108・雨の日にはご注意を
37・これは犬?
のお話が少し出てきます
11月も残り後少しとなった今日この頃。
いつも通り我楽多屋でお客様の相手をしたり汚れたアンティークを磨いたりしていると、蓮さんから一枚のポスターを渡されました。
「その、ポスターはドアの近場に貼ってくれるかな」
「はい」
丸められたポスターを広げ、何が書かれているのかなーと思い見て見ると。なんと!居酒屋『遊楽亭』で見たあの指名手配のポスターでした。実は、まだプレハブ小屋にいた烏天狗の黒山さんに盗られた寿命について詳しい事は聞けていない状況。
本当は飲み会の後に聞きに行こうとしたんだけど、そうすると自然に鬼さんも付いてくるよね。あのお方、変なところで勘が鋭いから、出来るだけ一緒には行きたくないのが本音。もし、知られたらどんな表情をするのかも予想できるしその後の行動も簡単に予想できる。
「黒鬼?」
私から寿命を奪った西園寺先輩の顔写真の下には大きく『黒鬼』という文字が書かれてありました。この名前が西園寺先輩の本名なのかな。それなら、もう西園寺先輩とは呼ばずに黒鬼でいいや。ついでに名前の下には罪名と逮捕に至るまでのお話が書かれてあります。
『事が発覚したのは、妖怪界によく来る人間の通報からだった。どうやら、その人間は寿命を盗られはしなかったが危険な目に(以下省略)』
「萌香ちゃんどうしたの?」
真剣に指名手配を見ていると私の頭の上から蓮さんの声が降ってきました。見上げると、いつもは細い目をしっかりと開けた蓮さんがいたのです。私は驚きのあまり開いた口がふさがりません。おっと、これ以上口を開けるのはバカな子に見えるからやめよう。
「あの、もしこの黒鬼を捕まえたら黒鬼はどうなるんですか?」
「それは妖怪界の刑務所みたいなところに入れられるらしい」
あっ、そうだ。基本は人間界と変わらないっていぬがみさんが言ってた。
「盗られた寿命ってどうなるんだろう」
「んー、僕も知らないなー。あっそうだ、黒山君に聞いてみよう」
「黒山君?」
ちょっと答えを予想しつつ蓮さんに聞いてみると、やっぱりプレハブ小屋にいたあの黒山さんの事でした。確か、我楽多屋は夜になるとたくさんの妖怪達が来るって言ってたような気がする。
「いぬがみ君と同じでよく、ここに来る常連なんだ。よくって言うか毎日かな」
「へぇ」
私も直接黒山さんから聞きたいな。夜の我楽多屋が始まるのは9時からだったけ?時計を見ると後、2時間で始まる。
「私も黒山さんから聞きたいです」
「いや!僕が聞いておくから萌香ちゃんはいつも通り帰って良いよ。それに萌香ちゃんが夜遅くまでここにいるとソウキ君、寂しがらない?」
あー…なんとなく予想できるな。電話とか1分おきに掛かってきそうだし、最悪ここに来そう。でも、理由を言えばちゃんと分かってくれると。
「ダメだ深く追求されそうだ」
しかも、相手は男性。仕方が無い、ここは蓮さんにお願いしてもらおうか。私はポスターをドアの近くに貼りながら蓮さんに頼みました。ん?あれ、おかしいないつもなら私と蓮さんが話しているとククリちゃんが会話に入って来るのに今日は入ってこない、と言うか店内にククリちゃんがいない。
「蓮さん、さっきからククリちゃんの姿が見えないのですが」
「ククリなら今、火ノ江神社の裏山の奥にいるよ」
裏山の奥?えっ、なにそれ。ククリちゃんは今、山籠りしているのでしょうか?蓮さんの言葉が飲み込めず固まっていると、さっきまで開かれていた目が急にいつもの糸目になり両手を左右に振って慌て出しました。
「あっ、ごめん。説明が不十分だったね」
蓮さんの目が開いたり閉じたりするトリガーは一体なんでしょう。知っている人がいたら是非教えて。
「実は夏休みにククリが出会ったケルベロスをつい2日前まで親戚に預けていたんだ」
「ケルベロスですか、懐かしいですね」
「それで、この前親戚の家に行って引き取ってきて」
なるほど、私と鬼さんが妖怪界に行っている間、蓮さん達が親戚の家に行っていたのはそのためか。
「久しぶりに会えたから嬉しくて今、山奥で遊んでいるよ」
そうだよね。久しぶりに会えたら嬉しいもん。それにしても、ケルベロスとか懐かしいな。前会った時はチワワを少し大きくした感じだったけど今はどうなんだろう。怪獣並みに大きくなっていたりして。
「流石にそれはないか」
自問自答が終わって私は次の作業へと移りました。
我楽多屋のバイトが終わって帰り道を歩いていると突然、大粒の雨が降ってきた。生憎、今カバンの中には置き傘がありません。応急処置としてカバンを傘代わりに急いで家路に向かいます。
次第に強くなる雨は冷たくて痛い。服の中にも染み込んでいるらしくまるで水のシャワーを浴びているような感じ。おかしいな、今日の夜から雨は降らないって天気予報で言っていたのに。最近の天気予報は当たらないな。
「きゃっ!」
寒さで足の感覚が無くなっていたらしく、私は王道漫画のように自分の足に躓いて前のめりに転んだ。うわー、膝とか手から血は出てなかったと思うけどすごく痛い、顔面強打とかないわー。
「雨、恐るべし」
突然降ってきた雨に文句をぶつけても、雨は止まないのは当たり前。誰だ、雨を降らしたのどこか近くに雨女がいるのか!まぁ、そんなこと思っても雨は強くなるばかりなので、さっさと家に帰りますかね。
「寒ぃー」
* * *
全速力で八幡荘まで駆け抜けやっと部屋に着きました。走っている最中に八幡荘の203号室を見ると部屋に明かりが着いていたので、今日は珍しく鬼さんが私よりも先に帰ってきたらしい。
「ただいま」
リビングに繋がるドアを開け、中に入ると下は寝巻きのズボンで上半身裸の鬼さんがクローゼットの前で立っていたのです。
「あっ、おかえり」
きっと、お風呂上がりで着替えていたところでしょう。それにしても、引き締まったお腹に筋肉が割れていたり、意外と細マッチョなのですね〜。鬼さんの半裸は…って私はどこを見とるんじゃい!そして、なにを考えたっ!変態かっ!
「萌香、風邪引くよ」
「えっ」
目を丸くした鬼さんが早足でこちらに向かって来るではありませんか。ちょっと待って。半裸で迫られた事はないから、その、どう対応して良いのか分からない。だから、近寄らないで。
迫り来る鬼さんに私は後ずさり。気が付くと私の背中は壁に当たっていて、鬼さんの手は私の左肩と制服のボタンに掛かっていました。
「なんで、逃げるの?」
あの、すいません。そう言いながらゆっくりとボタンを外していくのはやめてもらえませんか?鬼さんは上半身裸、私は制服を脱がされている。とても、この絵面は教育上良くないと思うのですが。
「ボ、ボタンは自分でやるから脱がさないで!それとまずは鬼さん、服を着て服を!」
ついでに、ボタンは下から外すとかやめてくれ。現に今、おへその上辺りまで外されている。はぁ、さっきまで寒かったのに一気に熱くなったよ。
「オレよりもまずは萌香だろ。こんなに体を冷やして、また風邪でも引いたらどうするんだ!」
「鬼さんにお母さんキャラが入った!」
ツッコミを入れたら更にボタンを脱がされた。これ以上、脱がされるのは勘弁。
「じゃ、お風呂行ってくるね」
早口&早足で鬼さんから逃げるとクローゼットから自分のパジャマを取り出してお風呂場へと向かいました。リビングのドアを閉めて、その場にしゃがみ込みます。そして、両手で顔を覆って声にならない叫びをあげてしまいました。
「〜っ!」
鬼さんの半裸は初めて見たから動揺しちゃった。まだ、乾いていない髪とかジャンプーの匂いとか心臓に悪過ぎだよ。あーもうっ!
バシンッ!
「うん。よし大丈夫」
自分の頬を叩いて落ち着きを取り戻します。
これから、鬼さんが早く帰ってきた雨の日は、必ずドアをノックしてから入ろうかな。
あと少しで、修学旅行編




