135・鬼ごっこ ~委員長~
委員長×キィのお話
今回、流血描写があります
冬の夕方は暗くなるのが早い。そして、今日の部活を終えて校門を出ようとしたその時。門の影から見覚えのあるメイド姿の女の子が現れた。
「キィ、どうしてここに⁉︎」
「お迎えに上がりました!」
キィの片手にはいぬがみコーポレーションがあると言う妖怪界のスーパーで買ったと思われる食材が入ったビニール袋があった。
「ちょうどスーパーの帰りだったのです。それに、今の時間帯ならご主人様が学校の方にみえると思ったので、つい来てしまいました」
「そうなんだ」
「実はですね、今日のスーパーはお肉とレモンが特売で安かったのですよ!」
「レモンの特売は初めて聞くな」
「それとご主人様が最近使っている制汗剤のスプレー缶とお姉さんが使っているブランドのネイルも妖怪界にありまして」
へぇ、妖怪界にも人間界の商品が流通しているんだ。オレは行ったことがないけど、キィから聞く話によると妖怪界は通貨も円で時間軸も風習もなにもかも同じらしい。強いと言えば物価が少し安いのが特徴だとか。
「えへへ、お値段が安かったのでつい買ってしまいました」
嬉々として語るキィが持つビニール袋をさりげなくオレが持つ。別に恩着せがましくやっているわけじゃなくてただ単に自然と持っただけ。
「あっ、私が」
「持たせて?」
荷物は軽いしバスケ部の部員が全員学校からいなくなった今、周りにはオレとキィしかいない。だから、人目を気にせずにこうやって普通に話せる。
「仕事の方はどう?」
いつものようにキィの仕事場の話を聞いたり逆にオレが部活や学校の話をしながら家路に向かう。つい、最近知ったばかりだけど、どうやらキィの仕事場には宮川さんの旦那?彼氏である鬼の蒼鬼さんがいるらしい。
「売り上げは右肩上がりで順調ですよ」
それから近々、いぬがみさんには内緒でキィとは別の部署にいる妖怪たちがいぬがみさんのタヌキ姿になった時のふわふわもふもふミニストラップを開発して売ろうとしている計画もあると教えてくれた。
「試作品を貰ってきました」
キィはエプロンのポケットから丸くて茶色いタヌキのストラップを取り出してオレの手の上に置いてくれる。うわっ!ちょうど手乗りサイズで綿あめのようにふわふわもふもふしていて尚且つ肌触りも良い。これはきっと売れるだろうけど。
「ふわふわもふもふって言われたくない、いぬがみさんからしてみれば嫌がるだろうね」
「あっ、目に浮かびます」
「でも、なんだかんだ言っていぬがみさんは優しいからね」
「渋々ですが、売り出しを許可しそうですね」
今、住宅地を歩いているけど道路には人も車も通っていないため実質、オレとキィだけがいる状態だ。きっと、視えない人がオレを見れば何もないところに話しかける変な学生だと思われるんだろうな。
そんなことを思いながらこのいぬがみさんストラップを頭上にある月と照らし合わせながら見てみると。
「ご主人様っ!」
慌てたキィの声に驚き、どうした?と声を掛ける前。キィに腕を引っ張られわけのわからないまま走った。すると、背後から重いコンクリート同士がぶつかり合うようや音が聞こえてきて、地面が大きく揺れる。
「おっと」
バランスを崩しそうになったけど、なんとか持ち堪え、キィと共に数メートル走ったところで立ち止まり後ろを振り返ると、さっきまでオレとキィがいたところには顔を下げてボロボロの刀を地面に突き刺した人の姿をした人では無い何かがいた。何かと言うよりも、こめかみあたりから闘牛のような黒色のツノが生えているから、蒼鬼さんとは別の鬼だ。それにこの黒鬼の特徴は刀と同様、裾や袖がボロボロで真っ黒な着物を着ている。
「なぁ?」
ゆっくりと顔を上げ、地を這うような低くて気持ち悪い声にオレは黒鬼と対面しながらとっさの行動でキィを自分の背中の後ろに回す。
「お前でいいやぁ」
何が良いのか分からないけど今、オレたちは危ない奴を目の前にしていることだけは分かった。目を凝らさなくてもあの鬼の周りは黒く淀んだオーラみたいなのが出ている。
「キィっ!」
黒鬼が一歩、足を踏み出した瞬間、オレはキィの手を取って全力で黒鬼とは反対方向に走った。相手が何者かは知らない。でも、オレの頭が本能的にあいつから逃げろと言っているのが分かる。追ってくるなと思いつつ黒鬼から逃げるが、やっぱり奴は付いてきた。
「あれは一体なんたんだ⁉︎」
「ご、ご主人様」
闇雲に走っていると息も切れ切れになってきたキィが背後を気にしながら話しかけてきた。そして、繋いでいない手を差し出し。
「携帯!携帯を貸して下さい」
なんで今、携帯がいるのかと思ったけど、キィの目は真剣味を帯びていて何か策があると言った感じだ。だから、オレは胸ポケットに入っていた携帯を隣に並んび走っているキィに渡す。
こうしている間にも黒鬼との差は縮まっているが、ある程度一定に離れているところを見ると、もしかしてこの鬼ごっこを楽しんでいるかのように感じた。あくまでもこの状況を客観的に見た場合だけど。
「もしもし!…あの…助けて下さい!……指名手配に描かれている黒鬼に襲われていて…はい、はい…一緒です」
キィは素早く数字を打つとどこかへと電話を掛ける。きっとこの感じだと妖怪界の警察かどこかに連絡をしたんだと思う。それに、この黒鬼は指名手配で悪い奴だったんだ。
「それは、反則だろ?」
シュッ!
「危なっ」
走りながらオレがそう言った時、さっきのボロボロの刀がキィの背後から弾丸のように勢いよく真っ直ぐ飛んできた。
「いっ…!」
「ご主人っ!!」
オレは電話していたキィに気を取られていたから気付くのが少し遅くなってしまったけど、刀が当たる直前、キィを横に突き放してなんとかキィだけは無事で済ました。でも、突き放す際にどうやらオレの左腕に刀の刃が掠ったらしく鈍い痛みと共にじわじわと腕の部分の制服が深紅に染まる。
掠っただけなのに鈍い痛みは焼けるような痛さとなってオレを襲ってきた。だからと言ってここで足を止めるわけにはいかない。足を止めたら確実にやられる!
「キィ」
無理やり作った笑顔のまま、悲痛な顔をしているキィにとりあえず大丈夫だよと伝え、手を握るとオレたちはまた全力で走った。まぁ実際、擦り傷程度だからそこまで酷い怪我ではない。でも、痛いけど。
「あっ」
そんな状況でキィと一緒に走っていると数メートル先のコンクリートの道路にさっきの刀が突き刺さっているのにキィが気付いた。そうか、あの勢いのまま地面に落ちてこうなったんだ。
「刀さえなければ」
後ろを振り返り黒鬼との距離を確認する。よし、ここから見ても刀が突き刺さっている深さは浅そうだし、この距離なら多少、手間取っても大丈夫か。そう思ったオレは刀の真横を通り過ぎる瞬間、キィと繋いでいた左手を離し、しっかりと柄を持ち引き抜く!
「ご主人様、そんなのを持ったら危ないですよ」
「大丈夫」
これさえなければ、さっきみたいに刃物が飛んでくることはないだろうし。それに最初、黒鬼を見た時、このボロボロの刀以外に、何かの武器を持っている様子はなかったから多分、黒鬼の武器になる物はこれだけしかないと考えた。
「うっ」
意外にもこの刀、刃がボロボロのくせに重い。しかも、この刀を怪我した左腕の手で持っているから、重みで腕に力が入り余計に血が滲み出てくる。
「大事なもん盗るんじゃねーよっ!」
「だったら投げるなよ!」
怒鳴りつつ背後から追ってくる黒鬼を見るとオレとキィとは違って息があがっていない。まずいな、このままだと先にこっちが音を上げるかもしれない。現に今、キィはもう限界そうだし、オレは血が足りていないせいもあってか走るスピードが落ちている。早くこの鬼ごっこを終わらせないと。
「隠れるところ、それか別の逃げる場所は…」
その時なぜか昔、姉さんが出たドラマで言ったセリフを思い出した。それは『目には目、歯には歯、探偵にはミステリー。この名探偵、島崎 花音が迷宮入りの謎を解き明かしてみせましょう!』後半部分は別として。そうか、それなら妖怪には妖怪だ。
「行けるかも」
オレは行ったことがないけどキィならある場所。そう、そこに行くためにはキィに聞かなければならない。オレは走りながら出来るだけ黒鬼に聞かれないようにそっとキィに耳打ちをした。
「了解!妖怪界ですね。ここから近い入り口は。次の曲がり角を右へっ」
「あぁ」
「返せっ!オレの刀ぁぁぁああ!」
黒鬼の怒涛に鼓膜が揺れる。
だったらさっき投げるなよって。くそっ、黒鬼がスピード上げてきた。それに、どの道、刀を返しても追ってくるだろ?だったら、こんな危険な物はオレが持っていた方が良い。
「はぁ、はぁ。ご主人様、あと少しです」
キィの指示で若干、暴走しているような黒鬼に追われながら、なんとなく自分が知っている道を辿った先にあったのは。生徒も先生も誰もいなくなった紅坂高校の校舎。
「校舎の、はぁ、はぁ。1階にある最西端の部屋が入り口っ!」
「まさか学校が入り口だったなんて」
普段、そこは物置だったはず。でも、キィが言うなら入り口なんだろう。オレとキィは校舎の中に入り1階の最西端の部屋を目指し走った。そして、あと少しで辿り着こうとした時。
「うぁっ」
「逃げんなよ」
「ご主人!」
「キィ!先に行けっ」
黒鬼に追いつかれてしまい背後から思いっきり蹴飛ばされた。体制を崩し仰向けに寝転がったオレの上に黒鬼が馬乗りとなり今は一番マズイ状況だ。左手に持っている刀を振り回そうとしたけど器用にも黒鬼は片足でオレの左腕を抑えているから動かせない。
「でも」
「いいからっ!」
「あの女もか」
「行かせねーよ」
不敵に笑いオレを見下ろす黒鬼の前髪で隠れて見えなかった目が見えた。その目は発光色の赤色でしかもこの、不気味なオーラもあってかホラー映画に出てきてもおかしくはない感じだ。
「まぁ女は後でいいか」
頭の上の方からキィがパタパタと走る音が聞こえる。今のうちにキィだけでも早く逃げて欲しい、オレは後から絶対に追いつくから。
「お前から奪おうか」
「何を奪うか知らないけど、オレは行くからな」
左腕を抑えられて動かせないけど右腕は違うだろ? それにオレの右腕の先にはキィがスーパーで買ってきてくれた品があって、オレはその中から制汗剤のスプレー缶を取り出し素早く黒鬼の顔、主に目に向かって噴射する。
「なっ!うぁ、いってぇ」
黒鬼が両手で目を押さえている隙にオレは黒鬼の体を突き放し立ち上がると最西端の部屋の前でオレを待っていたキィと合流した。右手には制汗剤のスプレー缶、左手にはボロボロの刀と言う他所からみればおかしな格好だけど。
「買った食材、置いてく羽目になったごめん」
「バカッ!そんなのはどうでも良いんですよ!」
最西端の部屋は物置じゃなくて薄暗くて長い通路となっていた。どうして、こうなっている仕組みは分からないけど。オレは視界の端にまだ黒鬼が目を押さえて唸っているのを確認すると先にキィを行かせてオレも後から続く。
バタン
ドアが閉まって少し走ってから気付いた。そう言えば、オレ腕を怪我しているんだった。擦り傷だけどもし、床に血が垂れていたらここに入ったことがバレる。恐る恐る、自分の左腕を見ると血は止まっていて後ろを振り返れば血が垂れた痕跡は無かった。
「良かった〜」
黒鬼が追ってきていないこともあってか、思わず安心して座り込んでしまいそうだったけど、万が一があるから、こう悠長にしている場合じゃない。
「ご主人様、その制汗剤のスプレー缶で奴を撃退したのですか?」
「撃退って言うか少しだけ時間稼ぎをしたって感じかな」
実はこの制汗剤、目に入るとめちゃくちゃ痛い。中学の頃、水戸部にいたずらされ顔に掛けられた時目に入り痛いことが分かった。
「ちょうど指にスプレー缶が当たって思い出したんだ。それで、これなら時間稼ぎになると思ってさ。本当、制汗剤のスプレー缶を買ってきてくれたキィに感謝だよ」
「そんな事はありません、私、あの時、助けれなくて、それに」
「違うよ。キィが逃げれくれてたからここに入れたんだし、もし状況が逆だったらきっとキィもオレと同じことをしただろう?」
「はぃ」
声を上げボロボロと泣くキィを宥めながら歩くこと数分。ようやく目の前に木製のドアが見えてきた。多分、これが妖怪界に繋がるドアだ。
「ねぇ、キィ」
「はい?」
「むこうに着いてから、さっきの黒鬼について詳しく教えてくれるかな?」
「もちろんです」
そう言いながらオレはドアを押す。そして、眩しい光と共にオレとキィは妖怪界に足を踏み入れたのだった。




