105・居酒屋に行く前の話
妖怪界の田舎で買い物をした次の日、今度は都会で買い物をしました。やっぱり田舎にくらべて物価は少し高かったけど、それでも人間界よりも物価は安かった。
「まさか、スーツがいるとは思わなかった」
今日買いに来たのは、観光も兼ねてだけど鬼さんの仕事に行く用のスーツとかネクタイとかその他諸々。実は、鬼さんまだ28部署で働いていなかったそうです。わぁお、新事実発見!じゃぁ、今まで何をしていたの?と聞くと今までは研修期間だったらしく、別の場所でパソコンの使い方とか資料の作り方を学んでいたらしい。
「その話、前持って言ってよ」
スーツとか仕事関係に使う物は自腹ではなく領収書をいぬがみさんに渡せば後から返金してくれるそうです。だから、家計には問題なし。
「言うの忘れてた」
「はぁ」
私たちはとあるショッピングモールのフードコートで休憩中。店内でかかっているBGMはもちろん、メリーさんの曲で癒されます。
それにしても、田舎と都会とではかなり雰囲気が違うね。田舎は江戸時代にタイムスリップしたようで、都会は人間界の東京みたいに人?妖怪が行き交っていて忙しない。
「ねぇ、鬼さん」
フードコート内にある2人掛けのテーブルに座り、ショッピングモールの一角にあったデザート店で購入したタピオカ入りミルクティーを飲みながら鬼さんと向かい合わせで座っています。一方、鬼さんが飲んでいるのは。
「カッコつけてコーヒーのブラック飲むと後から胸焼けして後悔するよ?」
「うっ!」
実際にコーヒーの量が減っていない。いやーしかし、まさか鬼さんがコーヒーのブラックを注文した時は驚いたよ。たまにはブラックが飲みたいのかなって思ったけど、良く良く考えてみれば甘党の鬼さんがコーヒーのブラックなんて頼むはずがない。理由を考えるならやっぱりカッコつけかなーという訳に至りました。
「だからってこのタピオカミルクティーはあげないからね」
「そこで食い意地張らないでくれよ」
ガクッと項垂れる鬼さん。自分で頼んだ物は自分で飲み切りましょう。
鬼さんがコーヒーのブラックを飲み終える間、私はタピオカミルクティーを買ったお店でアップルシナモン味のクレープを買い、鬼さんの目の前で食べていました。
「萌香、それ一口くれないか?」
「えっ、嫌だよ」
突然の事だったから反射的に言っちゃった。でも、苦いのを我慢して飲んでいる鬼さんを見ていたらこっちまで口の中が苦くなって来たよ。仕方が無い、本当は一口もあげたくないけど渡すか。
「一口ね?」
クレープを貰った鬼さんはまるで、水を得た魚のようです。そして、一口齧られクレープの半分も食べられてしまった!
「あっこれ美味いな」
「鬼さん、一口大き過ぎる」
「そうか?」
そうだよ。ジト目で睨みつけていると、鬼さんのポケットからメールの着信音が聞こえてきました。でも、鬼さんは携帯を取らない。
「メールが来てるんじゃない?」
「別に知らない奴から来たから良いよ」
「コラ!相手を見ずに言わないの。もしこれが大事な方からのメールだったら大変なことになってたよ」
「えー、オレは萌香の方が大事だけど」
「はいはい、分かってるから」
ようやく、メールを見ると画面に文字を打ち込んですぐに携帯を閉じる鬼さん。あれ?本当に知らない方からだったのかな。不思議に思いながら鬼さんの方を見ていると、どうやら私の視線に気づいたらしい。
「いぬがみから。今日、飲みに行かないかって言う誘いのメールだった」
「そうなんだ」
「断ったけど」
最近、鬼さんはいぬがみさん達と飲みに行かないかないよね。理由を聞いても私と一緒が良いとか言って、たまには飲みに行けば良いのに。
「そんなに毎回断って良いの?」
「断わっても、友人関係が壊れるわけじゃないから大丈夫」
本当に仲が良いんだね。そうかー、なんだか、鬼さんが行っていた飲み屋ってどんなところだろう。ちょっと気になって来たかも。
「ねぇねぇ鬼さん。私もその飲み屋に行きたい!」
「えー、あそこはタバコ臭いし、割合的に男が多いから萌香には行って欲しくないな」
「どうしてもダメ?」
意識して上目遣い、そして鬼さんの目をじっと見つめる事、数秒。
「じゃぁ、デートしてからね」
「へっ⁉︎デート」
ちょっと拗ねたような感じで提案してきました。今からデートって遅くない?だって今は夕方の6時頃。周りには遊園地とか無いし、デートする場所ってあるの?目を丸くしていると、鬼さんの携帯が入っていた反対のポケットから折りたたんである一枚の映画のチラシが出てきました。
「これ見に行かない?」
チラシに書かれてあった映画の内容は江戸の町で人間と妖怪が恋に落ちるほのぼのラブストーリー。表には満月の夜、着物を着た男女が橋の上で手を取り合う姿が載って、裏は映画開始時刻とキャストとあらすじだけ。
「恋愛かぁ、いつもはアニメかホラーだから新鮮かも」
チラシの裏に小さく載っている開始時刻を見るとあと少しだけど映画館がある場所はここのショッピングモール内でフードコートの隣にあるからゆっくり行っても映画に遅れることはない。
「行くけど、その前にコーヒーのブラックを飲み終えてからね」
「…はい」
「そんな顔しないの」
さっきまでハイテンションはどこへやら。別にカッコつけてなくても、鬼さんはそのままで良いのにね。たまにこう言う背伸びしようとする所があるから面白いな。
* * *
コーヒーを飲み終え映画館に到着。私たちが見る映画の題名は『禁じられた華』。
「えっ、私たち以外に誰もいないんだけど」
なんと、映画を放映する大きな部屋に入ると誰もいませんでした。もうそろそろ始まるのにこのお客様の少なさ、もしかして人気がないのかな?
「でも、2人っきりだ!」
ハイテンションな鬼さんを放置して、席は真ん中あたりに座ります。すると、タイミングを合わせたかのように映画のCMが始まりました。やっぱり妖怪界の映画館でも盗撮のCMは必ずやるんだね。
「あっ、始まった」
結局、お客様は私たち以外に誰も来ず映画が始まりす。そして、なぜこの映画に誰も来ないかという理由が始まってすぐに分かりました。
「鬼さん、これ…」
「詐欺だ」
シーンはとある満月の夜、大きな屋敷の中の寝室で齢18くらいに見える一人の美しく可愛い人間の女の子が、これまたかっこいい鬼に食べられていました。食べられるという意味は、その。
『もっと鳴かせてやる』
ねぇ、どこがほのぼのラブストーリーなのですか?
これはどこからどう見てもほのぼのとは程遠いところにあるよね。それに、映画が始まって20秒も経たないうちにこの描写はダメだよ。
「こりゃぁ、気まずくなるわな」
きっと、ほのぼのラブストーリーと言う単語に釣られて見た方々は固まっただろう。はぁ、成る程これだから私たち以外にお客様がいなかったんだ。って、その前に店員さん教えてよ!
3時間後、意外と長かった映画が終わり、現在私たちは映画の感想を言い合いながら、いぬがみさんとカッパさんがいる居酒屋へと向かっています。
「描写はアウトだけどストーリー性は良いんじゃないかな」
「ストーリーはな」
アウトな映画だけどお金を払った以上ちゃんと最後まで見ましたよ。途中で年齢的に見てはいけないシーンになると鬼さんが私の両目を大きな手で覆って見せないようにしていたけど、耳は塞いでいなかったから音声はしっかりと聞こえちゃったんだよね。
「「今度はアクション映画が見たいな」」
「あれっ!」
「ん⁉︎」
鬼さんと同じタイミングで同じ事を言った!何、これが以心伝心っていうやつか。驚いてお互いに顔を見合います。
「今のすごいね」
「あぁ」
「私、アクション映画は警察とマフィアが戦うものが見たい!」
「確か今は警察とマフィアものは放送されてないな。あっ、そうだ。レンタル屋で借りて家で見るのもありか」
「それも良いね。じゃぁついでにホラーものも借りようかな」
「ホラーは嫌い」
言うと思った。でも、レンタル屋で鬼さんにバレないようにこっそりと借りちゃおう。それで、アクション映画だよーと言いつつホラー映画を見せたら鬼さんはどんな反応をするのかな。
きっと、すぐにテレビの電源を消されそう。
「萌香、何笑ってるんだ?」
「なーんにもっ!」
唇に立てた人差し指を当てて内緒のポーズ。
さて、居酒屋まではあと少しだ。




