106・バカップル
居酒屋『遊楽亭』という店はこじんまりとしたお店ではなく正方形の大きな1個建てで、中に入ると大勢のお客様で賑わっていました。
「あっ、いぬがみさん発見!」
この字に設置されたカウンターの左奥には厳つい人間姿のいぬがみさんが座っていて、その隣にはなんと口調が〜ッスのカッパさんが座っていたのです。まさか、鬼さんと飲んでいるカッパってあのカッパさんの事だったの⁉︎カッパって言っても色々な種族があるから、まさかあのカッパさんだとは驚きです。
「そうか!」
だから、文化祭の前にいぬがみさんと我楽多屋で会った時、携帯についている数量限定メリーさんストラップを誰から貰ったのかって聞いて来たんだ。
「どうした?」
「何にもないよ」
ちょうど、いぬがみさんの左隣が3席空いているのでそこに座りました。席に着いてふと疑問に思ったこと、何でカッパさんの前のカウンターには大きなヒビが入っているんだろう。まるで、何かを勢い良く押し付けたような感じ。
「いぬがみさん、お久しぶりです。…ってスルーされた」
「老化しているから聞こえてないだけだよ」
ちゃんと挨拶をしたのにいぬがみさんとカッパさんは話しに花が咲いたらしく全く私たちの存在に気づいていないご様子です。
「まぁまぁ、そんなショックな顔しないでさ、とりあえず何か頼もうか」
「うん、そうだね。じゃぁ、鬼さんのオススメってある?」
「これと、これ。飲み物はジュースもあるけど」
話し合って決めた品を鬼さんが店主の手長に頼みました。ここは料理しているところを間近で見られるから楽しい。それにしても店主は無駄のない動きにはキレがあってかっこいい。私はもっとよく見たいと思ってカウンターから身を乗り出し、職人の技を目に焼き付けました。
「料理出来るってかっこいいよね」
「オレ、頑張るから!」
「鬼さん頑張ってるよ。その証拠にこの前、卵の殻が入っていない卵焼きを作れたじゃん」
形はスクランブルエッグのようで卵焼きの形ではなかったけど。それを言ってしまうと鬼さんはヘコんでしまうのでお口をチャック。そんな事を話していると隣から聞き捨てならない言葉が聞こえてきたのです。
「そう言えば、昨日、田舎町の方に珍しく人間の女の子と妖のバカップルが来たらしいんッスよ」
「バカップル?」
「ワシの友人から聞いた話なんッスけど、お団子を食べさせあったり、道を歩きながらキスしたりイチャイチャしていたらしいッス」
「イチャつくのは良いけど場所を弁わきまえろよな」
あれ、それって。鬼さんと顔を見合わせてから、私はまたいぬがみさんとカッパさんの会話を聞き始めました。
「いやいや、それがまた微笑ましかったらしいッスよ。こう、付き合いたてで初々しいというか、見ている側がにやけるくらいのほのぼのバカップルって言ってたッス。ワシも見て見たかったッスねー」
「ほぉ〜」
あれあれあれ!
「それで道を歩きながらキスした後に何て言ったと思うッスか?」
「どうせ、愛してるよーとかだろ」
「ちっ、ちっ、ちっ」
やめてー!
「もう何度、友人からその話を聞かされた事やら」
「もったいぶるなよ」
「良いッスか?それではキスした後、行くッスよ。
コホンッ!
「周りの目があるんだけど」
「オレ、そんなの気にしないよ」
「私が気にするの」
「じゃぁ、2人っきりの時は良いの?」
「うん」って言ってたッス。しかも、人間の女の子は恥じらいながらッスよ!」
「とんだ、バカップルだな」
爆笑された。昨日の黒歴史は記憶の彼方へ吹っ飛ばしたはずなのに、いぬがみさんとカッパさんのせいで思い出しちゃったじゃないですか、
「はぁ。それだけ見せつければ、どこの誰かって分かるだろ」
「それが、分からないらしいッス」
「へぇー」
「でも、この話はもう大勢に広まっているッスから、分かるのも時間の問題ッスね」
もう恥ずかしくて嫌だ。と言うか、昨日の私たちの行動ってこんなにも大勢の妖怪たちの間で広まっていたんだ。
「バカップルって、うわぁあ恥ずかしいわぁ」
「あの時の萌香、可愛かったな」
「鬼さんやめて!せっかく記憶から消したのに、また戻ってきそうだよ」
つい、大声で言ってしまった。でも、その大声でようやくいぬがみさんとカッパさんは私たちの存在に気付いたらしい。2人とも大きく目を見開いて勢い良くこっちを見て来た。
「嫁さんっ⁉︎」
「お前らなんでここにいるんだ!」
あっ、いぬがみさんの手から枝豆が落ちた。今だ3秒ルール!私は素早くカウンターに落ちた枝豆を拾っていぬがみさんの口の中に入れました。
「あっ、いぬがみに行くって言ってなかった」
「言ってなかったの⁉︎」
鬼さんの伝言ミスです。と、その時、膝の上が重くなったなと思ったら、カッパさんが私の膝の上に乗っていたのです。
「嫁さん!嫁さんは本当にソウキさんの嫁さんなんッスか?違うならお願いッス、否定してくれッス。お揃いのメリーさんストラップの仲ッスよね!」
「あわわわわ〜」
「嫌ッス嫌ッス嫌ッス嫌ッス」
身体を前後に揺らされ目を回していると鬼さんがカッパさんをつまみ上げて野球のボールのように店の外へと投げ出しました。
「萌香」
「分かってる、どうしてカッパさんと知り合いなのかって聞きたいんでしょ」
甘さの無い低い声にジト目、突き出た唇。これは完全に拗ね拗ねモード。はぁ、面倒くさいから略して言おう。
鬼さんにカッパさんとの出会いを言ったら、今度はお揃いの数量限定メリーさんストラップについて、しつこく聞いてきた。
「オレも萌香とお揃いの物欲しい」
「えー、無駄遣いじゃない?」
「そんなことないよ!」
こうやって、鬼さんといつも通りの会話をしていたら、隣からいぬがみさんの呆れた声が聞こえてきました。
「本当にバカップルだな」
声は呆れているけど。その表情は親が子を見るような暖かい眼差し。
「そうですね」
確かにこのやり取りは他所から見たら、いぬがみさんの行った通りだよね。




