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王女さま、今日も国は平和です

なぁお前、今日も城下は賑やかだ

作者: 赤依 苺

※注意事項※

この作品はフィクションです。実在する人物、団体とは一切関係ありません。


お久しぶりです、赤依 苺です。なんとか予てよりの6月中旬に間に合いました。自宅のパソコンのHDDが壊れたため新品に換装するなど、ここ最近はアンラッキーな日が続いていました。


本作は前作『王女さま、今日も国は平和です』のスピンオフになります。前作をお読みになられていない方は、最初にそちらをオススメします。

(今回も前回も、文字数はスルー推奨)


では、後書きにて。


追記(2013年6月18日):お気に入りのカウントが0じゃない! うれしいです!

追記(2013年8月7日):『巻丸のラノベのアンテナ』様のサイトにて、こちらと親作品を紹介していただきました。気づくのが遅れて申し訳ありません m(_ _)m

追記(2013年8月26日):100ユニークをいただきました!

 「寝癖よ~し」

 今日はいつもより早起きしたから、ちょっとばかり髪型にこだわってみたり。

 「服装よ~し」

 ほんの少し派手な色の服を選んで。もちろんスカート丈は、私の日々の平均よりマイナス数センチメートル。くるくる回ったら危ないかもね。

 「天候よ~し」

 換気のために窓を開ければ、今日の私のような上機嫌な太陽とご対面。う~~~んっ、絶好のお出かけ日和! でも、少しだけ風が強いかもしれないなぁ。

 風で崩れた髪を直そうともう一度鏡を覗いたら、私の身長よりちょっと高い位置でフライパンを構えたお母さんとツーショットになった。

 「いつまでファッションショー続けてるのっ! せっかく早起きしたのに、これじゃいつもと変わらないわよ?」

 「痛っ! なによぉー、ちゃんと準備できてるじゃない!」

 「ほほぉ~う……。じゃぁ、私が止めなくてもすぐにキッチンに来たかしら?」

 「…………」

 正直に言うと、あと三十分は続けたかったわね……。

 「ほら見なさい。早くキッチンまで来なさい、朝食出来てるわよ」

 「分かったわよぉ……」

 でも、フライパンは反則だと思うの。何回叩かれたか分かったもんじゃない。こうなったら、バードウォッチング用のカウンターを頭に仕込んでお母さんに詰め寄ってみようかしら。……その場でカウントが増えるわね、却下。

 本当はフライパン攻撃を防ぐより叩かれない方法、主に早起きする努力を考えなきゃいけないのは分かってるだけど。キッチンに降りてくると、いつもと変わらない朝食が迎えてくれた。テーブルの中央には「こんにちは、緑黄色野菜です」といったサラダ。それぞれの席には目玉焼きが乗ったトーストが待っていた。

 「おはよう、ミリア。さっき二階からフライパンのいい音が聞こえたけど、今日はいつもより早起きじゃないか」

 「お父さん、おはよう! やっぱり早起きだと思うでしょ? それなのにお母さんは……」

 「なにかしら?」

 「ははははっ。またファッションショーでもやっていたのか?」

 「うっ……」

 親から見たら、“子は子”なのかぁ。あっ、お母さんから聞いた可能性だって残されて……。

 「話してないわよ?」

 「…………」

 惨敗でした。




 「それで、ミリア。今日の予定は大丈夫なのか?」

 今日の目玉焼きは半熟らしい。お父さんは齧り付いた部分のトーストから垂れそうになっている黄身を、上手くトーストを傾けて防いでいた。

 「もちろんっ! 久しぶりにおじいちゃんに会えるしね」

 「ミリア、目的をすり替えちゃダメよ?」

 お母さんに言われて、私の頭の中で今日の外出の目的がすり替わっていたのに気づいた。今日はお父さんに代わって綿花畑を見に行く日。畑の持ち主は私のお父さんだ。昔からミューア家に受け継がれている、ここら辺では大きい方の綿花畑らしい。別に手入れをするために行くんじゃなくて、畑が荒らされていないかを確認するために今日は綿花畑へ行く予定になってるんだ。まぁ、このアフ国の特産品を担う畑を荒らそうするようなヤツなんて聞いたことないけど。お父さん曰く、


 「ミリアも大きくなった、畑くらいは一人で行けるだろう。行くか?」


 家族みんなで行った時に「一番初めに一人で遠出をするならココ!」と決めていた私には、願ったり叶ったりの話だった。それが二年ほど前の話。もう何度も出かけているから畑までの道には慣れちゃった。

 「行くのは良いけど……暗くなる前に返っていらっしゃい。それと、あんまりおじいちゃんの家で騒がしくしてはダメよ?」

 「もぉ~~、いくつだと思ってるの? ラウンだって乗りこなせるし、今まで一人で行った帰りに遅くなることあったっけ?」

 「はいはい。親は子供に釘を刺したがるものだよ、守れるんなら聞き流しなさい」

 いつもはサラダに入らないトマトを口に運びながら、お母さんは言った。そうそう、“おじいちゃん”というのは、私のお父さんのお父さん。少し前までは、畑の所有権はおじいちゃんが持っていたんだけど。数年前におじいちゃんがお父さんに権利を譲って以来、畑の近くで静かに暮らすようになったんだ。うん? 私たちも畑の近くで暮らせば便利じゃないかって? そこでラウンの出番です! ラウンは私たちミューア家が飼ってる馬のこと。もう何年も一緒に過ごしてるし、私が独りで畑に見回りに行くときはいつもラウンに乗っていくんだ。

 「あぁそうだミリア。おじいちゃんの家のことだけど、今日は泊まってきたらどうだ? 少し前に手紙が届いてな、『ミリアちゃんとゆっくり話がしてみたい』そうだ」

 「えっ! いいの!?」

 「オレは一向に構わないぞ。なぁ、母さん」

 「あら、そんな手紙届いてたかしら? でもまぁ……ミリアが泊まりたいって言うなら、たまには良いか」

 こうして、普段は厳しいお母さんの気まぐれが重なり、今回の見回りには“おじいちゃんの家へお泊り”というご褒美……いや、特典……でもない、偶然が舞い込んだ。私は普段より短い丈のスカートを着ていることを忘れて、キッチンだというのにクルクルと嬉しさを表した。

 「……許したの、間違いだったかしら?」

 「そう言ってやるなよ、母さん」




 「ラッッウーーーン!!」

 私が荷物を持って干し草を食べているラウンの横に駆け寄ると、ラウンはゆっくりと馬首を上げた。あ、お泊りが決まったから少しだけ荷物を増やしたけど、その時にファッションショーをしたのは秘密ね。

 「ほら、忘れ物はないの?」

 「だからぁ~、いくつだと思ってるのよぉ~?」

 隣で大声で騒いでるはずなのに、ラウンは小さな幅で馬首を左右に静かに動かしている。ラウンと出かける時は決まってこの動きをするけど、準備運動なの?

 「そう、忘れ物はないのね。……ミリア、この国の政治体制の特徴は?」

 「舐めないで、お母さん。“王政”よ」

 「……国王さまのお名前は?」

 「馬鹿にしてるの? “ノーン様”。威厳がオーラとなって見えるような方だわ」

 「……それじゃぁ、ノーン様の娘様のお名前は?」

 あ、お母さんが絶対に答えられないって顔してる。

 「前の私と違うわよ、お母さん。正解は“ヘレン様”よ。どう、悔しい?」

 どうだっ! 勉強だってコツコツやってるんだ、この国の歴史くらいスラスラっと言ってみせるわ! ラウンに跨りながら、お母さんに嫌味たっぷりの笑顔を向けた……はず……なんだけど。

 「あら、やるじゃない。これが最後よ。……ここに馬と人間がいます。どちらも何頭いるか何人いるか分かりません。しかし、足の数が二十本であることが分かっています。人間を必ず一人以上含める場合、馬は何頭いるでしょうか。なお、馬が一番多い場合を答えなさい」

 「え、あ~~、うーーーん……」

 しまった……。算数は苦手だ……。えーと、人間の足は二本。馬の足は四本。問題から、人間の数が一番少ない場合を答えればいいんだから……。

 「時間切れよ。まったく、これくらいの問題は答えられて当然よ? 良い、正解はね……って!?」

 えっ!? ちょ、ラウン!? 何やってるの? 私が乗ってるんだからいきなり動かないでもらえるかしら……。

 「どうしたの、ラウン?」

 わたしが困り顔で聞くと、ラウンは全ての足で一度ずつ地面を踏んだ。その気持ちのいい蹄の音を聞いたお母さんは、なぜか驚いてるんだけど。

 「まさかね……でも正解よ、ラウン。馬は全部で四頭ね」

 「え? お母さん、どういうこと?」

 「聞こえたでしょ? 蹄の音が“四回”だけ」

 …………えーーーー!? 

 「お母さん」

 「何かしら?」

 「もしかして私、ラウンよりも……」

 「(ニッコリ)」

 はい、もっと勉強します……。




 アフ国は決して大きな国じゃない。でも、自分たちが住んでいる場所から反対側まで行こうと思ったら、何か移動手段を用意しておきたいかも。

 「ねぇ、もうちょっとだけ速く」

 ラウンの首を軽く叩いて伝えると、さっきよりも少しだけ景色が速く流れた。本当はお父さんから


 「制限速度があるわけでもないけど、安全に移動すること。分かった?」


 なんて言われてるけど、慣れてしまえばこっちのもの。右手に見えるお城は速度を上げた今でも私の背中に流れていかない。いつ、どんなに遠くから見ても大きいな、このお城は。

 「それにしても、良く覚えてたなぁ~私。ヘレン様の名前は一度しか聞いたことなかったはずなんだけどなぁ」

 あれは……そう、ヘレン様がお生まれになって、お城だけじゃなくて城下も巻き込んだお祭りになったんだ。もちろん、その時にヘレン様のお名前を教えていただく訳だけど。でも、な~んでこんなにハッキリと覚えてるんだろう?


 「ほ~~ら、大きいだろう? ミリアはケーキが大好きだもんなぁ?」

 「あなた、もしかしたらクマのぬいぐるみがいいかもしれませんよ?」

 「もぉ~~、パパとママはわたしをバカにし過ぎよ!」


 …………あぁ、思い出した。ヘレン様の誕生日と私の誕生日って近いんだったわ。ヘレン様の誕生祭の期間に私の誕生日が来たんだった……。いやぁー、ケーキは美味しかったですねぇ。たしか私の五歳の誕生日だったかなぁ。

 「その調子だよー、ラウン……ん? あ! ストップ!! ラウン、止まって!!」

 危なかったぁーー! 前方不注意で兵士の集団に突っ込むところだったわ……。それにしても多いわね、どこに行くのかしら? お城かな、あの大きさだもんね、このくらいの兵士は必要なのかもね。でも、軍団長自ら出向くなんて、やっぱり何かあったのかしら?

 「……まぁいいか。ラウン、先を急ごう」

 そうして私たちはまた走り出した。あれだけの人数に軍団長までいるんだから、今日もお城は安全ね。

 それから数時間、ラウンに揺られながら畑を目指した。途中でラウンを休憩させたり、お昼を食べたりして、やっと畑に到着したのが「そろそろ夕方かな?」という時刻。ラウンの年齢も考えなきゃいけないくらいの歳になっちゃったかなぁ……。

 「おじいちゃんっ! 久しぶりーーー!!」

 「おぉ? ミリーちゃんじゃないか! 今日はどうしたんだい?」

 ラウンをおじいちゃんの家の横にある小屋に連れて行き、私はおじいちゃんの家へ突っ込むように入った。おじいちゃんは昔から私のを“ミリー”と呼んでくれるんだけど、大きくなった今は少し恥ずかしいかも。畑の権利をお父さんに譲ったことを知ったときは、もう元気なおじいちゃんに会えなくなるんじゃないかと思っちゃった。でも、今でもこうして元気な笑顔を見せてくれるおじいちゃんが大好きなんだ。

 「おじいちゃんに会いに……来たのも間違ってないんだけど、綿花畑の様子を見に来たんだよ」

 「ははは! ミリーちゃん、本音が出ておったぞ? しかし嬉しいなぁ、孫がそんなことを言ってくれるとは…………ぐすっ」

 あぁ、涙腺が会うたびに弱くなってるのはお約束なのね……。

 「あー、泣くことでもないような……」

 「そんなことはない!」

 そうですか、はい。

 「ねぇねぇ、畑の様子なんだけど」

 「そうじゃったな。一緒に畑を見るかの? どうせ荒らすヤツは居らんて、権利は息子に譲ったが時々見てるおじいちゃんが言うんだ、間違いないよ」

 「じゃぁ、畑を見ながらお散歩しよう!」

 もうそれほど明るくないけど、私はおじいちゃんと一緒に綿花畑の前まで来た。

 「アイツ……“お父さん”は元気かね? お母さんとは仲良くやってるかい?」

 「もちろんよ。おじいちゃんにも見せてあげたいくらい、私たちは毎日仲良しよ。ただ……」

 「なんじゃ? なにか嫌なことでもあるのか?」

 「う~~ん、嫌なことと言うか、お母さんが厳しくて……。私が早起きしてファッションショーしてたら、フライパン持って脅してくるのよ? いいじゃない、年頃の女の子なのよ?」

 「あははは! いつもミリーちゃんから聞くお母さんの話は面白いな。それに……なんじゃったか、なんだか柔らかそうなことをしているんだな、ミリーちゃんは」

 うん、それクッション。愛想笑いで誤魔化しておきますか。

 「それより……いつ見ても大きいね、この畑。私はね、おじいちゃんと綿花畑で散歩するのが大好きなの!」

 日も落ちて暗くなったけど、私たちを囲む白い綿花はとても映えてキレイだと思う。これが私たちの着る服になったり、一級品は国の旗の素材になるって話も聞いたことがある。アフ国は恵まれているといつも感じるわ。

 「ミリーちゃん、そろそろ家に戻ろうか。これ以上は暗くて足元が危険じゃよ」

 こうして、年に数回のおじいちゃんとの散歩が終わりました。綿花は相変わらずキレイでした。




 「おじいちゃん、このスープ美味しい!」

 おじいちゃんの家へ帰ってくると、もうそろそろ夕ご飯の時間。私も手伝おうと思ったら、


 「ゆっくりしていなさい。味の保証はしないが、すぐにご飯を作ってあげるから」


 だって。私だってお母さんの手伝いとかしっかりしてるんだからね? これでも炊事は自信アリよ?

 「そう言ってくれて嬉しいよ。もう静かに暮らし始めて何年経ったか……、こうしてだれかと食事するのも、人生最大の喜びに感じられるんじゃ……」

 「やだなぁ~、もっと明るく考えようよ。例えば……“年に数回ミリアと食事が出来る!”とか」

 だから何だという訳ではないけど、おじいちゃんには笑っていてもらいたい。変なことを言っているのは分かっているし、それでこのスープの味が変わるわけでもない。『離れて暮らしても、家族は家族』。う~~~ん、誰の言葉だったかしら?

 「ありがとう、ミリーちゃん。おじいちゃんは本当に嬉しいよ。でもね、お父さんとお母さんのことを忘れてはだめだぞ? ミリーちゃんのお母さんなら、このスープの味は簡単に作れるだろう。そうしたら次はミリーちゃんの番だ。最初は上手くいかないかもしれない。そんな時はお母さんを思い出すんだ……、何を使っていたかな、どんな野菜を調理していたかな……。記憶に勝るモノなんてないんだよ」

 もしかすると、かなり先の話になるかもしれない。毎日欠かさず料理をして、喜んでくれる人の顔を眺める……。

 「はぁ~、ロマンチック~!」

 「ミリーちゃん、よだれよだれ」

 いけないいけない、おじいちゃんの真剣な話の最中だったのに!

 「まぁ、なんだ? ミリーちゃんも“恋する乙女”ということかの?」

 「えっと……、近い将来、かな」

 今日のスープの味は絶対に忘れないよ、おじいちゃん。




 夕食が終わったから、おじいちゃんに聞いてみた。

 「ねぇ、おじいちゃん? 今日はお父さんが泊まってきてもいいよって」

 「ん? アイツがそんなことを言ったのか?」

 「うん! おじいちゃんが手紙を出したって聞いたんだけど……」

 「いや、手紙なんて出してな…………あぁ、あの手紙かぁ~。そういえば出しておったなぁ」

 大袈裟な返答なんだけど、本当に手紙出したのかな?

 「よしミリーちゃん、今日は泊まっていくといいぞ」

 「やったーーー!」

 おじいちゃんの家に泊まるのは、これが初めて。なんだかワクワクしてきちゃった。

 後はお風呂、おじいちゃんとのお話してれば外は完全に真っ暗になった。窓から見える綿花畑も、この時間じゃ良く見えない。

 「お父さんはどうだ、元気にしてるか?」

 「うん、毎日近くの……ボウセキ会社? ほら、服を作るための繊維を取り扱ってる人たちと会って取引してるみたい。夜はクタクタだけどね」

 「アイツも頑張ってるな、若い頃の自分を見ているようだ……」

 おじいちゃんから畑の権利を継ぐということは、仕事の内容も継ぐということ。おじいちゃんが懐かしむのも分かる気がする。

 「でも、休みの日には学校で習わないこと沢山教えてくれるの。ラウンに乗りこなせるようになったのも、お父さんが教えてくれからよ」

 「『あとは慣れだ』って言わなかったかい?」

 「うん、お父さん言ってた。どうして分かったの?」

 まさか……エスパーなの、おじいちゃん?

 「つくづく似おってからに……お父さんに馬の乗り方を教えたのは、おじいちゃんだよ」

 なるほどね。今みたいに呆れた時の無意識な笑顔もそっくり。

 「じゃぁ、優しいところも似たのね。お母さんの厳しさとお父さんの優しで、ミューア家はいつも明るいわ」

 「そうかそうか、良いことだ。ミリーちゃんも二人から良いところはどんどん学んでいくんだぞ?」

 そう、お父さんは優しい。お母さんをお嫁さんにできたことが不思議なくらい、ね。私も、将来は自分の子どもに学校の勉強以外で色々教えることになるのかしら……。料理? いえ、まだ腕が……。馬の乗り方? 野蛮なお母さんだって思われちゃうかなぁ……。でも、なによりも教えて喜んでもらえるのが一番の幸せよねぇ……。

 「おーーーい、ミリーちゃーーーん……」

 「え? あっ! ごめんなさい!」

 またやってしまった。私の将来妄想って激しいのかしら? まぁ、呆れられついでにひとつ聞いてみますか。

 「ねぇ、お父さんはどうしてお母さんと結婚したの? 実は昔から疑問だったのよねぇ」

 「うん? 聞いたことないのか? お父さんがプロポーズしたんじゃなくて、お母さんの方がお父さんに詰め寄ったって話なんだが」

 「…………」

 なんということでしょう……。面白い話を聞いてしまった。今日は楽しい夢を見ながら眠れそう。でも心当たりが無いのに、夢に出てきたお母さんはフライパンを握っていた。……二刀流で。


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 “コイツ”の目は嫌いだ。

 「よくご決断下さいました、軍団長。同じ意志の下あなたに協力できることが、どれほど私を勇気づけるか測り知れない。さぁ、こちらです。ノーン様の寝室へご案内します……」

 今日という日の“この夜”ために何度か会ってはいるが、オレは絶対にコイツを心の底から信頼することはないだろうな。

 「夜間の警備の兵士は詰所から出しているからオレの意見は通りやすい。しかし、よくもまぁこんな簡単に警備を手薄にできたな」

 「普段でしたら警備の面では完璧と言っていいほどのタイムスケジュールを組んでいます。城の顔ともいえる正面門から、それこそ小さな木製の扉ひとつまで……。頭の狂った人間がどこから侵入してくるかなんて分かりませんからね」

 コイツ、皮肉が上手いな。

 「たしかに警備兵はあなたの仲間をお借りしています。ですが、城の中で兵士を動かす“頭”はこの私。タイム管理を行う人間が故意に警備が手薄になるよう兵士を動かしたら?」

 「……ずいぶん手の込んだことを」

 「軍団長。あなたと手を組む…………これにはそれだけの価値があると私は思っています」

 ここまで嬉しくない褒め言葉は初めてだ。人を褒める時に限って人相が悪くなるのも、オレがコイツを嫌いになる理由のひとつだ。

 「さぁ、そろそろ寝室です。後ろに控えるあなたの同志にも命令を。きっとあなたの言葉をお待ちです。『供に戦おう、国の発展のために』……と」

 まるで戦争映画に出てくる主役の兵士の台詞だ。たしかにオレ……いや、オレ達の気持ちはその言葉通りだ。しかし、そんな後に待つのはハッピーエンドな映画と一緒にしてもらっては困る。オレ達は仮に失敗した場合のことまで考えてこの赤く柔らかい絨毯を薄汚れた軍靴で踏みつけているんだ。だからオレは、後ろに並ぶ同志には絶対に甘い言葉は吐かない。

 「……剣を抜け」

 コイツは今、笑っているだろう。だから言うが、オレはコイツの目が嫌いだ。

 「後はおまかせしますよ、軍団長。レイス家を絶つ絶好の機会です」

 「……ヘレン様に罪はない。そこだけは最後まで分かり会えなかったな、マハード」

 「……結果を期待しています」

 国を守るには軍備の拡張が無視できない。ノーン様、どうか分かっていただきたい。どうか、私たちの剣に怯えていただきたい。その気持ちさえ抱いていただけるならば、あなたもきっと本当の国の平和を……。

 「それでは後ほど、“国葬”の場でお会いしましょう……」


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 「むにゃぁ~~、二刀流なんてぇ~、卑怯だよ~……」

 「ミリーちゃんっ!! 起きるんだ! 起きろ、ミリーちゃん!!」

 んんん……、おじいちゃん? なぁ~にぃ、お外まだ暗いじゃん……。

 「すぴー……」


 「……起きろーーー!!」


 なんなのよ、もう。こんな夜中だってのにどうして起こされなきゃいけないの? 理由も言わずに家の前に連れ出されるこっちの身になってよ、まったく。

 「おじいちゃん、急にどうしたの?」

 「ミリーちゃん。落ち着いて、“アレ”を見るんだ……。そして急いで帰る準備をしなさい。ラウンはおじいちゃんが家の前まで連れてくるから」

 おじいちゃんの指差す方向を眠い目でぼんやりと見る。はっきり言って何も見えない、豆電球のような光以外は。

 「ちょっと……おじいちゃん、アレって火事なの?」

 半分冗談でも言ってやろうかと考えたが、どうしても冗談では済まない気持ちになってきた。……おじいちゃん、何も言わなくなっちゃったし。

 「ねぇ、ねぇったら! 何なのあの光は!? 答えてよ!!」

 「……荷物をまとめなさい……早くするんだっ!!」

 「っ……!」

 あぁ、逃げてしまった。私は何が起きてるか分からない。だから知らなくては動けない。そう、今はおじいちゃんの言うとおりにしよう。仮にあの光が炎で、火事であったなら………………わたしの街はこんなに遠い場所でもわかるくらいの範囲で燃えていることになるんだから……。

 「おじいちゃん、ラウンを!」

 来た時と同じ服でおじいちゃんの場所へ戻った。片手には少し軽くなった荷物。そして反対の手はおじいちゃんが握ってくれた。

 「ミリーちゃん、たぶん……いや、絶対にお父さんとお母さんは無事だ。何が起こっているのかは分からないが、落ち着いたらいつでもおじいちゃんの家と綿花畑に遊びに来なさい。もちろん、家族揃ってね」

 「ありがとう、おじいちゃん……。ラウン、走って!」

 いつもより走り出しが荒っぽいのは、きっと私の叩き方が雑だったから。上手く乗りこなせないと思ってしまうのは、心に不安を抱えているから。それでもラウンは、だんだんと速度を上げてくれる。

 「……ぅ」

 ラウンに乗ると瞬きが多くなるのに、何でかな、今は……こんなに長く目が……。

 「泣くのは……街に戻ってから……。だから、今は!」

 涙なんて流すものか。お父さんもお母さんも絶対に無事だ、みんな揃っておじいちゃんにまた会いに行くんだ。

 「ごめんね、ラウン……。もう少しだけ頑張ってね」

 少し、速度が上がった気がした。ありがとう、ラウン。




 あれから何時間走っただろう……。迷ってもおかしくない時間帯だけに不安だったけど、燃え上がる炎を目印になんとか街の入り口までは来た。

 「ラウン、急ごう」

 助かった、ここの付近はまだ燃えてないみたいだ。出来るだけ、火の手が回ってない場所まではラウンと一緒に。

 「……もし、家に着く前に火の壁があったら……」

 そんなことはない、絶対に。二人は無事だ、ラウンを含めて必ず全員もう一度……!

 「最短ルート、軍の詰所の前を通るよ」

 ……何かが変だ。


 「おい、どうなってやがる! 兵士さんよ、避難作業はどうなってやがる!!」


 「向こうにはおばあちゃんを預けている施設があるんです! 安否の情報はまだ届かないんですか!?」


 「お……おれの店がぁーー! なんでまだ燃えてるんだよ、消火活動はどうしたっ!!」


 軍の詰所まで数分なのに、火が一気に近づいた気がする……。それに、何でかな、さっきから兵士さんを見かけるんだけど、いくらなんでも少なすぎるような……。


 「お、落ち着いてください! 現在避難作業は進めています、みなさんも出来るだけ自主的に詰所まで非難を願います!」


 「ふざけるな! あきらかに人手不足みたいな状態じゃねぇか、仕事サボってるヤツでもいんじゃねぇのか? どうなんだ!」


 「し、仕方ないでしょう! 軍団長一団の居場所が不明なんですから!」


 え……? 軍団長さまが居ない? それじゃぁ、避難作業は? 消火活動は? お父さん、お母さんは?

 「……ラウンッ!!」

 ここから家まで、いくら最短ルートでも距離がある……。それに、目障りな炎を見ると家の方向と重なってるし……。逃げられたならそれでいい。でもきっと……。

 「待っててお父さん、お母さん……!」

 まさか、火の海……とまではいかなくても、準備もなしに突き進もうなんて。私も馬鹿よねぇ……。




 「よし、あとちょっと!」

 家まであと五分以内。さっきから火が熱いけど、走ってるラウンの方が何倍も熱いはずだ。私だけが熱いなんて言えない。

 「よく頑張ってくれたね、ラウン。この大きな火事が納まったらまた、おじいちゃんのところへ……きゃぁっ!」

 ダメ、ラウン、暴れないで!

 「ラウン……、大丈夫だから、あなたは大丈夫だから!」

 無理……振り落とされるっ!!

 「ラウンッ!」

 ………………い、痛い。

 「あはは、手が……」

 当たり前かぁ、落とされたくなくて手綱をあんなに強く握ってたんだ、真っ赤だよ……。足も……あぁ、立てるだけ大丈夫、なのかな? でも、何でラウンはいきなり暴れ出したりなんか……。

 「看板?」

 この看板は木製か、焼け落ちるのも分かるかも。でもタイミング悪いよ、ラウンが興奮しちゃったじゃん……。ラウン、どこに居るの? ねぇ、ラウン…………。

 「あ……お父さん、お母さん……」

 家までもう少しなんだ、這ってでも……這ってでも……。きっとラウンだって先に帰ったんだ、家に帰ればみんなが…………。

 「…………」

 次に会うのは天国なんてこと、ないよね?


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 「……くそっ、ここの避難はどうなっている!?」

 「未だ行われていません。やはり手が足りていません、犠牲者の数は覚悟する必要があるかと……」

 「覚悟を決てる時間に一人でも多く救うんだ! 救助した者から詰所へ戻れ! 自分が焼かれるなよ!!」

 「了解っ!!」

 やばいぞ……。このままだと避難が間に合わない……。せめて、こちらの人数が増えれば、あるいは……。

 「ん?」

 ……あれは、馬か? どうして火の海から馬が……。

 「!! 済まない、一度私はここを離れる。数名だけ付いてきてほしい。もしかすると、奥に人がいるかもしれない」

 「奥って……ここよりも燃えてますよ!?」

 普通に考えたら諦めるよな。でも、あの馬には……。

 「荷物が括り付けられていた」

 「え?」

 「奥から走ってきた馬には荷物が積まれていたんだ。その荷物がそれほど燃えていなかったからな、もしかすると、まだ生きているかもしれない」

 「そういうことですか! ならば私が一緒に」

 「悪いな、一番危険かもしれない場所かもしれないのに」

 「お気になさらず」

 いい部下を持った。

 「副団長っ! お待ちください!!」

 「どうした!」

 「最新の情報です。数名で火災の激しい部分を除いて捜索したところ、軍団長は見つかりませんでした。もう残すところ城の中だけということになりますが……」

 城だと? ノーン様の保護にでも行ったのだろうか。だが、理由はなんでもいい。一度問い質さねば……。

 「分かった。お前たちも、避難作業に移ってくれ!」

 「了解っ!」

 最終目的地が決まったな。

 「行くぞ、まずは奥の救助者だ!」

 あの馬には見覚えがある、絶対にいるはずだ。居るとすれば、少女だ……!


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 背中に天使の羽根が生えた父さんとお母さんに、会おうとは思わない。二人とも元気な、もちろん私も笑顔で、今度こそ涙を一杯流して会うんだ……。そう考えたのは、遅すぎたのかな? あの炎だもん、もう私の背中には天使の羽根が……。いや、その羽根だって黒焦げかもしれないんだ。

 「…………」

 あぁ、私、知らなかった。天国にはベッドがあるんだ。それに電気も。


 「助かるんですか、どうなんですか! この子はまだ生まれたばかりなんですよっ!?」


 「ねぇ兵士さん……。私のお母さん、どこにいるの? ねぇってばぁ」


 「医療器具は! 何、足りないだとぉ? 考えなしに運び込むからだろうが!!」


 「仕方ないでしょう、医療施設まで燃えてしまってはこれが限界です!」


 ……ここ、天国よね? いまさら疑いたくはないけど。だってこれじゃぁ、さっきと何一つ変わってない……。

 「地獄じゃない……」

 「おっと、起きたかな。大丈夫、ここは安全だ。鎮火作業も進んで、ほとんど火は消えたよ」

 「……本当に?」

 「ああ、そうさ」

 「ここはどこなの?」

 「ここかい? 軍の詰所だ、この街の住民は全てここに避難しているよ」

 “生きている人だけはね”って顔はしないで兵士さん、お願い。私、聞きたいことが沢山あるんだから。

 「私は、助かったのね……」

 あとは……あれだけ聞きたい、これだけは絶対に。

 「お父さんとお母さんは……」

 「えっ!? あ、あぁ、そうだね。それに関してなんだけどね。君の名前を聞かせてくれるかい? 災害時の訓練はしていても、ここまで収容人数が膨れるとは思わなくてね。リストを作っておきたいんだよ」

 ……話をすり替えられた? でも、名前を教えておけば、同じファミリーネームで見つかるかもしれない。

 「私はミリア・ミューア。もし“ミューア”って言うファミリーネームの人がいたら教えてください……」

 「分かったよ、ミリアちゃん」

 その兵士さんを見たのはこれが最後。きっと忙しいんだと思ってたけど。名前を教えてから三日、一週間と経つうちに、私は……諦めていた。そして看病されていた部屋には、私と同い年くらいの子供が何人もいた。避難した時のままの格好だけ見れば、だれかを判別するのは簡単だった。でも、顔を見てると判断は難しい。みんな下を向いて上を向こうとしなかった。どうして自分から落ち込もうとするの? こんなこと聞けるわけがない。私だってその理由が分かってるじゃない……。

 「あなたは?」

 ここでは Who are you? が Why are you here? となることは、避難三日目にして理解した。相手の服はボロボロ、肌が覗いている部分は元はキレイな肌色だったんだと想像するしかない……。

 「私は……」

 お父さんとお母さんが……。でも、言葉が続かない。少しでも楽になるなら、誰にだって話そうと思った。そんな時に……。

 「キレイだね」

 「え?」

 キレイ? 何が?

 「えっと……何がキレイ……なの?」

 「何って、君に決まってるじゃないか」

 …………はい? そもそもどうして私に声をかけたんだろう? それにこの子、女の子だし。

 「あー、その……えー、君も…………キレイ、だよ」

 気付くのが遅かった。この子の火傷は不注意で出来るようなものじゃない。この子の肌は、もう……。

 「きゃっ! や、やめて……」

 「えへへ……。あたし、嬉しいよ。こんな肌でも“キレイ”って言ってくれる子がいるなんて。他の子なんてみんな無視するから寂しかったんだよ?」

 「いや……、ダメ、ヤメテ!!!」

 その手に持ってる石は何? それで何するの?

 「不思議だなぁ。これからキレイな肌にしてあげるのに、どうしてそんなに嫌がるの?」

 みんながこの子を無視するのは当たり前だ。誰もが少なからず怪我をしている。それに対して私は無傷。あの炎の中で奇跡的に生き延びたんだ……。運が良かっただけなんだ……。傷が無いのは私だけ、この場所の“罪”なんだ。

 「これから仲良くしよう、ね?」

 お父さん、お母さん、ラウン……。私にだって傷、あるのにな。


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 「身体の方は大丈夫なのですか? まだ無理をなさらない方が……」

 「いえ、既に三日が経ちました。今回の事は私の父にも責任があります」

 「……ヘレン様。今、皆の前に出て全てを告白することがどれだけ危険かお分かりですか?」

 分かっている。しかし、何も知らないまま国民の不安を煽るよりは、私に憎悪を向けてくれた方が話は早い。

 「副団長、まずは“例の子どもたち”を避難させた部屋に連れていってください」

 悲しいけれど、私から現実を話す義務がある。“あなた達の親は諦めなさい”と伝えなければ。

 「何かあればすぐに部屋から待避します、それでもよろしければ」

 構わない。何があっても私は引かない。皆からの罵詈雑言、全て受け止めよう……。たとえお父様が帰ってこなくても、たとえ国が明るかった日々が戻らなくても、復興のためにみなの意思が一つになるならば私は喜んで盾になる。

 「こちらです」

 「開けてください、覚悟はできています」

 嫌われることに怯えていられない。しっかりしろ、ヘレン!


 「やめて……、助けてーーーー!!!」


 「副団長!」

 「はっ!」

 「ちょっと、放してよ! 今からこの子と友達になるってのに邪魔しないでくれる!?」

 「突然の命令を許してください、副団長。しかし……あなたが一緒で助かりました」

 「お気になさらず……」

 間に合ったか。何が“友達”だ……。あんな石を振り上げて言う言葉にしては綺麗すぎる。それよりも……。

 「怪我はない?」

 「………………うぅ……」

 まさか、手遅れだったか! しまった、やはり“同じ子どもたち”を集めるのは失敗だったか。

 「副団長、手当を行える人を!」

 「分かりました。しかし……」

 「その子は別の部屋にでも移そう。周りが大人だけなら変な気も起こさないはずです」

 この状況で詰所の外に出すのは酷だ。騒ぎを起こさない工夫をしなかった私にも責任がある。

 「違う……違うの」

 「え?」


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 「私が悪かったの……」

 怖かった。

 「私が気付かずに、その子に傷つくことを言ったから……」

 そう、これは不注意。

 「……だから、その子は悪く、ない……」

 言う前に自分だって見ていたはずだ。あの子の、黒く焦げた肌を……。

 「私が“キレイ”なまま助かったから! ここでは許されないから! ……ぅ、だから……」

 「本当に、ごめんなさい……」

 そういえば、誰なんだろう。さっきから私を心配そうに見つめて……。謝りながら抱き着いて……。ダメだよ、そんなキレイな服を着てるのに……。

 「あなただって傷ついてるはずよ。街が、国が炎に包まれて、私たちはここに逃げ込んだ。でもね、残念だけど全員が生きているかと聞かれると……私も答えに困るわ。そしに、“キレイ”なまま助かったかどうかも……。大火傷を負った人、大好きなペットを失った人、恋人を失った人、家を失った人、そして家族を失った人……。この場所に居る人たちは必ず何かを失っている。自ら望んで、傷付こうとしないで……。悲しいなら私を恨んで、思い出したなら私を憎んで……。今日のこの大火災は、全て私が原因よ……」

 女の子一人が原因で国が燃える。今の私には笑えない冗談だ。でも、今ので分かっちゃったな。やっぱりお父さんとお母さんは、もう居ないんだ……。

 「さっきから何言ってるのか分からないんだけどさぁ~、あんたが悪いの? じゃぁ、一緒に友達になる? あなたも“キレイ”だしさぁ!」

 あっ! 危ない!!

 「ダメ!」

 「安心して」

 …………。石が、飛んでこない?

 「……ねぇ、放してって言ってるじゃん」

 「やはり、この子をこのまま詰所に居させるのは危険では?」

 「申し訳ありません、副団長。ですが、外は地獄です。絶対に放り出すようなことはしません」

 「分かりました……」

 「……ねぇ、あなた。名前を聞かせてくれるかしら?」

 

 『君の名前を聞かせてくれるかい?』


 涙、我慢できないよ……。お父さん、お母さん、ラウン……。

 「ぅ……はぁ、はぁ……」

 「ごめんなさい、辛かったわね……。でも大丈夫よ、ここを出るまで二度と今の様なことは起きないわ。私が保障するから」

 「……ミリ、ア・ミューア」

 「ありがとう」

 こっちの台詞だ。伝えなきゃいけない。言う前に泣き崩れるなんて御免だ!

 「ミリア・ミューアッ! 助けてくれてありがとう!!」

 心を。

 「ふふ、猫みたいな名前ね。覚えたわ」

 「ヘレン様、そろそろ……」

 ねぇ、あなたは誰?

 「もしかして……」

 「初めまして、ヘレン・レイスよ。さっき言った事、忘れないでね。“この夜”の原因は私にもあるから……」

 ……涙を忘れるくらいには驚いた。待って、聞きたいことが沢山あるの。私のお父さんは? お母さんは? ヘレン様なら知ってるんじゃないの? ねぇ!!

 「お願い、待って!」

 「また、どこかで」

 無理、なのかな……。あれ?

 「肩が、濡れてる……」


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 “あの夜”から十年近くが経った。アフ国は復興の努力によって前と変わらない、いや、それ以上の国へと発展を遂げた。炎の勢いが大きかった地域では、建造物の復旧作業ではなく国産綿花の栽培量増加のために畑の面積を増やした。これによって得られた利益の大部分は復興へと充てられた。あれだけの災害が起きながらも、ここまで持ち直すことができたのはヘレン様の手腕が故なのかもしれないと私は思う。

 でも、良いことばかりでもなかった。


 「軍団長が見つからないんだってよ」


 「災害当時も居なかったじゃねぇか、尻尾巻いて逃げたんじゃないか?」


 有事の際に国の安全を引き受けるはずの軍団長が見つからない。しかも、当時も身を潜めていたかもしれないと言う人まで出てきた。確かに、私自身も軍団長が不明であった事実は聞いていた。救助作業の中、火に巻かれて……というならまだ理解できた。でも、十年近く経った今も生死は別として見つからないと言うのは明らかに変だ。お陰で副団長が城下の復旧作業を一手に引き受けることになった。


 「申し訳ないです、私にもう少し力があれば指揮を取れるのですが……」


 「ヘレン様、それは違います。確かにヘレン様に復興作業の指揮を執る力は無いかもしれません。しかし、私にも復興後の国を仕切るだけの力はありません。私が何を言いたいか、ヘレン様ならお分かりいただけますよね?」


 クーデター勃発によるノーン様の死によって、アフ国は一時的に王位を持つ人間が居なくなった。私を含めて、王政による政治に慣れた者は不安を拭いきれない日々が続いた。さらに、クーデター勃発から数ヶ月後に私は両親の死を聞かされた。「あぁ、やっぱり……」、これが正直な感想だ。もっと早く聞かされていたなら、それかあの日ヘレン様と会っていなければ、私は泣き崩れていたと思う。それでも受け止められたのは、自分の諦めと過ぎた時間。どちらも、悲しいという感情を鈍らすには特効薬になった。それに簡単に悲しんではいられないよね、私だって大きくなったんだもん……。

 「二百七十三番、ミリア・ミューア!」

 「はいっ!」

 「……おめでとう、これで晴れて君は王女様のお傍にて仕えることとなる」

 「光栄であります!」

 そう、様々な理由によって人手が足りなくなったお城に、人員増強の必要性が出てきた。そして、アフ国初の王女さまが即位されてからまだ長くない。『取りあえず城に人を増やす』という手法で、王女さまの負担を減らそうとしているらしい。

 「さて、ミリア・ミューア。君は全てにおいて平均的な能力・技術を持っているが、ずば抜けて馬術の成績が良かった。ここに並ぶ者の中で馬術をトップの成績でくぐり抜けたのは君だ」

 「それは……本当ですか?」

 「あぁ、そうだとも。ひとつでも優秀と判断された場合は望む部署に就けることは知っているな?」

 「えぇ、覚えています……」

 嬉しいんだけど、ラウンを思い出すとちょっと……ね。結局、あの日から会えずに今日まで来ちゃったよ。

 「それで、どこに就きたい?」


 「“インポータンス”を望みます」


 「…………何?」

 「私はインポータンスへの配属を希望します!」

 あー、視線が刺さる刺さる……。“インポータンス”。これはこの配属に関する正式名称。数年前までの俗称は“王付き”と言われたものだ。でも近頃は“王女付き”に変わってきた。仕事の内容は王女さまの警護から日々の仕事の補助なんてものがある。近くに居て王女さまの手助けをする……、側近って言うのかもね? 配属可能人数は最大で五人という、とても名誉ある配属…………の、はずだったんだけどなぁ~。

 「正気か? 他にも誉れ高い配属なら沢山……」

 「お気づかいは嬉しいですが、考えを変える気はありません」

 王女さまの一番近い場所にお仕えできること以外にそんな配属があるなら聞いてみたい。どうしてこんなことを言われたのかは分かってる。自慢ではないけど、『お前には力不足』と思われている訳ではない。“あの夜”を思えば、ノーン様がどのようにして亡くなられたかを思い出せば、席がガラガラになるのは馬鹿の私でも分かる。でもね……。

 「いいんだな?」

 「はい。お願いします」

 どうしても会いたいんだよ。あの日に助けられた感謝も、私の濡れた肩の理由も、とにかく今は、会って話しがしたいんだ。

 そして今、狭き門のはずの配属に難なく決まった私は、頭を深く下げて王女さまの前に膝まづいた。

 「あなたが今日から私の側に仕えてくれるの?」

 「はい。王女さまのお力になれることを、誠に光栄に思います……」

 歳は……、ヘレン様が少し下、かな? 私も二十歳を過ぎてるからヘレン様はちょうど二十歳くらいかな。

 「固い態度は止めて。これから長い付き合いになるのよ、私も嬉しいわ。あなたも知っているでしょうけど、毎年成り手が居なくてね。私が王女となってからインポータンスへと配属されたのは、あなたが初めてよ」

 「それは…………心中、お察し申しあげ……」

 「だ・か・ら。固くならないで、お願い」

 「失礼しました……」

 や、やりにくい……。もっとこう、笑顔ひとつ許されないとは言わないけど、厳格な雰囲気が漂う配属だと思ったんだけどなぁ。ノーン様に仕えていたインポータンスの方も、見かける度に石のように固い表情だったし。

 「あ、名前を聞いていなかったわね。教えてくれる?」

 ヘレン様、また会えましたね。


 「はい! 私は、ミリア・ミューアです!」


 「「…………」」

 あ、あれ? どうしてみんな黙っちゃうの? 私、何か間違えた?

 「あの、王女さま?」

 「え? あぁ、ごめんなさい」

 「もしかして、何か失礼がありましたでしょうか?」

 「違うわ。私を含めて、ここに居る者は面喰らっただけよ」

 ただ名乗っただけのような気もするけど……。

 「ミリア……、だったわね。あなた、この配属に後悔はない?」

 「ありません!」

 「また、“あの夜”と同じことが起きる可能性だってあるわ……」

 「起きません」

 「あなただって危険な目にあうかもしれない」

 「大丈夫です」

 「あなた……私と違って強いわね……」

 私は自分の意志でインポータンスになった。だから、私が強いかどうかなんて正直分からない。ただ、会いたくて。思い出してもらいたくて。“あなたは救われただけじゃない”と伝えたくて……。

 「失礼を承知でもう一度。私はミリア・ミューア。“あの夜”に避難所となった軍の詰所、親を亡くした子どもたちを集める部屋にいました。幸運にも大きな外傷もなく、当時は絶対に会えると思っていた両親を思い過ごしました」

 「待って……あなた、まさか」

 「思い出していただきましたか。あなたに救われた……」

 え~と、あー、何も考えてなかった。

 「あなたに、救われた…………猫です!!」


 ニャ~~……。


 馬鹿のレッテルはこんな時に貼られるんだろうな、きっと。さっきから静かだったけど、咳払いひとつ聞こえないや。少し、いや、かなり馬鹿なことをしたかもしれない……。笑いを取りたかったんじゃないんだ、思い出してもらいたかったから、その、出来心で。まぁ、配属早々クビになったインポータンスってことで、有名にはなるかもしれない……。

 「くっ……ふふっ……」

 あー、ヘレン様が椅子から降りてきちゃったよ。マズイなぁ~、下げる頭はひとつしかないのに……。

 「あははははは! そうか……猫、ミリア・ミューア……」

 ヘマさえしなければ、もっとお話しできたのに……。って、はい?

 「辛い思いをさせて悪かった。ミューアがインポータンスに来てくれて、私はとても嬉しいわ。理由は何?」

 「……理由とは?」

 「“あの夜”の後だもの。私を殺しに来たんでしょう?」

 「……ここで泣いてやりますよ?」

 「ふふ、冗談よ……」

 こうして私は王女(ヘレン様)付きの階級を得ると同時に、毎日ヘレン様の隣に仕えることが正式に決まった。

 そんなある日の事だった。

 「失礼します、王女様の所在を知りませんか?」

 数時間前からヘレン様の姿が見えない。仕事をサボられては、ヘレン様のお部屋が書類の海になっちゃうんだけどなぁ。

 「これは……、ミリア様。申し訳ございません、私は存じ上げません……。いや、先ほどマハード様とご一緒のところを見かけましたが」

 「マハード様と?」

 おかしいな。以前にヘレン様から『どうしてもあの臣下は好きになれない』と言われたことがあるんだけど。……一緒にやらないと終わらない仕事もあるかもしれないわね。

 「城のどちらに歩いて行かれたかは分かりますか?」

 「たしか……突き当りを右に曲がって、次に調理場直前を通り過ぎた所を右に曲がって…………」

 ……私だって、慣れようと思ってお城を飽きるまで散策したことがある。ヘレン様には笑われたけど、頭の中に簡単なお城の地図を書けるようになった。

 「そこには大きな絵画が飾ってあるだけの廊下だった気がしますが……」

 「えぇ、そうです。わたしも不思議なんですよねぇ……」

 目的もなく向かうには、あまりにも無意味な場所だと思うけどなぁ。ちょっと行ってみようかな、今日の書類は明日に持ち越したくないし。

 「ミリア様、向かわれるのですか?」

 「はい、少し王女さまにお伝えするべきことがありまして」

 「それでは、できるだけ静かに行かれることを勧めます」

 「何故ですか?」

 「私は何度か王女さまとマハード様がご一緒に絵画のある廊下に向かわれるのを見ています。しかし、その時の王女さまの顔はとても険しいのです……。とても、思い詰めているような……」

 思い詰める……。見たことないわけじゃないけど、こんなに心配されるってことは。

 「分かりました、気を付けます」

 何か、あるのかもしれない。


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 しぶとい小娘だ。城下を焼かれ、目の前で父を亡くし、挙句の果てに自ら死を命じるまでになっても、まだ“人間”のように振る舞っている……。まぁ、最後は私の入れ知恵だがな。

 「今日は何人ですか?」

 「一人でございます」

 「捕らえた理由は?」

 「王女さまの暗殺を企てていました」

 理由は何だっていい。“あなたを殺そうとしてました”ということが伝わればいい。

 「……もっと詳しくお願いします」

 癪に障る……。

 「城内補修という名目で侵入、その後に王女さまの身辺に罠を仕掛ける計画を練っていました」

 「本当ですね?」

 「真にございます」

 まぁ、好きでやってるわけじゃないだろう。しかし、毎回聞く“本当ですね?”には飽きたもんだ。しかし、疑いたくもなるだろう。自分の一言で簡単に人命を操れるんだ……。いい加減、狂ってもらいたいもんだが……。

 「分かりました、開けてください」

 ……はぁ…………。一体、何年続ければ終わるんだ?


          ~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~●~~


 結局、ヘレン様とマハード様を絵画の前に確認したけど何を話していたかは遠くて分からなかった。でも、あの絵画に仕掛けがあって奥に通路が存在していたことは初めて知った。奥に二人が入った時に追いかけようとしたけど、こっちが見つかったらだめだ。盗み見ていたことがバレてしまう。ヘレン様に知られるだけなら、『何やってるんだか……』で済むと思うけど、マハード様には知られたくなかった。

 それからまた二年が経った。特にアフ国で問題も発生せず、穏やかな日々が続いていた。相変わらず、ヘレン様とマハード様は絵画のある廊下に定期的に向かってるみたいだ。

 「マハード様とどのようなお仕事をなされているんですか?」

 答えは期待しない。

 「うん? あぁ、ちょっとな……。大切な仕事だ……」

 最近、口調から女らしさが消えている気がする。まだヘレン様は二十五歳くらいのはずです、老けるには早すぎますよ? ……言えないけどね。

 「また何か考えていらっしゃいますね?」

 「気のせいだろう」

 「相談に乗りますよ?」

 「だから、お前の気のせいだ」

 お城に人が増えた。ヘレン様は無理と分かっていながら全ての人の名前を覚えようとする。だから、今まで覚えていた人の名前まで、忘れてしまうこともしばしば。

 「私は信頼されていないと?」

 「……城下を回りたい。城に籠ってばかりが仕事ではないからな」

 すり替えられたか……。よっぽど話したくないんだ、分かりましたよ。

 「……すぐに準備いたします」

 二年経ってもインポータンスは私だけ。何か頼みごとがある時は、全て私に降ってくる。それを叶えるのが私の仕事。……常識の範囲内でね。今日も私が先頭に、ヘレン様と城下の視察に向かいます……。




 「どうですか、王女さま?」

 「…………」

 「……王女さま?」

 「な、なな何だ?」

 ……怪しい。ヘレン様は何か隠してらっしゃる。

 「意識が明後日の方向に向かわれてました。何かございましたか?」

 「何でもない、気にしないでくれ」

 城内といい、城下といい……。先ほどからヘレン様は隠し事ばかりだ。まったく、余所見しながら進んだら怪我の元ですよ?

 「……? 軍の詰所?」

 失礼だとは思ったけど、ヘレン様の視線の先が気になった。……そうだよね、確かに避難所だったけど、ヘレン様にとっては親の仇が居た場所でもあるんだよね……。

 「…………ほぅ……」

 ……ヘレン様、親の仇を考えて色っぽい溜息をつかないでください。どこの天地がひっくり返れば、親の仇を思えるのですか……。


 「あっ! へれんさまだ~~。こんにちはー!」


 「こらっ!! 王女さまの近くで騒ぐ人が居ますか!」


 「おぉ、王女さまだ。今日は城下に参られたようだ」


 「言うのは恥ずかしいが、オレの尊敬してる方だ。ここまで国を持ち直したんだ」


 信じてないわけじゃない。だけど“凶刃”っていうのは、どこから飛んでくるかわからないんだ。ヘレン様が気を許しても、私が許すわけにはいかない。

 「なぁお前、今日も城下は賑やかだ」

 「王女さまの努力によるものです。決して忘れてはいけませんよ?」

 「分かっているさ……」

 あ、これは分かってないな。どうしたら分かってくれるんだろう……。

 「……実は、相談があるんだが」

 「以前から黙っておられたことですね? やっと聞かせて頂けるのですね」

 「……いや、たった今に思い付いた相談事だ」

 意地張ってるのが見え見えです。

 「城に戻ったら、私の部屋へ来てくれ」




 「失礼いたします、ミリアです」

 「…………」

 「王女さま、ミリアです。ただ今参りました」

 「…………」

 声は……聞こえてこない。何か音は……。

 「!! ご無礼をお許しください!!」

 “非常事態”というものがある。今回の事はその最たるもの。“王(女)の御身の危機”。

 「王女さま! ご無事ですか!?」

 正確な言葉は馬鹿な私にはわからない。でも聞こえた。押し込んだような、誰にも聞かれないようにと努力した……そう、嗚咽が。

 「ぅ……、だ、誰だ!?」

 「ミリアに御座います。王女さま、ご無事ですか?」

 部屋が荒らされた形跡はなし。ヘレン様にもお怪我は見受けられない……。私の気のせいだったのかな? でも、どうしてベッドに顔から突っ伏していたんだろう?

 「ぇ……。あ、すまない。呼びつけておいて……」

 「構いません。それより、お身体は大丈夫ですか?」

 「なぜ私の心配をしている?」

 だって……ねぇ?

 「失礼ですが、王女さまの嗚咽が……聞こえたものですから」

 黙っておくべきだったかな、話題を変えるべきだったかな。そんなことも考えたけど、ヘレン様の涙が一瞬だけ早かった。

 「え!? そ、そこまで悲しいことがあったとは、し、失礼しました!! ミリア、一度出直して参ります!」

 「止めてくれ、ここに居てくれ……」

 「はぁ……、それでは」

 子供のあやし方なら知ってるけど、王女さまのあやし方なんて試験にも出なかったよ!?

 「私の話を聞いてくれるか?」

 「ご命令とあらば」

 「……違うんだ、命令じゃない。お願いだ」

 ヘレン様が少しだけ私から離れた。そして……。

 「頼む……私を、支えてくれ…………」

 いつもは高い位置にある豪華な髪飾りを、初めて目線より下で見た瞬間だった。




 ヘレン様には変な癖があった。悲しくなると必要以上に私に近づくんだ。今までで一番の最短距離は、手を繋ぐことだったと思う。“あの夜”を少なからず一緒に経験したことを思えば、不安な時に支えてくれる人がいる安心感は何物にも代えがたいと考えるだろう。

 「わがままを言って悪いな……」

 「お気になさらず。私も……同じですから」

 あの日、私の不注意から生まれた災難から救ってくれたヘレン様。後から聞いた話だけど、あの時は本気で心配して思わず駆け寄ってしまったらしい。私も、安心感を求めてヘレン様を抱きしめてしまったのは確かだ。あぁ、そうか……。今日が初めてじゃないと思ったら、私たちは一度抱き合っているじゃないか……。

 「何からお聞きしましょうか?」

 「…………」

 「王女様の好きな順番でお話しください」

 「…………全部……ではないぞ?」

 ……ヘレン様の望むように。

 「王女さまのこと、“少しだけ”教えてください」

 「あぁ……ありがとう。今でも不思議だ。“あの夜”から数日後に避難所で知り合った女の子が、今では私の隣に居ることが。私の前で名乗った時、お前は自分を猫だと言ったな……。その一言で思い出した。自分だって辛かっただろうに、他人からの攻撃を必死に我慢して……。下手をすれば殺されていたかもしれないんだぞ、分かってたのか?」

 タイミングと言われればそれまで。しかし、確かに私はヘレン様に救われてここに居ます。

 「私も……以前の軍団長の手によって、忘れられない人の死というものを見せつけられた。何年経っても忘れられない。夢にまで出てくるくらいだ」

 あの時の私は、ヘレン様のことを何も知らなかった。唯一覚えていることと言えば……。

 「あの時と同じですね」

 「何がだ?」

 「私の肩、濡れてます」

 やっと分かった。どうしてヘレン様は悲しいときに他人に必要以上に近づくのか。

 「涙を、隠さないでください」

 流れる涙を我慢しちゃダメだ。

 「何を言って……」

 「とぼけても無駄です。二回も経験しましたからね。……助けていただきありがとうございました。王女さまのお蔭で、今、私はここにいます」

 そして、ヘレン様の鳴き声を初めて聞きながら、私の反対の肩が派手に濡れた。

 「落ち着かれましたか?」

 「…………」

 「まだ、お話があるようなお顔をしていますね」

 「……私が……人殺しに見えるか?」




 「あれ? ミリア様、血相変えてどうしたんですか?」

 「色々、ありまして……。それより、すぐに走れる馬はいますか? できるだけ早い馬をお願いします」

 “人殺しに見えるはずがない”。そう断言したのに、ヘレン様の顔を見ていたらこちらまで不安になってしまった。

 「こちらですよ。どちらまで? そろそろ暗くなりますが……」

 「ポール様のところに用事です」

 つまりは軍の詰所。一刻も早く伝えなければ。

 「お気をつけて」

 「ありがとうございます」

 お城から詰所までの往復はおよそ一時間。馬の脚にもよるけど、それほど遅くなることはないだろうな。……ポール様とのやりとり次第か。


 「失礼しますよ……」

 「おや? マハード様。どうされました?」

 「いやいや、馬を借りたくてね。すぐに出れる馬はいるかな?」

 「今日は皆が忙しい日ですね」

 「と、言うと?」

 「先ほどインポータンスのミリア様も同じセリフで馬を借りられましたもので」

 「それはそれは……」

 「馬はこちらです。どちらまで?」

 「ただの老人の散歩……。ダメかな?」

 「あはは、お気をつけて」




 こんな時間に呼びつけるなんて、迷惑なのは分かってる。

 「すみません!! 副……じゃなかった、ポール軍団長をお呼びいただけますか?」

 一日でも早く、一秒でも早く。

 「あなたは……ミリア様? こんな時間にどのようなご用事で?」

 「急いでお伝えしたいことがあります。五分でも構いません、ポール様にお会いできないでしょうか?」

 お願いだ。私一人ではヘレン様を支えることは出来そうもない……。

 「申し訳ありませんが、軍団長はお休みになられたと思われます……」

 「そこをなんとか!」

 「なんとか……と言われましても」

 “王女さまのため”と言うのは簡単だけど……。それでは職権乱用だ。どうすればいい……!

 「……流石、馬術の成績が良かっただけのことはあるのですね、ミリア君。私でもこんな夜の暗い時間に走らせようとは思わない」

 「軍団長、お休みになられたのでは……」

 「いやぁ、馬の嘶きが聞こえたと思ったら門の方から言い争うような声が聞こえてきたから。念のため見に来たんだ」

 チャンスは今しかない!

 「ポール様」

 「なんだい?」

 「お伝えしたいことがございます。聞いていただけますか?」




 「……王女がそのような事を?」

 「はい、全てを語っていただけませんでしたが。しかし、『私は人殺しか?』と問われました」

 「人殺しなんて言葉を口にするような方だとは思わなかったが……」

 「ポール様、私は王女さまの身に何かが起きていると考えています。それがいつから始まったのか、いつ終わるのかは分かりません。今、王女さまを支えなければと思い、こんな時間に駆けてきました……。インポータンスでありながら、自分が恥ずかしいです」

 “王女さまの一番近くに居ながら、独力で守れないのか?”これを言われたら私、泣いてしまいそうだ……。

 「ミリア君、感謝します。王女の心配をするのは、一番近い場所に居る君だからだろう。これからは私も定期的に城へ顔を出すようにする」

 あぁ……、良かった……。追い返されることも覚悟してたけど、一緒にヘレン様を支えていける方にお伝えできて安心した……。

 「ありがとうございます、ポール様。頼れるのはあなただけな気がして……」

 「大袈裟だなぁ。さぁ、今日はもう遅い、お連れの方と一緒に城に戻られた方が賢明ですよ」

 「はい………………え?」

 お連れ? 私は一人で詰所まで来た……はず。

 「ポール様、私以外でこの時間に城の者が来たのですか?」

 私より少し早く詰所に来た? 一緒に戻れと言われているなら話は分かる。でも……誰?

 「……お一人だったんですか? 馬の足音が“二頭”分、聞こえてたような……」

 「いえ、そんなはずは。私は一人で詰所まで……」

 「…………」

 「…………」

 付けられた? 誰に?

 「どうやら、ミリア君の話に興味があった輩がいるようだね」

 「そのようですね……、私の失態です」

 「気にしない方がいい。それよりどうだろう、私も久しぶりに視界不良時の訓練がしたかったんだ。城まで競争というのは?」

 この人の嘘はいつもバレバレだ。

 「いいですね。ですが、私に勝てますか?」

 今だって、『城まで付き合うと』言ってくれている。

 「煽るのは止してくれ……。君に馬の才能で勝とうと思ったら、相当な集中が必要なんだから……」

 感謝します、ポール様。ですが、こんな甘い嘘はヘレン様の前だけにしてくださいね。




 それから数日。詰所まで私を付けた犯人は分からなかったけど、ポール様へとお伝えしたことが犯人に筒抜けだったことは明白。最近は以前よりもヘレン様の身辺を警戒する日々が続いていた。犯人さえ分かれば、強引かもしれないけど捕らえて問い質す必要があるかもしれない。

 「ひとつ、お願いがあるんだが……」

 「はい、なんで御座いましょう?」

 「今日は城下を回りたい。最近は城に籠って事務仕事ばかり、偶には国の雰囲気と言うものを感じたいんだ」

 お決まりのセリフ。事務仕事に疲れると、いつもこれだ……。でもまぁ、外に出ることが悪いわけじゃない。私がしっかりと警戒すればいいだけの話。

 「王女さま、それならば『お願い』ではなく『命令』していただければ、いつでも」

 「え、あぁ、そうだな、そうだった……」

 この間のヘレン様の私室でのこと、まだ気にしているのかな……。驚きはしたけど、私はヘレン様をお守りするために強力な助っ人を掴むことができた。だからヘレン様、安心してください。

 「もう少し城下を歩かれますか?」

 「え? あ、そうだな、そろそろ城に帰るか。すまないな、付き合せて」

 普段なら慌てて物を話さないけど……。

 「はい、お陰でもう一箇所だけ回る場所が増えましたから」

 「私は城に戻ると言ったんだ」

 「目は口ほどに物を言いますよ?」

 ヘレン様が城下へと出向きたい理由。それはポール様に会えるかもしれないから。今日だって視線は常に詰所の方へ。ヘレン様、ポール様のことがお好きなんですね。

 「いかがいたしますか? “城への帰り道、道に迷って軍の詰所の横を通ったって”不思議じゃないはずです」

 「…………ばれていたか……」

 「……はい。失礼ですが、以前より詰所へと思いを馳せていたこと、王女さまの仕草から分かっていました」

 「同じ女性として、と言いたいんだろう? まったく、良い側近を持ったもんだ、私は」

 素直じゃないなぁ。慣れたけど。

 「ぽ、ポポ、ポール副団長を呼んでくれ! 話があるのだ!」

 ……ヘレン様、落ち着いて。そしてポール様は現在、副団長ではなく軍団長です!

 「ポール様をお呼びいただけますか、王女さまがお話があるとのことです」

 これじゃぁ、“インポータンスは王女さまの変声器”と言われても反論できない。

 「そうでしたか、では呼んでまいります」

 「王女さま、落ち着いてください。相手が困っていましたよ?」

 「し、仕方ないだろう。命の恩人を呼びつけるんだ、緊張しない方がおかしい……」

 ポール様には弱いですね、ヘレン様。……あ!

 「お待たせしました、王女。今日はどのようなご用事でしょうか」

 「はいっ!? あ、あの、その……ですね……」

 さぁて、邪魔者は退散しますか。ポール様がご一緒なら、安全は保障されているしね。

 「ポール様」

 私が相談したこと、秘密にしてくださいね? それと、嘘って言うのはこうやって使うんです。

 「実は、本日城では隣国からの王子が参られる手はずとなっていまして……。手厚い持て成しのために人手が必要な状況です。申し訳ないのですが、王女さまとの用事が済み次第、城へ王女さまを護送していただけますか?」

 「分かりました。安全に送りましょう」

 ヘレン様、ファイト!




 「ふっふ~ん♪ ららら~~ら~ん♪」

 なんだか、ヘレン様の近くに居ないのは久しぶり、なのかな? ちょっとだけ気を抜きたい。鼻歌だって歌いたい。どうせ広いお城の廊下だ、誰かと鉢合わせするなんて滅多に……

 「ミリア君」

 滅多に……無いって言わせて欲しかった……。

 「こんにちは、マハード様」

 「あぁ、あなたに用事があるのだが、お時間は大丈夫だろうか?」

 今日は夜までヘレン様は帰ってこない算段だから、少しくらいなら自由だ。しかし、マハード様が名指しで私を? 初めてのことかもしれない……。

 「えぇ、今日は少し時間があるので……」

 「そうか……。悪いが、私と一緒に付いて来て欲しい場所があるんだ」

 「荷物の運搬ですか? それでしたら、直接ではなく城内全体に報せてくれれば……」

 「いや違う。とにかく付いてきてくれ」

 強引だなぁ……、目的も言わないで……。

 「失礼ですが、目的を教えていただけますか?」


 「王女さまを救うために」


 「…………」

 マハード様は“あの夜”を経験している。インポータンスではなかったにしろ、ヘレン様のお父様、ノーン様にお仕えしていた事実に変わりはない。ヘレン様はマハード様を嫌っているけど、大切な人を亡くしたのはヘレン様もマハード様も一緒のはず。自分が嫌われていることは知ってるはずなのに、それでもヘレン様を救おうと……。マハード様なりの努力なのか……。ヘレン様、あなたは沢山の方に支えられています。どうか、悲しい顔をされないでください……。

 「で、付いてきてくれるな?」

 「喜んで」




 ここは……。

 「ミリア君、ここに来たのは初めてだろう?」

 絵画のある廊下……。初めてではなかったけど、あの時は隠れていたし……。

 「はい、初めてです。ですが、絵画の鑑賞ならば私以外に適任がいるはずです。私はどうも、芸術の勘が鈍くて……」

 『奥の通路を見せていただけるんですね?』なんて口が裂けても言えない。でも、予感はある。

 「そうか……、しかし絵画は大した問題ではない。君を呼んだ目的はこれだ」

 「何をなさるのですか?」

 ここまでは知っている。出来るだけバレないように、知らない振りをしろ、私!

 「……見ての通りさ。“絵画の後ろには、なんと隠し通路が!”というね。君に入ってもらいたくてね」

 「ここに、王女さまを救うための方法があると、おっしゃるのですか?」

 「そうだとも」

 何でもいい。ヘレン様を救えるならば。

 「行くぞ」

 「はい」

 通路ばかりが続くのかと思ったら、すぐに階段……しかも下に行くのか……。しかも、何、この臭いは?

 「マハード様、ここには何があるのですか?」

 「………………」

 「先ほどからその……ひどい臭いがするのですが……」

 「………………」

 マハード様? なぜ黙っているのですか?

 「着いた。ここに入れば王女さまをお救いできる……」


 【処刑室】


 城にこんな部屋があるなんて聞いたことがない……。処刑室? 誰かを……殺す場所……。

 「マハード様、どういうことでしょうか? ここは一体……」

 「ここは王女さまに敵意を向ける者へ死を与える部屋だ。今までに何人もここに捕えられた」

 何人も……。それだけ狙われていたのですか、ヘレン様……。

 「君の王女さまを支えようと必死になる姿勢に共感した。是非ともここを見て、そして君にも手伝ってもらいたいんだ」

 「何を……でしょうか?」

 「中で話そう、少し待ってくれ……」

 よっぽど重いんだろうなぁ、この扉。全体が鉄製……かな。そのくせ錆びてないし……。かなりの頻度で使われてるってのは本当みたいね。

 「入ってくれ。あぁ、悪いが閉めてくれるか?」

 「はい……。それで、手伝いというのは?」

 「簡単だよ」

 「!? 誰ですか、あなた達! 放しなさいっ!!」

 だめだ、力が強すぎる!

 「マハード様っ!!」

 「うん? あぁ、その男たちのこと? そいつらはここの部屋に雇ってる奴らでね。ここに捕えた者は皆、その男たちの手によって処刑されている……。見えるだろう? この部屋のいたるところにあるモノが」

 「放してっ!!」

 目が慣れたから見える……。床には槍が、壁には鈍器が。もしかして、私……。

 「いやーーー!!」

 「あー、ここに女を連れてくるのは初めてだが…………うるさいな、小娘」

 「……っく! 何が共感だ! 私を殺す目的は何だ!」

 死にたくない、死にたくない!

 「私はねぇ、今の王女さまが邪魔なんですよ。私にはある願いがありまして……、その成就に王女さまの存在は障害でしかない。障害を排除するためなら殺しだって、ねぇ……」

 こいつは……。

 「私を殺しても王女さまは倒れない! それを分かっているのか!」

 「えぇ、もちろん。でも、お前は邪魔だ。特に現軍団長へ相談を持ちかけたお前の罪は大きい」

 ポール様……。

 「お前か……あの日に付けていたやつというのは……」

 「流石に焦りましたがね……。ただでさえ屈しない王女さまに軍団長が味方に付けば、お手上げですから」

 「お前の願いとは何だ……」

 もう、無理だ。……でも、ただで死んでやるものか。

 「軍備の拡張。数年前、時の軍団長がノーン様暗殺を企てた理由と同じ。全ては国を思ってのこと……」

 まさか……。

 「“あの夜”、城に軍団長を侵入させたのは私だ。そして、王女さまを王位から退けるためにクーデターのすぐ後からこの部屋で様々な罪人に対して処刑を命じさせた。…………ヘレン様に、な」


 『私は人殺しか?』


 「マハードッッ!!!」

 ヘレン様、こんな男に屈してはいけません。私はここで終わりですが、まだ、ポール様がいらしゃいます。どうか、どうかお二人で乗り越えてください……。ポール様ならきっと、私より強い支えとなってくれますから……。

 「ヘレン様、ポール様……お幸せに……」

 もう、ミリアは満足です……。

 「はっ! 本当に国のことを考えてるか怪しいやつらが望むには高級すぎる物だな、幸せなんて。……殺れ、あとはお前たちに任せる」




 ただいま。お父さん、お母さん。言うのが少し、遅くなっちゃったね…………。







 ここはとある葬儀屋。葬儀の手配だけでなく、墓地の管理から墓石の準備まで整っている『まかせて安心』がうたい文句の店舗である。しかも店主が手先の器用な人で、特注で墓石を切り出してしまう人だったりするのだ。もう数年が経ったので墓石の特注はめっきり減ってしまった。

 しかし、店主は笑顔であった。『俺が忙しいと縁起悪いだろ?』が口癖であるが、最近は生活が少し厳しいらしい……。そんなある日、葬儀屋の郵便受けに一通の封筒が届けられた。

 「へぇ、こりゃ特注かもしれんな……」

 丁寧に開封すると、中には綿花畑の写真と手紙が入っていた。

 「この畑……かなり大きいな」

 次に店主は手紙に目を移した。

 「え~~とぉ……」


><><><><><><><><><><

 葬儀屋店主様へ


 突然のお願いで申し訳ありません。そちらの店主様は特注の墓石をお作りになられると聞き及んでのことです。

 大至急、猫を模した墓石の製作をお願いできますでしょうか。ただし、名前は彫らないでください。猫の形をしていれば構いません。

 そして、その場所ですが、写真に示した場所に置いていただきたいのです。そちらの管理する墓所ではありませんが、何卒、よろしくお願いいたします。

><><><><><><><><><><


 「まぁ、予想通りの手紙ではあるが……」

 時候の挨拶もなし、と思ったら猫の形状の墓石ときた……。まさか、ガキの悪戯か? それにしては手が込みすぎてる気が……。

 「誰だよ、こんな手紙を送ってきたやつは……」


 何卒、よろしくお願いいたします。


 ヘレン・レイス より

><><><><><><><><><><


 「………………はぁ!?」

読破、お疲れ様でした。


少しおバカでヘレン思いのミリア……。そんな彼女が伝わっていたならうれしいです。そしてポールは相変わらずイケメンでした……。憎い……。


活動報告に本作に関する私の考えを投稿しました。よろしければ、是非。

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