123・萌香バースデー
お話の中での日付、12月13日は平日です
お母さんにはお父さんと結婚する前から元々、親の借金があった。その借金を返すために詐欺ったらしい。途中、暮らしが裕福になったのは、ただ単にお母さんのお給料がアップしただけ。
「ふむふむ」
で、話を詳しくすると、お母さんのお父さんとお母さん、つまり私からすれば母方のおじいちゃんとおばあちゃんは借金を返す半ば他界してしまったため今度はお母さんが肩代わりする羽目になった。
「なるほどね。昔で言うところの連座制か。あれっ?連座制ってこんな感じだったけ?」
ホットココアにチョコレートを入れて甘くしたのを飲みながらお母さんからの返事の手紙を読む。こうでもしないと複雑すぎて頭が回らないよ。
詐欺を始めたのは私が小学1年生の冬ごろ。ちょうど今の時期だ。それまでは、働いて稼いだお金をコツコツと借金返済に回していたけど、かれこれ、借金を返済し始めて数年。返しても返しても減らない借金に途方にくれてお母さんは悪いことと知りつつも悪の手に染まってしまった。
「その前に何の借金だろう」
手紙を最後まで目を通すと文章の終わりがけに母方のおじいちゃんとおばあちゃんが大きな事業で失敗し借金が出来たと書かれている。ついでに今では、もうお母さんの借金はないと言うことも書かれてあります。
「お母さんも苦労人なんだ」
それでも、やっぱり何が何でも追い詰められても嫌になっても自分の手を黒く染めちゃダメだよ。はぁ、私は今までなんでお母さんに詐欺った理由を聞かなかったんだろう。なんて、自問自答してみたり。
そう突然、お母さんと離れ離れになりました。はて、お母さんは悪いことをして刑務所です。会えるのはあと8年後です。家は無くなりました、でも、借金はあります。今度住む家は妖怪と幽霊がたくさんいるお寺です。
それが、小学2年生の時にのしかかって来たんだよ。例え、人には視えない者が視える私でも、は?って固まるよね。だから、私の頭の中では、まだその固まったままの自分と聞くのが怖い自分の2人がいて、なかなか聞けなかったんだ。
「これ、お父さんが聞いたら言い訳に聞こえるかな」
それと、今はまだ鬼さんが帰って来ていない時間だから私の自嘲気味に言った独り言を聞かれなくて良かった。だって、重いもんね。こんな重い話、鬼さんいや委員長にさえ話せないよ。まぁ、私の家の事情を知る知り合いのお坊さんなら言っても大丈夫だと思うけど。
「あれ?」
確か私が送った文章には修学旅行の事と詐欺った理由とお母さんが出所した後の話を書いたはずだけど、手紙をよく見ても出所した後、どうするのかの返事はまだ書かれていない。と言うことはまだ先の話は未定と言うことだ。そりゃそうか、これはお父さんの意見も必要だからね。
「ただいま」
「あっ、鬼さんおかえりなさい」
私は読んでいた手紙を丁寧に勉強机の引き出しの中にしまって仕事から帰って来た鬼さんを笑顔でお出迎えしました。
* * *
寒さも厳しくなった12月の中旬。
目覚ましの音で起きて、おはようの声と共に鬼さんから誕生日のお祝いの言葉をもらいました。そう、今日は12月13日は私の誕生日です。
「今日は萌香の誕生日だから朝ごはんとかオレ作るよ!」
「朝ごはんは私が作るから。あっ!それなら、一緒に作ろうか」
鬼さんの料理の腕は分かっています。だから、一人で任せると取り返しのつかないことになってしまうので、ここは一緒に作ると言う選択肢を選びました。これなら、鬼さんのありがたい気持ちも組めて朝ごはんを作れるの一石二鳥。
ささっとベッドから起きて顔を洗ってエプロン姿に変身。もちろん、鬼さんも同様です。さて、学校に行くまでにはまだ時間はあるから、何が起きてもゆっくりと対処できるぞ。
「鬼さん、卵…割れる?」
「オレの料理のイメージってそんなに酷いのか」
割れると思うけど、殻とか入ってそうだな。と思っていた矢先、鬼だから力が強いのかな?卵焼きの卵を自信満々に割ってくれた鬼さんの手先にあるボールの中には、卵白と卵黄と卵の殻が綺麗に混ざっていた。
「仕事は出来るのに」
「鬼さん、仕事と料理は違うから」
やっぱりやらかしたね。でも、本当に時間があって良かったと思うよ。そんな鬼さんに私はオーブントースターでパンを焼いて欲しいとお願いしました。焼くくらいなら大丈夫だよね?鬼さんはオーブントースターの目の前で焼かれる食パンと睨めっこ。別にそこまで見つめなくても3分したら焼けるから。
「良い感じに焼けてきた」
「本当だ」
「萌香、作るの早い」
私の手元には朝ごはんのおかずがあります。今日は私の誕生日なのでいつもよりちょっと豪華にしました。これくらいなら、もう少し料理の腕が上手くなった鬼さんでも作れると思う。
「プレゼントは夜に渡すから楽しみにしてて」
「そうか、私の誕生日忘れてたんだ。だから、昼間に買ってきて夜に渡すのね」
「ち、違うから!それは絶対に違うから」
「分かってるよ。今の冗談なのに」
朝からやり取りがあり、学校に着くとあやのちゃんやゆいちゃん、いつもいるメンバーから誕生日のプレゼントを貰いました。プレゼントはなんと、めいちゃんからは片手サイズの小さないちご牛乳の紙パック2個。ほのかちゃんからはカルシウム入りクッキー。ゆいちゃんからは『成長期を応援!これを飲めばあなたも背が伸びるよっ!』と言うCMのキャッチコピーで有名なココア味の乳飲料。
「これは、見事に身長系のプレゼントだ」
「萌香の成長を願って」
「みんなで考えたの」
「あの、みなさん。私の身長ネタ多くない?」
「ちょっと待って。私からもあるからね」
慌てているあやのちゃんから貰ったのは1枚の小さなファイル。中を見ると火ノ江神社の夏祭りの時の写真から体育祭の時の写真、それに、修学旅行の写真もありました。つまり、あやのちゃんからの誕生日プレゼントは写真集。
「あっ、これ飛行機の中で撮ったやつだ」
しかも、私の寝顔。いつの間に撮ったんだ。それに写真集の中には隠し撮りっぽいのもあったり。いや、すごく嬉しいんだけど、本当にいつの間に撮ったの⁉︎
それからと言うもの、廊下を歩くと他クラスの生徒からお祝いの言葉を貰ったり担任のパシリとしてプリントを届けに行った2年生や3年生のクラスでは誕生日プレゼントとしてお菓子をたくさん貰いました。
「なんで、上級生が私の誕生日を知っているんだろう」
「女の情報網はすごいのよ!」
私がボソッと呟いた言葉を聞いた3年2組の演劇部の先輩からそんな事を言われました。うーん、女の情報網って恐ろしい。噂が立てば直ぐに広がりそう。
帰りのHRが終わったあと。なんと委員長からもプレゼントを貰いました。流石、委員長!身長系じゃなくて普通の美味しそうなクッキーです。
「カルシウム入りじゃないよね」
「ん?カルシウム入りが良かった?」
「ううん!違うの。これには深い訳がありまして」
私は貰った誕生日プレゼントの事を話しました。それから話は進み、なぜか我楽多屋にいぬがみコーポレーションの社員たちが押し寄せてきたと言う話になったり、これから部活だと言う委員長の足を止めてしまった。
「委員長、聞いてくれてありがとう。あと、足止めてごめんね」
私は委員長と教室で別れると急いで下駄箱で待っているゆいちゃんの元に向かいました。そう、急いでいる時こそ何がある。もうすぐで下駄箱と言う時、後ろから綺麗な声の人に呼び止められました。この声は火ノ江先輩です。
「今帰り?」
「はい」
「この前のお土産、美味しかった。ありがとう」
「いえいえ〜」
すると突然、火ノ江先輩の頭の上からひらりひらりと独特な甘い香りと共に桜の花びらが舞い落ちてきました。マジックのように白い煙を出して現れたのはお久しぶりの土地神様です。相変わらず目つきが鋭いですね。
「土地神、なんでここにいるのよ」
「由紀子、そんなに冷たくしないでくれ」
土地神様が由紀子と言うのはなんか違和感がある。いつも火ノ江先輩と呼んでいるからかな。そん考えていると火ノ江先輩は私の方に向き直りました。火ノ江先輩には私から土地神様と和解したことは伝えてあるので、その事には触れないはず。何を言われるのかと思っていたら。
「今日、あなたの誕生日なのね。おめでとう」
「一歩、ババアに近付いたな」
「火ノ江先輩、ありがとうございます」
土地神様のセリフは華麗にスルーしましょう。女の子に対してババアとは失礼ですからね。ババアと言うなら土地神様の方がババアだよ、と言い返したいけど、それを言ってしまうと私の方が精神的に幼く見えてしまうので口を閉じました。
「もえちゃん?」
「あっ、ゆいちゃん」
「友達待たせていたのね」
「いえ、良かったら火ノ江先輩も一緒に帰りませんか?」
「ありがとう、でも私にも待たせている友達がいるの」
火ノ江先輩の目線が私の後ろを向きました。私も振り返って見ると、優しそうな可愛い女の子が下駄箱で待っていたのです。へぇ、火ノ江先輩の友達って初めて見たかも。
バイト先の我楽多屋でも誕生日プレゼントとして蓮さんとククリちゃんからお菓子と孫の手を貰いました。孫の手ですよ、猿の手じゃなくて孫の手。何でと思ったら最近、ククリちゃんが孫の手を使って便利だったからだそうです。
「ククリちゃんからの孫の手、大事にするね」
「うむ、よきにはからえー!」
あと、我楽多屋にいた油赤子のあーちゃんからは小瓶に詰まった油を2本貰いました。今日は貰ってばかりだな。ちゃんとみんなに感謝しないといけないね。
* * *
家に帰りたくさん貰ったプレゼントを簡易テーブルの上に置きました。それを見て思う。歳をとったと言うことは土地神様の言ったとおり一歩、ババアに近付いたと言うこと。それはつまり、寿命に一歩近付いたと言い換えれる。
「こんなに幸せだと後が少し怖いな」
誕生日なのに、何をシリアスに思っているんだが。ええぃ!今日はもうそんなしんみりする日じゃない!頭を左右に振ってしんみりとした考えを消していると背後からクラッカーが鳴る破裂音が3回連続して聞こえて来ました。驚いと振り返ると案の定、クラッカーを片手に持ち、悪戯っ子のような笑みを浮かべた鬼さんがいたのです。
「びっくりした〜。ねぇそのクラッカーは」
「萌香が修学旅行に行っている間に部屋にあったのを見つけたから使ったよ」
あのクラッカーは見覚えがある。随分、前だけど私が鬼さんに視えることを伝える時に使おうとしたクラッカーだ。確か5個中2個を使ったままだから残り3つが余っていたんだ。でも今、鬼さんが全部使ったからもうなくなっちゃった。
「それと、はいこれ」
鬼さんから渡されたのはピンク色の袋で可愛くラッピングされた手乗りサイズの何か。リボンを解いて中を確認すると。
「可愛い!」
鬼さんからのプレゼントは柔らかい薄茶色と白の毛並みに小柄で特徴的な耳が垂れたネコ。スコティッシュフォールドのぬいぐるみでした。この垂れ耳具合がなんとも言えない。うわー、本当に可愛い。いぬがみさんと同じくふわふわもふふふで抱きしめていると暖かい。
「ソウキ、ありがとう」
「こう言う時に名前で呼ばれるのはこそばゆいな」
鬼さんも顔を赤くして照れてました。そんな表情も可愛いなと思ってみたり。気が付いた時には自然と笑みがこぼれていました。そんな鬼さんに私からのお返しです!
「鬼さん、目を瞑って」
スコティッシュフォールドのぬいぐるみを簡易テーブルに置いて、鬼さんの両肩に手をかけます。何も言わずに笑顔のまま目を瞑ってくれる鬼さんに私は背伸びをして顔を近づけようとしましたが身長差があり過ぎた。
「う〜ん」
背伸びしても鬼さんの顔に近づけない!今更、しゃがんでなんて言えないし。どうしよう。私も目を瞑って精一杯、これでもかと背伸びしていると頭の上の方から鬼さんの笑い声が聞こえてきました。ぱっと目を開けると額に柔らかくて暖かいものが触れます。
「私がしようとしたのに」
「背伸びして頑張る萌香が可愛かったからつい」
あぁ、本当に幸せ過ぎて怖いよ。なんて思いつつ緩んだ口元を片手で押さえ鬼さんを見上げました。




