116・結末が見えていても
委員長視点
始めての衝撃を受けたのはあの日の夜、バス停で座っていると見たこともないような、ド派手なショッキングイエローのバスが来て、その中からまるで、カップルのように手を繋いだ宮川さんとソウキさんが出て来たんだ。
「行く行くは結婚して」
ソウキさんが言った一言は最初、冗談かと思ったけど違う。目には真剣味が帯びていて話を聞いた宮川さんの表情は頭を抱えつつもちょっと嬉しそうだったのを僕は覚えている。
次は修学旅行の2日目、午前中に美ら◯水族館に行った時、旅行団体の流れに乗ってしまった水戸部と芹沢と離れ離れになりふらふらと水族館を彷徨っていたら、僕と同じく迷子になっている宮川さんに出会った。
「宮川さんが良ければ一緒に見に行かない?」
「えっ…」
「あっ、気が乗らないなら」
「ううん、違うよ。じゃぁお願いしようかな」
夏祭りの時みたいに、宮川さんを誘ってみたら、一瞬戸惑われていつも通りに戻った。今の躊躇いの間に何を考えていたんだろうって思ったりすごくもやもやした気持ちになった。で、結局は宮川さんと行動を共にすることになって暫く歩いていると宮川さんはアナゴの水槽の前で立ち止まる。
「このアナゴ、天ぷらにしたら鬼さん喜びそう」
「鬼さんって、この前の」
「うん、委員長とバス停で会った鬼さんだよ」
とびっきりの笑顔で言われてかわいいなと思ったけど、それと同時に失恋フラグが立ってきたような気がしてきた。だから、僕は確認するように宮川さんに聞いてみると。
「好きなの?その鬼さんの事」
顔を赤くさせてしどろもどろになる宮川さん。
あぁ、この反応は…
修学旅行の3日目、民泊先から帰る船の中で一際目立つ声の方を向くとそこには宮川さんといつものメンバーがいた。
「萌香は泣かないのか?」
「やっぱり最後は笑顔でさよならしたいって思うから、私は泣かないよ」
「そうかー、泣くなら彼氏の胸で泣きたいのかー。もーう萌香ったらー」
「ほのかちゃん!私そんな事、一言も言ってないから」
「おっ、なんか楽しそうだね」
『彼氏の胸で泣きたいのか』嫌でも聞こえてしまったその情報には幾つか思い当たる節があった。宮川さんと話したりすると、その答えに一歩近づいたような感じがする。修学旅行の初日はそんな事、思ってもみなかったけどな。
憂鬱な気分のまま修学旅行は3日目に突入し、事が起きたのはとあるお土産店でのこと。キィから頼まれていたお菓子を探していたら、ちょうど最後の一つがあった。これまた、何かの悪戯か、僕が手に取ったと同時に宮川さんも取っていた。
「委員長!ここは、譲れません!」
「キィからの頼まれ物なんだ」
「うっ、キィさんからなんだ。でも」
僕もいつも通り、自分が譲れば良いのになんで譲らないんだろうなと思っていたら。次の瞬間、宮川さんがはっきりと言う。
「これはソウキのお土産なんです」
『鬼さん』じゃなくて『ソウキ』か。咄嗟に言った言葉って意外と本音に近かったり。なんて事を考えていたら自然と手の力が緩くなっていたのに気づく。結局、お土産は小さな女の子に譲って終わった。
修学旅行ってこんなに重いものだっけ?
ここ数日、ずっと考えてばかりだ。
そう…考えてばかりで僕は行動していない。宮川さんに好きとも言ってないヘタレのくせに何を勝手に失恋モードに入ってんのさ。一体、僕は何がしたいんだ!動けよ自分!頭では分かってるのに体が動かない。それが無性に苛立ってくる。
「委員長はキィさんに何を買ったの?」
やや自滅的になっている中、宮川さんから聞かれた質問に対して答えた。今、僕はいつも通りに宮川さんと話せているかな?そんな不安になりながらも、話題を変えて宮川さんの足元にあるお土産について聞いてみた。
「バイト先の人とか?」
「そうだね。後はキィさんとメリーさんと飛頭蛮さんといぬがみさんとお父さんと蓮さんと、ククリちゃん。火ノ江先輩かな」
「多いね。あれっ、鬼さんって言うかソウキさんは?」
うわー…言った後ですごく後悔した。僕、何言ってるんだろう。ここで、わざわざ、ソウキさんの事について普通、話題を振るか?どうやら、今の僕は頭が働いていないらしい。いや、頭が働くどころの話じゃない。
「あっ、言い忘れてたけどちゃんと買ったよ」
案の定、宮川さんはお土産の袋から色々と取り出してドヤ顔。ソウキさんの事になると楽しそうに話したり僕といる時よりも輝くような笑顔になったり。
「ちなみに、宿泊先にいたキジムナーにも作ってあげたんだ」
「そうなんだ」
あぁ、今、宮川さんは幸せなんだな。
* * *
旅館へ着いて部屋に入り広縁から夕日が沈む海を見ていると後ろから誰かに突撃され危うく窓から外に落ちるところだった。
「委員長ー!夕日と共に沈むなー」
「痛って、別に沈んでないけど」
突撃したのは水戸部。あと、暑苦しいからベトベトくっ付かないでくれないか?そんな目で水戸部を見ていたら、口元を隠し顔を赤くして照れながら、そっぽを向く。
「委員長、オレはお前とそんな関係に」
「気色悪いっ!」
「ぐはっ!」
水戸部が言ったことは冗談だと分かっているけど、それでも、気色悪かったからつい脇腹を思いっきり突いてしまった。まぁ、別に水戸部だから大丈夫だろう。
「ふっ…よし!いつものツッコミ委員長に戻ったな」
「何それ?」
「いや〜修学旅行中の委員長が沈んでいたから、ちょっと元に戻そうかと思って」
本当に沈んでいたから否定はしない。そうか、僕が沈んでいたことは丸わかりだったんだ。それなら、他の人にも知られていたのか。
「えっ、委員長沈んでいたのか?」
「そうだよ芹沢。お前はまだまだ観察力が足りないなぁ」
話に入ってきたのは同じ部屋になった芹沢。どうやら、僕が沈んでいたのを知っていたのは水戸部だけだったらしい。うわー、出た水戸部のドヤ顔。なんだ、最近はドヤ顔が流行っているのか?
「悩みなら、お兄さんが聞いてあげるから言っちゃいなよ」
にやにやする水戸部が僕の肩に腕を回してくる。それに、口調もわざとらしい。でも、長年の付き合いで水戸部がこの口調で言っている時は結構、真剣な時だ。口調は残念だけど。
「大体、予想は付くけどな」
「あぁ、そうだ。修学旅行中、どうしたら水戸部のドヤ顔を見ることなく過ごせるかって考えてた」
「委員長ってそんなキャラでした⁉︎」
すると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。僕は頭にキノコを生やして寝転ぶ水戸部をその場に放置し、廊下に出るとクラスの男子から、今から浜辺でクラス写真を撮ると言われた。
「はい、シーサー!」
写真を撮る前、普通に宮川さんと話して写真を撮り終えたら部屋に戻る。たった、それだけの事なのに部屋に戻るとどっと疲れが出てきた。気分転換に広縁から海景色を見ても気持ちは晴れないどころか沈む一方 。
「はぁ」
なぁ、一体いつまで悩み続けるんだ?
「勇気出せよ」
僕は綺麗な満月が映る海を見ながら決意した。
* * *
『思い立ったが吉日』
現在の時間は夜の9時30分頃。今の時間なら2組の女子たちは風呂から上がって部屋に戻っているか旅館の中を探索しているかのどちらかだと思う。
携帯を使い、場所と時間を指定して会うことは出来るけど、僕としてはそれは嫌だ。なんと言うか失礼に当たるかなとか思ってみたり。
「ねぇ、宮川さんって見なかった?」
「あー、さっき卓球場にいたよ」
「ありがとう」
「どーもー」
旅館のフロントで同じクラスの女子に会ったから、宮川さんがどこにいるかを聞いてみた。すると、卓球場にいる事が判明。卓球場のドアの前に着くと一旦、息を整える。
「まずは時間と場所を伝えるだけだから」
そう自分に言い聞かせるように呟いてから中に入った。卓球場には大勢の旅行客や紅坂高校の生徒や他校の生徒が卓球をしていて、なかなか宮川さんを捜すのは難しいと思った。でも、よく見回すと宮川さんといつもいるメンバーが卓球をしているのが見えた。
「二階堂さん」
「あれっ!委員長一人?どうしたの」
平本 芽衣さん 、市原 穂花さん、村瀬 唯さんは揃いに揃って卓球に熱中していたから一人椅子に座って観戦していた二階堂さんに宮川さんがどこにいるか聞いた。
「今、もえかちゃんは電話しているよ」
「電話?」
「あー、その、相手…」
言いにくそうな表情。相手が言えないということは?水戸部と繋がる二階堂さん。そして、水戸部と一緒にこそこそと何かをしていたりする姿を思い出す。後は水戸部にはぼくが宮川さんを想っていることを伝えてある。色々なピースが頭の中で完成し、僕は一つの考えに辿り着いた。
「二階堂さんは知っているんだね」
「えっ!何を」
そこまで言って、袖で口元を抑える二階堂さん。
「ソウキさんについて」
「名前は教えてもらってないけど…って委員長⁉︎」
「今から言うつもりなんだ。それで宮川さんを捜していたんだけど」
二階堂さんは口元を抑えていた袖を下ろして、椅子から立ち上がる。
「知ってたんだ」
凛とした声は落ち着いていて、真っ直ぐ僕を見る目はどこか悲しそうな感じだった。そんな二階堂さんに僕は続けて話す。
「知ってるよ。それでも僕は言う。もしかしたら今までの友達関係が崩れるかもしれないけれど」
「委員長それは無いよ。その…しっかりとした理由は上手く言えないけど。大丈夫!」
話を遮って即答で言ってくれた。これは、友達だからこそ言える事なんだなと思いつつ、僕はもう一度、二階堂さんに宮川さんの居場所を教えてもらい足早と向かう。
「二階堂さん、ありがとう」
「フられて泣くなら水戸部君の胸で泣きなさいね」
「それは、嫌だな」
しまった、つい本音が出た。
* * *
二階堂さんに教えてもらった通り卓球場の部屋を出て右に曲がり突き当たりまで行くと綺麗な夜の海が一望出来るテラスがガラスドア越しに見えたのと同時にテラスでは海を見ながら電話する宮川さんの後ろ姿が見えた。
「じゃぁ、代わりにお揃いのマグカップ買ってくれたら許してあげます」
ドア越しでも声は漏れているようで、どうしても聞こえてしまう。その他にも。
「料理の腕は上達したの?」
「まぁ、頑張れ」
「お疲れ様ですね〜」
宮川さんの声は弾んでいて正直、聞くのは辛いものがある。でも、逃げない。きっと、少し前の自分だったら例え、告白しようとしてもこの場から離れた場所で待機して宮川さんがテラスから出てきたところで話しかけようとしていたかな。
「最後くらい、ヘタレから卒業しないとな」
自嘲気味に笑った僕は、壁に背を預け宮川さんの電話が終わるのを待った。そして、待つこと数十分。声が聞こえなくなり会話が終わったと思いドアに手を掛けると。
「私も好きです」
フられる事は目に見えている。
それでも…
これが最後だから、僕のわがままを聞いて下さい。
今回の委員長視点は難しかったです。
ちゃんと委員長の心理描写は出来ていたでしょうか?
うじうじ悩む委員長から、フられると分かっていても勇気を出して告白するようになる委員長。そんな感じを目指しました。




