004 顔合わせ
オウガがガントレットのレバーを操作すると、中指の付け根あたりから刺さったままの鍵が飛び出し、オウガはそれを変身したときとは逆方向に回して引き抜く。するとオウガの全身が淡い光に包まれ、その姿が二つに分離。纏っていた光が弾けると、二つのシルエットはそれぞれ、妻斗と少女に戻った。
「ふう。…早速で済まねえんだけどさ。」
「はい。全て話します。先ほどの怪異と、貴方が得た力について。」
それから、二人は近くの公園に場所を変えていた。妻斗がたまたま見つけたスタンドで勝ってきたコーヒーを少女に手渡す。
「ほらよ。」
「あ、すみません。」
少女はコーヒーに口をつけず、手に持った紙コップをしげしげと眺めている。
「どうした?」
「あ、いえ。初めて目にしたものですから。」
「コーヒー飲んだことないのか?」
「恥ずかしながら。」
少女はコップを両手で持って中身を啜った。
「…これは…なかなか美味しいですね。」
「そりゃよかった…って、話逸れ過ぎだな。」
「ア…そうでした。それでは。」
少女はもう一口コーヒーを飲んでから咳払いし、話し始めた。
「私の名はレイナ。魔術師です。」
「魔術師?」
「ええ。魔術は知っていますね?」
「ああ、一応。でも魔女狩りとかで滅んだんだろ?」
「その経緯を今から話します。」
「今から1000年ほど前です。その時代、人々は魔術によって現代にも匹敵する高度な文明を築きあげていました。」
「じゃあ魔術って誰でも使えたのか?」
「いいえ。魔術を行使する際の対価となる魔力は誰でも備えているのですが、それを制御するための魔導力と呼ばれる先天的な素質が無ければ魔術を行使することは不可能なのです。そして、魔導力を備えているのは、ごく一部の人間だけでした。寄って、魔術を使えたのも限られた人間のみでした。そこで、当時の王は10人の優秀な魔術師を招集し、万人が魔術を使えるようになるための研究を行わせたのです。」
「なるほど。でも、そんなことしたら、反乱とか起こされると余計面倒になるんじゃねえのか?」
「目的は研究者たちにも知らされていませんでした。純粋に国家を発展させるためなのか、はたまた軍事利用のためなのか。それはともかく、その研究は難航していました。その中で、魔術師達は、魔術そのものの力を特定のアイテムに封入する手法を考え付いたのです。」
「それが、さっきの鍵か?」
「はい。あの形が、最も効率的なものだったのです。…しかし…」
語り続けるレイナの表情が、ふと曇ったように見えた。
「その鍵の力を解放する手法を模索する中、実験に使われていた8つの鍵を核として、4体の魔導生物が偶然誕生してしまったのです。それが…」
「あの、ホムンクルスとかいう化け物なのか?」
「…ええ。ホムンクルスは魔力を命の源としながら、自ら魔力を生み出すすべを持ちませんでした。命を永らえさせるためにホムンクルスがとった方法。それは人間を殺し、その魔力を喰らうという物だったのです。」
「…!」
ようやく分かった。先ほどホムンクルスがくっていた何か。アレは、犠牲者が備える魔力だったのだ。
「4体のホムンクルス達は人々を殺戮して次々と数を増やしていき、世界は混乱に覆われていったのです。魔術師達はその悲劇をおさめるために、人間を捨てたのです。」
「人間を…捨てた?」
「ええ。彼らは人間を捨て、『ギヴァー』と呼ばれる存在となり、自ら選りすぐった戦士と契約を交わし、彼らに自らの力をすべて与えたのです。契約によって『賢者の魔導師』と呼ばれる存在となった10人の戦士は、長い闘いの末にホムンクルス達を封印することに成功しました。しかし、封印に使われた魔術も所詮は人の手によってつくられし物。時が過ぎるとともに、劣化していく事は分かっていました。そこでギヴァー達はホムンクルスが目覚めることで解除される魔術を使い、自らの手で己を封印しました。そして、現代の世にホムンクルスは目覚め、長い眠りから覚めたギヴァー達もまた、自らの手で選んだ戦士たちと契約を交わすために、それぞれの道へと散って行ったのです。」
そこまで聞いた時、妻斗の脳裏で結びついたものがあった。
「オイ…まさか、そのギヴァーって…」
「ええ、私もその一人です。そして私と契約を交わした貴方は、賢者の魔導師となったのです。ちなみに魔導師という呼称ですが、これは魔導力を備えておらず、契約によって疑似的に魔術を使えるようになった者の事です。そして魔術師が…」
「魔導力を先天的に備えた人間の事か。」
「ええ。呑み込みが早くて助かります。」
「…だって、戦うしかねえんだろ?契約しちまったんだからさ。」
「!?…では!」
「ああ。俺はお前に協力する。」
「あ…ありがとうございます!では、これから共闘する者同士、よろしくお願いします。ええと…」
「妻斗。稲森妻斗だ。こちらこそよろしくな。」
「ええ。」
レイナと名乗った少女は微笑むと、妻斗に右手を差し出した。妻斗はその手をしっかりと握った。
コンビ結成の瞬間だった。此処で生まれた絆が、後に世界を蝕もうとする闇すら払い得る物となる事は、まだ誰にも分からなかった。
一方、そこから遠く離れたどこか。
「帰ったよ。」
薄暗い洞窟に入ってきたのは、妻斗がオウガとなった戦いを見ていたホムンクルスだ。名を、無貌のナイアルラトホテプと言う。
「…ナイア。何をしていた。」
問いかけたのは、疾風のハスター。トカゲと隼を掛け合わせたような濃緑色の姿のホムンクルスだ。その声は、怜悧な青年の物だ。
「食事。でも帰りに、賢者の魔導師が1人覚醒したのを見たよ。君が放った追手のソードマンティスもやられちゃったし。」
「…なぜ見ただけなのだ?」
「何でって、僕たちはまだ力が体に馴染んでないじゃない。そんな状態で戦うほど馬鹿じゃないよ。」
ナイアルラトホテプが肩をすくめて言った。
「カッ!相変わらずクソ慎重だなテメエは!」
そう言いながら現れたのは、トカゲと鷲を掛け合わせたような赤い体を持つホムンクルス。劫火のクトゥグア、ホムンクルスの中でもひときわ好戦的な固体だ。
「俺ならンな風に怖気づいたりはしねえぜ?その場で潰す!」
「何それ?僕に喧嘩売ってるの?」
ナイアルラトホテプが進み出た。声も物腰も少女のそれだが、放たれる闘気は常人ならその場で卒倒しそうなレベルの物だ。
「だったらどうすんだ?俺と闘るか?」
クトゥグアが一歩進み出た。彼からも負けず劣らずのオーラが感じ取れる。
「止めろ。」
静かだが迫力のこもった声と共に、二人の物を足し合わせたよりもまだ大きい闘気が放たれた。
その主は、大海のクトゥルフ。全てのホムンクルスの中で頂点に立つ圧倒的な魔導を使う個体だ。トカゲとアンモナイトを足して2で割った様な青い体は影に半ば隠れ、静かな迫力を放っていた。
「…ハイハイ。」
「ケッ、つまんねぇ。」
ナイアルラトホテプとクトゥグアが、興醒めしたように身を引いた。
「ナイアの判断はもっともだ。我らが十分な力を蓄えてからつぶしにかかるのが吉だ。」
上級ホムンクルス初登場です。前回言った通り、ほとんど独自設定です。特に青いクトゥルフとか、全員に採用されてるトカゲの意匠とか。
実はこいつらのデザイン、ヴェイガンのモビルスーツのプラモをいじくってるときに思いついたものです。なので、想像するのが難しい場合、
・ナイアルラトホテプ:ゼダス
・クトゥグア:ゼイドラ
・ハスター:ギラーガ改
・クトゥルフ:ガフラン
辺りを想像していただければ結構です。
ちなみに数ある邪神の中から上記の4体を選んだのは、単に使いやすそうだったからです。