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141・決着 ~いぬがみ~

今回のお話は大体9000字と長い

これは昔の話。

時は大体、江戸時代の半ば、桜が咲く季節ってところか。その頃の俺はとある人里の森の中で他の妖と日がな一日、囲碁や将棋、まだ幼いガキの妖の面倒を見ていた。そして、その日は同じタヌキ仲間と一緒に桜の木の下で将棋を指していたのを覚えている。


「うわ、いぬがみ鬼だよ!そこに銀閣かぁ」

「さぁ、どうする?」


タヌキ姿のまま将棋を指す2匹の妖。もし、人間がこの様子を見れば必ず腰を抜かすだろうなと考えていると突然、将棋盤に人影がさす。俺は左上を見上げると、そこにいたのは額に小さな角を生やした鬼だった。


「僕だったら次の一手はここに指すけどなぁ」


当時、鬼と言うのは人を喰らいそれどころか仲間の妖も食うとされるどちらからも恐れられた存在。そんな奴がなぜここにいると驚いた俺と仲間は有無を言わず、その場から脱兎の如く鬼とは反対の方向に飛び退くと全身の毛を逆立てながら対峙した。


「鬼が何のようだ?」

「えー、やめてよ。僕は別に君たちを襲いに来たわけじゃなくてただ単に旅の途中でここに立ち寄っただけなんだ」


鬼はひらひらと手を振って自分の身の潔白を促すが、俺たちはなかなか信じない。当たり前だよな。すると、そんな俺たちに見兼ねてか鬼は自分が持っていた木の棒に括り付けてある風呂敷の中身をその場で出し始めた。それも、楽しそうに。


「持ち物はこれだけだよ。ほら、服の裏にも隠してないでしょ?」


持ち物は水を入れるための竹筒と財布と酒瓶2つと食べ物らしき物が包まれた笹の葉、あとは酒を飲むための杯。それでも、まだ警戒する俺たちに鬼は勝手に自らを名乗る。


「僕は蒼鬼。自由に旅をしている青鬼さ」

「青鬼か…」

「そう。君、声は渋いのにふわふわもふもふでかわいいね」

「失せろ」


俺は一番かわいいって言われるのが嫌なんだよ!だから、俺はソウキに腹いせとして一発殴ってやった。咄嗟のことだったから逆ギレして襲いかかってくると思ったが、そうでもなかった。ソウキはただ、殴られた頭を押さえながら軽くごめんごめんと謝るだけ。


「タヌキなのに強いな。この山の大将なのかい?」

「ちげーよ」

「えー?そうなのー。あっ、そうだ!気を害したお詫びに地酒のあげるよ」


ソウキは風呂敷の中に入っていた地酒が入っているとおぼしき酒瓶と杯を3つ取り出してその場で勝手に酒盛りを始めた。これは、俺たちを酔わして後から食おうって考えなのかと、隣にいた仲間のタヌキと目配せして、一旦、ここから逃げるかどうするかと悩んでいると。ソウキが口を開く。


「だから、僕はそこら辺にいる野蛮な鬼と一緒にいないでくれよ」


こいつの第一印象はよく分からない鬼だ。突然、現れては将棋に口を出し、殴られたかと思えば詫びに地酒をと言う。まぁ、確かに今まで見てきた野蛮な鬼とは雰囲気も違うな。どこか、バカ臭を漂わすそんな鬼。だから、俺は意を決してこいつに付き合うことにした。襲われたらその時はその時だ。


「わかった」

「えっ、いぬがみさん!大丈夫なのか⁉︎」

「何かあったら叩き伏せるから大丈夫だ」

「うーん、いぬがみさんが言うなら」

「君の分も用意してあるよ〜」


ソウキから手渡された杯に一枚の桜の花弁が舞い落ちた。




* * *




それから、月日が経ち夏の暑い夜。俺とソウキの間柄はいつの間にか他人から友人に変わっていた。どうやら、本当にソウキは他の鬼とは違って人や妖を食おうとしない。それどころか反対に人間好きの変わり者だった。


「いぬがみ久しぶりー、遊びに来たよー!」


ソウキは基本、日本のあちこちを旅していてたまにこうやって、酒を持ってきては遊びに来る。満月の下、俺とソウキはいつものように山にある開けた場所で杯を交わす。


「やっぱり人は良いね。見てて飽きないよ」

「また、人間を見てきてのか」


遊びにくる度に人間の話をする。それを毎回、俺が聞くというのが恒例行事だ。人間は別に嫌いじゃないが、俺はタヌキだからな。一歩山から降りれば猟師にタヌキ鍋の材料にされる可能性があるから、滅多にと言うか何があっても人里へは降りない。


「あっ、つまみ忘れた」

「またかよ」


それと、ソウキと関わっていくうちにだんだんこいつの性格が分かってきた。こいつの性格は大事なところで抜けていて妙なところで鋭い。ついでに言うなら気まぐれな鬼。


「今日は果実酒なんだな」

「あぁ、実はな。太陽に焼かれて干からびていたカッパを助けたら、なんだかそいつと仲良くなって、これ貰ったんだ」

「カッパかぁ」

「今度、覚えていたらカッパもここに連れてくるよ」


杯に注がれた酒からはほのかにあんずの匂いが漂う。俺はあんず酒を飲みながらソウキの旅の話に聞き入っていた。そこでも、また出てくるのが人間の話。妻と子供に出て行かれた旦那がなんとか戻ってきてもらおうと奮闘する話や妖が視える男と女郎蜘蛛が恋する話を聞いているうちにだんだん俺もソウキに影響されてか人間に興味が湧いてきた。


「人間に生まれたかったなぁ」

「流石に今から人間には生まれ変われないだろう」

「だよね」


2人だと酒が減るのが早い、もう既にあんず酒が無くなっていた。だから俺は次の酒として妖怪界(むこうのせかい)から買ってきた酒をソウキの杯に注ぐ。


妖怪界(むこうのせかい)で買ってきた酒だ」

「むこうのせかいって?」

「むこうはむこうだろ?」

「遠い海の方?」

「おい、まさかだとは思うが」


説明すれば案の定、ソウキは妖怪界の事を知らなかった。俺は生まれは人間界だけど周りの奴らに教えて貰って妖怪界があることを知っている。ソウキはと言うと俺と同じで気が付いたら人間界にいて少しの間、周りの鬼と共に暮らし幼い頃からずっと一人で旅をしていたとのこと。


「僕、どうやって生まれたか知らないんだよね」

「俺もだ。気が付いたら化けタヌキで周りに仲間のタヌキがいて」

「でも、別にそんなことは良いや。僕は僕の好きなことをしているし」


俺もそれは思う。ソウキに今度一緒に妖怪界へ行くかと誘ったが、人間がいるかと聞かれいないと答えると、即答で行かないと答えた。そこまで人間好きなのには何か訳があるからか?気になって聞いてみるとなんてことない。


「視える人間に助けて貰ったとかそんなことはなくて、ただ単に好きなだけだよ」


犬や猫を見て可愛いと思うような感じなのか。そう言うとソウキから否定される。自分では上手く言えないのだがとにかく人間が好きらしいってな。


「よく分からんな」


酒を飲み話し合い、その場で寝落ちする。次の日、目を覚ますとソウキは忽然と姿を消していた。別に突然いなくなっても驚かない、きっとあいつはまた次の場所へと出掛けたんだろう。


「はぁ、人間の何が良いのか?」


起き上がった俺は昨日のことを思い出して考えた。前から少し人間には興味を持っていたことだし、これを機に人里へ行ってみるか。

あいつが何を見て人間を好きになったのかを知るために。




* * *




人里へ降りようにも途中で猟師に捕まりタヌキ鍋の材料に俺はなりなくない。そこで、山にいるタヌキのリーダー的な奴に相談してみた。


「そこら辺の人間を見て適当に化けてみれば?」


気だるそうに答えられたが良い案を貰った。そこら辺の人間と言えば俺の中で猟師しか思い付かない。それに、見た人間通りに化けたら、よそから見れば同じ人間が2人いるってことになり不信がられるから、化ける時は少し目をつり目にしたりと変化をつけて化けた。


「尻尾は出ていない。これでよし」


山道に迷った侍を参考に、少し変化を加えて化けた俺は人里へ降りる。そこで、目にしたのは人で溢れかえっている大通りと騒がしい人の声。


「うるさっ!」


大通りを歩けば妙な客引きに会い、食材店の前で立ち止まれば買わないのなら帰ってくれと怒鳴られ、ソウキが人間を好きになる理由が見つからなかった。それでも俺は好奇心からか日が暮れるまでずっと町の中にいたがそれでも、分からなかった。まぁ、一日で見つかるとは思えないし今日はここで帰るかと人通りの少ない道を選んで山へと戻ろうとした時。


「平助、このお犬さま怪我しとるけん。はよ、手当てしなあかん」

「分かった、家から何か持ってくる」


怪我した犬を助ける歳は15、6くらいの男女がいた。しばらくその様子を観察しているとなんとなくソウキの人間好きの理由が分かってきたような気がする。そう、まだ、なんとなくだから。


「明日も来るか」


その日から俺は毎日、人里へ降りては町の中を歩き変わりゆく人を見続けた。甘味処で働く女の子やネズミ小僧らしき男や狼藉者を捕まえる侍など。それに加え義理人情の世界に俺は少し憧れを持った。なるほどな、こう言うのが理由でソウキは人間好きになったのか。


一度はまってしまった事からなかなか抜け出せれずに俺は気が付けば毎日、人間に化けて町に出かけた。人と関わる俺をタヌキのリーダー的な存在の奴は毛嫌いなんてしなかった、むしろうまい酒とつまみがあれば買ってこいと俺をパシリする日もあったくらい。


「よっ!」


そんなある秋の夜。町から自分の家に戻っている最中に木の上から誰かに声を掛けられた。見上げるとそこにいたのは旅から戻ってきた人間好きのソウキが木の枝に座って俺を見下ろしている。


「3ヶ月ぶりか、いつもなら1ヶ月おきに来るのに遅かったな。なんだ、良い奴と出会えたのか?」

「いやー、そうじゃ無いんだよね」


ソウキは木の上から飛び降りると俺の目の前に着地する。それから、いつもの山にある開けた場所に移動して互いに買ってきた酒を飲む。今回も真っ先に人間の話をするのかと思ったが、ソウキの口から出たのは滅多に言わない愚痴だった。


「最近さ、妖同士の縄張り争いが酷いだろ?」

「あー、それな。俺も仲間から聞いた」

「なんか、縄張り争いが転じて今じゃ色んな妖が団結して組合作ってるんだよ。しかも、面倒くさいことに、大きくなった組合同士で縄張り争いするとか」


つまり、ソウキは小さな妖の集団が多く集まり一つの大きな集団を作って他の集団と縄張り争いをすると言っている。かく言う俺もつい先日、タヌキのリーダー的な存在の奴から組合作ったから入ってくれと軽いノリで頼まれた。もちろんそんな事には微塵も興味はないから断ったはずなのだが、しつこく何度も話しかけられているうちに、断るのが面倒くさくなり半ばやけくそに組合へと入る事になってしまった。


「で、まだあるんだけどね!初めは縄張り争いだったんだけど」

「いつの間にかどこぞの将軍さまみたいに他の組合を制圧して自分の仲間と領地を増やそうぜって考えるようになったんだろ?」

「なんで知ってるの⁉︎」


それくらいの情報は例え山の中にいても俺の耳には入ってくるし人里へ降りている今、町の中で見かける他の妖たちの会話に混ざり色々聞いているとソウキに話した。ついでに、俺も半ばやけくそに組合に入ったことも言った。


「僕も昔一緒にいた鬼から誘われたんだけど即答で断ったんだよね」

「確かにお前そんな事には興味ないもんな」

「でも、僕もいぬがみと同じで断っても断っても何度もしつこく迫られて大変だったんだよ」

「ご愁傷さま。でもまぁ俺とは違ってお前は断ったんだろ?それなら良いじゃねぇか」


俺にしつこく誘って来たタヌキのリーダー的な奴はただ単に今、流行りだからって事で組合を作っているだけで他の組合と縄張り争いをする気はない。だからこそ、俺は渋々だが、承諾した。これが、争い好きの奴から誘われたのなら何がなんでも断っていたがな。


「最終的には腕で黙らせたんだけど」

「お前のその細っこい腕でか?」

「細いけど僕、結構力あるんだ」

「えー」


自慢じゃないが腕には自信がある。

そして、俺は酒に酔った勢いでソウキに力試しとして勝負を挑んだ。もちろん、手加減なしと伝えて。




* * *




ソウキと飲み会してから数ヶ月の月日が経った冬。俺の仲間である3匹のタヌキが1体の鬼によって死ぬほどではないが深い傷を負わされた。襲われた時間は夜でその鬼の細かな特徴は分からなかったそうだが、目も髪もボロボロの服装も全部、黒色で両方のこめかみ辺りに二本のツノが生えているらしい。この話を聞いたタヌキのリーダー的な奴はすぐに敵対している鬼だと判断した。


「その前に俺ら、鬼と敵対していたのか?」

「敵対と言うか仲間に手を出した奴らは全員、あいつにとって敵なんだ」


そして、その鬼を見つけ次第報告するようにと俺たちに命じた。そりゃそうだよな、仲間が傷つけられたら怒るのは当然だ。


「世の中、物騒だな」


満月の夜、別にタヌキを襲った鬼を捜している訳じゃなくて、いつも通りに人に化けて人里へ降り、人間観察をしているとどこからか強い妖気を感じた。何がいるのかと気になり、その強い妖気を感じた場所に行くとそこは廃れた神社で、月明かりに照らされた参道にいたのは若い娘と、こめかみ辺りからツノが生えた服も髪も全部黒い鬼。しかも、若い娘は鬼に寿命を取られようとしていた。その様子を見た瞬間、俺は近くにあった小石を若い娘を襲ったいる鬼の頭に投げつける。


「あ?」

「すまない、手元が狂った」


そう言いながら俺は素早く鬼の体に体当たりして若い娘から鬼を離す。この隙に若い娘が全速力でその場から逃げ出したのを見送り、俺は一安心した。あと、残る問題は。


「お前、人間か?いや…この妖気、化けタヌキか」


俺は素早く鬼から離れて距離を取る。薄々感じていたがきっとこいつが仲間のタヌキを襲った鬼だ。その証拠に目の前の鬼が勝手にペラペラと喋り出した。


「なんだよ、仲間の報復か?」

「いや、またまた強い妖気に誘われて来ただけだ」

「なら、手出しするなよ」


なんだ、さっきの事か。いやあれは若い娘を助けるのが普通だろ?例え自分が人間に化けたタヌキでも。それに、こいつは仲間のタヌキにも手を出した奴だ。怒っていないといえば嘘になるが、ここで俺が仲間の報復だと言って手を出すのは役目じゃないし、そう言うのは悲劇しか生み出さない。まぁ、タヌキのリーダー的な奴は報復するつもりらしいのだが。


「すまないが、タヌキも人間も襲う奴がする事に手を出すなと言われても無理だ」


見つけ次第報告するようにと言われている。だから、俺はこの場から離れすぐにタヌキのリーダー的な奴に伝えに行こうと体を捻らせた時、突然、鬼が襲いかかって来た。


「腹いせか?」

「そうだなっ!」


鬼は刀を持っていて俺は丸腰。どう見ても分が悪い。本来ならこんな安い喧嘩は買わないのだがタヌキのリーダー的な奴から言われたこともあり、それにソウキの影響で好きになった人間に手を出したと言うことで少なからず俺の中でこいつに対して怒りを覚えている。だから、俺は利き手である右手に体重をかけた重い拳を鬼の頬にぶつけた。





そんな事が数分続いた後、ボロボロの体の俺は地面で這いつくばり俺と同じくボロボロになって呻いている鬼の前に立ち、見下ろしていた。


「くそっ、ただの化けタヌキが」

「化けタヌキだが一応、いぬがみっていう名はあるんだよ」


拳を交えて分かったことは、この鬼、気性が荒く自分の腕に自信を持っていて鼻が高い。だから今、そこら辺にいるような化けタヌキに負けて悔しいんだろうなって事が分かった。俺も一応、負けた時の悔しさは知っているからな。


「はぁ、いいか?これに懲りたらもう二度と妖も人間も襲うなよ?もし、お前がまた妖や人を襲った話を耳にしたらーーー」


その時、鬼が動いたのと同時に左目に激痛が走った。どうやら、俺は自分の中で勝手にこいつはもう動かないと決めつけていたらしい。だから、こうやって隙を突かれ鬼が持っていた刃がボロボロの刀で左目を切られた。


「化けタヌキなんかに俺は負けを認めない」


何かが込もった目で捨て台詞を吐いた鬼は仕返しとばかりに片目を押さえている俺の腹を一発殴って行くとその場から姿を消した。その後の俺はと言うとすぐさま体や目の傷の手当てをしてもらうために仲間の元へ帰り、事情を説明した。それっきり、俺と襲って来た鬼とは二度と会うことはなく月日だけが過ぎて行く。





* * *




そんな昔の事を思い出していると今、目の前にいる委員長とキィから声を掛けられていることに気がついた。


「大丈夫ですか?」

「おおぅ、少し考え込んでいただけだ。それと、お前ら早くここから出ないと巻き込まれるぞ?」

「いや、人間界行きのバスも都会行きのバスもなくて、これからどうしようかと」


それもそうだな。あー…それならここから出来るだけ遠くの場所に行った方がいいと伝えようとした時、夜の空に灰色の雲が広がり妖怪界の入り口であることを示す赤い門が何者かによって突き破られてた。驚いて爆音のした方を見るとそこには、あの時の鬼と火ノ江町の土地神と烏天狗が三角形に対峙している。


「お前ら全力でここから離れろよ」


委員長とキィに伝言を残した俺は当時(・・)、人間に化けていた時の姿に変わり、互いに膠着状態の鬼と土地神と烏天狗の間に入って行った。


「今度は刀じゃなくてその伸び切った爪か」

「お前はっ」

「久しぶりだな。それと昔はこんな姿だが今はこんな姿でやっている」


昔の姿から俺は今の厳つい人間の姿へと変化する。そう、変化はタヌキや動物、いや妖の十八番(おはこ)だ。それにしても、こいつ見た目から暴走気味だって事が分かる。あー、こいつに言いたいことがあるが、今の状態で聞いてくれるかどうか心配だな。


「いぬがみだ」


言い終わらないうちに奴は飛びかかってくる。昔と違い俺は衰えてそう長くは付き合っていられないが今のこいつは暴走気味で動きが単調。よく見て体を動かせば最小限の力で逸らせるし落ち着いていれば問題はない。


「そう言えばお前が火ノ江町に現れたのも、またまたじゃなくて俺がよくあの町に出没するからだろ?なぁ、そんなに負けるのが嫌なのか?」

「当たり前だ」


数匹の烏天狗が俺の援助をしようと出て来たが俺は目で来るなと合図する。これは、俺とこいつの問題だからな手出しはしてほしくないんだよ。その意味を汲み取ってくれたのか烏天狗や土地神は委員長やキィとそれから後から来た白い髪の女を遠くの方に避難させ、影で俺たちの決着を見守っていた。


「負けるのは弱いからだろ⁉︎」

「まぁ、確かにそうだが」


昔の思考は実力主義だったからこの考えも分からなくはない。それに、初めて出会った時こいつは自分の力に自信を持っていた。と言うか慢心していたって感じが似合う。そして多分だが俺と拳を交えた時に初めて負けたんだ。そんなプライドが高い奴が簡単に負けを認めるわけがないわな。


「でもな、負けても負けを認めない奴は一生弱い奴のままだ」


流石に全ては避けきれず鋭い爪が頬を掠り、腹や腕に浅い傷を作る。いくら、俺よりも妖力が強くその妖力でスピードや筋力を強化させても暴走したら意味がない。そんな事を考えつつ、俺は次に言いたいことを言う。


「それとな…」


右手の鋭い爪が俺の顔面めがけて飛んでくる。

その腕を捕まえ、手前に引っ張り俺は大声で叫びながら自分の額を鬼の額に勢い良くぶつける。そう、つまり俺は鬼に対して頭突きをした。


「てめぇの勝手な事情に人間を巻き込むなっ!」


自分の頭も痛いが今はそんなことを気にしている場合じゃない。


「いつでも相手にしてやるからよ。今は独房の中で反省してろっ!」


頭突きの動作から流れるように鬼のみぞおちに重い拳を入れると、鬼の口から乾いた空気が漏れそのまま鬼は目を回してひっくり返った。暫くして動かなくなったのを確認した俺は遠くの方で見ていた烏天狗に声を掛ける。


「早くこいつから今まで人間から奪って来たものを抜き取ってくれねぇか?」


俺の指示で烏天狗たちは急いで準備している姿を見ていると、視界の隅から委員長とキィが駆けてきた。しかも、ありがたいことに2人の手には包帯や傷薬がある。


「店から勝手に拝借して来たものですが使いますね!」


そう言いながら委員長とキィは手際良く手当てをしてくれた。全くこいつらは似た者同士だと思う。確か昨年の夏だったか、道端で倒れた俺は委員長に手当てされたんだっけな。


「一応、応急処置はしました」

「ありがと」

「それにしても、いぬがみさんお強かったですね」


キィの質問に俺は苦笑いで答えた。実はこれには訳があって。昔、俺も自分は土地神レベルではないがそこそこ腕には自信があった。でもそんな時、友人と酒を飲み、酔った勢いで自分はそこそこ強いと言う腕の細っこい鬼の友人に勝負を挑んだのだが、これが面白いくらいに呆気なく負けて少しだけ悔しかったのを覚えている。だからこそ俺はつい数秒前、鬼に対してあんな事を言った。これは、負けた事があるからこそ言えることだと思う。


「その友人のおかげか?」


話を戻すと俺は友人に負けた後、さっきの鬼とは違って負けを認め、それからも遊び感覚でその鬼と手合わせをした。ついでに言うなら常に相手を見て冷静に対処すれば何とかなると言うのもその鬼からの受け売りだと委員長とキィに話す。


「腕が強いのに大事なところで鈍感で妙なところで鋭くて、本当にあいつは変わった友人だ」


空を仰ぐといつの間にか雲は全てが終わったかのように綺麗さっぱり無く、満天の星空が見えた。そして、数十匹の烏天狗が鬼から今まで人間から奪ってきた寿命を取り出す儀式の準備が完成したらしく今から行われようとしていた。


「今頃、あいつはどうしているのやら」


まぁ、どうせいつも通りに萌香といちゃいちゃしているんだろうな。そんな事を考えながら俺は友人が幸せそうにしている姿を思い浮かべ今、俺があいつらに出来ることを考えた。


「そういやあいつ前に…」

「「ん?」」

「いや、こっちの話だ」


俺はこれからまず仕事よりも先にやらなければならないことを実行するために頭の中で段取りを決める。それに、今から俺がやる事はこれからの妖たちにも大きく関わって来ることだからな。


「今度は人間にも手伝ってもらわないと」


そうと決まれば後は動くだけ。はぁ、また忙しくなる、次は蓮さんの栄養ドリンクが毎日要るようになるのか?そんな不安もありつつでも、自然と悪い気はしない。


ふと、見上げた夜空の星はさっきよりも何倍も輝いているように見えた。



今回のモットーは

昔のことをぐちぐちネチネチ根に持っている奴に

一発、喝を入れる。

そんな風にイメージして執筆しました。


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