140・人間、ナメんなよ! ~火ノ江 由紀子~
目の前の出来事を簡単にまとめるなら。それは、それはもう少年漫画のバトルシーンよろしくバカ神と黒鬼が冬の寒い空で戦っていた。その様子を私は2人の邪魔にならないように少し離れたところから見上げている。そう、つまり2人は今、絶賛空中戦中だ。
「もう、なんなのよ」
普通に買い物に行った帰りなのに、こんな羽目になるなんて。そもそも、ここに黒鬼がいなければ、こんな事にはならなかったのに。偶然?それとも何があってここに来たのよ!もう、わけ分からない。
「にしても、あのバカ神」
妖力かないとか言っていたくせに火の玉を出しては黒鬼にばんばん投げつけていたり、鋭い爪の攻撃も鉄扇で軽やかに流していたり。おまけに年だと言うのに息切れなんて一つもしていなかった。他所からみれば圧倒的に土地神の方が優勢に見える。
「バカだけど、土地神なのね」
上から降ってくる火の粉が当たらない場所で電柱の陰から様子を見ていた私は思わず声に出してしまった。確か、あと少しで烏天狗がやってくると土地神は言っていたよね。それなら、烏天狗よ早く来いっ!
すると、空中で土地神と戦っていたはずの黒鬼が突然、姿を消した。もしかして妖力を使って何かをしたのかなと思っていると背後から誰かに羽交い締めされそのまま上空へ飛んだ。
「なっ、ちょっと!」
後ろを振り返る事もなく私は自分を羽交い締めにした正体に気付く。目の前には苦虫を噛み潰したような顔をした土地神、それから土地神の後ろの方から何十羽の烏天狗が今頃になってやってきた。
「お前、由紀子を人質にしよって」
もがいても、ここは空中で足が宙ぶらりんだから体を左右に動かすくらいしか出来ない。しかも、私が人質だから土地神も烏天狗も迂闊に攻撃でないんだ。くそっ!迷惑にならないよう、電柱の陰から見ていたのに。
「くっ!」
暫くお互いがお互いに見あって緊張した空気がその場に流れる。おまけに若干、暴走しているせいか、黒鬼は私を羽交い締めした時から怨念がたっぷり詰まった声で何度もいぬがみ、いぬがみと私の耳元で囁くのがうるさい。何?あんたはいぬがみっていう奴が憎いのか!
「離せっ!」
「大人しくしろ」
黒鬼の鋭い爪が私の左頬を掠った。土地神が息を飲んだ声が聞こえる。痛みはないからそれほど深い傷ではないんだろう。でも、これ以上、もがくと知らねぇぞって事の意味で今、黒鬼は私をそれから土地神や烏天狗に威嚇したのだ。
「本当なんなのよ」
何もしていないのに突然現れたこいつに振り回されっぱなしじゃない。何が少年漫画のバトルシーンよ、何が人質よ。私は良いように使われる人形じゃない、人だ。項垂れる私の中で何かが切れることがした。
羽交い締めって言うのは相手の背後より、相手の両腋の下から自分の両腕を通して、相手の後頭部あたりでその両手を組んで固める。その状態で両腕で強く締め付けることによって、相手に身動きが取れないようにする。
幸か不幸か、幸い私がやられている羽交い締めは力は強いものの後頭部あたりで両手を組んで固められてはいない。それに、私の頭の位置がちょうど、黒鬼の顔に当たる部分でもある。だからこそ、私は決めた。それに、今からやる事でこの後どうなるかも予想出来る、そこはバカ神や烏天狗たちに任せよう。
「おい…」
黒鬼は相当いかれているようで声を掛けてもまだいぬがみ、いぬがみとぶつぶつ言っている。目を閉じて、もう一度、頭を項垂れ大きく息を吸い静かに吐く。それから、自分の中で秒数を数えて私は行動に移した。
「人間、ナメんなよ!」
大きく叫んだのと同時に項垂れた私の石頭を思いっきり上げて背後にいる黒鬼の顔面にヒットさせる。すると、黒鬼から地を這うような呻き声が聞こえて羽交い締めしていた力だけは弱くなった。でも、これじゃぁ、ここから抜けれないので最後のとどめと言わんばかりに私は次の行動に出る。
この時、自分の脚が長くて良かったと思う。私は頭突きをした後、素早く膝を折り曲げて腕をバンザイの形にしながら揃えた両足を黒鬼の太ももめがけて押す、いや正確には突っ張ねた。
「がぁっ、うっ」
「あとはよろしくね」
案の定、私は羽交い締めから抜け出せれたけどここは空中であり、私は真っ逆さまに勢い良く落ちる。あとは土地神か烏天狗に任せた。任せるって言っても、黒鬼のことじゃなくて、まぁそれも一理あるけど。本当に言いたいのは。
「由紀子っ」
「ナイスキャッチ」
そう、私が地面に落ちる前に助けに来てくれること。空中で私を掴んでくれたバカ神、いや土地神と烏天狗2匹と共にゆっくりと地面に降りる。それからと言うもの、やっぱり土地神はバカ神だった。
「由紀子、今治すからな」
顔の傷はバカ神の妖力か何かで治してもらい、その他に何かされたか?とか執拗に体を触りながら質問してくる。心配してくれるのは嬉しいんだけどベタベタ体を触られるのは好きじゃない。
「全くあんな事して。もし、地面にぶつかっていたら大惨事どころじゃないぞ!」
「大丈夫、そうなる前にあんたか烏天狗が助けてくれると思ったから。本当、ありがとう」
暗に信用しているのよと伝えると良い年した大人が号泣した。でも、いつまでもこんな事をしている場合じゃない。私は頭上を見上げると、もう既に黒鬼と烏天狗が一戦を交えていた。
「大丈夫かな?」
見た感じ戦い慣れしているように見える。そんな彼らを見ながら私は羽交い締めされていた時に聞こえた事について土地神の近くにいるガタイの良い烏天狗2匹に話す。
「いぬがみ?」
「えぇ、そうぶつぶつ呟いていたわ」
「いぬがみって言えばあいつしか思い出さないんだが」
「俺もだ」
話を聞いてくれた烏天狗の1匹が電話を取り出してどこかへと掛け始めた。多分、2匹が思い当たるいぬがみと言う奴に電話を掛けているのだろう。その間に私は電話していないもう1匹の烏天狗にこの後、あの黒鬼はどうなるのかと聞いた。
「妖怪界に連れ込んでそこで一気におさえる。それに、妖怪界の方が刑務所に近いしな」
全くその通りで戦っている烏天狗と少し離れたビルのところで妖怪界の入り口らしき普通の非常口の扉…じゃなくてドアを開けている烏天狗がいた。それにしても、妖怪界の入口はどこにでもあるのね。
「む、若干押され気味じゃの。どれ、ワシが少し手伝ってやろうか」
確かによく見るとさっきよりも烏天狗の数が減っていた。これではあの黒鬼を妖怪界に連れ込むのは難しそう。でも、これ以上、あんたが危険な目には。と言おうとする前にバカ神は動く。
「たまには烏天狗に恩を売っておくのも悪くはない。そこの烏天狗よ、少しの間、由紀子をよろしくな」
「「えっ」」
烏天狗の2匹が声を揃えて驚いた。あーあ、ついこの前も土地神は家にいる付喪神に何かしらの恩を売ってこきを使っていたな。
「おいっ!まっ」
言うが早い、バカ神はすぐさま黒鬼の元へ向かうとまた烏天狗に混じって空中戦が始まる。そして、黒鬼の胸ぐら辺りを掴むとそのまま他の烏天狗が開けている妖怪界の入口へと連れ込み、姿が見えなくなった。続いて一緒に戦っていた烏天狗も次々に入っていき最後、ドアが閉められた。
現在、人間界にいるのは私と2匹の烏天狗だけ。って!少しだけ手伝うって言ったくせに。あんたまでいなくなってどうするのよ!もし、もし帰ってこないとかそんな話になったら。
「私も行くっ!」
「でも、君は」
「いいから、私も連れて行けっ!」
「君が行っても何も役には立たないぞ?反対にさっきみたいに人質にされてしまうかもしれない」
それはそうだけど。バカ神が危ない目にあっているのにこっちは安全圏から見ているだけ?そんなのは嫌、私はただただ心配なんだ。2匹の烏天狗を睨みつけているように見上げると烏天狗はため息をつきながら、勝手なことはしない事を条件に妖怪界に連れて行ってくれると約束してくれた。
烏天狗に連れられて妖怪界に入ると、そこで目にしたのは…




