001 始まりは唐突に
「マスター、洗い物終わったッすよ。」
「おぉ、ご苦労さん。」
厨房で、稲森妻斗は店主の守川俊行に報告した。
此処は喫茶『shadow』。住宅街の中に店を構える、どこにでもある様な喫茶店だ。ちなみに店名は『シャドー』ではなく『シャドゥー』と読むのが正しい。名付け親は俊行の奥さんの紗奈恵だ。理由は「オシャレでカッコいいから」らしい。何かちょっと違うような気もするが、俊行が出した名前の候補が「オヤジの喫茶」というあんまりにもあんまりなものだったのだからこれでもましな方だ。
「しかし、休みだったってのに色々手伝ってくれて済まねえな。」
「いえ、いいっすよ。済ませてもらってるんだから、こん位はしないと。」
「ハハハ、マジメだなお前。」
妻斗は高卒で就活を行い、今はこの『shadow』で住み込みで働いている。今のご時世なだけに、かなりの僥倖だったと彼自身思っている。
ちなみに今は夜8時半。30分前に店は閉店している。紗奈恵は買い物に行っていて不在だ。
つけっ放しになったテレビからニュースが流れている。何気なしに画面を覗くと、流れていたのはこの数ヶ月何度か発生した、謎の失踪事件に関する物だ。
「しっかし、これ何なんすかね?」
「確かにちょいと気にはなるな。何せ一切何も手がかりがねえってんだし。」
「ですよね。」
そんな他愛もない話をしていた時だった。
いきなり、外でドスン、と重たい音がした。続いて、ガッシャン、と何かをなぎ倒すような音。
ちょうど、店の裏手にある、プレハブ造りのサービスヤードの辺りだ。
「ん?何だ?」
「あ、俺見てきます。」
「おお、ワリいな。」
「いえ、お気になさらず!」
軽く会釈して、妻斗は外に飛び出して行った。
「たぶん、このあたりの筈だけどなー…」
マグライトを手に、妻斗は音のしたあたりを見渡していた。
少しばかり歩くと、何か布の様なものが見えた。ライトを当ててみると、干してあったはずの洗濯物だ。それが、物干竿ごと地面に散乱している。
「…んだ?」
いぶかしみながら、少し奥の方に光を当てる。すると。
「…え?…ちょっ…ンだこれ!?」
ライトの光に照らされていたのは、芝生の上に倒れた、妻斗とそう歳の変わらない少女だった。