102・買い物という名のデート③
時刻はだいたい夕方の5時半ごろ。肉や野菜、お惣菜がたくさん詰まった1つの袋を鬼さんと半分こしながら持ち、ぶらぶらと町探索をしていると、どこからか甘くて良い匂いがします。匂いの元を探して辺りをキョロキョロするけど私の身長では周りにいる背の高い妖怪たちに視界を遮られどこにあるのか分かりません。
「萌香どうした?」
「甘い匂いがするなーって思うけどこれが何なのか分からないの」
身長さえあれば、匂いの元がすぐに見つけられるのに。あぁ、どこかに身長が伸びる薬はないかなー、あったら良いのにね。
「あそこにある茶屋かな」
「私、身長低いから指で指されてもどこにあるのか見えないんだ」
「じゃぁ、貸して」
荷物を鬼さんに奪われ、一体何をするのだろうと眺めていたら、何と!身長が伸びたのです。あっ、突然の事に飛躍し過ぎた。順を追うと荷物を片手に持った鬼さんは反対のもう片手で私を抱き上げました。だから今私は、落ちないように鬼さんの首に手を回して片腕に座っている状況。
「見える?」
「うん」
いつも私は見上げているので鬼さんと目線が同じ今、とても不思議な感じです。それにしても、鬼さんって背が高いね、羨ましいな。
「萌香、体重…」
「重くてごめんなさいね」
これでも、体重は3じゅっていやいや今はそんな話ではなくて、早く下ろしてもらおう。周りの目がニヤついているし、なんだかこの状態はこっぱずかしいです。
「いや違う。軽すぎて驚いた、ちゃんとご飯食べてる?」
「食べてるから。もう見えたから下ろして」
「嫌だ」
即答ですか。
しかも、周りの目が更にニヤニヤと、もうやめてー!ダメだこりゃと片手で額に手を当てて茶屋の方を見ていたら、不意に鬼さんに名前を呼ばれました。
「何っ!」
振り返ると柔らかいものが私の右頬に当たります。それが、鬼さんの唇だと分かるまで数十秒。次第に顔に熱が集まって自分の唇がわなわなと震えていました。ここ、こ、公衆の前で普通キスなんてやりますか⁉︎
「周りの目があるんだけど」
「オレ、そんなの気にしないよ」
「私が気にするの」
「じゃぁ、2人っきりの時は良いの?」
「うん」
って、私は何を言っているのだ!
今度は体が熱くなって来たよ。うわー、わー。言ってから後悔するなら言わなきゃよかった。これ、他所から見ればバカップルだよね。
「へぇー」
「鬼さん!あの茶屋行きましょ!早く早く!」
私は話を逸らすことにしました。この羞恥プレイはさっき烏天狗の黒山さんの話をぶった切った罰なのでしょうか?烏天狗の祟りは恐ろしや恐ろしや。
「鬼さんもニマニマしないのっ!」
あぁ、穴があったら入りたい。そして、冬眠したい。
* * *
人間界と妖怪界の物価を比べると大体20円違います。たった20円かもしれないけれど主婦にとって20円はかなり大きな差だと思う。あっ、私はまだ主婦じゃないや。
あと、都会へ行くには専用のバスがあってそれに乗らないと行けないらしい。こうやって私の脳内で他ごとを考えているのはこうでもしないとさっきのはっずかしい発言が蘇って変な奇声を挙げそうだから。
「萌香、まだあの事引きづってるのか」
「鬼さんやめて」
現在、私と鬼さんは茶屋で赤い布が引かれた横長の椅子に私、お団子、鬼さんと言う形で座り一服中。頼んだのは温かいお茶を2杯と定番の三色団子とみたらし団子。消費税込で合計98円也、しかも三色団子とみたらし団子は1皿に3本もあり美味しそうです。
「人の傷口を突つくのは鬼だよ」
「オレ、元々鬼だけど」
みたらし団子を食べて黙ってて下さい。あー夕日が綺麗だなぁー、三色団子おいしいなぁー、小川に映る夕日が絵になるねー。私はさっきの記憶を払拭しようと遠い目で辺りの景色を眺め現実逃避をしていると目の前に1本のみたらし団子が差し出されました。
「最後の一本だし、これ食べて元気だしなよ」
餌でつられているような気もするけど、いつまでもへこんでいたらダメだ。人間諦めるのが肝心だって言うし、何より言った言葉もう戻らないのだから。
「ありがとう。でも鬼さんってみたらし団子好きでしょ?」
「別に三色団子も好きだけど」
「さっきから三色団子には手を付けずにみたらし団子ばっかり食べているよ」
ピクリと鬼さんの肩が揺れました。こういうところ、優しいですね。思わず笑ってしまいます。
「それなら半分にしようよ」
一つなら分け合えば良いじゃないですか〜。そう言って私は差し出された3玉ある、みたらし団子の1つと半分を食べました。これなら平等だね。
「萌香のあーんかわいいな」
「あなた、どこ見てるの⁉︎」
「鬼さんからあなた呼びに変わった!」
確かに食べ物を差し出されたから、恋人同士がやる、あーん的な事はしたけど、それを普通に言いますか?しかも言い方が少しエロかったとは口が裂けても絶対に言えない。
「良いなこういうの、なんだかデートしてるみたいだ」
不意にそんな事を言われ右隣に視線を向けると、小川を見ながら夕日に照らされた鬼さんの横顔が大人に見えました。はぁ、あの発言の後にこんな表情を見ると、ドキッとしてしまう。いくらなんでも表情が変わりすぎでしょ。
「デートかぁ、それも悪くはないね」
内容は買い物だけど。
* * *
日もだいぶ落ちて来て辺りが暗くなる頃、私たちは人間界に帰るため入って来た門の入り口付近にあるバス停にいました。時間は人間界と並行しているので、妖怪界で2時間経ったら人間界では2日経っていたという誤差はありません。
「思ったんだけどバスで帰れるなら行く時も、このバスで行けるんじゃない?」
「行けるけど説明するよりも乗れば分かる」
不思議に思いながらバスを待っていると、空からゆっくりと黄色いバスが降りてきました。それはそれはまるで天使がふわりと舞い降りたかのような動きです。
「これに乗るの?」
「そうだよ」
鬼さんに手を引かれてバスの中に入ると乗客はスーツを着た妖怪が2人だけ。ついでに運転手はのっぺらぼうだった。目が無いのに運転ってできるのかな?
「ここら辺に座るか」
扉が閉まったと同時に私は前から3列目の窓側で鬼さんはその隣の席に座ります。
『人間界行き、発車します』
運転手の声がバスの中に響き次の瞬間、バスが前進しながら宙を飛び始めたのです。どんどん遠くなる地面、この高さなら町を一望できるけど。
「怖い怖い怖い怖い怖い」
「このバス、移動するのに空飛ぶからさ。高いところが苦手な萌香には厳しいかなって思ったんだ」
「だから、行く時は103号室からだったんだね。でも、帰る方法ってこのバスしかないの?」
「ないな。ここに来た時入り口は消えただろ。だから、帰る手段はバスしかないんだ」
高いところが一番苦手な私は、鬼さんに強くしがみついて外を見ないようにしています。と言うか、バスが空からゆっくり降りてきた時点で気付けば良かったよ。
「鬼さん、これあと何分くらい掛かる?」
「10分くらい」
「ねぇ、それまで」
「このままで良いよ」
「ありがとう」
しがみついたままで暫くすると、鬼さんから『もう良いよ』という言葉が聞こえました。しがみついたままだったからどうやって妖怪界から人間界に戻って来たのはか分からないけれど、とにかく地面にバスが着地して一安心。
「ここは、商店街の近くだ」
鬼さんと手を繋いで降りた場所はいつも私が買い物をしている商店街の近くにあるバス停。まさか、こんなところで降ろされると思ってみなかったので驚きでいっぱいです。
「「あっ!」」
地面に足が着いたということで頭がいっぱいになっていた私はバス停に知っている顔がいることに気が付くのが遅れてしまいました。
「萌香、知り合い?」
そう、バス停の近くにある椅子に座っていたのは、委員長でした。
さぁ、委員長どうする!




