120・温もり ~ソウキ~
萌香が帰ってくるその日、オレは仕事を早く終え、仕事先の先輩から飲み会に誘われたけど断って急いで家に帰った。実は、萌香が修学旅行に行く少し前からいぬがみコーポレーションの28部署で仕事をしている。
しかも、その部署には萌香と知り合いだというメリーさん、飛頭蛮、キィの3人組がいた。もちろん、28部署にはその他の仕事仲間もいる。そして、現在オレは萌香を自分の膝の上に乗せ、後ろから抱きしめて充電中。
「萌香」
首筋に顔を埋めれば、萌香の髪からほのかにシャンプーの爽やかな香りがする。同じ物を使ってもなんでこうも匂いが違うんだろう。萌香の名前を呼んでからしばらくしても反応がない。
「萌香?」
胸辺りにある萌香の顔を上から覗くと、目がとろんとしいて、今にも寝てしまいそうな勢いだ。でも、それもかわいいな。少しの間、萌香の眠そうな顔を堪能してから、オレはまた名前を呼ぶ。
「萌香」
おっ、目が開いた。どうやら、今ので意識を取り戻したらしい。それでも、眠そうだけど。
「修学旅行、楽しかった?」
「んぅ、楽しかったよぉ。あれぇ?私、夕飯の時に鬼さんに修学旅行の話しなかったぁ?」
「まだ、オレ修学旅行の話聞いてないよ」
「そぉっか」
まだ、寝ぼけているのかとろけた目に呂律が回っていなくて舌ったらずな言い方がこれまたかわいい。もう、かわいくて心臓辺りが痛い。うわ〜オレさっきから萌香の一つ一つにかわいいしか思ってないな。そんな風に考えていると萌香がぽつりぽつり修学旅行の話をしてくれた。
「キジムナーに会ったんだよ」
「沖縄と言えばあいつらだよな。何か悪いことはされなかったか?」
「されなかった」
名前は聞いたことある奴らだけど、どんな性格の奴かは知らないから、不安だった。でも、萌香の体を見るにどこも怪我はないから危害を加える様な奴らではないと安心した。すると、突然、萌香が立ち上がろうと腰を浮かせる。
「萌香、どこ行くの?」
「鬼さんにプレゼント渡すから取ってくるの」
行くな!それがオレの本心。たった、キャリーケースまで十歩には満たない距離だけど、今、萌香を離したくはない。だから、オレは抱きしめる腕の力を強くして萌香を膝の上に座らせた。
「明日、休みだし。その時で良いから」
「良いの?」
「だから、今はこのままが良い」
しばらく会えなかった反動かいつもよりも近く、一緒にいたいと思う気持ちが強くて言ってしまった。それに、萌香の背中から伝わる体温はカイロのようで暖かく尚更、離れたくない。本当、子供って体温高いよな。
「鬼さん、ちゃんと料理できた?」
「作ったには作ったけど、はい、精進します」
ふられた話題は料理について。いや、ちゃんと料理はしたけど出来た品がある意味凄まじかった。見た目はモザイクを掛けないといけないレベルで、勇気を出して食べてみると味がなかったというね。改めてオレの料理スキルが皆無なことを知れた3日間だったと思う。
「でも、食器洗いをして私のマグカップを割ったって言うことはちゃんと作ったって証拠だよね」
顔はテレビに向いているけど、声と口調からして、まだ、怒っていると分かる。おかしいな、電話越しではお揃いのマグカップを買ってくれたら許すとか言ってなかったけ?
「遠回しに言ったな」
「そぉ?」
分かってるくせに、わざと言ったな。オレはちょっとした仕返しに萌香の頬をつんつんした。すると、萌香の頬はリスみたいに膨らみ世界で一番かわいい生き物に変化。うわっ!世界で一番かわいいとか思っている時点でオレは相当な萌香廃だ。
「萌香が猫ならオレのマグカップは犬にしようかな」
「犬柄ね。あっ、なんだか鬼さんに合ってる気がする」
オレは犬に似てるのか?気まぐれなところがあったり猫みたいに甘えてくる時がある萌香が猫に似てるのは分かるけど、オレはただ単に猫なら犬って感覚で言っただけでなー。でも、せっかく萌香が言ってくれたんだしマグカップは絶対に犬柄にしよう。
「そうか?」
「そうだよ」
そう言うなり萌香は目を瞑って気持ち良さそうに寝ようとした。いつも、思うんだけど萌香って毎晩、オレと一緒にベッドで寝てるし危機感ってものがないのか?オレ、これでも一応、男だし危ないよ?と思う反面、信頼しているからと言う気持ちもある。とにかく!
「萌香、無防備すぎ」
「んぅ?」
オレは眠そうにしている萌香を起こすように、首筋から鎖骨にかけて優しく人差し指でなぞってみた。さて、どんな反応するのかな?
「くすぐったいよ」
おっと、いつもと違う反応。普段なら身を捩って何がなんでも逃げ出そうとするけど今回はスボンをしっかりと握って耐えている。こんな萌香は初めてかもしれない。だからこそ、オレは萌香の肌に直接触れていじわるをしてみた。
「嫌じゃないの?」
萌香が一番、かわいい反応する耳元で意識して誘うように言うと肩が微かに動いただけで反応がなかった。
「どっち?」
もう一度、聞くと。帰ってきた言葉は意外なものだった。
「眠い」
そうか、眠いのか。萌香は目を擦って欠伸をしている。
「答えになってないけど」
「んぅ」
「眠いの?」
「…んぅ」
「萌香」
「……んぅ」
「好き」
そう言ったあと、萌香は自分の体を動かしてオレと向かい合わせに膝立ちをする。しかも、目線はオレに合わせてだ。
「ソウキ」
『鬼さん』じゃなくて『ソウキ』と呼ばれた。眠気をたっぷりと含んだその声は妙に色っぽくて、心臓が跳ね上がる。
驚いているのも束の間、いつの間にか首の後ろに腕を回されていて、気が付いたら目の前に萌香の顔が近くて…
「んっ…おやすみ」
右頬に触れるだけの軽いキスをされた!いつもはオレからするのに、今日珍しく萌香からだ!しかも、キスしたあとは、本人、自覚してないと思うけど色っぽく微笑んですやすやオレの胸で寝る始末。
「拷問だぁ〜!!」
誘った本人は、そうじゃないかもしれないけど、寝てるから手が出せない。これは、オレが萌香のマグカップを割った罰か?オレは熱くなった顔を片手で覆いながら悶える。
「うわー」
キスしたあとに寝るとか本気で勘弁してくれ!ついでに言うならオレの鳩尾辺りくらいに萌香の温かくて柔らかいものが当たっていて、オレの理性的なものが限界を越えようとしている。でも、寝ているところを襲うだなんて、それは卑怯と言うかなんと言うか。
「やられたぁ」
この悶々とした気持ち、どうやったら静まるんだろう。
あっ、そう言えばオレも萌香に渡さないといけない物があった。確か、あれは萌香の勉強机の引き出しにしまったままだったはず。オレはつい2日前に来た、萌香の母親からの手紙を思い出した。
萌香の母親についつ俺が知っていることは、何かの罪を犯して刑務所に入っている事。唯、それだけだった。
萌香の母親って一体どんな人なんだろう?




