008 特訓
場所は変わって、ここは町はずれの廃工場だ。雪乃は特訓などの際、よくここを使うそうだ。
「で、何すんだ?」
「簡単よ。私とひと勝負しなさい。ま、簡単に言えばスパーリングね。それが終わったら次は壌介と。」
「うっへ、キツそー…」
妻斗は面倒くさそうに頭を抱えた。なんせ高校時代は帰宅部だったのだ。そして当り前だが皆勤賞。
「妻斗、やるしかないでしょう。」
「ま、わーってるけどさ。」
レイナがウィザーズガントレットに姿を変え、妻斗の左腕に装着される。
『チェンジ:サンダー!レディ?』
「魔導変身、王牙!着装!」
『ゴー!』
魔法陣から出現したアーマーが妻斗に装着され、オウガへと姿を変える。
「んじゃ、俺らも。」
「言ってる暇があったらさっさとやりなさい!」
「へーいへい。」
ライナーが気だるそうに言ってからその体を光に変換、雪乃の左腕を追う、白いウィザーズガントレットとなった。雪乃はそのスロットに、雪の結晶のような意匠が刻まれたキーを装填した。
『チェンジ:アイス!レディ?』
同じようなセリフでも、声が軽薄男の物になるだけで随分雰囲気が変わって聞こえる。
「魔導変身、蒼華!」
開いた左手を右胸の前で構え、左に大きく伸ばした後体全体を右にひねり、正面を向くと同時に左拳を右手のひらにぶつけた。
「着装!」
『ゴー!』
魔法陣が雪乃の足元に出現し、頭上まで通過。着ていた物が青いボディスーツに変化され、その上から白いアーマーがかぶせられる。フルフェイスのヘルメットが最後に装着されてアイスリットが下り、変身が完了した。
予想はしていたが、やっぱり一瞬裸になったりみたいな感じの奴が無いとなるとオウガはやっぱりげんなりしないでもなかった。
「…いま下品な事考えてたわよね。」
「え!?いやいや全然!さーさーさっさとやろうぜ!」
わざとらしく首をぶんぶん振ってから、オウガは構えを取った。
「…ま、いいけどね。」
『男としちゃ分からんでもねえけどな。』
「ルールは何でもありよ。ファイナルキー以外はどんな手でも使ってオッケー。」
『あれ、無視?』
ライナーをさらっとスルーしたソウカは、早速キーをスペルリーダーに装填した。
『アームズ:アイスシューター!』
魔法陣から取り出されたのは、先の戦闘で使用された銃剣付きカービンライフル。
「んじゃ、俺らも行くか。」
『了解。
アームズ:サンダーブレイド!』
取り出したサンダーブレイドを手の中で回し、切っ先をソウカに向ける。
「じゃあ…いくわよ。」
「オッケーだ!」
直後、ソウカがトリガーを引いた。秒間10発のペースで発射された弾丸は、いずれも氷の魔力が込められた魔弾だ。オウガはステップとローリングでそれらをことごとく回避し、かわしきれなかった物をサンダーブレイドで払った。
飛んで来る弾丸を斬っても、二つに分かれた破片がそれぞれ体を直撃するだけに終わる。弾丸が持つ運動エネルギーを殺す事は出来ないからだ。過去のホムンクルスとの戦いとレイナの訓練でそれを学んでいたオウガは、瞬時に剣の前後を入れ替え、峰打ちで叩き落としたのだ。
「へえ、やるじゃない。…でも、これはどう?」
ソウカは新たなキーを取り出し、スペルリーダーに装填。
『エフェクト:アイス!』
ソウカの左掌から細長い氷が伸び、あっという間に長さが10メートルほどになる。それを振るいつつ、ソウカは新しい鍵を使う。
『エフェクト:ソフト!』
瞬間、氷の塊がいきなり鞭のようにしなる。
「んなっ!?」
そのまま氷の鞭がオウガの体に巻きついた。
「続けてどうぞっ!」
『エフェクト:ソリッド!』
ソウカが新たなキーを使用する。すると、オウガをとらえた氷の鞭が、そのまま凍りついた。
「ちょっちょっちょっ、卑怯だろこれ!」
「何でもありって言ったでしょ!」
ソウカがオウガめがけてアイスシューターでフルオート射撃を叩き込んだ。
「おいおいおいおいまてまてうぎゃああああ!!!」
そのままバランスを崩し、オウガがもんどりうって倒れる。
「いってぇ…ンのやろぉ…」
いらだたしげに言うと、オウガはなんとか新しいキーを取り出し、苦労してスペルリーダーに挿入。
『エフェクト・エクスパンド!』
レイナの声が高らかに鳴った直後、氷の枷が甲高い音を立てて砕け散った。そして、立ち上がったオウガは心なしかかなりマッシブな姿になったように…いや、実際にそうなっている。先ほど使用した、エクスパンドキーの効果だ。ほどなく効果が切れ、姿が元に戻る。
「オラ反撃開始だ!」
サンダーブレイドを振りかざし、オウガはソウカに斬りかかった。
それを見ながら、壌介は感心したように言った。
「成程。トーシロにしちゃまあまあかな。」
「とはいえ、魔術をほとんど使わないのは欠点かと。」
「だな。」
リーチが圧倒的に違う相手との戦いは、簡潔に言ってしまえば間合いの取りあいだ。相手よりリーチが短ければ懐に潜り込んで、長ければ近づかれる前に仕留めるのが戦闘のセオリーだ。ソウカは銃で武装しリーチ的には優位に立っているが、オウガは剣を主武装とするゆえ、遠距離攻撃を得意とする相手との戦い方も感覚的にはなんとなくわかり始めている。
とは言え、魔術を頻繁に織り交ぜてくるソウカにはオウガも苦戦していた。しかも、ソウカは戦歴が長いため使えるキーが多く、魔術の手数でも優位に立っている。その辺も勘定に入れると、この戦いで優位なのは明らかにソウカだ。
「ま、錬度も違うしね…」
壌介がそんなことを呟いているうちに、オウガはサンダーブレイドを弾き飛ばされ、のど元に銃剣を突き付けられていた。
「…参りました…」
「うん、それでよし。」
ソウカはオウガに向けていた切っ先を下ろした。
「あんたの弱点は、やっぱり魔術をあんまり使わないことよ。」
「でも今まではそれでも結構何とかなったぜ。」
「そりゃ運がよかったのよ。ホムンクルスにはいろんなタイプがいるのよ。接近戦型に射撃型、スピードタイプにパワータイプに防御タイプ。特殊能力に依存してる個体なんかもいるわ。そんないろんな奴と渡り合うには、魔術を積極的に使わないと駄目よ。」
『私もいつも言っていることですが。』
「ハア…俺としては殴り合いの方が性に合ってんだけどな…ま、いっか。」
オウガは頭を抱えた。
「んじゃ、次は壌介とよ。休むのはそれが終わってから…」
その時。
「へえ。こんなところで何してるのかと思ったら、特訓?勢が出るね。」
聞き覚えのない声。その主は、この場には似つかわしくない、黒いワンピースの少女だった。
誰だろうかとオウガが思ったその時だ。
『き、貴様!』
『なんでここが分かった…!』
「くっ、まずい…」
ギヴァー3人が明らかな反応を見せた。動揺。そして焦り。
「僕も混ぜてよ。ね?」
少女が右手を見せた。その手に握られているのは、二つの黒い鍵。
「アイツ…ホムンクルスか!?」
オウガが言ったのと同時に、少女は左手のカギ穴に2本のキーを差し込んだ。
瞬間、凄まじいオーラが吹き荒れた。物理的な圧力さえ感じそうな闘気が少女の体からあふれ出る。
それが晴れた時、目の前にいたのは…
化けものだった。比喩などではない。言葉のままの意味だ。
トカゲと蝙蝠を足して2で割ったようなフォルムに、闇のようなマットブラックのボディ。そして、今までのホムンクルスとは比べ物にならないプレッシャー。
レイナが、苦しげにつぶやいた。
『…ナイアルラト…ホテプ…!』
次回はいよいよ上級ホムンクルスのナイアルラトホテプ初戦闘!さあどうなるでしょうねえ。
あと、ホムンクルス募集の件ですが、1件来れば恩の字かなーとか思ってたら物凄い応募をいただきました!嬉しいやら恥ずかしいやらで、使いどころを考えてます。