二年生の俺
起きたら、そこは知らない天井だった。
・・・。
「え・・・?」
俺の口から、少女の声が零れる。
ここは、どこだ・・・?
俺は起き上がり、部屋を見回す。
床には高そうなカーペットが敷かれていて、部屋の角では季節外れな薪ストーブが炎を揺らしている。中央には木製の机と椅子が置いてあり、食堂のような部屋だった。キッチンと仕切り無しに繋がっている。窓が大きく、庭にも繋がっているらしく、明るいイメージを受けた。
なんて言うか、大人数の家族が住んでそうな部屋だった。
どうして、俺はこんなところに・・・?
俺は俺の姿を確認する。
やはり、少女のままだったが、服が変わっていた。
と言うより、服がなくなっていて、毛布に体が包まれていた。
どうやら、俺のジャージはどこかにやられてしまったらしい。
もしかしたら、俺は誰かに助けられたのだろうか?
薪ストーブがついている理由は、雨に濡れて冷え切っていた俺の体を温める為なのかもしれない。そのおかげもあってか、体は温まっている。
親切な誰かに、俺は救われたのだろうか?それとも、攫われたのだろうか?
いや、俺を攫って特になる事なんてないだろう。だからと言って、救う理由もないだろう。あの日、何人もの人とすれ違ったが、みんな俺の事を無視していた。見ないふりをしていた。
と、なると俺は、助けられたのか・・・?
俺がそう結論付けた頃、部屋の扉が開かれ、そこから三十代くらいの女の人が出てきた。
見るからに優しそうな顔で、丸っこい人だった。
「あら?起きた?」
俺を安心させようとしているのか、彼女は笑顔を向けながら、座り込んでいる俺に、目線を合わせた。
・・・人当たりの良さそうな人だ。
何はともあれ、まずは礼だ。
「ありがとう、ございました・・・」
俺は、頭を下げた。
それを見て彼女は、
「ちょっと、顔を上げて」
と、俺に言ってきた。
さすがに無視をするわけにもいかないので、俺は頭を上げた。
「無事でよかったわね」
「は、い」
「・・・」
俺の反応に何を覚えたのか、彼女は少し難しい顔をした。
例えるなら、言いにくい事を言う前みたいな、そんな顔。
だが、すぐにその顔ではなくなった。
そして、口を開いた。
「どうして、あんな格好で、あんな所にいたの?」
「っ・・・!」
核心を突かれ、俺は思わず息を飲む。目を泳がせる。
どうすればいいんだ?まさか、朝起きたら女の子になってました。なんて言える訳がない。そんな事言ったら、人体実験やらなんやらされてしまう。今の、女の子の俺に人権は無いんだから・・・。
そんな俺に見かねたのか、
「家出?」
と、彼女は訪ねてきた。
彼女なりの、推理だろう。
だけど、俺は首を横に振った。
・・・白い髪が大きく揺れる。
「じゃあ・・・」
「家族は、いません」
俺は目を合わせずに、言葉を遮るように、答えた。
もう、俺に家族はいない。
梨花は二度と元気付けられないし、駆の兄にも二度となれない。
あんな風に見られるのは、こりごりだ・・・。
家族なんて見た目で判断してるだけのものだった。俺はそれを痛感した。
「家族がいないって、今までどうやって・・・」
「一人で生きてきました」
また、言葉を遮る。今度は、嘘をつく。
「だから、・・・国籍とかは無いと思います」
一人称は、悩んだが使わなかった。
まだ、決める事ができなかった。
「・・・」
さすがに、そこまで問題アリな子供だとは、思わなかったんだろう。彼女は、とてもとても悩んでそうな顔になった。
・・・。
この先どうしようか・・・。
とりあえず、盗みだけはしない方向性にしたい。
盗みをしたら、俺はもう終わりだ。
それより、この人へどんなお礼をすればいいのだろうか?お礼なしに帰りたくない。
俺が悩み始めた時、彼女は口を開いた。
「貴女・・・。私の娘にならない?」
「は?」
俺は思わず言葉を零した。
娘にならない?
いや、今の俺は女の子だから娘ってのはわかる。わからないのは、それを言った真意だ。
「国籍とか戸籍は孤児院って所・・・わかんないかな?そこに勤めてる友達に聞いて、登録する。そしたら、娘に・・・子供になってくれない?」
その時点で、俺は気づいた。
この人、子供がいないんだ。
大人数の家族が住んでそうな部屋。だけど、大人数の家族が住んでいるとは限らない。
だが、子供なんて親にとったら金を食い尽くすものにすぎない。しかも、それは俺みたいな子供だ。
そんな事、恩を仇で返すようなものだ。
「私の、エゴ・・・勝手かもしれないけど、貴女を放っておく事なんてできない」
・・・。
「私の子供が嫌なら、さっき言った友達の所でもいいわ。だけど、そのどっちかにして」
娘か、孤児院か。
唐突な話に、俺は考えざるをえない。
「でも・・・。できたら、私の娘になって欲しいわね。貴女の自由だけど」
・・・、
・・・・・・、
・・・・・・・・・、
・・・・・・・・・・・・。
俺は、答えた。
◇ ◇ ◇
場所はデパート。時は昼前。
俺は今、女の人ーーー栗林敦子さんと一緒にいた。
目的は、俺の日用品を買う為だ。
そう。俺は、娘になることを選んだ。
だが、もちろん。迷惑をかけるつもりは無い。
最小限のものしか貰わないし、最も安いものしか貰わない。ねだらない。必要以上に距離を詰めない。
本当は孤児院に行く振りをして逃げようかと思ったが、敦子さんが一瞬だけ見せた悲しそうな表情に、俺は断ることができなかった。
元に戻る。と言う選択肢は非現実的なので却下した。それが出来たら、すでしている・・・。
敦子さん。と呼んだのは、新しい俺の苗字も栗林だからだ。
俺の新しい名前。それは、栗林恋。
俺は、一切何も言わなかったから、完全に偶然だ。
歳は、七歳にしておいた。つまり、小学二年生として、俺は通い直すことになってしまった。・・・女の子として。
ちなみに、身長は117cm。体重は20kg。
どちらかと言うと、小さい方らしかった。よく知らないが。
・・・。といれ?トイレ?
行ったよ。
どうやって出せばいいのか苦戦したが、力を抜いたら出す事ができた。
自尊心が喪失したような気もしたが、なんとか終わらせた。
ちなみに、俺は今借りてきた服を着ている。
黒ベースにピンクの文字が書いてあるTシャツ。青いジーパンだ。
下?もちろん、着けてる。
無地で白。キャラものは拒否した。
・・・女物だが。
俺は、欲しい服を選べと言われたので選んでいる。
もちろん、安くて男っぽいやつだ。間違っても、スカートは履かない。
ランドセル売り場では、赤いランドセル(一番安かったやつ)を買った。
文房具は、安くて地味なのにした。
下着は、無地で安いのにした。
靴は黒ベースの安いやつにした。
必要な物を買い揃えて、俺と敦子さんはデパートから家に帰った。
時間はもう、お昼時だった。
◇ ◇ ◇ 次回予告 ◇ ◇ ◇
敦子「・・・。だ、大丈夫かしら・・・この子・・・」
敦子「雨の中倒れてるのを見つけてきたんだけど、目覚める気配がなくて・・・」
?『うーん。電話じゃよくわかんないけど、もしも捨て子だったらウチの孤児院に頼ってもらってもいいよ?』
敦子「・・・ありがとう・・・」
二人「次回、転入生と問題児」
?『ウチらの仲だ!戸籍準備もしてさしあげよう!』
敦子「うん。ありがとう」
?『いやいや。いいって事よ』