がっていたのはなんでだろう?うーん、また後日、泥田坊に手土産を持って会いに行こう。でも、泥田坊って何が好みなのかな?やっぱり泥とか。
「あの、鬼さん。逃げないので腕を離して頂けませんか?」
安定の無視かよ。仕方なく腕を引かれこのまま鬼さんの半歩後ろを歩いていること数分、いまだに私たちは無言です。なんだか鬼さんが死神みたいに見えて来たのは気のせいかな。無言だし怖いし、やっぱり死神だよ。
「萌香、帰ってこないから」
「へっ!」
いきなり話しかけてくれたから驚いて変な声出た。
えーと、これは話してもいいのかな?顔色を伺おうと少し覗いたら鬼さんの顔は薄く赤色に染まっていました。この色はよく走った後に出る感じの色だ。もしかして、私を捜していたの⁉︎
「来てみればなんか変な者に襲われてるし」
だから、襲われてないって。でも、あの様子を他所からみれば、私が襲われているようにも見えるよね。勘違いするのは仕方がないけれどさ。
「〜っ!何か言ってよ!」
立ち止まり、振り返った鬼さんに私は断固拒否します。何それ?鬼さんだって今まで散々、私のことをスルーしてきたでしょ。もちろん原因は私にもあるけど。でも、自分の時だけは話せとか都合良くないですか?だから、私は子供のような抵抗で無言を貫いて顔を背けました。
すると、顎に手をかけられて無理矢理、正面を向かされる。そして、鬼さんの顔が近くにあって唇に柔らかいものが押し当てられた。でも、今回違うのはいつもなら触れるだけの軽いキスなのに今は私の唇割って鬼さんの舌が侵入してきた濃いやつ。
えぇ、もちろんこんなのは初めてだし逃げようにもいつの間にか後頭部と背中に腕や手が回されていて動けない。と言うか逃げれない。
「…ふぁ」
体が痺れるようにむず痒くて息もできないほど苦しくて頭はくらくらくらするし鬼さんの舌が動く度に体が反応してしまう。そんな事がしばらく続いた後、ようやく私は解放されました。それでも、まだ私の頭は正常に運転していない。
「…バカ」
出てきた単語はそれだけ。でも、言いたいことは山のようにあります。だから、私は脳をフル回転させここぞとばかりに言いました。
「なんで、自分の時だけは話せとか、今まで私が話しかけても反応しなかったくせにずるいよ!そりゃまぁ私が悪いんだけど、それに!話さないからってキスするとかっ!バカだよ!本当にバっんぅ!」
またも鬼さんの唇で私の唇が軽く塞がれる。そして、すぐに離されると今度は鬼さんが私の間をしっかりと見据えて話し始めました。
「萌香が言わなかったからオレも話さないって維持張ってた部分がある。ごめんな」
「別に悪いのは私だし」
「だから、今度こそ隠し事は無しにしよう」
「うん」
これは、仲直りしたってことだよね。そう思うと目から涙が溢れてきた。潤んだ視界の中で鬼さんが笑っているように見える。そして、私たちは月明かりの綺麗な夜道を足並み揃えて帰りました。




