129・冬休みの土地神様 ~萌香~
1月1日、元旦。
今日は鬼さんと一緒に火ノ江神社に初詣に行く予定です。だけど、朝から一悶着。その理由はとても些細なることでして。
「初詣だよ!なんで、着物を着ないんだよ!」
「いやだって、人混みの中を着物で歩くとかある意味地獄なんだよ」
朝早くから私が着物を着るか着ないかで喧嘩中。鬼さんはどうやら、私の着物姿を見たいらしく、だから、こうやって朝から子供のように駄々をこねています。正直、うっとおしい事この上ない。
「オレは萌香の浴衣姿しか見たことない」
あぁ、その話は昨年、私が夏祭りに行った時の事だ、懐かしいな。って、そうじゃなくて、鬼さんは分かっていない。着物というのは古き良い服だけど、とても動きにくく、しかも、下駄を履くとなると足の親指と隣の指の間が擦れて赤くなるし痛くもなる。その事を鬼さんに伝えると。
「だったら、オレが萌香をお姫様抱っこして移動する」
そんな、恥ずかしい返事が返ってきました。まだ、始めて妖怪界に買い物に行った時に鬼さんがやってくれた、腕に私を乗っけて移動する手段ならまだしも、お姫様抱っこで移動とか恥ずかしいからやめて。
「第一、私は浴衣を持っていても着物は無いんだ」
私は決定的な事を言って退ける。すると、鬼さんは床に四肢をくっ付けショックのポーズをしています。今の鬼さんに犬耳を付けるならきっと、両耳は垂れ下がっているんだろうな。
「浴衣でも良いから!」
「この真冬の中で浴衣を着ろとな⁉︎」
窓の外を指さして言います。今、私が見える視界にはどこからどう見ても地面と家の屋根には雪が積もっていて、こんな真冬に薄っぺらい着物を着ろと言う鬼さんの心理が分かりません。どうして、そこまで着物を着たせたいの?
「鬼だ、ここに真冬に浴衣を着ろと言う鬼がいるよ。何?これは拷問の一種ですか⁉︎」
「オレは元々、鬼だけど」
口先を尖らして拗ねる鬼さん。はぁ、それにお正月用品や色々な事に出費したから、今は余計な出費は控えたいんだよ。鬼さんにお金の事をやんわりと言いました。
「オレのへそくりから出す」
「そこまでしなくて良いから」
毎月のおこずかいとかお金関係は私が管理している。と言うか、鬼さんはちゃっかりへそくりを貯めていたんだ。これには少し驚きました。それと、鬼さんのへそくりから出るなら私の着物に使うんじゃなくて2人で楽しめる何かに使おうよ。
* * *
結局、鬼さんとかなり話し合って私は着物を着ませんでした。そして今、私たちは御手洗で手を洗った後、火ノ江神社の参拝の列に並んでいます。本当に元旦は火ノ江町の住人が全員集まったかのような人混みで迷子になりそう。
「萌香の着物姿、見たかった」
「はいはい」
朝の話し合いは私が無理やり丸め込んだ形となっているのでどうやら鬼さんは腑に落ちないようです。だからと言って、いつまでも頭にキノコを生やさないで下さい。新年早々、空気が悪くなる。あっ、ほら。なんだかんだそう思っているうちに私たちの番が来ました。
お賽銭にお金を入れて拝殿にある大きな鈴を鳴らし二礼二拍一礼、その間にお願いをします。この時期って土地神様は大変だよね。絵馬のお願いを聞き入れたりこうやって人が願う事を叶えたり。
「萌香は何を願ったんだ?」
「んー?秘密」
参拝が終わった後に聞かれたのは私の願い事。本当は一つや二つ、まだまだたくさんあったけど、そこから一つに絞って願いました。多分、心が広い土地神様なら叶えられるかな?そんなことを思いつつ私も鬼さんに聞いてみます。
「萌香の身長が伸びますように」
うわっ、これ絶対に着物を着なかった事と私が願ったことを秘密にしたからだ。それにしても、身長の事をネタにするとは鬼さん良い度胸していますね。ふんっ、今日の夕飯はおせち料理をやめてピーマン多めの野菜炒めにしてやる!
「その前に鬼さんの事を嫌ってやる」
「嫌いになれないくせに」
頬を膨らましていると鬼さんから頬を人さし指で突つかれました。見上げると楽しそうに笑う鬼さんの姿があります。確かに口では言うもの鬼さんを嫌いになるのは無理があるよ。これが、惚れた弱みって言うやつかな。
「宮川さん?」
帰り道、鬼さんと鳥居近くを歩いていると後ろから鈴が鳴るような綺麗な声が聞こえました。人混みでもしっかりと届くこの声は。
「火ノ江先輩、あけましておめでとうございます」
そう、火ノ江先輩です。箒を持っていることから、きっと今まで家の手伝いをしていたんだろうね。
火ノ江先輩は鳥居の柱に箒を立てかけると私の方を見て挨拶し、鬼さんの方を見ました。その視線に気付いた鬼さんは火ノ江先輩が私と同じく視える人と分かったらしい。
「オレは蒼鬼と言います」
お互いに自己紹介した後、火ノ江先輩は私にこの鬼とはどう言う関係なのかとストレートに聞いてきました。どう言う関係も何も私たちは見ての通りですと、指を絡め繋いだ手を見せてみると納得してくれました。
「保護者は鬼なのね」
「違います」
「付き合っているんだ。と言うか同棲?」
同棲と言ったのは鬼さん。その言葉を聞いた火ノ江先輩はいつものクールな表情を崩して素っ頓狂な声をあげました。滅多に聞かない声に珍しいものが見れたと思った次の瞬間。
「小娘!お前、異類婚姻譚なのか!」
出ました土地神様!そうだった必ず、火ノ江先輩の近くには土地神様がいるんだ。
「あんた、どこにいるのよ」
「おおっ!由紀子すまない」
現れた場所がちょうど火ノ江先輩の頭の真上。只今、土地神様は宙を浮いています。こうやって見ると立場的には土地神様が偉いのに今は火ノ江先輩が手綱を握っているような感じがする。
「なんで、土地神と萌香が知り合いなんだ⁉︎」
「色々ありまして」
えぇ、色々ありましたよ。まぁ、そこは置いといて今は土地神様のお話をちゃんと聞きましょうか。じゃないと、このわがまま神様、後々面倒くさいから。
「はぐらかさないでちゃんと言って」
「分かった、それなら帰ってからね」
ふと、火ノ江先輩と土地神様を見るとまだ驚愕の顔を浮かべてこちらを見ています。そうだ昨年、いぬがみさんから今時、人と妖のカップルが出来るのは珍しい事なんだと教えられたんだったけ。
「まぁ、お幸せに」
火ノ江先輩の口から出たのはそんなありがたいお言葉です。あぁ、そっぽを向き少しツンデレっぽく言われたのがツボでした。一方、土地神様はまだ目を丸くしたまま固まっています。
「人間のあやつじゃないのか」
「土地神様どうしたのですか?」
「いや、何も」
そう言って土地神様は青ざめた顔のまま、ふらりとどこかへ行ってしまいました。私、何か変なことを言ったのかな?不安になる中、私は火ノ江先輩が家のお手伝いをしていることに気が付きました。
「火ノ江先輩!お仕事をお邪魔してごめんなさい」
深々と頭を下げてその場から鬼さんと共に出ます。
* * *
実はこの後の予定は人間界で初詣をした後、妖怪界で初詣をすることとなっています。だから今、私たちは妖怪界に行くための通路に向かい中。
「土地神様とはね」
その道中に私と土地神様のお話を鬼さんに聞かせました。言うなら今だよね、もちろん、私の寿命の件については回避したり土地神様が私の寿命を奪おうとした事は別のことに例えたりして、なんだかんだと,ごまかしながら言ったかな。
「ねぇ、萌香って一体何者?」
絡めた手から伝わる鬼さんの体温を感じながら私は答えます。
「視えない者が視えるちょっと変わった女子高生だよ」




