1・初めての出会い
時は6月上旬。
まずは、私について話そうかな。
私は、宮川 萌香15歳、家庭の事情で5月の半ばから、この紅坂高校に編入した高校1年生。
そして現在、私は同じクラスで友達の村瀬 唯、通称ゆいちゃんと一緒にのんびりと帰り道を歩いています。
ゆいちゃんは肩まである薄茶のボブカットと、これまた髪の色と同じ薄茶の瞳を持つ愛嬌のある可愛い女の子。しかも私より胸がある。なぜ神はこんな差別のある世界を作ってしまったのだろうか?おっと、ここで分かれ道。
「じゃぁ、もえちゃん、また明日〜」
「バイバーイ」
手を振る姿も可愛いな。って私は変態か!
帰り道は別方向だけど、ゆいちゃんの他にも友達はたくさんできました。ほのかちゃん、あやのちゃん、めいちゃん、まだまだいます。
さてと、ついでに言うなら私は、これまた家庭の事情?と言うか、わけありで、お父さんの知り合いが経営している八幡荘の203号室で一人暮らしをしてます。
かれこれ、あの部屋で3週間くらいは過ごしたかな。
でも、あの部屋はちょっと、いやかなり変わってる。なんでかって言うと、あの203号室には『鬼』がいるんだよね。
* * *
〜回想〜
八幡荘に住むこととなった1日目、つまり
『これから203号室に住む事になりました、宮川です。よろしくお願いします』『あっ、どうもー、こちらこそよろしくね』な感じの日。
一通り大家さんの八幡 和宏さんと一緒に八幡荘に住む人達の挨拶を終えた私は、ひとまず大家さんの部屋で色々と話をしていました。
「いや、本当に良かったのかい?この八幡荘で一番安い部屋で」
「はい、家賃を払ってくれるのは私の親なので、なるべく金銭的に負担はかけたくないです」
「へぇ、親思いの子だね」
家庭環境に事情がありますからね、なんてことは言えなくて。
この八幡荘の造りは、切り分けたカステラみたいな造りで、1階に6部屋2階も6部屋と計12部屋があります。そして、私は2階の203号室を使うわけなのですが…如何せ、ここは住人が少な過ぎる。だって12部屋もあるのに住んでる人は大家さんと私を含めて3人しかいない!だから、挨拶もすぐに終わりました。
「あの聞きたいことがありますがいいでしょうか?」
「おう、そんな畏まらないでさ、気軽に話してよ。『ちょっといいっスかー!』みたいな感じでさ。その方がおじさんとしては楽なんだよね」
「はは…それはちょっと」
豪快に笑う大家さん。私としては初対面の人に対してフランクな言葉で話すのはちょっとハードルが高いかな。では、口調はあとから考えることにして、私は大家さんに気になった事を質問しました。
「なんで203号室だけ他の部屋よりも格安なんですか?」
「ええーと、それはな……」
大体は予想ができてるけど、その予想が外れていて欲しい思いで聞いてみた。
「怖がらないでくれよ?実はな203号室には出るんだよ。ほら、その幽霊がな」
ほら、やっぱり〜。この八幡荘に来てから、なんか怪しいオーラが203号室から出てたからね。
実は、私は小さい頃から幽霊や妖怪とか見える体質で困ってる。今までに出会った幽霊や妖怪は数知れず。小さい頃はよく話たり関わったりしたけど、とある事件でもう関わるのはやめようって思った。
「突然、電気が消えたり、廊下を歩く音がしたり誰も使ってないシャワーの水が急に流れたり…ってこんなこと話したら住めなくなるよね」
そりぁ、住めなくなりますよ、普通の子は。
「萌香ちゃんは、幽霊とか見えちゃうタイプ?」
「いえ、霊感とかないので見えないです」
ごめんなさい私、嘘つきました。もちろん見えますとも。でも、ここで霊感があると答えると気持ち悪がられたり引かれたりするので、ここは敢えて否定しました。
「と言うか、安い部屋と言った私が元なので、今から変えるというのはしません」
「おお、肝が座ってるな。まぁ一応、塩は蒔いておいたから」
塩を蒔いてもダメな時もありますけど。(体験者談)
「とりあえず、203号室に行ってみようか。ベッドとかテーブルはもう部屋にセットされてて、荷物も届いてあるから、後で自分で片付けてね」
「分かりました」
そんな訳で、203号室に到着。
早速中に入ってみると、おお、意外と広い。
玄関を入って左がお風呂、その隣はトイレ、突き当たりのドアを開けると左側に小さなキッチン、あとはテレビと愛用の勉強机と水色のベッドとベランダ。
「お風呂の隣に洗面所と洗濯機があるからな」
「こんないい部屋が、あの値段!」
「まぁ、曰く付きだからな。それを抜きにしたら結構な金額だ」
にしても、家賃とは釣り合わない感じがしますね。広くて快適な部屋が、本当にあの値段だと考え難い。
「それじゃぁ、わからないことがあればなんでも聞いてくれ」
「ありがとうございました」
バタン、玄関のドアが閉まった。さてと、荷物もある事だし、さっさと片付けようか。
テレビの前に簡易テーブルとお気に入りの猫型座布団。
それで、えーと、テレビの真っ正面の壁際には愛用の勉強机とベッド。あとは教科書を並べて食器も棚に置くだけ。うむ、実に簡素な部屋ですね。なんと言うか女高生にしては味気のない部屋。また今度、学校の帰りにでもアンティークとか買ってくるか。
それと、大家さんが出て行ってからものすっごく後ろから視線が感じるんだよね。今は丁度、勉強机に教科書を置いているところ。そうだ、ダンボールにある食器を食器棚に置くふりをして後ろを振り返るか。
よし、皿を持ったあとは後ろを振り返るだけ
目をつぶって。
3………
2……
1…
台所の脇で私を見ていたのは黒い長袖のVネックを着て長いダメージジーンズを履いた額に小さな角がある男の鬼でした。
はい!ここで足を止めなーい、普通に何も見えなかったようにお皿を食器棚に置きに行きまーす。
カチャカチャ、カチャカチャ
お皿を置いたらまた勉強机に教科書を置く作業を開始。
うん、ガッツリ観察されてるのがひしひし伝わるよ。まぁ確かに初めはどんな人間だろうかって観察するよね。でもさ1ついいかな?私の想像していた鬼ってもっとこう、なんと言うか、大きくて牙が生えていて、いかにも『ザ・鬼』ってな感じかなと思ってたけど。
今、台所の脇にいる鬼は私が想像していた鬼とは真逆の姿をしています。身体的特徴は細身で黒髪黒目の身長は大体180cmくらい。それと、額に小さな角があるだけで、人間と変わらない姿だった。しかも服装とか今時だし、何気にかっこ良かった。つまりイケメンさん、でも一目惚れってことはないかな。
じー
ダンボールを折りたたむ
じー
折りたたんだダンボールを紐で縛る
じー
外のゴミ箱に出して戻ってくる
じー
めっちゃ見られてますやんっ!おぉ、口調がおかしくなってしまった。
でも、私はこの鬼さんの存在には気付いてないフリをしようと思う。だって気付いたら、後々めんどくさいし、こういう奴らは気付いたら気付いたで色々、絡んでくるし、何より私はもう二度と関わらないと決めているから。
「女の子だ」
大きく目を見開き驚いたようにボソリと鬼さんが言いました。
へぇ、意外と低ボイスなんですね。
〜回想終わり〜
* * *
さて、我が家の八幡荘に着きました。
203号室の玄関を開け、突き当たりのドアを開けるとそこには堂々と私のベッドに寝転がって夕方の再放送ドラマを見る鬼さんがいました。
鬼さんが見えない人にとっては、きっと『誰もいない部屋なのに何故テレビが付いているんだ』と驚くことでしょう。
でも、テレビは電気代を食います。親に光熱費を払っている身の私としては極力、節約したい。だから。
ポチッとな!
「うわぁ!今いいところだったのに」
飛び起きて私の方を見る鬼さん、おっと鬼さんの手が私が持っているリモコンに手を伸ばしてきた。なるほど、この鬼さんまだテレビを見る気だな。
スカッ!
鬼さんの手は空を切った。なぜなら、私がリモコンを持ったまま、くるっと半回転して手を洗うため洗面所に向かったから。帰って来て手を洗うのは当たり前だよね。
「リモコン持ったままだなんて鬼だー!」
鬼さんが涙目で叫んでます。
というか、鬼はあなたの方でしょうがっ!
こうして、私の1日はこの鬼さんの無駄な消費を阻止するために、何気なく邪魔をすることで終わって行くのでした。