転入生と問題児
俺は、鏡の前に立ってみた。
そこには、白い髪を腰まで伸ばして、赤いランドセルを担いだ、小さな美少女がいた。
強いて言うなら、地味な服が残念な気もするが、それは仕方が無い。
だって、この美少女は俺なんだから。
敦子さんに借りている部屋。通称子供部屋に、俺は今いた。
子供部屋。と言っても、勉強机や文房具、ランドセル。服類などが入ったクローゼットなどしかなくて、とても子供部屋には見えない。
自分で言うのもなんだが、殺風景でつまらない部屋だ。
だけど、それでいい。
別におもちゃが欲しくないわけじゃない。子供になったからか、やけにおもちゃが欲しく思えたが、我慢した。一つも買ってもらわなかった。
俺は、居候なんだ。
籍の上では家族になっているが、俺の中で既に主従関係は完成している。
本当は、家族の様に接してくれていることも忍びないのだけど・・・。
「恋ー!そろそろ起きなさい!」
・・・もう、起きてます。
敦子さんの声に、俺はランドセルを置いて部屋から出る。
ちなみに、現在時刻は七時だ。
「おはようございます」
「おはよう」
俺は、挨拶をして椅子に座る。
座った場所は、敦子さんに指定された場所だ。勝手に座ってなどいない。
机の上には、既に料理が置かれていた。
薄めの食パンを半分にしたフレンチトースト。ポテトサラダ。牛乳。
どれも量が少ない・・・。と思ったりもしたが、この体になってから、俺はハンバーガーすら食べきれなくなった。
あ、ハンバーガーは昨日買い物後に食べたやつな。
「食べていいわよ?」
俺が座ったきり何もしないのを見て、敦子さんが声をかけた。
・・・腹も減ったので、俺は手を合わせた。
「いただきます」
男だった時は適当にやっていたことだが、今はしっかり感謝している。感謝の対象は食材じゃなくて敦子さんだが。
フレンチトーストの二口目を食べようとした時、敦子さんが微笑ましい顔をしながら、俺の方を見ているのに気づいた。
敦子さんはまだ、一口も食べていない。
「・・・どうしました?」
俺はフレンチトーストを皿に戻して、敦子さんに訪ねる。
さっきから敦子さんは俺のことばかり見て、何もしていない。
微笑ましい顔の裏に、何か考えでもあるのだろうか?
「あ、ごめんね?気にしちゃった?」
「い、いえ。そう言うことでは・・・」
よく考えれば、『俺のことばかり見ている』なんて自意識過剰すぎる。
寧ろ、俺が気にさせてしまった。
「ただ、一口も召し上がってないので・・・」
召し上がるとか、貴族かよ俺。
ま、最大限にへりくだったら、こうなっちゃうよなぁ。
「夢を、見ているようだから」
「夢?」
俺は聞き返す。
少なくとも俺は、寝ていないと思う。
この顔も、寧ろ目はパッチリとしている方で、眠そうな顔はしていない。
もちろん、目もつむってない。
「私の、夢が叶ったから・・・」
敦子さんの夢・・・。
おおよそ、察しはついている。
恐らくだが、敦子さんは家族が欲しいんだと思う。
言ってなかったが、敦子さんは一人暮らし。この大きな家には、俺を含めても二人しかいない。
この家を賑やかにする。それが敦子さんの夢なのだと、俺は思った。
だから、俺を助けたんだろう。
「・・・」
つまり、俺は敦子さんの願いが叶うまでの繋ぎだ。
三十代前半。見た目も性格もいい敦子さんなら、結婚のチャンスはまだまだある。
でも、俺がいたら、子持ちということになり、マイナスになってしまう。
そうなれば、邪魔者扱いされるだろう。
もし、敦子さんに将来のパートナーができたら、俺は静かに消えようと思う。
敦子さんに、拒絶される前に、俺は消える。
それまでの間、敦子さんの『家族ごっこ』に付き合う。
別れたくなくなる一線は越えずに、敦子さんと過ごす。
もう、誰かに拒絶されるのは嫌だから・・・。
・・・。
敦子さんが食べ始めたので、俺も食べるのを再開する。
「そんな事より、今日は本当に一人で行けるの?」
「はい、大丈夫です」
もちろん学校に、だ。
俺は敦子さんの押しに負け、小学二年生になってしまった。
・・・今さら九九かよって思ったが、一年生よりはマシ。だと思う。
ランドセルも買っちゃったしな・・・。
「・・・気をつけてね?」
本気で心配している様子の敦子さん。
「大丈夫です」
俺はついて来そうな勢いなので、念を押した。
俺の為に仕事は休んで欲しくない。
「恋なら、友達も沢山できると思うから、ガンバって」
優しい敦子さんの言葉が、今の俺には痛い・・・。
この、四月の終わり際という微妙な期間の転校生・・・転入生か?。目立たないわけがない。
ちなみに、通うのは籠目小学校。
昔、俺や駆も通っていた。
まさか二度も通う事になってしまうとはな・・・。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
食べ終わった俺は、手を合わせて敦子さんに感謝する。
ちなみに、敦子さんはもう食べ終わっていた。
俺、食べるの遅すぎるよな・・・。
◇ ◇ ◇
「お前が、栗林恋だな?」
敦子さんの家から出て、俺は今、籠目小学校の教務室にいる。
ソファーに座らされ、ランドセルを置いた机を挟んで男と向かい合っている。
男は、二十代前半の見るからにクールそうな見た目だ。
ちなみに、イケメンでメガネ。
「はい」
「もう少ししたら、俺と一緒に来てくれるか?」
・・・キザな奴だな。
六年生くらいだったら、惚れるやつもいるんじゃないか?
俺は、惚れたりしないが。
そもそも、心は男だからな。
若干心の中で毒づいてから、俺は答える。
「はい。わかりました」
さすがに、教師になれてるんだ。ロリコンの変態野郎ではないだろう。
てか、俺。いつの間にか敬語が染み付いちゃったな・・・。
このキャラのまま、静かに過ごそうか・・・。
「・・・」
俺は、職務中のはずなのに堂々とケータイをいじっている、男に冷たい目を向ける。
ケータイと言っても、パカパカ開くやつじゃなくて、スマホだが。
「・・・なんだ?どうかしたか?」
「いえ。何も」
俺は、誤魔化した。
「そうか」
男は、再びスマホに目を移す。
こいつ・・・チラリと見えたが、パヌドラやってやがる。
俺は更に冷ややかな目を向ける。
だって、職務中にゲームだぜ?
しかも、生徒の前で。
「何かあるのか?」
「・・・いえ」
「あぁ、俺は紅善吉だ。紅先生と呼んでくれ」
思い出した、と言う様に名乗る善吉。
とりあえず、心の中では喧嘩売っておく。
「わかりました」
「お前は、挨拶を考えてあるのか?」
「挨拶?」
「転入生なんだ。クラスの前で挨拶してもらうぞ?」
挨拶?
・・・。
とりあえず、考えておこう。
「挨拶、ここでしてみろ」
「はぃ?」
声が外れた。恥ずかしい・・・。
ていうか、この野郎。俺が考えようとしてる最中に、してみろだと?
嫌がらせか?
しかも、ニヤニヤとしてるし・・・。
ドSか?ドSなのか?
「どうした?まさか、考えてこなかったのか?」
二年生への対応じゃないだろ・・・。
まだ、一応七歳なんだぞ?
「は、はい・・・」
俺は、俯きながら答える。
こいつ、楽しんでる・・・!
「じゃ、考えとけよ?」
「はい・・・」
絶対、いつか泣かせてやる・・・。
挨拶の内容より、俺はそっちに頭がいっていた。
そして、チャイムが鳴った。
「行くぞ」
善吉が俺の先を歩いて、教務室から出る。
俺はそれに続く。
籠目小学校は通常棟と特別棟に分かれている。
通常棟は、一年から六年の教室と、体育館がある。特別棟は、教務室、理科室や保健室などがある。
渡り廊下二本で、この二つの棟は繋がっていて、図書室は二階、玄関は一階。の、渡り廊下にある。ちなみに、もう一本の渡り廊下には何もない。
で、今俺たちは渡り廊下を歩いて、一階の二年生教室に向かっている。
教務室は二階なので、一回階段を降りることになる。
以上。二回目の学校情報でした。
・・・。
俺は、挨拶の内容を考えながら階段を降りる。
どうしようか・・・。
階段を降りきった所で、
「あ、名簿表忘った。ちょっと、待っててくれ」
と、言って善吉は階段を上って行った。
・・・ばかだ。
俺はそう思いながら、水でも飲もうかと足を進め、
「う、うわああああっ!?」
そんな、声変わりもしていない少年の声が右方向から聞えた。かと思い右を向いた瞬間。
「うあっ!?」
「うわああっ!」
俺は右方向からの衝撃に、倒された。
どうやら、人にぶつかられたらしい。
「痛ててて・・・」
「・・・」
今の状況を説明する。
ぶつかってきた少年は、足で俺の体を跨ぎ、両手は俺の肩のすぐ上の地面に置かれている。
顔は、数十cmの距離だ。
・・・はい?
まてよ。どうぶつかったらこうなるんだ?
ていうか、最近の子供はこんなに過激なのか?
説明はもう、いらないと思う。
だが、あえて述べる。
俺は、少年に押し倒されていた。
生まれて初めて、異性に押し倒されていた。
・・・今は、女だけど。
◇ ◇ ◇ 次回予告 ◇ ◇ ◇
善吉「くそっ!落ちなかった!」
敦子「また、ケータイゲーム?」
善吉「ああ。パヌドラだ」
敦子「お姉ちゃんとして言わせてもらうけど、ゲームしすぎよ?」
善吉「お、お姉ちゃんって!それは家が近かっただけで・・・」
敦子「昔は『敦子お姉ちゃん』って言ってくれてたのになぁ」
二人「次回、うざい奴」
敦子「女装も可愛かったのになぁ」
善吉「や、止めろぉぉぉ!」