10・我楽多屋の蓮さんと座敷童
夏休みに入って2日目のこと。前々から観察日記に書こうと思ってて忘れていたことが1つ。それは、鬼さんの服装が黒いVネックの長袖とダメージジーンズから甚平に変わったことです。なぜか変わったかと言うと、私が鬼さんに甚平をあげたから。
1週間前、熱が治ってまだすぐの頃。やっぱり7月に入るとポストに新聞と一緒に浴衣や着物や甚平の広告がたくさん入ってくるの。その広告を何気無く、テレビの前にある簡易テーブルに置いていたら、私のベッドで寝転がっていた鬼さんがものすごい勢いで食いつてきた。その姿をキッチンから横目で見る私。
「甚平、いいなぁ。涼しそうだなぁ」
まるで、おもちゃを目の前にする子供の様です。目がキラキラと光ってます。眩しいっ!確かに、今の鬼さんの服装は長袖に長ズボン、見ているこっちも暑い。鬼さんが見ている広告には甚平が2着で890円(男性用)ちょうど鬼さんの身長に合うものがあるな。
「青色の甚平がいいなぁ」
青色ですか。そういえば、鬼さんには私が熱を出した時に看病してもらったよね。仕方が無い、そのお礼と言いますか甚平を買ってあげましょう。甚平はお希望の、何も刺繍がない青色と黒色の背中に鯉と水面の刺繍が入った和柄の甚平に決まり。
と言うことで、買ってきた甚平をさりげなく簡易テーブルに上に置いといたところ、喜んで着てくれました。なんで、こんなところに男性用の甚平があるのか?という疑問も抱かずに。
普通なら疑問に思って、私が鬼さんのことを視えているのだと気付くはずだけど、どうやら鬼さんは鈍感なのようです。ある意味、純粋なのかな?
ついでに言うと、甚平は毎日、青色の甚平、次は黒色の甚平と交互に着回ししているようです。
さてさて、そんなとこを朝の数分で書き終えた私は鬼さんの観察日記を学校カバンの中に閉まって、学校が行う希望制の夏期講習に行くのでした。本当は行かなくても良いんだけど、家でゴロゴロするよりかは良いし、ゆいちゃんも行くそうだから、私も行ってきます。
二階堂のバイトの話もあやのちゃんから聞いた。シフトは月曜日から金曜日までの朝8時から午後2時まで、なんと賄い付き。始まるのは来週の月曜日からだそうです。
* * *
夏期講習が終わったのは夕方の4時、普通の授業とは何ら変わりのない時間割で現代文・数学・日本史・科学、お昼休みを挟んで英語・世界史。本当はゆいちゃんと一緒に帰れるはずだったんだけど、世界史の先生から特別授業と言うことで学校に居残り。
あまりにも遅くなりそうだから先に帰ってて良いよと泣く泣く言われ、只今、1人で下校中。
それにしても夕方のだと言うのに暑いな。そこら辺にいる幽霊も木陰で休んでいたりクーラーが効いたお店の中で涼んでいる。幽霊も暑いって感じるんだ、ちょっと驚きです。
学校の帰り道にある十字路の交差点、いつもなら人通りが多いのに今日はやけに人が少なかった。
「あの、すいません」
「はい?」
後ろを振り返ると糸目でメガネを掛けていて歳は20代後半くらいのひょろっとした作務衣の男の人が大量の荷物を抱えながら紙を差し出しながら話しかけたきた。
「この場所に行きたいのですが、道が分からなくて」
「ここはですね」
火ノ江町 東寺 306_158番地
と紙に書かれていた。東寺 306_158番地は私の家よりも北東にある場所。けっして遠くはないけど、そこまでの道のりを説明するのは難しいかも。
「えーと、この十字路の交差点を右に曲がって、信号を2つ目のところで左に曲がったら呉服屋さんを……」
私よりも背が高い男の人を見上げると、頭に疑問符がたくさんついていらっしゃった。つまり、私の説明が分からないらしい。どうしよう、口で説明するよりも一緒に行った方がいいよね。
「よろしければ、そこまで、案内しますよ」
「いいのかい?」
「はい、私も時間は空いていますし、説明するよりも、こちらの方が早いと思いまして」
「すまないね」
「いえ、あっ、お荷物お持ち致しますよ」
「重いからいいよっとと」
「落としそうでしたね」
「じゃぁ、お願いしてもらおうかな」
荷物を落としそうなので分けてもらいました。それに、この人からは二階堂の千代さんと同じオーラが感じられます。なんと言うか話が会いそうな気がする。
* * *
男の人の名前は、小鳥遊 蓮。蓮さんと呼ぶことにしました。
「僕は昔から方向音痴でね。もうこの町に40年は住んでいるのだけれど今だに迷うんだよ」
「よっ、40年!」
「うん、生まれてからずっとこの町にいるよ」
「いえ、そうではなくて」
「どうしたの?」
「とても、40歳には見えません」
「それ、よく言われるよ」
だって本当に40歳とは思えない若さだよ。20代後半に見える40歳って、漫画の中だけかと思ってた。それから私と蓮さんは目的地に着くまで色々と話した。
蓮さんは『我楽多屋』というアンティークと喫茶店が混ざったようなお店の店主。だから大量のコーヒー豆が入った荷物を持っていたのか。
「萌香ちゃんはバイトはしているのかい?」
「はい、来週から友達の店で雇ってもられることになってます」
「そうなんだ。僕の店も人出が足りなくてね。募集しようと思っているんだけれど、何せ条件があってね」
「条件ですか。それはなんですか?」
「うーん」
「あっ、お答えできないのでしたら無理に言わないで下さい」
「ありがとう」
やっぱり、蓮さんは千代さんと委員長みたいに話しやすいな、これは長話決定かも。
「よかったら、僕の店で何かお礼するよ」
「そんな。ただ、道案内しただけてお礼だなんて」
「荷物も持ってもらったし、コーヒーしかないけどいいかな?」
「ありがとうございます」
「あっ、コーヒー飲める?」
「飲めます」
蓮さんのお店にも興味があるし、アンティークがあると聞いて行きたくなった。実は、私の玄関の内っ側には変な絵画が飾られてある。今度、その変な絵画を下ろして違うものを飾りたいと思っていたところで、もしかしたら蓮さんのお店に良い物があるかもしれない。
「もうそろそろ、着くはずですよ」
「あっ、あった」
蓮さんが立ち止まると、ここには『我楽多屋』と書かれたオシャレな看板があった。外から見ると、こじんまりとした小さな木造の建物。
「おじゃしまーす」
「どうぞ」
我楽多屋には人はいなかった。中に入ると電気を付けなくても外からの日が入って明るく、それにクーラーが効いていて涼しい。喫茶店のように見えて、アンティークが所々に飾られてある。どちらかというと喫茶店がメインなのかな?辺りを見回すと高そうなツボまであった。
「蓮っ!おかえり」
「ただいまククリ、店を開けていてすまなかったね。大変だっただろう」
「ううん、蓮が行ってからお客さん、誰も来なかったよ。だから大丈夫!」
店の奥から出てきて蓮さんに抱き付いたのは、蓮さんと同じ作務衣 (ピンク色)を着て黒髪を肩まで伸ばした小さい女の子。しかも目はぱっちりとして童顔、とにかく可愛いっ!もしかして、蓮さんのお子さんかな?
「可愛いお子さんですね。ククリちゃんって言うんだ。私は宮川 萌香、呼び方は何でもいいよ?」
ククリちゃんと蓮さんが驚いたようにこちらを見てきました。でも、蓮さんの方は片眉を少し上げただけて目は糸目のまま。残念、見れなかった。それにしても、驚くようなことを言ったかな?もしかして馴れ馴れしかったとか。
「萌香ちゃんはククリが視えるのかい?」
「えっ、だってここに」
ちょっと待てよ。質問がおかしくない?【ククリが視えるのかい?】ってその質問は、まるで他の人はククリが視えないけど君には視えるのかい?と言ってるような質問だよね。
それってもしかして。
「ククリは座敷童なの。おねぇちゃんはククリのこと視えるんだね!」
座敷童でしたか!本当は視えないふりをしたいけど、こんな、こんなキラキラした目で言われたら嘘つけないじゃないですか。おまけに私の腰をギューと抱き締めて上目遣い、可愛い、反則だよ。こんな可愛い子には嘘を付けないので。
「うん、視えるよ」
「うわぁー!おねぇちゃん大好き。でも蓮が一番だけど」
「驚いた、萌香ちゃんも視えたんだ。とりあえず、そこにあるテーブルに腰掛けて待っててね」
「おねぇちゃん。こっちこっち」
ククリちゃんに連れられて私は窓側の席に座った。そして、膝の上にはククリちゃんが座ってる。よしよしと撫でてみるたら嬉しかったみたい。すると、私の方に体を向け、ゆいちゃんが私にするように抱き付いてきた。
「コーヒーとはちみつレモンのシフォン、どうぞ」
「うわぁ、美味しそう。ありがとうございます」
「ククリやる。ククリがおねぇちゃんに食べさせてあげる」
フォークでシフォンを少し取って、私の口に近づけて。
「あーん」
「あーん」
パクリと一口、美味しい。爽やかな甘さで食べやすくて、何よりあーんされたことが嬉しい。だってこんな可愛い子にあーんされて喜ばない人はいないよ。
「蓮の作るお菓子は美味しいの」
「うん、美味しいよ」
蓮さんが作ったシフォンを褒めるとククリちゃんはさらに笑顔になった。かわえぇわぁ〜、あっ、口調がおかしくなっちゃった。それにしてもククリちゃんは本当に蓮さんの事が好きなんだね。さっきも蓮が一番って言ってたし。
「コーヒーも飲ましてあげる」
「ククリ、急かさないの」
「うぅ、でもでも〜」
「ごめんね。萌香ちゃん、ククリは嬉しくて」
「いえ、ククリちゃんは優しいし可愛いですからOKです!何でも許しちゃいそう」
「最近は萌香ちゃんみたいに妖怪が視える人は少なくてね。ククリに気付いてくれてありがとう」
「いえいえ、そんなお礼を言われるほどのことはしてませんよ」
「おねぇちゃん、シフォンあーん」
「あーん」
うん、美味しい。ククリちゃんみたいな子なら友達になりたいな。それに蓮さんとも。
私の家に住む鬼さんには……優しいところもあるけど、やっぱりまだ私が視えることを話すのはやめておこう。
コーヒーもシフォンも食べ終えお店の中をククリちゃんと一緒に見て私は帰ろうとしたんだけど。
「いやだぁ!おねぇちゃんここにいて〜。一緒に暮らそう。ククリ良い子にするから」
「えーと」
「こらっ、ククリ。萌香ちゃんにも帰るところはあるんだよ。わがまま言わないの」
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだっ!」
私の腰から離れないククリちゃんをどうにかして離そうとする蓮さん。かれこれ30分は経ってるよ。何気なく近くの時計を見ると7時前、ついと長居しちゃったな。
「あっ!そうだ」
突然、蓮さんが何かを思いついたようです。
「萌香ちゃん、僕の店でバイトしない?」
「えっ、でも条件が」
「それならクリアしてるよ」
それって、もしかして、ククリちゃんが視えるかどうかかな?
「条件っていうのは幽霊とか妖怪が視えることなんだ。それなら萌香ちゃんもクリアしているだろ」
「ククリが視えたら合格なの」
やっぱり、そうだったんだ。
「賄い付きだよ。それに時間はフリーでいいし」
「おねぇちゃん、おいで?」
賄い付きとククリちゃんのキラキラ上目遣い、ここは当然やらなきゃダメでしょ。
「はい、やらせて頂きます!」
「やったぁー!ねぇねぇ、いつから?明日から?」
「蓮さん、私は他のバイトを終えてからなので3時からしか出られないですけど」
「うん、3時からでもいいよ。それじゃぁ、時間は3時から夜の7時までで良いかな?」
「はい」
二階堂からここまでは30分くらい掛かる。例え2時に終わったとしても、少し家に寄りたいから3時にした。
「出来るなら毎日、来て欲しいんだけど」
「おねぇちゃんと遊びたいの」
「他のバイトは月曜日から金曜日までの毎日なので、それに合わせても良いですか?」
「と言うことは、月曜日から金曜日まで、やってくれるんだね」
「いつ来るの?明日から?」
「ごめんね。今週は夏期講習とかあって無理かも、来週からなら大丈夫だよ」
しゅんと項垂れるククリちゃん、ごめんね!本当にごめんね。
「ククリ、来週から毎日、会えるんだよ?それまでの辛抱だよ」
「うん、わかった」
「それじゃ、話はこれくらいにして来週からよろしくね」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
蓮さんとククリちゃんに見送られながら私は、7時なのにまだ明るい道をゆっくり歩いて帰った。
来週からは忙しくなりそうだな。でも、楽しそう。
* * *
203号室に帰る頃には夜が深くなっていた。携帯の時計を見ると7時30分と表示。いつもならこの時間帯は部屋の電気が勝手についているけど (鬼さんが勝手につける) 今日はついていない。まぁ、そう言う日もあるかと思って部屋に入ると、薄暗い部屋の中で鬼さんが私のベッドの上で顔を膝の中に埋めて体操座りしていました。
なんか、空気が重い。それに窓が閉め切ってあるから暑いし、とにかく電気を付けよう。
パチンッ
電気の音と共に鬼さんの体がビクンッと跳ねた。なんだ、一体何が起こった。横目で鬼さんのことを見ながらテレビを付けカーテンを閉めようとした時。
「帰ってきたぁ!!」
「ちょっ、うわっ!」
ベッドの上からダイブしてきた鬼さんに横から押し倒され軽く頭を打った。今日はよく抱きつかれる日だ。それに私の上に乗っているから重い。
今の状況を簡単に説明すると仰向けになった私の上に鬼さんが俯きに倒れ込んでいる状況、しかも強く抱き付いて。
「帰ってこないかと思った!」
「うっ、重い」
あれ、もしかして、私が鬼さんのことを視えていることに気付いた?いや、それはないか、だってこの鬼さん、かなーり鈍感だもんね。
「あっ、僕のこと視えてないんだった!」
ほらね。そう言って鬼さんは直ぐに私の上から降りるかと思いきや、私の胸に顔を押し付けたまま動きません!子供かっ!
重い、重いです。本当、霊感ない人からすればこの部屋を出て行くレベルのじゃなくて、この町を出て行くレベルだよ。
おまけにすすり泣きも聞こえてきます。えっ、何、鬼さん泣いてるの⁉︎どうやらその様で。
「出で行っだがども思っだ〜」
出て行くわけないじゃないですか。こんな安い家賃の良いお部屋。鬼さん付きだけど。
「はぁ、重い」
まだ泣いている鬼さん。確か、ほのかちゃんから教えてもらったんだけど、こう言うのを
ワンコ系って言うのかな?
我楽多屋
【小鳥遊 蓮】
・身長175cm
・幽霊や妖怪が視える
・糸目
・フチなしのメガネを掛けている
・少し白髪が混じっているかな
・方向音痴
・我楽多屋の店主
・実年齢は40過ぎ、でも20代後半にみえる
【九九裡】
・妖怪の座敷童
・身長130cm
・ 童顔で大きな目が特徴
・可愛い
・蓮と同じ色違いの作務衣を着ている
・蓮、大好きっ子
・一人称はククリ




