109・イタリアンジョーク
萌香のお父さんが電話越しに出てきます。
お父さんは81話で出てきた以来かな
後日、蓮さんから色々と聞きました。聞いたのは良いんだけど、どうやら蓮さんは私に夜の我楽多屋をやらせたくはないそうです。
理由を聞いてみるとお客様の中には面倒な方々がたくさんいるらしく、そんな危ない所に私を置いておけないと言われました。
「なるほどねぇ」
鬼の居ぬ間になんちゃら。現在、私は鬼さんのいない部屋で、蓮さんから教えてもらった事をメモった紙を読み返しています。
パターン1、仮に黒鬼さんが妖怪界の烏天狗に捕まります。刑罰は妖力剥奪&刑務所の奥底で眠る事は確実。私達から奪った寿命は黒鬼さんの妖力に変えられているので妖力剥奪の刑を受ければ自然と寿命は戻ってくるらしい。
パターン2、黒鬼さんが自滅すれば自動的に妖力は私達の元へ戻ってくる。自滅と言うのは黒鬼さんの妖力があまりにも大き過ぎて我を忘れ暴走すること。
「はぁ」
どの道、寿命は戻ってくると安心していたんだけど、これって黒鬼さんよりも先に私がダウンしたらダメだよね。私がいなくなった後に寿命が戻ってきたらどうなるのかと思い、蓮さんに遠回しに聞いてみたところ、なんと返ってきた答えに驚きました。
「あーぁ」
行き場を無くした寿命はその血縁者の元に戻ると言われましたね。つまり、私で言うとお父さんとお母さんに寿命が行き渡り、お父さんとお母さんが長生きをすると言うこと。
私としてはお父さんとお母さんが長生きをしてくれるなんて嬉しいことだけど、今まで大切に育ててくれた親よりも先に逝くのは嫌だ。
「実感、湧かないな」
今、こうして生きているけど、もしかしたら私の人生は明日で終わるかもしれない。そんな『かもしれない』の日常で私は明日も暮らさなければならない。今の今まで寿命の事なんてもう『どうにもならない』『盗られたものは取り返せない』って思い込んでいる私と知り合いのお坊さんに相談しても、かえって余計な心配をさせて迷惑をかけると思い諦めている私がいた。
「ソウキ…」
やっぱり考えが変わったのは鬼さんのおかげかな。鬼さんを好きになってから、長生きしたいと思えた、でも、人間は妖怪よりも寿命が短い、その上、私は普通の人よりも短い。
例え寿命を取り返しても私は人間だから鬼さんよりも早く逝ってしまう。それでも、一秒でも0、0001秒でも鬼さんの隣にいたいと思う私がいる。
「そんな願い、叶わないかな」
かと言って、今の私に何が出来るの?
指名手配されている黒鬼さんを捜し出して妖怪界の警察に差し出す?その前に私は黒鬼さんを捕まえられる?
きっと、この事を鬼さんに話したら黒鬼さんを捜しに行くだろうね。でも、相手は寿命を奪って強くなった鬼だよ。万が一、鬼さんの身に何かあったらって思うと絶対に言い出せない。
「どうする事も出来ないのかな?」
私の言葉は土砂降りの雨の音で掻き消されてしまいました。
* * *
雨は更に勢いを増して降っています。
チャッチャラチャラララン、チャッチャッー
「ん?電話だ」
土砂降りの雨を見ながら考えていると私の携帯に着信音が鳴りました。電話を掛けてきたのは鬼さんではなくお父さんからです。あっ、この前の電話で11月の下旬くらいに日本に戻ってくるって言ってたよね。もしかして、今日の電話はそのことだったりして。
「もしもし、萌香です」
『おぉ!萌香、元気か』
スッパーンと突き抜ける爽やかな声が電話越しに聞こえてきました。この声の時はお父さんの調子が絶好調の時だ。と言うことは、もう怪我が治ったって証拠かな。良かった、本当にお父さんの怪我が治って良かったよ。
『実は萌香に話さなければならない事がある』
「なになになに!どうしたの?そんなに改めて言われると、こっちが身構えるよ」
爽やかな声から一変、声的にも低くて悲しそうで、これは長年の直感で良くないことだと悟りました。また、怪我したとか言わないでよね、もうお父さんが痛い思いをするのは嫌だから。
『良いかよく聞いてくれ。萌香には』
どうか、危なっかしい話ではありませんようにと心の中で叫びながらお父さんの言葉を待っていると、次に出てきた言葉は予想の斜め45度を遥かに突き抜けたものでした。
『萌香には双子の弟がいるんだ』
「えっ!私は双子だったの⁉︎そんな、えっ、嘘でしょ。しかも、私がお姉ちゃん!」
『名前は萌太郎』
「じゃぁ、私の弟は今どこにいるの⁉︎」
はいはいはい、今日はエイプリルフールでもない11月だから、これはきっとお父さんなりのアメリカンジョークと言うやつですよ。でも、今お父さんがいるのはイタリアだから、イタリアンジョークか。それにしても、萌太郎は流石にないでしょ、萌太郎は。桃太郎かっての。仕方が無い、しばらくお父さんのイタリアンジョークに付き合いますか。
『今、萌太郎は北海道に住むお父さんの知り合いの老夫婦のところで暮らしている』
「お父さん、もう少し詳しく教えて!私、弟に会いに行きたいの!」
『もちろんさ、じゃぁ今度お父さんが日本に戻って来た時に一緒に行くか』
お父さんのジョークに付き合っていたらここまで来てしまいました。これはどこまで続くのだろう。はぁ、たまにお父さんはこんなジョークを飛ばしたりするんだよね。もしかしてお母さんはお父さんのこんなところに惹かれて好きになったのかな?いや、それはないか。
「行くよー。で、イタリアンジョークはここまでにして」
『えー、楽しかったのに』
ほら、やっぱりイタリアンジョークだったよ。私が苦笑いしていると電話の向こうから誰かがお父さんの名前を呼ぶ声が聞こえてきました。すると、お父さんは英語でペラペラ〜と何かを話した後、私との会話に戻ってきました。
「仕事に戻れたんだ」
『あぁ、2週間前から仕事をしているよ。今まで休んだ分、ちゃんと働かないとな』
「無理しないでね」
と言うことは、お父さんは退院したんだ。私、お父さんから退院したっていう単語は一度も聞いてないけど。
「それで、いつ日本に戻って来るの?11月の下旬くらいって聞いていたから、もう少しだよね」
『あー、それの事なんだが』
あれ?今度は歯切れの悪い言い方。あっ、なんとなーく予想が出来たかも。多分、今まで休んだ分の仕事が一気に流れ込んできて、今、手を話せない状況だから日本に帰れるのは先延ばしになる。ってお父さんは言おうとしているんだと思う。
「仕事が忙しくて日本に帰れるのは先延ばしになるんでしょ?」
『なんで分かった!えっ、声に出てたか⁉︎』
「ふふ、女の勘だよ。じゃぁ、11月がダメなら今度はいつ戻って来るの?」
12月に帰れるって言ったり11月の下旬くらいに帰れるって言ったり、お父さんは忙しい人だね。
『年末くらい。いつも、寂しい思いさせてごめん』
「何、言ってるの私は大丈夫だよ。友達もいるし大家さんもいるしバイトの店長さんだっているし、お母さんとも手紙でやり取りしているし」
『うう、なんだか萌香と会えないように誰かが邪魔をしているみたいだ』
お父さん、私に会えないからって誰かのせいにしちゃダメだよと、心の中でツッコミを入れました。それから話がコロコロと変わって、お父さんの惚気が始まったり仕事場で仲良くなった方々のお話を聞いたり。もちろん私のことも話しました。
「それじゃぁ、元気でね。無理しないように」
『嫌だ、まだ萌香の声が聞きたい』
「お父さんは、私の彼氏かっ!」
そう言うのはお母さんに言ってあげて下さい、きっと泣いて喜ぶと思うから。ようやく、お父さんとの電話が終わると私は蓮さんから聞いた事をメモった紙を通学カバンの中にある内ポケットに仕舞い夕飯を作り始めました。
「年末か…」
* * *
鬼さんと一緒に妖怪界に行ったり、普段と変わらない生活をしていて少し忘れていたけど11月の下旬には紅坂の後期イベント、修学旅行があります。
「と言うことで明後日から私は3泊4日、修学旅行に行ってきます」
「何それ楽しそう、オレも行く」
「鬼さんは紅坂高校の学生でも人間でもないから修学旅行には行けないよ?」
一昔前の王道漫画のように右手に持っていたスプーンを簡易テーブルの上に落とす鬼さん。ちなみに今日の夕飯はカレーです。
「オレ、人間になりたい」
「無理な話だね」
「ぐはっ!」
「それに、3泊4日だけだからちゃんと帰ってくるよ」
「3泊4日も!」
『だけ』と『も』の違いでちょっとケンカ中。でも、ケンカはすぐに収まります。
「それで、修学旅行はどこなんだ?」
「シークヮーサーとちんすこうとシーサーが有名なところ」
「沖縄か」
そう、修学旅行は沖縄。1週間前くらいに修学旅行の栞を貰ったのであとは行く準備をするだけ。もう、大方準備は出来ているので一安心です。
「お土産は何が良い?」
「オレは萌香が帰って来てくれるだけで充分だから何もいらないよ」
言うと思った。鬼さんはこう言っているけど、せっかく沖縄に行くんだし何かお土産の一つでも買おうと考え中。そうだね、紅芋タルトとかお菓子系を買おうかな。あっ、お土産は蓮さんとククリちゃんにも買わなくちゃ。あとはお父さん、メリーさん、キィさん、飛頭蛮さん、いぬがみさん、うわー大勢いるな。
「3泊4日か…」
鬼さん、死んだ目で言わないの。
どうやら、カッパさんにお土産はないそうですね…
それと、今回は萌香とお父さんのやり取りは
こんな感じですよーと伝えたかった思いが
ありました。
ちなみに
萌香の着信音は笑点のワンフレーズ




