130・冬休みの土地神様 ~火ノ江 由紀子~
元旦は私の家、もとい火ノ江神社はとても忙しい。祖母と母親はおみくじの販売をし、祖父と父親は神社の中で別の仕事をしている。かく言う私も、毎年手伝いとして神社のいたる所に積もる雪かきやおみくじの販売、交通整備などなど。
毎年やって慣れているようにも見えるけど違う、何年やっても慣れはしないし、初詣に来る人よりも先にする雪かきと言う朝からの重労働は正直言ってやりたくはないけど、家業だから仕方が無い。
でも、今年は少しだけ楽だ。なぜならば。
「瀬戸大将、そこにまだ雪が残ってる」
「へい」
「こらっ!乳鉢坊、サボるな」
「ちっ、バレたか」
「化け包丁と猪口暮露、口を動かさずに、働きなさい!」
「「ゆっきーが怖い」」
そう、今年は雪かきなど重労働系はうちにいる付喪神達に任せてあるから。もちろん、付喪神に任せっきりではなく私もやっている。そうじゃないと、お前もやってないだろと突っ込まれて面倒くさいことになるからだ。
「俺たちがやっても何の特にもならないよ」
鳥居の前でそうぼやく鳴釜に私は言う。
「鳴釜がこうやって雪かきを手伝ってくれるおかげで滑って転ぶ人が減るのよ」
「でも、それじゃぁ」
「終わったら、和菓子屋二階堂の羊羹あげるから。だから、頑張ろうね」
「やった!」
すると、他の付喪神たちが騒ぎ始めてせっせと雪かきを始める。よし、この調子なら後数分で参道の雪かきが終わるな。そしたら、朝ごはんを食べておみくじ売りの手伝い。あとは、近くの駐車場で火ノ江神社に来る人の車の交通整備。
「由紀子は毎年、忙しいのぉ」
そう言ったのは火ノ江町の土地神である白い妖狐。名前は本人も覚えてないらしいから、私は名前を付けるのも面倒くさいので勝手に土地神と呼んでいる。
「ご苦労、ご苦労」
突然、私の頭の上に出て来たと思ったら、悠々と扇子で弄びながら労いの言葉を言っただけで何もしない。ただ単に、宙に浮いて働く付喪神を見ているだけ。そんな態度に私は手に持っていたスコップを押し付けた。
「高みの見物するんじゃなくて、自分の神社くらい自分の手で綺麗にしなさい」
「ふんっ!ワシは土地神じゃぞ。だから、雪かきなどしなく…」
「は?土地神だから何?なんなの?付喪神も土地神も同じ妖には変わりはないでしょ」
目で殺しながらそう言うと土地神はふるふると震えだし、素早くまだ雪が残っているところを掃除し始めた。そんな私と土地神の様子を見ていた付喪神たちはヒソヒソと何かを話している。
「全く、土地神は由紀子に弱いなぁ」
「自分の孫みたいな存在だから」
「しかも、稀に見ない視える人間だからのぉ」
鉄鼠とちいちい袴と油徳利の会話を聞きながら私は他の付喪神に次に掃除する場所を指示し、土地神が最後までしっかりとやり遂げるか見届けた。
* * *
そして、時間は過ぎ今は9時頃になった。この時間帯になると、初詣に来る人が大勢いて参道は夏祭りの時よりも人で溢れかえり、寒い冬だと言うのにも関わらず人の熱気で暑い。
なぜ、夏よりもこんなに大勢の人で溢れかえっているのかと言うと、火ノ江町にはうちの神社にも他にたくさんの神社がある。でも、昔からうちの神社は願いが叶う確率が高いと言うジンクスがあるため、こうしてたくさんの人が訪れる。
やっぱり、土地神がいる神社だからかな。
「恋みくじ2つお願いします」
「はい」
代金を貰い、くじが入っている箱から1枚だけおみくじを取ってもらう。うちの神社には恋みくじの他に普通のおみくじもあり、絵馬もある。あとは、健康祈願などのお守りも。
「由紀子、雪が積もって来たからまた雪かきお願い」
「分かった」
母親から言われた仕事をやるため一旦、その場から離れる。私の代わりに交代するのは祖母。はぁ、神社の娘って大変だ。そんな事を思いながら御手洗の近くにある掃除道具入れに向かい、中から雪かきのために使うスコップを取ろうとしたけど。
「なっ、スコップが無い!」
辺りを見回すと神社の周りにある鎮守の森の特に人気が無い場所でたくさんの棒らしき何かが動いていた。目を凝らして見るとたくさんの付喪神に紛れてスコップから手足が生えた生き物がくるくると踊り舞っている。
「まさか、スコップが付喪神化した⁉︎」
確か、付喪神は物が100年経ったら付喪神になるとか鈴彦姫から聞いたけど、あのスコップはまだ100年経ってない。もしかして、周りにいる付喪神たちの妖気に当てられて付喪神化が速まったとか。
「はぁ、どちらにしろ使えないことには変わりはないか」
私は掃除道具入れの中から唯一、付喪神化していない箒を取り出して鳥居から掃除するため寒空の下、薄い巫女服の上に何も着ないまま足を動かした。
「スコップじゃないけどちゃんと雪かきできるかな」
また付喪神に手伝わせるか。いや、流石に朝、頑張ってもらったしやめておこう。それに、雪は参道に薄っすらと積もっているから掃除するのは楽だし、私一人だけで十分だ。
* * *
箒を持って参道を歩いていると見覚えのある背中が見えた。普通の人よりも一回りも二回りも小さな体に艶のあるセミロングの髪。あの背中は絶対に宮川さんだ。でも、隣にいる男の人はお兄さんか保護者だろうか?
「宮川さん」
このまま無視するのは失礼に当たると思ったから声を掛ける。この人混みだから私の声が届いたのかと不安だったけど、どうやら聞こえたらしい。
「火ノ江先輩、あけましておめでとうございます」
振り返るとやっぱり宮川さんだった。それと同時に隣にいた男の人を見ると額に小さなコブのような物がありよく見てみると前髪からツノが生えていた。と言うことは今、宮川さんの隣にいるのは人じゃない、鬼だ!
宮川さんは私と同じで視える側の人間。だから、鬼と分かった一瞬、もしかして、絡まれていたとかと考えたけど、この鬼を視るに悪意は感じられなかったから大丈夫だろう。
「オレは蒼鬼と言います」
丁寧に自己紹介までしてくれたし。でも、なぜか二人を見ていたらカップルのように見えてきた。おかしいな、人と妖が混ざるのはないはずだけど。疑問に思った私はストレートに聞く。
すると、宮川さんは鬼と指を絡めた手を高々と掲げて何かをアピールしてきた。あぁ、やっぱり私の思い過ごしか。指を絡めるなんて、この人混みの中での迷子防止にはピッタリだ。だから、この鬼は保護者的な感じなんだな。
「保護者は鬼なのね」
「違います」
「付き合っているんだ。と言うか同棲?」
は…?ど、同棲?高校一年生が鬼と同棲なの?
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。それにまだ私の頭の中は、たくさんのはてなマークで埋まっている。ちょっと待て今、頭の中がごっちゃになって訳が分からない。
その時、更に追い打ちをかけるように突然、私の頭の真上に煙を蒔き、季節外れの桜の花びらを散らせながら土地神が現れた。
「小娘!お前、異類婚姻譚なのか!」
さっきまでいなかったけど、いつから話を聞いていたんだよ。と言うか異類婚姻譚って、人と人外が結婚する話で、まだ宮川さんとこの鬼は結婚してないけど、でも同棲とか、カップルとか、それってつまり…あぁもう!わけわからんっ!とりあえず!
「あんた、どこにいるのよ」
「おおっ!由紀子すまない」
さっきから頭の真上でふよふよ浮いている土地神がうっとおしくて注意していると宮川さんと鬼が話し始めた。ついでに土地神は私の右横に移動している。
「なんで、土地神と萌香が知り合いなんだ⁉︎」
「色々ありまして」
その姿はまるで彼氏が彼女に対して
『あの男とはどういう関係なんだ!』
『ただのお友達よ、別にあなたには関係ないでしょ』
と、昼ドラのように言っているみたい。うわーこれ、絶対に録画した昼ドラの見過ぎだぁ。だから、こんな考えが直ぐに出てきたんだよ。
「はぐらかさないでちゃんと言って」
「分かった、それなら帰ってからね」
問い詰める鬼と頬を膨らます宮川さん。いつまでも驚いている訳にもいかないので、私は一度、思考をリセットして落ち着いた。そして、冷静に考えた結果まずは鬼と宮川さんに言うべきことを口にする。
「まぁ、お幸せに」
これで、合っているのかと不安になり、そっぽを向きながら伝えてしまった。一方、土地神は、顔を青くさせながら珍しく慎重に言葉を選ぶように宮川さんに質問する。
「人間のあやつじゃないのか」
「土地神様どうしたのですか?」
「いや、何も」
人間のあやつ?ここで、第三者が出てきたけどこれ以上、話をややこしくして欲しくはないので、ここはスルーしよう。
そして、気が付けば隣にいた土地神がいなくなっていた。まぁ、気分屋だから話に飽きてどこか行ったのかと考えていると。
「火ノ江先輩!お仕事をお邪魔してごめんなさい」
私の箒をちらりと見た宮川さんは律儀に頭を下げると鬼を引き連れて神社から出て行ってしまった。
そして、一人、鳥居の前で残された私は思う。
宮川さんは私と同じ視える側の人間。土地神に寿命を狙われたり、かと思えばうちのバカ神と和解したり、次は鬼と同棲したり。
「あの子って一体、何者なの」
心の奥底から出た私の言葉は初詣に来た人の声によって掻き消されて行く。




